天流衆国の物語

スズキマキ

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4章 コバルトブルーの放牧篭

47 放牧篭の人たち(前)

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「あ、気がついた。母さん、地徒人アダヒトが目をさましたよ。」
 解が目を開けたときにまっさきに視界に飛びこんできたのは、解とおなじくらいの年齢に見える少年の顔だ。
まっ黒な目とまっ黒な髪と、まっ白な肌の少年だった。
少年の上には、あのコバルトブルーの大きなかごが見えた。
解は頭を起こし、次に胴体を起こした。
フラフラする。
解は口を開けた。言葉を発しようとした。
が、その少年に向かって訴えたのは口よりも胃袋のほうが早かった。
解の腹が盛大な音で鳴った。
少年は変な顔をした。
「お前、腹がへってるのか。」
解はうなずいた。
「一日以上なにも食べてないんだ。」
「それでうちの羽毛蜥蜴ノルダーを盗むつもりだったのか? 食べるために?」
「ノルダーって食べられるの?」
少年はますます変な顔になった。
彼が解に向かって言葉を発するより早く、少年の上から大人の女の声がした。
「ケルキト、どきな。あたしが相手をする。あんた一体どこから来たの? あんたは地徒人アダヒトだよね?」
少年が身体をどかすと、背後に少年とよく似た女の人の姿があった。
どう見たって母子だよなと解は思った。
解は素直にうなずいた。
「そうです。ぼくは地徒人アダヒトです。小松解といいます。」
「いいかい、あたしたちの定住地にいる地徒人アダヒトの顔をあたしは全員知ってるんだ。だけどあんたの顔は初めて見る。もしかして鉱山のほうの地徒人アダヒト? それとも使師しし様のところ? どっちにしたって盗っ人は警官に突きだすけどね。」
「よかった。」
解はわらった。
ノルダーの飼いぬしである親子は顔を見あわせた。
そして母親が解にたずねた。
「よかったってなにが? あんた頭が変なのかい? これから捕まるってのに。そういえば気を失う前にもわらっていたね。」
「警官に会えるなら凱風って人がどこにいるか聞けるかと思って。」
 解の言葉に女の表情が変化した。
凱風ガイフウだって? あんた南流の凱風様を知っているのかい? じゃあやっぱり使師様か、それとも使師様に縁のある地徒人アダヒト?」
「ぼくはレシャバールさんという人から凱風さんに会うように頼まれた、じゃない、命令されたんです。」
女は一瞬だまりこんだ。
そして解の顔を穴があくかというほど見つめた。
それはまるで、解の頭が正常に働いているのか慎重に吟味しているような目つきだった。
彼女は眉をよせて言った。

「あんたは自分でなにを言っているのかわかっているの? レシャバールって王様のことかい? 王府にお住まいの方がこんな僻地にいるあんたにどうやって命令を下すのさ? 伝話貝スホベイでも使ったというのかい? あんたは伝話貝スホベイを持てるほどえらいの?」

今度は解がだまりこんだ。
そして女の言葉を頭のなかでくり返し、声に出してもくり返した。
「王様? 王様って言ったんですか? レシャバールさんって王様なんですか? たしかにえらそうな態度で、というかえらい人だと思ったけど、王様? ホントに?」
女はますます変な顔になった。
解は言葉をつづけた。ふだんなら頭のなかで考えるだけだが、いまはちがった。
お腹が減りすぎたのと頭が混乱したのとで、考えたことがそのまますべて口に出てしまった。
「カク・シが言ってた創詩ってやつに出てきた王様ですか? ええと一人の王、二つの文字でしたっけ? たしかにレシャバールさんは自分で『人の上に立つ』とかなんとか言ってた。あの、王様ってどれくらいえらい人なんですか? ぼくこっちに来てまだ少ししかたっていないので知らないことだらけなんです。」
解は一度口を閉じた。
自分が考えなしにしゃべっていることに気づいたのだ。
それに、解が伝える言葉はもっと他にあることにも気づいた。
これではダメだと解は思った。
解は声を改め、女に向かって話しかけた。
「お願いです、凱風って人に会わせてください。どこに行けば会えますか? ぼくはレシャバールさんから言づてを預かってきました。」
女は返事をしなかった。そのかわり、自分の息子に命じた。
「ケルキト、父さんを呼んでおいで。」
少年がうなずき、ふわりと舞いあがった。
女は篭のような球体へ向かうケルキト少年に、追いかけるように言葉を重ねた。
「バローがもし父さんと一緒にいたら、あの子にも来るように言いな。」
ケルキトが顔だけ母親のほうへ向けて言った。
「兄さんも? わかった。」
「それからついでに食べるものと飲むものを持っておいで。」
「そいつに食わせるの?」
「いくら盗っ人だからって飢え死にされちゃたまらないだろ。それにまだ子どもなんだから、ちょっとは世話してやるさ。」
「わかった、母さん。」
ケルキトが大人の男を二人連れてくるまでの時間が、長いのか短いのかも解にはわからなかった。

大人の男のうち、がっしりした体格で年上に見えるほうの一人が解にバスケットを差しだしながら名乗った。
「おれはセグレ、このケルキトの父親だ。」
「はじめまして、ありがとうございます。」
解はバスケットを受けとりながら礼をのべた。
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