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8章 地徒人の少年がもたらすもの
101 凱風師と
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「いやはやまったく、これほど大きくなられるとは! 以前お目にかかったときには半分ほどの大きさでありましたのにな!」
エルグベームが言い、メラウィもうなずいた。
この人たちはみんな凱風先生に会ったことがあるのか、と解は思った。
そしてあることに気づいた。
自分がごく当たり前に凱風のことを「先生」と考えている、そのことにだ。
そしてそれは解だけではないようだった。
花連が言った。
「私も、お久しぶりです、凱風先生。」
凱風がほほえんだ。
「ずいぶん大きくなったね、花連。それにお父上のもとで熱心に稽古にはげんでいるようだ、ふむふむ。前に会ったときとは立ち姿がちがうね。武道家らしくなってきたようだ。」
その言葉に花連が微笑した。
解は思わず、花連の顔を二度見した。
花連がわらったのをはじめて見たからだ。
凱風がその場にいる者を見わたした。
「ふむ、青の亜陸の方々には義理を欠いたようだ。私はついこの間ここへ訪れたつもりでいたけれど、よく考えたらみなさんの感覚ではちがうのだった、ふむふむ。失礼した。しばらく自分の道場にこもったのは、この身体であちこち出歩くと迷惑をかけると考えてのこと。なにしろ一般的な天流衆の住まいの天井よりも高い背になってしまったので。いやはや、一体あとどれほど背が伸びるのか。これはこれで不便でね。」
それから凱風は、解を見た。
「君、すまないがこの小さいのをどけてくれないか。先ほどからくすぐったくてね。」
「うわ、すみません! ちょっと、タン!」
解はあわててタンを凱風の大きすぎる足元から引きはがした。
タンはじたばたした。
「うまそウ。」
「食べるものじゃないから!」
「南流の使をここへ呼ぶことは可能でしょうか、凱風師。」
四ツ谷枢が凱風に語りかけ、タンの乱した空気がもとへもどった。
凱風がうなずいた。
「可能だね。人数については、かけられる時間によるがね。」
「北流と南流、それに放牧民が力を合わせれば、あの雑夙を制することができるかもしれません。いや、『かもしれない』でなく、そうせねばなりますまい。」
「あいつらは一体なんだ? あのようにおなじかたちの雑夙がたくさん生まれるなど初めて見たぞ。」
エルグベームが首をかしげメラウィもうなずいた。
トウィードが苦々しくつぶやいた。
「あの大きさ、あの数だ。しかも戦いのうちに協力しあうこともおぼえた。」
放牧民の族長三人は話しあいをはじめた。
「黒の意裁官が三百をこえると言っておったぞ。あんなでかいのが三百だぞ、狂っとる!」
「今日のうちに亜陸の全域から一族を集める。」
「お聞きしますが、私が合流するまえ、一匹を倒すのに何人でかかったのです? 一体何人集めれば対抗できるというのです?」
「何人だと? 集めるだけかき集めるのに決まっておるだろうが! ブレバ族もいそぎ招集せい! ウィリ・ウィリの世話をするだけの大人しい民でも数は頼めよう!」
「いやはや、エルグベーム殿はあいかわらず口が悪くて困りますな。世話をする『だけ』などという言い方はないでしょう。」
「この前の大会での散々な結果を忘れたか! いいかブレバ族、この騒動が一段落したら若いのをこっちの定住地に寄こせ! 儂が鍛えてやる! だがとにかくいまは少しでも多く戦力になるやつを集めろ! とっとと伝話貝を出さんかい!」
「ほかの放牧民はどうだ? ミヌアノ族とシェヘリ族は?」
どんっ、と解の肩になにかが置かれた。
解は飛びあがった。
ビックリして肩を見るとそこに凱風の指があった。
「ああ、おどろかせてしまったか。そっとふれたつもりだったが。君と話したいことがある。いいかね?」
「ええと、はい。」
「枢師、この子を少し借りるよ。」
凱風は四ツ谷枢に声をかけたあと、ひょいっと片手でタンを持ちあげた。
タンは大人しくしている。
においが気に入っているためかもしれない。
凱風が歩きだした。
解はあわててそのあとを追った。
川沿いに百メートルほどはなれたところで、凱風がタンをそっとおろした。
解はたずねた。
「タンにも話があるんですか。」
「ふむ、いや、この小さいのはオマケだな。あの場に残したら他の者に邪険に扱われるのがせいぜいじゃないかね。」
解はうなずいた。
実際にタンはあちこちで邪険に扱われてきたし、解自身だっておなじだと思った。
「凱風先生、タンのことをどうすればいいでしょうか。ぼくはいままでタンがいればレシャバールさんの話をしたときに信じてもらえる、王様の承認をしめすと思って連れてきました。」
「ふむ。」
「でも、こうやって凱風先生に会えました。そしたらタンのやることはこれでおしまいでしょう。」
凱風が顎をなでた。
「どんな者でも、『やる』より、まず『在る』ものだと思う。存在は存在そのものが本質である、私はそう思うね。」
解は目をまたたいた。
「ええと?」
「ここに卵が存在する、そのこと自体に意味はないともいえるし、しかし意味のないことがもっとも大きな意味である、ともいえる。ふーむ。」
エルグベームが言い、メラウィもうなずいた。
この人たちはみんな凱風先生に会ったことがあるのか、と解は思った。
そしてあることに気づいた。
自分がごく当たり前に凱風のことを「先生」と考えている、そのことにだ。
そしてそれは解だけではないようだった。
花連が言った。
「私も、お久しぶりです、凱風先生。」
凱風がほほえんだ。
「ずいぶん大きくなったね、花連。それにお父上のもとで熱心に稽古にはげんでいるようだ、ふむふむ。前に会ったときとは立ち姿がちがうね。武道家らしくなってきたようだ。」
その言葉に花連が微笑した。
解は思わず、花連の顔を二度見した。
花連がわらったのをはじめて見たからだ。
凱風がその場にいる者を見わたした。
「ふむ、青の亜陸の方々には義理を欠いたようだ。私はついこの間ここへ訪れたつもりでいたけれど、よく考えたらみなさんの感覚ではちがうのだった、ふむふむ。失礼した。しばらく自分の道場にこもったのは、この身体であちこち出歩くと迷惑をかけると考えてのこと。なにしろ一般的な天流衆の住まいの天井よりも高い背になってしまったので。いやはや、一体あとどれほど背が伸びるのか。これはこれで不便でね。」
それから凱風は、解を見た。
「君、すまないがこの小さいのをどけてくれないか。先ほどからくすぐったくてね。」
「うわ、すみません! ちょっと、タン!」
解はあわててタンを凱風の大きすぎる足元から引きはがした。
タンはじたばたした。
「うまそウ。」
「食べるものじゃないから!」
「南流の使をここへ呼ぶことは可能でしょうか、凱風師。」
四ツ谷枢が凱風に語りかけ、タンの乱した空気がもとへもどった。
凱風がうなずいた。
「可能だね。人数については、かけられる時間によるがね。」
「北流と南流、それに放牧民が力を合わせれば、あの雑夙を制することができるかもしれません。いや、『かもしれない』でなく、そうせねばなりますまい。」
「あいつらは一体なんだ? あのようにおなじかたちの雑夙がたくさん生まれるなど初めて見たぞ。」
エルグベームが首をかしげメラウィもうなずいた。
トウィードが苦々しくつぶやいた。
「あの大きさ、あの数だ。しかも戦いのうちに協力しあうこともおぼえた。」
放牧民の族長三人は話しあいをはじめた。
「黒の意裁官が三百をこえると言っておったぞ。あんなでかいのが三百だぞ、狂っとる!」
「今日のうちに亜陸の全域から一族を集める。」
「お聞きしますが、私が合流するまえ、一匹を倒すのに何人でかかったのです? 一体何人集めれば対抗できるというのです?」
「何人だと? 集めるだけかき集めるのに決まっておるだろうが! ブレバ族もいそぎ招集せい! ウィリ・ウィリの世話をするだけの大人しい民でも数は頼めよう!」
「いやはや、エルグベーム殿はあいかわらず口が悪くて困りますな。世話をする『だけ』などという言い方はないでしょう。」
「この前の大会での散々な結果を忘れたか! いいかブレバ族、この騒動が一段落したら若いのをこっちの定住地に寄こせ! 儂が鍛えてやる! だがとにかくいまは少しでも多く戦力になるやつを集めろ! とっとと伝話貝を出さんかい!」
「ほかの放牧民はどうだ? ミヌアノ族とシェヘリ族は?」
どんっ、と解の肩になにかが置かれた。
解は飛びあがった。
ビックリして肩を見るとそこに凱風の指があった。
「ああ、おどろかせてしまったか。そっとふれたつもりだったが。君と話したいことがある。いいかね?」
「ええと、はい。」
「枢師、この子を少し借りるよ。」
凱風は四ツ谷枢に声をかけたあと、ひょいっと片手でタンを持ちあげた。
タンは大人しくしている。
においが気に入っているためかもしれない。
凱風が歩きだした。
解はあわててそのあとを追った。
川沿いに百メートルほどはなれたところで、凱風がタンをそっとおろした。
解はたずねた。
「タンにも話があるんですか。」
「ふむ、いや、この小さいのはオマケだな。あの場に残したら他の者に邪険に扱われるのがせいぜいじゃないかね。」
解はうなずいた。
実際にタンはあちこちで邪険に扱われてきたし、解自身だっておなじだと思った。
「凱風先生、タンのことをどうすればいいでしょうか。ぼくはいままでタンがいればレシャバールさんの話をしたときに信じてもらえる、王様の承認をしめすと思って連れてきました。」
「ふむ。」
「でも、こうやって凱風先生に会えました。そしたらタンのやることはこれでおしまいでしょう。」
凱風が顎をなでた。
「どんな者でも、『やる』より、まず『在る』ものだと思う。存在は存在そのものが本質である、私はそう思うね。」
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「ええと?」
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