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4章 コバルトブルーの放牧篭
48 放牧篭の人たち(後)
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骨鉱山のなかで蘇石骨と食物のやりとりに使ったものと似たようなバスケットだ。
解はふと思いついて上空を指さした。
「上の大きいやつもだれかが編んだんですか? こういうバスケットみたいに?」
セグレのすぐそばでもう一人の男が耳障りな声をあげてわらった。
「そんなことも知らないのかよ。見たところケルキトとおなじくらいの歳のくせに。」
セグレはニコリともしなかった。
そのかわりつぶやくように言った。
「この子はどうやら本当にここへ来たばかりのようだ。」
いまぼくをわらったやつがケルキトの兄さんのバロー、たぶん、と解は頭のなかでメモした。
イヤなやつ、たぶん、とも。
そしてイヤなやつよりずっと重要なことがある。
食べることだ。解はバスケットのなかのものを取りだした。
(すっぱいパンだ。骨鉱山で食べたやつ。)と解は気づいた。
結生や杉野母娘と一緒に食べたものだが、それになにか挟んである。
「いただきます。」
解は頭を下げるとそれにかぶりついた。
パンに挟んであるのはチーズのようで、解がこれまでに食べたどのチーズより塩気が強かった。だけどこんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてだと解は思った。空腹のためだろう。
解はしばらく無言でパンをかみしめて呑みこんだ。
一つ食べおえるとすぐ次にとりかかった。
二つめのパンには肉が挟んであった。薄く切った肉だ。これも塩辛い。
バスケットには他にトマトのような大きさの黄色い実が入っていた。
解はそれにもかぶりついた。
外見はトマトだけど中身はキュウリみたいだと感じた。
セグレが解に話しかけた。
「坊主、食べながら話せ。名前は?」
「解です。小松、解。」
「二つ名があるならたしかに地徒人だな。では解、あれはなんだ?」
セグレが指さしたのは、殻に閉じこもったままのタンだ。
解はこたえた。
「タンです。えーと、雑夙ってやつ。」
解の言葉をセグレが途中でさえぎった。
「ちがう。お前は知らないようだな。雑夙は全身が透けているやつのことだ。」
解はうなずいた。
「そうです、タンは雑夙だったんですよ、はじめに会ったときは。レシャバールさんがタンにあてる漢字を考えろっていうのでそうしたら、ああいう色になったんです。」
セグレの目つきが変わった。
彼は解にバスケットを渡したときよりずっとむずかしい顔になってタンと解を交互に見比べた。解は居心地が悪くなった。
解はセグレの顔から目をそらせた。
なんとなしに視線を下げると、セグレの腰のベルトに鈍い色の金属のメダルが見えた。青銅のエンブレムだ。三叉の鉾の意匠がほどこしてある。
バローが高い声をあげた。
「こいつは一体なにを言ってるんだ? そんなことあるわけがない。全部ウソだ、きっとどこかで聞いた話をうまいことつなぎあわせて適当なことを言ってるんだよ。」
「ウソじゃないぞ。」
解は腹が立って言いかえした。
あたりを見まわして適当な小石や小枝を探したが見つからず、解は立ちあがった。
そして靴のつまさきで地面に「卵」の文字を書いてみせた。
「ほら、この字だよ。卵。だってタンって卵みたいなかたちをしているし、小さい子みたいな話し方をするんだよ。」
「タン、ちいさいコ、なイ。」
卵の殻の奥でタンが抗議をした。
解は言いかえした。
「そういう、どうでもいいことだけ口を挟むところが小さい子っぽいんだよ、タンは。」
「おまエ、うるさイ。」
「どっちが。」
解とタンのやりとりに、ケルキトが目を丸くした。
「うわっ、しゃべった。石じゃないんだ。」
解はうなずいた。
「ぼくと結生くん二人とも『卵』の字を連想した。それをレシャバールさんが『承認する』って言って、そしたらタンの殻の色が透明じゃなくなった。それまでは向こうが透けて見えたんだよ。」
「ケルキト、バロー、お前たちは先に放牧篭へもどれ。イサナ、子どもたちを連れていけ。」
セグレが解の話をさえぎった。
兄弟は二人とも父親へ向かって明らかに不満そうな顔をした。
が、イサナと呼ばれた二人の母親はセグレに向かってうなずいた。
「わかった。さ、お前たち、行くよ。」
「ええっ、おもしろい話なのに!」
「先にもどるのはケルキトだけでいいぞ、父さん。このチビをどうするか決めるときにオレの意見もきいたほうが役に立つはずだ。だってオレは。」
「バロー、黙れ。いいから行け。今すぐだ。」
セグレは二人の息子をひとにらみした。こわい顔だ。
ケルキトはしまったという顔で首を縮こまらせ、バローはいっそう不満気な顔になったが、それでも二人ともイサナに促されてふわりと上昇した。
セグレは三人が完全に放牧篭のなかへ姿を消すのを目でたしかめると、懐から伝話貝を取りだした。
「マレにつながれ。」
伝話貝がおなじみのかたちに変化した。
耳のかたちになった貝に向かってセグレが声をかけた。
「カバリー殿、第四の放牧篭の長セグレだ。うむ、こちらこそお久しゅう。」
セグレは言った。
「大至急、族長様のお耳に入れたいことができたのだ。いまあの方に伝話貝をつなげてもよろしいか? そうか、かたじけない。」
解はふと思いついて上空を指さした。
「上の大きいやつもだれかが編んだんですか? こういうバスケットみたいに?」
セグレのすぐそばでもう一人の男が耳障りな声をあげてわらった。
「そんなことも知らないのかよ。見たところケルキトとおなじくらいの歳のくせに。」
セグレはニコリともしなかった。
そのかわりつぶやくように言った。
「この子はどうやら本当にここへ来たばかりのようだ。」
いまぼくをわらったやつがケルキトの兄さんのバロー、たぶん、と解は頭のなかでメモした。
イヤなやつ、たぶん、とも。
そしてイヤなやつよりずっと重要なことがある。
食べることだ。解はバスケットのなかのものを取りだした。
(すっぱいパンだ。骨鉱山で食べたやつ。)と解は気づいた。
結生や杉野母娘と一緒に食べたものだが、それになにか挟んである。
「いただきます。」
解は頭を下げるとそれにかぶりついた。
パンに挟んであるのはチーズのようで、解がこれまでに食べたどのチーズより塩気が強かった。だけどこんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてだと解は思った。空腹のためだろう。
解はしばらく無言でパンをかみしめて呑みこんだ。
一つ食べおえるとすぐ次にとりかかった。
二つめのパンには肉が挟んであった。薄く切った肉だ。これも塩辛い。
バスケットには他にトマトのような大きさの黄色い実が入っていた。
解はそれにもかぶりついた。
外見はトマトだけど中身はキュウリみたいだと感じた。
セグレが解に話しかけた。
「坊主、食べながら話せ。名前は?」
「解です。小松、解。」
「二つ名があるならたしかに地徒人だな。では解、あれはなんだ?」
セグレが指さしたのは、殻に閉じこもったままのタンだ。
解はこたえた。
「タンです。えーと、雑夙ってやつ。」
解の言葉をセグレが途中でさえぎった。
「ちがう。お前は知らないようだな。雑夙は全身が透けているやつのことだ。」
解はうなずいた。
「そうです、タンは雑夙だったんですよ、はじめに会ったときは。レシャバールさんがタンにあてる漢字を考えろっていうのでそうしたら、ああいう色になったんです。」
セグレの目つきが変わった。
彼は解にバスケットを渡したときよりずっとむずかしい顔になってタンと解を交互に見比べた。解は居心地が悪くなった。
解はセグレの顔から目をそらせた。
なんとなしに視線を下げると、セグレの腰のベルトに鈍い色の金属のメダルが見えた。青銅のエンブレムだ。三叉の鉾の意匠がほどこしてある。
バローが高い声をあげた。
「こいつは一体なにを言ってるんだ? そんなことあるわけがない。全部ウソだ、きっとどこかで聞いた話をうまいことつなぎあわせて適当なことを言ってるんだよ。」
「ウソじゃないぞ。」
解は腹が立って言いかえした。
あたりを見まわして適当な小石や小枝を探したが見つからず、解は立ちあがった。
そして靴のつまさきで地面に「卵」の文字を書いてみせた。
「ほら、この字だよ。卵。だってタンって卵みたいなかたちをしているし、小さい子みたいな話し方をするんだよ。」
「タン、ちいさいコ、なイ。」
卵の殻の奥でタンが抗議をした。
解は言いかえした。
「そういう、どうでもいいことだけ口を挟むところが小さい子っぽいんだよ、タンは。」
「おまエ、うるさイ。」
「どっちが。」
解とタンのやりとりに、ケルキトが目を丸くした。
「うわっ、しゃべった。石じゃないんだ。」
解はうなずいた。
「ぼくと結生くん二人とも『卵』の字を連想した。それをレシャバールさんが『承認する』って言って、そしたらタンの殻の色が透明じゃなくなった。それまでは向こうが透けて見えたんだよ。」
「ケルキト、バロー、お前たちは先に放牧篭へもどれ。イサナ、子どもたちを連れていけ。」
セグレが解の話をさえぎった。
兄弟は二人とも父親へ向かって明らかに不満そうな顔をした。
が、イサナと呼ばれた二人の母親はセグレに向かってうなずいた。
「わかった。さ、お前たち、行くよ。」
「ええっ、おもしろい話なのに!」
「先にもどるのはケルキトだけでいいぞ、父さん。このチビをどうするか決めるときにオレの意見もきいたほうが役に立つはずだ。だってオレは。」
「バロー、黙れ。いいから行け。今すぐだ。」
セグレは二人の息子をひとにらみした。こわい顔だ。
ケルキトはしまったという顔で首を縮こまらせ、バローはいっそう不満気な顔になったが、それでも二人ともイサナに促されてふわりと上昇した。
セグレは三人が完全に放牧篭のなかへ姿を消すのを目でたしかめると、懐から伝話貝を取りだした。
「マレにつながれ。」
伝話貝がおなじみのかたちに変化した。
耳のかたちになった貝に向かってセグレが声をかけた。
「カバリー殿、第四の放牧篭の長セグレだ。うむ、こちらこそお久しゅう。」
セグレは言った。
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