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5章 武道家の女子、現る
63 再び影のなかへ
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みじかい手足が殻の外へ出てきた。
タンがどういうときに動く気になってどういうときに動かなくなるのか、さっぱりわからないぞ、と解は思った。
放牧篭の下へふたたび降りたとき、解は大きな雑夙を見た。
巨人の苦しそうな咆哮がまだ解の耳に残っている。
雑夙は腹に放牧篭の枝を打ちこまれて苦悶したときの表情のままで死んでいた。
なにかがまちがっている、と解は思った。
どうまちがっているのか、なぜ自分がそう思うのかわからないけど、でもまちがっていると強く思った。
解は、花連が一抱えほどもある大きな蘇石骨を持っているのに気づいた。
「それ、あいつのですか?」
「持っていく。」
「さっきまでそれが燃える炎みたいだったのは、どうして?」
花連の視線が解の顔を一なでした。それだけだった。花連はなにも言わなかった。
解はくり返しおなじ質問をすることを止めた。
花連にもわからないのかもしれないし、そうでないなら解に話す必要のないことかもしれないと思った。
トウィードが声をあげた。
「では花連殿、案内を頼む。」
花連がうなずき、歩きはじめた。
花連のあとにトウィードが地面すれすれに飛びながらつづき、トウィードのあとにタンがつづき、いちばん後ろを解が歩いた。
花連はまっすぐに進んだ。
解がここへやってきたのとは反対の方向だ、と解は気づいた。
いつの間にか日が傾いていた。ずいぶん長い一日だと解は思った。
自分が疲れているのかどうかもわからなかった。
午前中にたくさん歩いたために足の裏は痛かったけれど、痛いのと疲労にずれがあった。
いろんなことがありすぎて興奮しているのだろうか。
花連が足を向けた先に一本の木が立っていた。
とても背の高い木だ。
解は木を見あげた。
大ぶりの葉が茂り、たくさんの小さな白い花が咲いていた。
花びらが木の下へ一枚、また一枚と舞い散る。
きれいな光景だなと解は思った。
なんとなしに一片の花びらが木の枝を離れてひらひらと落ちていくのを見守った。
そして気づいた。
その花びらは地面にふれなかった。
解は目をまたたいた。
他の花びらにもおなじように視線をそそいだ。
解が目を止めた二枚目の花びらも一枚目とおなじだった。解はさらにべつの花びらを見つめたが、どの花びらもおなじだ。
花びらは枝から離れて落ちていくが、どれも地面に着く前に途中で消えるのだ。
解は地面をじいーっと見つめた。
木の下の地面は黒かった。解は(あっ。)と思った。
「シェルギの影だ!」
「そのようだ。」
トウィードの声がうなずいた。
前を歩く花連が振りむいて影を指さした。
「あそこから行く。」
花連はふたたび前を向き、速さをゆるめることなく歩きつづけた。
トウィードは地面から人一人ぶんほど離れた位置を飛翔し、タンは解より頭一つぶん背が低いために、解の視線の先に空間ができて花連の後ろ姿がよく見えた。
花連の足が黒い地面を踏んだ。
まっすぐな姿勢がきれいだと解は思った。
きれいな女の子というよりは、たとえば走る馬や飛ぶ鳥やよく手入れされた刀がきれいに見えるのとおなじに見えた。
木のそばへ近づくとほんのりと甘い香りが漂った。
花連の束ねた髪の毛と肩に白い花びらが舞い落ちた。
初めに会ったときにはすごく変に見えた白い道着と濃い色の袴が、花びらのために違和感なくあたりの景色にとけこんだ。
やがて、花連の後ろ姿がゆっくりと見づらくなっていった。
解は自分たちが暗闇にとけこんだことに気づいた。
兆却亀の影に入ったのだ。
(ここを出たらーー。)
解は心のなかでつぶやいた。
(凱風って人にまた近づくんだ。)
花連の後ろ姿はもう見えない。完全に暗闇と同化してしまった。
解は視線を上へ向けた。
トウィードの姿も見えない。
今度は下を向くと、タンがいた。
(視界がきく範囲がほんの一メートルくらいだ。)
緊張で解の胸がドキドキした。
(見えないけど多分もう少しだ、もう少しーー。)
そのとき、ジャリ、という音がした。聞きおぼえのある足音だ。
草履が土を踏む音だと解は気づいた。
花連の足音だ。
ほどなくタンが足を止めた。
どうも花連が足を止めたため彼女の後ろにつづく者も順番に止まったようだ。
解もそうした。
そして前方から声が聞こえた。
「これはこれは、兆却亀の暗き道で行き交うとは、めずらしいこともあるものだ。」
低い声だ。
朗々とした、舞台の上の役者のようなよどみのない声。
解は息をのんだ。
それはカク・シの声だった。
「その装束、それに生きたまま地に足を着けることができる、ならば四使だな。だとしたらあなたは私がいままで出会ったうちでもっとも若く、またもっとも美しい四使だよ、お嬢さん。」
シェルギの影が生んだ暗闇のなかで、その声はよく響いた。
解の立つ位置からは声のぬしの姿はまったく見えない。
それでも解は身体をかたくした。
(どうしてここにカク・シがいるんだろう?)
そして気づいた。
(カク・シもシェルギの影を通ってどこかへ行く途中だったんだ。)
タンがどういうときに動く気になってどういうときに動かなくなるのか、さっぱりわからないぞ、と解は思った。
放牧篭の下へふたたび降りたとき、解は大きな雑夙を見た。
巨人の苦しそうな咆哮がまだ解の耳に残っている。
雑夙は腹に放牧篭の枝を打ちこまれて苦悶したときの表情のままで死んでいた。
なにかがまちがっている、と解は思った。
どうまちがっているのか、なぜ自分がそう思うのかわからないけど、でもまちがっていると強く思った。
解は、花連が一抱えほどもある大きな蘇石骨を持っているのに気づいた。
「それ、あいつのですか?」
「持っていく。」
「さっきまでそれが燃える炎みたいだったのは、どうして?」
花連の視線が解の顔を一なでした。それだけだった。花連はなにも言わなかった。
解はくり返しおなじ質問をすることを止めた。
花連にもわからないのかもしれないし、そうでないなら解に話す必要のないことかもしれないと思った。
トウィードが声をあげた。
「では花連殿、案内を頼む。」
花連がうなずき、歩きはじめた。
花連のあとにトウィードが地面すれすれに飛びながらつづき、トウィードのあとにタンがつづき、いちばん後ろを解が歩いた。
花連はまっすぐに進んだ。
解がここへやってきたのとは反対の方向だ、と解は気づいた。
いつの間にか日が傾いていた。ずいぶん長い一日だと解は思った。
自分が疲れているのかどうかもわからなかった。
午前中にたくさん歩いたために足の裏は痛かったけれど、痛いのと疲労にずれがあった。
いろんなことがありすぎて興奮しているのだろうか。
花連が足を向けた先に一本の木が立っていた。
とても背の高い木だ。
解は木を見あげた。
大ぶりの葉が茂り、たくさんの小さな白い花が咲いていた。
花びらが木の下へ一枚、また一枚と舞い散る。
きれいな光景だなと解は思った。
なんとなしに一片の花びらが木の枝を離れてひらひらと落ちていくのを見守った。
そして気づいた。
その花びらは地面にふれなかった。
解は目をまたたいた。
他の花びらにもおなじように視線をそそいだ。
解が目を止めた二枚目の花びらも一枚目とおなじだった。解はさらにべつの花びらを見つめたが、どの花びらもおなじだ。
花びらは枝から離れて落ちていくが、どれも地面に着く前に途中で消えるのだ。
解は地面をじいーっと見つめた。
木の下の地面は黒かった。解は(あっ。)と思った。
「シェルギの影だ!」
「そのようだ。」
トウィードの声がうなずいた。
前を歩く花連が振りむいて影を指さした。
「あそこから行く。」
花連はふたたび前を向き、速さをゆるめることなく歩きつづけた。
トウィードは地面から人一人ぶんほど離れた位置を飛翔し、タンは解より頭一つぶん背が低いために、解の視線の先に空間ができて花連の後ろ姿がよく見えた。
花連の足が黒い地面を踏んだ。
まっすぐな姿勢がきれいだと解は思った。
きれいな女の子というよりは、たとえば走る馬や飛ぶ鳥やよく手入れされた刀がきれいに見えるのとおなじに見えた。
木のそばへ近づくとほんのりと甘い香りが漂った。
花連の束ねた髪の毛と肩に白い花びらが舞い落ちた。
初めに会ったときにはすごく変に見えた白い道着と濃い色の袴が、花びらのために違和感なくあたりの景色にとけこんだ。
やがて、花連の後ろ姿がゆっくりと見づらくなっていった。
解は自分たちが暗闇にとけこんだことに気づいた。
兆却亀の影に入ったのだ。
(ここを出たらーー。)
解は心のなかでつぶやいた。
(凱風って人にまた近づくんだ。)
花連の後ろ姿はもう見えない。完全に暗闇と同化してしまった。
解は視線を上へ向けた。
トウィードの姿も見えない。
今度は下を向くと、タンがいた。
(視界がきく範囲がほんの一メートルくらいだ。)
緊張で解の胸がドキドキした。
(見えないけど多分もう少しだ、もう少しーー。)
そのとき、ジャリ、という音がした。聞きおぼえのある足音だ。
草履が土を踏む音だと解は気づいた。
花連の足音だ。
ほどなくタンが足を止めた。
どうも花連が足を止めたため彼女の後ろにつづく者も順番に止まったようだ。
解もそうした。
そして前方から声が聞こえた。
「これはこれは、兆却亀の暗き道で行き交うとは、めずらしいこともあるものだ。」
低い声だ。
朗々とした、舞台の上の役者のようなよどみのない声。
解は息をのんだ。
それはカク・シの声だった。
「その装束、それに生きたまま地に足を着けることができる、ならば四使だな。だとしたらあなたは私がいままで出会ったうちでもっとも若く、またもっとも美しい四使だよ、お嬢さん。」
シェルギの影が生んだ暗闇のなかで、その声はよく響いた。
解の立つ位置からは声のぬしの姿はまったく見えない。
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