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7章 峡谷の異変
86 異形の者
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解は青い大岩が落ちていくさまを目で追いかけた。
川底には大きな岩がいくつも転がっていた。
落下した岩のうえにまた岩が重なり、ある箇所では川底が見えなくなっている。
思わず解はつぶやいた。
「ダムみたいだ。」
花連がうなずいた。
「水をせきとめている。」
その間にもバラバラと青い岩石や砂礫が川底に落ちる。
いや、落ちていくのは岩や砂だけではなかった。
解は息をのんだ。
だれか人間が岩と一緒に落ちていくのが見えた。
そのだれかは、川底にふれるギリギリ手前で体勢を立てなおして降下を止めた。
それからゆっくりと上昇した。
(そうだ、あの人たちは飛べるんだものな。)と解は思ったが、その人の動きはひどくのろのろしており、しかも不安定だった。
まっすぐに飛べなかった。
もしかしてどこか怪我をしているのかもしれない。
「あそこ。」
花連の声がした。
解は顔を上げて花連を見て、そして花連の視線の先を目で追いかけた。
そこに人影があった。
飛びまわるアシファット族の人達よりずっと大きな、大きすぎる影だ。
その影の大きさと比べたらアシファット族が小鳥のように見えるほどだ。
そいつは腰をかがめて断崖の盛りあがっている箇所に手を伸ばした。
アシファット族が数人、そいつに向かっていく。
大きなやつはハエでも追いはらうような無造作な態度でアシファット族を手のひらで払った。
巨大すぎる手のひらがアシファット族の一人に衝突した。
衝突した男がまるでオモチャみたいに軽く吹っとんだ。
解は思わず顔をゆがめた。
吹っとばされた男は上空で止まった。
その間に大きなやつがふたたび断崖の隆起した箇所にかじりついた。
大きなやつが腰をかがめ、力の限り踏んばった。
次に起きたことは一瞬、見まちがいではないかと解は自分の目を疑った。
その大きなやつが断崖の一部を引きちぎったのだ。
そいつは青い岩石をゆっくりと持ちあげた。
ズン、と、音とも響きともつかない気配がした。
解は声をあげた。
「あいつだ。ケルキトたちの放牧篭を壊したやつ。」
花連が倒したはずの、あのときトウィード率いるアシファット族の人達が腹を裂いて蘇石骨をとりだしたはずの、巨大な雑夙。
「あいつ、生きてたのか。」
「ちがう。」
花連がすぐさま否定した。
「蘇石骨をとった。」
「でも。」
解が反論しようとしたところへ伊吹が口をはさんだ。
「蘇石骨がないのに動く雑夙なんていないよ。」
解は思わず顔をしかめた。
「だったらもしかして幽霊とか?」
「ちがうと思うよ。ほら、あそこを見てごらん。」
伊吹が指さした。伊吹の顔は解や花連とは反対側、左側の断崖を向いている。
解は彼の指先のそのまた先を見て、目を大きく見ひらいた。
そこにもおなじやつがいた。
岸壁にあるべつの隆起した箇所に手をかけている。
解は思わずきょろきょろといそがしく顔を左右に動かした。
右側の断崖と左側の断崖で、ほとんどおなじ光景がくり広げられている。
巨大な雑夙が岩石を断崖から引きちぎろうとする。
アシファット族の人達がそいつを取りかこむ。
だれかがそいつに向かっていくと、そいつがうるさそうに手で払う。
「えっ、ええっ、大きいやつが二人いる?」
「あそこにも。」
今度は花連が指さした。
解はそっちにも視線を走らせた。
花連の言うとおりだ。
最初に見つけた巨大な雑夙から百メートルほど離れたところに三人目がいた。
解はつい、自分でもどうでもいいようなことを口にした。
「幽霊じゃないんだ。」
伊吹が苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「うーん、もしかしたら幽霊より厄介かもしれないよ。」
「えっ?」
「おかしい。」
「おかしいって、花連さん、なにが?」
解に向かって説明をしたのは花連ではなくて伊吹だった。
「雑夙ってのはね、解くん、名前をつけようがないからまとめて雑夙と呼ぶんだ。なぜなら一匹一匹ぜんぶちがうんだよ。無原則に生まれて育つんだ。足が十本のやつもいるし一本もないやつもいる。大きいのも小さいのもいる。言葉をしゃべるのもたまに生まれる。人や家畜をおそう獰猛なやつに育つ場合もあるし、なにも食べないで死ぬ場合もある。口や歯がないのもいるからね。とにかく名前なんてつけたらキリがないんだ。」
「はい。」
解はうなずいた。
はじめに骨鉱山で出会った三本足のやつ、巨大なやつ、それにはじめて会ったときのタン。
どれも、大きさもかたちもちがった。
伊吹が低く言った。
「あのからだの色は雑夙だ。まちがいない。ところがどうだ、みんなおなじ大きさとかたちだ。」
「あっ。」
「ね、おかしいだろ。あんなのぼくは初めて見た。」
解の胸のあたりが不安でざわざわした。
カク・シの言葉が頭のなかでグルグルした。
なにかが起きる、なにかが起きる、なにかが起きる……。
伊吹が言った。
「日方が伝えてきたのはこいつらのことだ。アシファット族はあの巨大な雑夙の動きをとめるために集結したんだ。ところで、伝話貝で聞いた話より、もっとまずくなっている気がするね。」
「えっ?」
解はドキッとした。
伊吹が説明した。
「夜中の話では雑夙があらわれたのはシャジン峡谷だという。ところがここはシャジン峡谷のずっと下流だ。」
川底には大きな岩がいくつも転がっていた。
落下した岩のうえにまた岩が重なり、ある箇所では川底が見えなくなっている。
思わず解はつぶやいた。
「ダムみたいだ。」
花連がうなずいた。
「水をせきとめている。」
その間にもバラバラと青い岩石や砂礫が川底に落ちる。
いや、落ちていくのは岩や砂だけではなかった。
解は息をのんだ。
だれか人間が岩と一緒に落ちていくのが見えた。
そのだれかは、川底にふれるギリギリ手前で体勢を立てなおして降下を止めた。
それからゆっくりと上昇した。
(そうだ、あの人たちは飛べるんだものな。)と解は思ったが、その人の動きはひどくのろのろしており、しかも不安定だった。
まっすぐに飛べなかった。
もしかしてどこか怪我をしているのかもしれない。
「あそこ。」
花連の声がした。
解は顔を上げて花連を見て、そして花連の視線の先を目で追いかけた。
そこに人影があった。
飛びまわるアシファット族の人達よりずっと大きな、大きすぎる影だ。
その影の大きさと比べたらアシファット族が小鳥のように見えるほどだ。
そいつは腰をかがめて断崖の盛りあがっている箇所に手を伸ばした。
アシファット族が数人、そいつに向かっていく。
大きなやつはハエでも追いはらうような無造作な態度でアシファット族を手のひらで払った。
巨大すぎる手のひらがアシファット族の一人に衝突した。
衝突した男がまるでオモチャみたいに軽く吹っとんだ。
解は思わず顔をゆがめた。
吹っとばされた男は上空で止まった。
その間に大きなやつがふたたび断崖の隆起した箇所にかじりついた。
大きなやつが腰をかがめ、力の限り踏んばった。
次に起きたことは一瞬、見まちがいではないかと解は自分の目を疑った。
その大きなやつが断崖の一部を引きちぎったのだ。
そいつは青い岩石をゆっくりと持ちあげた。
ズン、と、音とも響きともつかない気配がした。
解は声をあげた。
「あいつだ。ケルキトたちの放牧篭を壊したやつ。」
花連が倒したはずの、あのときトウィード率いるアシファット族の人達が腹を裂いて蘇石骨をとりだしたはずの、巨大な雑夙。
「あいつ、生きてたのか。」
「ちがう。」
花連がすぐさま否定した。
「蘇石骨をとった。」
「でも。」
解が反論しようとしたところへ伊吹が口をはさんだ。
「蘇石骨がないのに動く雑夙なんていないよ。」
解は思わず顔をしかめた。
「だったらもしかして幽霊とか?」
「ちがうと思うよ。ほら、あそこを見てごらん。」
伊吹が指さした。伊吹の顔は解や花連とは反対側、左側の断崖を向いている。
解は彼の指先のそのまた先を見て、目を大きく見ひらいた。
そこにもおなじやつがいた。
岸壁にあるべつの隆起した箇所に手をかけている。
解は思わずきょろきょろといそがしく顔を左右に動かした。
右側の断崖と左側の断崖で、ほとんどおなじ光景がくり広げられている。
巨大な雑夙が岩石を断崖から引きちぎろうとする。
アシファット族の人達がそいつを取りかこむ。
だれかがそいつに向かっていくと、そいつがうるさそうに手で払う。
「えっ、ええっ、大きいやつが二人いる?」
「あそこにも。」
今度は花連が指さした。
解はそっちにも視線を走らせた。
花連の言うとおりだ。
最初に見つけた巨大な雑夙から百メートルほど離れたところに三人目がいた。
解はつい、自分でもどうでもいいようなことを口にした。
「幽霊じゃないんだ。」
伊吹が苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「うーん、もしかしたら幽霊より厄介かもしれないよ。」
「えっ?」
「おかしい。」
「おかしいって、花連さん、なにが?」
解に向かって説明をしたのは花連ではなくて伊吹だった。
「雑夙ってのはね、解くん、名前をつけようがないからまとめて雑夙と呼ぶんだ。なぜなら一匹一匹ぜんぶちがうんだよ。無原則に生まれて育つんだ。足が十本のやつもいるし一本もないやつもいる。大きいのも小さいのもいる。言葉をしゃべるのもたまに生まれる。人や家畜をおそう獰猛なやつに育つ場合もあるし、なにも食べないで死ぬ場合もある。口や歯がないのもいるからね。とにかく名前なんてつけたらキリがないんだ。」
「はい。」
解はうなずいた。
はじめに骨鉱山で出会った三本足のやつ、巨大なやつ、それにはじめて会ったときのタン。
どれも、大きさもかたちもちがった。
伊吹が低く言った。
「あのからだの色は雑夙だ。まちがいない。ところがどうだ、みんなおなじ大きさとかたちだ。」
「あっ。」
「ね、おかしいだろ。あんなのぼくは初めて見た。」
解の胸のあたりが不安でざわざわした。
カク・シの言葉が頭のなかでグルグルした。
なにかが起きる、なにかが起きる、なにかが起きる……。
伊吹が言った。
「日方が伝えてきたのはこいつらのことだ。アシファット族はあの巨大な雑夙の動きをとめるために集結したんだ。ところで、伝話貝で聞いた話より、もっとまずくなっている気がするね。」
「えっ?」
解はドキッとした。
伊吹が説明した。
「夜中の話では雑夙があらわれたのはシャジン峡谷だという。ところがここはシャジン峡谷のずっと下流だ。」
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