天流衆国の物語

スズキマキ

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5章 武道家の女子、現る

58 花連(前)

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「着物?」
かいはつぶやいた。
女の子が解をジロリとにらんだ。
切れ長の黒い目つきはするどい。解の肩が自然にすくみあがった。
女の子は、
「これは道着。」
と短く言った。
ドウギってなんだ? と解は考えた。
頭のなかが混乱して、それが日本語なのか天流衆てんりゅうしゅうの言葉なのか判断できなかった。
だって袴だぞ、と解は思った。
こんな場所に袴をはいた女の子があらわれたんだぞ、と。
そして言葉がそのまま勝手に口から出てきた。
「なんでそんな格好なんですか?」
「稽古中だったから。」
解の頭のなかでケイコという音に稽古という漢字がつながるのに少しばかり時間がかかった。稽古の稽の字などというむずかしい字を解が書けるわけがない、もちろん。でも言葉としては知っている。
解はトウィードが説明してくれた話を思いだした。
天流衆が地徒人アダヒトから漢字も武道もとりいれたという話をだ。
解はたずねた。
「ええと、稽古って武道の?」
「そう。」
女の子はうなずいた。口から出る言葉が短い。
解はあわてて言った。
「ぼくは解、小松解です。」

女の子は人差し指で女の子自身を指した。
四ツ谷よつや花連かれん。」

そして彼女は、解がつぎの質問を口にするより早く、顔を上に向けて切れ長のするどい目を雑夙ボラスコに向けてつぶやいた。
「こんなに大きいのを初めて見た。」
「あの、あいつは雑夙ボラスコなんですか?」
解はたずねた。
花蓮と名乗った女の子がまたジロリと解を見た。
自然に身体が縮こまるのを気にしないようにしながら、解は言葉を重ねた。
「だって蘇石骨ベラットが見えないから。雑夙ボラスコだったら身体の奥に赤い光が見えるはずなのに。それにあいつの身体の奥はにごった色がどんどん広がってるし。」
花蓮が解の言葉に目を見ひらいた。
すっとした切れ長の目がほんの少しだけ大きくなった。
それから花連はうなずき、もう一度顔を上げると巨大な雑夙ボラスコを見あげた。
そして指さした。解は花連の指の先を見つめた。
花連が言った。
「骨がある。」
「あ、ホントだ。」
透けた雑夙ボラスコの胴体のまんなかにうっすらと骨らしきものが見えた。
背骨だ、と解は思った。
(骨もバカみたいに大きいな。)
解はあることに気づいて息をのんだ。
背骨の上のほうがじわじわと伸びている。
先端が胸の上のあたりにたどりつき、それがゆっくりと首の根もとへ伸びていき、さらに首へと伸びつづけている。
花連の声が聞こえた。
「骨が発達していく。」
「たいへんだ。」
解の顔から血の気が引いた。
そいつの身体がじわじわと変化している。そいつはいままさに育っている最中なのだ。
「いまのうちになんとかしないと、どんどん育っちゃう。ええと、ええと。」
「待って。骨なら育つほうがいい。」
「えっ?」
解は花連を見た。
花連が巨体をじっと見つめている。
解はたずねた。
「どういうことですか? 育ってしまったらあいつはもっと強くなっちゃうんじゃないですか? いまのうちならきっと身体がブヨブヨしているはずだから、どうにか出来るかもしれない。」
「固いほうが壊れやすい。」
「えっ?」
蘇石骨ベラットを取りだす。」
「あいつにも蘇石骨ベラットがあるんですか? ぜんぜん見えない。」
「変成しただけ。」
ぜんっぜんわからないぞ、と解は頭を抱えたい気分になった。
説明の言葉が短すぎるのだ。
花連が解の顔を見てけげんな表情になった。
「わからない?」
「できたらもっとくわしく話してほしいです。」
「あいつを引っくりかえす。」
花連は人差し指を立てた状態で手首を曲げ、指の先を下へ向けた。
上から下へ、花連の右手の人差し指が自動車のワイパーのようにきれいに動いた。
巨人の雑夙ボラスコのこともおなじようにきれいに引っくりかえすつもりのようだ。
解は目を丸くした。
「えええっ、そんなことできるんですか? どうやって?」
入身いりみ投げ。」
「えっ、それはどういうものですか、柔道?」
花連が三たびジロリと解をにらんだ。
「あんな野蛮なのと一緒にしないで。まったくもう武道といえばみんな空手か柔道だと決めつけるんだから。」
なんだよ長い言葉だって話せるんじゃないか、と解は思った。
だいたい解が説明してほしいのはあの巨人の倒し方であって花連がどんな武道をやっているかではないのだ。
解がそれを言おうとしたとき、上から声が降ってきた。
「花連さんだ!」
解が見あげると、そこにはカラジョルに乗ったケルキトと、そのそばにいつの間にかバローがいた。
花連が、
「バロー、久しぶり。」
と返事をした。解はキョトンとした。
「知りあいですか?」
「その人は北流の使師様のうちの一人だ。」
バローがえらそうな声をだした。解はまばたきをした。
「そうなの?」
「おれは定住地で北流のドージョーへ通うから、この人とはそのときに会うんだ。一緒にブドーの稽古をしている。うちの家族でブドーをやるのはおれが初めてなんだぞ。」
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