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3章 二つの誓約、ぜったいに
40 解とタン
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解は水から離れて濡れない場所を確保するとリュックサックから歯磨き粉のチューブを取りだした。
そしてそれを手にして大きく振りかぶると、タンに向かって投げた。
チューブは小さな小川を超えてタンにゴツンとぶつかった。
「いたイ。」
「それくらいがまんしろよ。さあ、たしかに渡したよ、これでいいんだろ!」
解は声を荒げた。
そしてリュックサックからタオルを取りだして足を拭き、ふたたび靴下とスニーカーを履いた。
解はそのまま歩きはじめた。
タンのことなんか知るものかと思った。
ところが歩きはじめてしばらくすると、解の後ろで水音がした。
解が振りむくとタンが川を渡って解の後を追ってくるのが見えた。
「なんだよ、タン。」
「からじょル!」
「えっ?」
タンの後方三百メートルばかりの位置にカラジョルがいた。
身体をうねらせて宙を走るように飛んでくる。
とっさに解はタンの腕を引っぱりタンの背丈ほどある茂みのなかへ一緒に身をかくした。
カラジョルが近づいてくる。
解はヒソヒソとささやいた。
「タン、しずかに。」
解はごくんと唾をのんだ。
それから息を殺した。
カラジョルが茂みのそばを飛んでいく。
わずかにスピードを落としたように見えて、解はドキドキした。
(大丈夫だ、あの様子ならぼくらに気づいてない。)
解は内心で必死に自分へ言いきかせた。それでも気持ちは痛いほど張りつめた。
口を閉じてグッと歯を食いしばった。息を殺したぶん心臓の音が気になる。
まさかその心臓の音をカラジョルが聞きつけるはずはないが、それでもだ。
『チビがいたのかっ、どうなんだ!』
カラジョルの身体から大河内の声がした。
解はギョッとした。解は大急ぎでカラジョルをながめまわし、すぐにカラジョルの頭と身体を分ける節の部分に紐で伝話貝がくくりつけてあるのに気づいた。
伝話貝の身が口のかたちをとり、そこから大河内のどなり声がする。
『ええいクソッ、ゲジゲジ野郎ッ、お前らしゃべれたらいいのによ! どうなんだ、今どこにいるんだ、あのチビを見つけたのか! クソ、どうせどっかでくたばってるのに、なんでオレが上にどやされるんだよ!』
いつも食事を運んできたカラジョルじゃない、と解はあたりをつけた。
あいつより二回りくらい大きく見える。
大きなカラジョルはシャシャッと鳴いてそのまま通りすぎた。
解とタンはそのまましばらくじっと待った。
するとほどなくしておなじカラジョルが来た道を引きかえしてくるのが見えた。
ふたたび息をひそめる前を、青い生きものが通りすぎていった。
それでも解はまだ動けなかった。
十分たち、二十分たったころ、タンがモゾモゾと動きだした。
「たいくツ。」
「うーん、そろそろ大丈夫かな。」
解も立ちあがった。
伝話貝から聞こえた大河内の言葉からすると、解が行方知れずになったことを知った大河内の上に立つ者がはげしく怒ったんだなと、解は推測した。
(上ってだれだろう? カク・シだろうか。)
もしカク・シなら、彼はレシャバールが死んでいるのを見つけたのだろうか。
もしそうなら囚人を地面に縛りつけていた縄の切れ目にも気づいたはずで、そのことと解や結生が逃げようとしたことを関連づけただろうか。
(結生くんは大丈夫かな。)
ふたたびドキドキと解の心臓が早く鳴った。
カラジョルから隠れたときより今のほうが息苦しい。
解は今さら、解よりも結生のほうが大変な状況なのだと気づいた。
引きかえしたい、強くそう思った。
骨鉱山へもどって結生と一緒にカク・シや大河内に咎めだてされるほうが、まだマシではないか。
結生は解にべつの行動をとるよう促したけど、それでもだ。
そしてそこまで考えて、解は気づいた。
(マシって、なにがだろう。)
解が骨鉱山へもどればそこで話はおしまい、解がここで迷ってだれかに会う前に力尽きてもおしまいだ。
解は結生と一緒に伝話貝ごしに聞いた大河内の言葉をしっかりおぼえている。
忘れようったってそう簡単に忘れやしない。
解が地底の骨鉱山で迷って死んだらいい気味だと言ったのだ。
解はまだ心のどこかで、あの言葉は腹立ちまぎれの罵倒で、実際に解が死んだら困るのでは、と思っている。
というよりそうであってほしいと願っている。
だけどそう思うのとはべつの部分で大河内が本気だということを理解していた。
あそこへ集められた人間が少しばかり死んだって、帰ることができなくたって、大河内もカク・シも平気なのだ。
実際に骨鉱山のなかで迷子になって死んだ人間がいると大河内は言っていたではないか。
結生や杉野母娘を助けたければ、凱風という人を探すしかない。
解はタンをちらっと見た。
(ぼく一人のほうがタンと一緒に進むよりまだ少しは早足で歩けるな。)
と思った。
そしてそれを手にして大きく振りかぶると、タンに向かって投げた。
チューブは小さな小川を超えてタンにゴツンとぶつかった。
「いたイ。」
「それくらいがまんしろよ。さあ、たしかに渡したよ、これでいいんだろ!」
解は声を荒げた。
そしてリュックサックからタオルを取りだして足を拭き、ふたたび靴下とスニーカーを履いた。
解はそのまま歩きはじめた。
タンのことなんか知るものかと思った。
ところが歩きはじめてしばらくすると、解の後ろで水音がした。
解が振りむくとタンが川を渡って解の後を追ってくるのが見えた。
「なんだよ、タン。」
「からじょル!」
「えっ?」
タンの後方三百メートルばかりの位置にカラジョルがいた。
身体をうねらせて宙を走るように飛んでくる。
とっさに解はタンの腕を引っぱりタンの背丈ほどある茂みのなかへ一緒に身をかくした。
カラジョルが近づいてくる。
解はヒソヒソとささやいた。
「タン、しずかに。」
解はごくんと唾をのんだ。
それから息を殺した。
カラジョルが茂みのそばを飛んでいく。
わずかにスピードを落としたように見えて、解はドキドキした。
(大丈夫だ、あの様子ならぼくらに気づいてない。)
解は内心で必死に自分へ言いきかせた。それでも気持ちは痛いほど張りつめた。
口を閉じてグッと歯を食いしばった。息を殺したぶん心臓の音が気になる。
まさかその心臓の音をカラジョルが聞きつけるはずはないが、それでもだ。
『チビがいたのかっ、どうなんだ!』
カラジョルの身体から大河内の声がした。
解はギョッとした。解は大急ぎでカラジョルをながめまわし、すぐにカラジョルの頭と身体を分ける節の部分に紐で伝話貝がくくりつけてあるのに気づいた。
伝話貝の身が口のかたちをとり、そこから大河内のどなり声がする。
『ええいクソッ、ゲジゲジ野郎ッ、お前らしゃべれたらいいのによ! どうなんだ、今どこにいるんだ、あのチビを見つけたのか! クソ、どうせどっかでくたばってるのに、なんでオレが上にどやされるんだよ!』
いつも食事を運んできたカラジョルじゃない、と解はあたりをつけた。
あいつより二回りくらい大きく見える。
大きなカラジョルはシャシャッと鳴いてそのまま通りすぎた。
解とタンはそのまましばらくじっと待った。
するとほどなくしておなじカラジョルが来た道を引きかえしてくるのが見えた。
ふたたび息をひそめる前を、青い生きものが通りすぎていった。
それでも解はまだ動けなかった。
十分たち、二十分たったころ、タンがモゾモゾと動きだした。
「たいくツ。」
「うーん、そろそろ大丈夫かな。」
解も立ちあがった。
伝話貝から聞こえた大河内の言葉からすると、解が行方知れずになったことを知った大河内の上に立つ者がはげしく怒ったんだなと、解は推測した。
(上ってだれだろう? カク・シだろうか。)
もしカク・シなら、彼はレシャバールが死んでいるのを見つけたのだろうか。
もしそうなら囚人を地面に縛りつけていた縄の切れ目にも気づいたはずで、そのことと解や結生が逃げようとしたことを関連づけただろうか。
(結生くんは大丈夫かな。)
ふたたびドキドキと解の心臓が早く鳴った。
カラジョルから隠れたときより今のほうが息苦しい。
解は今さら、解よりも結生のほうが大変な状況なのだと気づいた。
引きかえしたい、強くそう思った。
骨鉱山へもどって結生と一緒にカク・シや大河内に咎めだてされるほうが、まだマシではないか。
結生は解にべつの行動をとるよう促したけど、それでもだ。
そしてそこまで考えて、解は気づいた。
(マシって、なにがだろう。)
解が骨鉱山へもどればそこで話はおしまい、解がここで迷ってだれかに会う前に力尽きてもおしまいだ。
解は結生と一緒に伝話貝ごしに聞いた大河内の言葉をしっかりおぼえている。
忘れようったってそう簡単に忘れやしない。
解が地底の骨鉱山で迷って死んだらいい気味だと言ったのだ。
解はまだ心のどこかで、あの言葉は腹立ちまぎれの罵倒で、実際に解が死んだら困るのでは、と思っている。
というよりそうであってほしいと願っている。
だけどそう思うのとはべつの部分で大河内が本気だということを理解していた。
あそこへ集められた人間が少しばかり死んだって、帰ることができなくたって、大河内もカク・シも平気なのだ。
実際に骨鉱山のなかで迷子になって死んだ人間がいると大河内は言っていたではないか。
結生や杉野母娘を助けたければ、凱風という人を探すしかない。
解はタンをちらっと見た。
(ぼく一人のほうがタンと一緒に進むよりまだ少しは早足で歩けるな。)
と思った。
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