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5章 武道家の女子、現る
59 花連(後)
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バローの声がさらにえらそうになった。
ただし花連がそれにとりあう気配はなかった。
彼女が声をかけたのは、バローのとなりにいる弟だった。
「そのカラジョルをしばらく貸して。」
「おいケルキト、花連さんの言う通りにするんだ。」
バローが弟に命じた。もっともその言葉より一瞬早くケルキトは降下をはじめた。
花連のすぐそばにカラジョルが降りると、ケルキトはその背から離れてふわりと浮上した。
「ありがとう。」
花連はケルキトに礼を言った。それからバローに向かって、
「この放牧篭の長は?」
とたずねた。
バローがこたえた。
「おれの父です、セグレです。さっきケガをしてあなたが助けてくれました。」
「動けない、それなら他に指示を出せる人は?」
「トウィード様がいます。アシファット族の族長です。いまちょうどここに。」
「北流の総帥の娘御よ、なにをするつもりか。」
解の背後でトウィードが声をあげた。
バローがさっとトウィードを示した。
「この方がそうです。」
花連はトウィードに向かって胸に手をあて礼をした。
そして彼女はトウィードに近づき小声で手早く話をした。トウィードがうなずき、上昇した。
この二人だと話がすごく早いな、と解は感心した。
花連はカラジョルの背に乗った。
そして、
「変幻蚰蜒――岩になって。」
そう言った。
花連の声の響きに、解は(あっ。)と思った。
それは聞きおぼえのある響きだった。
あの運転手の声だ、と解は思いだした。
解や結生たちを電車に、いや電車のかたちに姿を変えたカラジョルに乗せて運んだ運転手。
あの男がカラジョルにかけた声の響きと花連のそれはおなじものだった。
解はこのときまだ、他の者の声と、花連や運転手の声のちがいは判別できても、それがどうちがうのかわからずにいた。でもとにかく、はっきり他の人とことなる声だ。
変幻蚰蜒が姿を変えた。
節のついた身体の両端、頭と尾の部分が下を向き、中央部が盛りあがって山なりにしなった。
花連が乗る位置がもっとも高い。
カラジョルのたくさんの足が身体の内側へ折れまがって見えなくなり、折れまがった体がさらに今度は横に広がってくっつき、節足動物のかたちがしだいにぼやけた。
青いカラジョルが青い岩に変化した。
花連がさらに声をかけた。
「変幻蚰蜒、大きくなって。」
青い岩が隆起した。
目に見える速さで大きさが変わり、それに乗った花連の位置が高くなっていく。
解は目を丸くして花連を見あげた。
大きく、大きくなっていく青い岩。
が、それでも巨人の雑夙(ボラスコ)よりは背が低かった。
変幻蚰蜒が最大限にかたちを変えたのが解にもわかったが、雑夙(ボラスコ)より二メートルばかり低いところまで伸びるのが精一杯だ。
知らず知らずのうちに解は足を動かしてその場から離れた。
高い位置にいる者をよく見るのには距離をとるほうが見やすい。
解は後ずさりして花連の姿がよく見える場所まで移動した。
そして(あっ。)と思った。
いつの間にか巨人の雑夙の腕のかたちが変化している。
肘のでっぱりがはっきりと見えた。
手首のあたりにも小さなでっぱりがあり、指のかたちも人間の手とおなじに見えた。
親指と小指はみじかく、人差し指と薬指は長くその間にある中指はさらに長く。
それに親指の位置は小指よりも低い。
いや、腕や手だけではない。
背中はゆるやかに湾曲して肩甲骨のかたちが見えたし、腰のあたりは少々へこんで、尻のかたちもはっきりしている。どんどんかたちが細かくなっていく。
高い岩の上で花連が立ちあがるのが解の目にうつった。
花連が変幻蚰蜒をいたわった。
「ありがとう。」
地面から見あげるだけなのに、解は目がくらむような気分を味わった。
あんなに高いところに立つなんて、と考えるだけで足がふるえた。
だけど花連は青い岩の上でまっすぐに立った。
二本の足を前後に開き、背筋をスッと伸ばして大きな雑夙の背中を見すえた。
「ブドーの構えだ!」
バローが叫んだ。バローの言葉がすごく軽く響くのに解は気づいた。
ついさっきの花連の言葉とはなにかが全然ちがう。
それから解はもう一つべつのことにも気づいた。
(どうしてあの大きいやつは振りむかないんだろう。花連って子があんなに近くにいるのに。あっ、もしかして。)
解は巨人の頭部を見あげて目をこらした。
丸い頭部はまだ透けたままだ。そして耳がない。
(聞こえないんだ。)
解はよかったと思った。
巨人が背後の気配に気づかずにいるなら、花連のやろうとすることが上手くいくかもしれない。
もっとも解には花連の思惑がさっぱりわからずにいるのだが。
ところが巨人の頭部も変化をはじめた。
首と頭部の境目がくっきりし、頭部の左右が盛りあがってでっぱりが生じた。
解は息をのんだ。
そのでっぱりが楕円のかたちになり、ゆっくりと耳のかたちに変化していく。
花連が岩の上ですべるように動いた。
上半身がまったくぶれない。
ただし花連がそれにとりあう気配はなかった。
彼女が声をかけたのは、バローのとなりにいる弟だった。
「そのカラジョルをしばらく貸して。」
「おいケルキト、花連さんの言う通りにするんだ。」
バローが弟に命じた。もっともその言葉より一瞬早くケルキトは降下をはじめた。
花連のすぐそばにカラジョルが降りると、ケルキトはその背から離れてふわりと浮上した。
「ありがとう。」
花連はケルキトに礼を言った。それからバローに向かって、
「この放牧篭の長は?」
とたずねた。
バローがこたえた。
「おれの父です、セグレです。さっきケガをしてあなたが助けてくれました。」
「動けない、それなら他に指示を出せる人は?」
「トウィード様がいます。アシファット族の族長です。いまちょうどここに。」
「北流の総帥の娘御よ、なにをするつもりか。」
解の背後でトウィードが声をあげた。
バローがさっとトウィードを示した。
「この方がそうです。」
花連はトウィードに向かって胸に手をあて礼をした。
そして彼女はトウィードに近づき小声で手早く話をした。トウィードがうなずき、上昇した。
この二人だと話がすごく早いな、と解は感心した。
花連はカラジョルの背に乗った。
そして、
「変幻蚰蜒――岩になって。」
そう言った。
花連の声の響きに、解は(あっ。)と思った。
それは聞きおぼえのある響きだった。
あの運転手の声だ、と解は思いだした。
解や結生たちを電車に、いや電車のかたちに姿を変えたカラジョルに乗せて運んだ運転手。
あの男がカラジョルにかけた声の響きと花連のそれはおなじものだった。
解はこのときまだ、他の者の声と、花連や運転手の声のちがいは判別できても、それがどうちがうのかわからずにいた。でもとにかく、はっきり他の人とことなる声だ。
変幻蚰蜒が姿を変えた。
節のついた身体の両端、頭と尾の部分が下を向き、中央部が盛りあがって山なりにしなった。
花連が乗る位置がもっとも高い。
カラジョルのたくさんの足が身体の内側へ折れまがって見えなくなり、折れまがった体がさらに今度は横に広がってくっつき、節足動物のかたちがしだいにぼやけた。
青いカラジョルが青い岩に変化した。
花連がさらに声をかけた。
「変幻蚰蜒、大きくなって。」
青い岩が隆起した。
目に見える速さで大きさが変わり、それに乗った花連の位置が高くなっていく。
解は目を丸くして花連を見あげた。
大きく、大きくなっていく青い岩。
が、それでも巨人の雑夙(ボラスコ)よりは背が低かった。
変幻蚰蜒が最大限にかたちを変えたのが解にもわかったが、雑夙(ボラスコ)より二メートルばかり低いところまで伸びるのが精一杯だ。
知らず知らずのうちに解は足を動かしてその場から離れた。
高い位置にいる者をよく見るのには距離をとるほうが見やすい。
解は後ずさりして花連の姿がよく見える場所まで移動した。
そして(あっ。)と思った。
いつの間にか巨人の雑夙の腕のかたちが変化している。
肘のでっぱりがはっきりと見えた。
手首のあたりにも小さなでっぱりがあり、指のかたちも人間の手とおなじに見えた。
親指と小指はみじかく、人差し指と薬指は長くその間にある中指はさらに長く。
それに親指の位置は小指よりも低い。
いや、腕や手だけではない。
背中はゆるやかに湾曲して肩甲骨のかたちが見えたし、腰のあたりは少々へこんで、尻のかたちもはっきりしている。どんどんかたちが細かくなっていく。
高い岩の上で花連が立ちあがるのが解の目にうつった。
花連が変幻蚰蜒をいたわった。
「ありがとう。」
地面から見あげるだけなのに、解は目がくらむような気分を味わった。
あんなに高いところに立つなんて、と考えるだけで足がふるえた。
だけど花連は青い岩の上でまっすぐに立った。
二本の足を前後に開き、背筋をスッと伸ばして大きな雑夙の背中を見すえた。
「ブドーの構えだ!」
バローが叫んだ。バローの言葉がすごく軽く響くのに解は気づいた。
ついさっきの花連の言葉とはなにかが全然ちがう。
それから解はもう一つべつのことにも気づいた。
(どうしてあの大きいやつは振りむかないんだろう。花連って子があんなに近くにいるのに。あっ、もしかして。)
解は巨人の頭部を見あげて目をこらした。
丸い頭部はまだ透けたままだ。そして耳がない。
(聞こえないんだ。)
解はよかったと思った。
巨人が背後の気配に気づかずにいるなら、花連のやろうとすることが上手くいくかもしれない。
もっとも解には花連の思惑がさっぱりわからずにいるのだが。
ところが巨人の頭部も変化をはじめた。
首と頭部の境目がくっきりし、頭部の左右が盛りあがってでっぱりが生じた。
解は息をのんだ。
そのでっぱりが楕円のかたちになり、ゆっくりと耳のかたちに変化していく。
花連が岩の上ですべるように動いた。
上半身がまったくぶれない。
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