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8章 地徒人の少年がもたらすもの
100 部族を超えた会合(後)
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(あんな風にくっついて、そのうち踏まれるんじゃないかな。)
と解は気になった。
その凱風はしずかに放牧民の話しあいに耳を傾けているようだ。
ただ単に聞くだけでなく、解に向けたのとおなじような強い好奇心の目を族長たちに向け、やはりときどきなにかつぶやいている。
トウィードがエルグベームにこたえた。
「ひるんだわけではない。我らアシファット族とてあの雑夙どもを始末するつもりだ。士気は高いぞ。」
ブレバ族の族長メラウィが二人のあいだに割って入るようにして言った。
「しかし、もし亜陸候サルタン閣下が取引を受けいれた場合はいかがです? 雑夙どもがサルタン閣下に従うのであれば、峡谷を襲うことは止むかもしれませんぞ。」
メラウィの声は不安そうだった。
その言葉は、ただ単にそうであってほしい期待の話をしているように、解には聞こえた。そう聞こえたのは解だけではなかったようで、さっきから少々険悪な気配だったトウィードとエルグベームが異口同音に声をあげた。
「そんなに都合よくことが進むだろうか。」
「そんなに都合よく進むわけがあるか!」
思いがけず意見が一致したことが気に入らないのか、トウィードは顔をしかめ、エルグベームはふたたびフンと鼻をならしてそっぽを向いた。だがとにかくこの二人が亜陸候サルタン閣下を信頼していないことが、解にはよくわかった。
解はあることに気づいた。
四流派の使のうち二流派の総帥二人が王とその遺言の話をしたのに対して、放牧民の族長たちは三人ともあの巨大な雑夙の話をしている。
そればかりだ。
もちろんそのことが重大なのは解にもよくわかるが、それにしても話がきれいに二つに分かれたと思った。
伊吹が遠慮がちに声をあげた。
「兄はたしかに亜陸候の座に着いてまだ日が浅い者です。とはいえ自分が治める亜陸の不利益になることはしないはずです。これ以上、川の流れをせきとめるような命令はしないと思います。」
解は頭上を見あげた。
大きな網のようだった亜陸軍は姿を消していた。
下流のツキクサ大峡谷へ亜陸候サルタン閣下とともに戻ったのだ。
解を長剣でねらったあの男、亜陸兵の一人も、軍とともに姿を消した。
解は、あの亜陸兵のことを考えても、いままでとちがって身体にふるえが走らないことに気がついた。あの男を蹴とばしたからだろうか。
そうかもしれない、だけどちがうかもしれない。
ぼくの話は終わったぞ、と思った。
そしてぼくは結生くんに会いに骨鉱山にもどりたいんだ、とも思った。
凱風だって四ツ谷枢だって王の遺言のためには結生が必要だと言ったではないか。
いや、それよりなにより、解は結生と交わした約束がある。
その約束を果たしたいのだ。
巨大な雑夙の群れのことは放牧民の族長たちに任せればいい。
みんな大人だしそれぞれ勢力を率いている。
それなのに、解は声をあげた。
「あの大きいやつの大軍をカク・シがサルタンという人に引きわたすのはダメです。カク・シを止めなきゃ。」
三人の放牧民の族長、それに北流の四使が一斉に解を見た。
無視されたほうが気楽だったかもしれないと解は思った。
六人の視線が重い。
それでも解は言った。思ったよりは大きな、よく通る声が出た。
「だって、もし今回の、ええと、『取引』がうまくいったら。」
ええい、と解は腹をくくった。
これは学級会みたいなものだと無理やりに考えることにした。
解は言葉をつづけた。
「そしたらカク・シがあの大きすぎる雑夙をさらにたくさん作る、ええと、生みだすと思います。もっともっとたくさんです。」
「解くんのいう通りだと私も考える。」
四ツ谷枢がうなずいた。
その声はしずかで落ちついていたが、いままでにこの場であがった声のなかでいちばん明瞭に響いた。
「青の亜陸候サルタン閣下とのあいだで『取引』が成立したとする、するとどうなるか。カク・シはあの巨大な雑夙の大軍をいくらでも作りだす。他の亜陸候との間でおなじような『取引』をするかもしれない。亜陸候に限らない、もっとべつの人物とも『取引』をするかもしれない。」
三人の放牧民の族長がそれぞれにことなる表情を浮かべた。
エルグベームは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
メラウィはおびえ、それから必死でそのおびえをおしかくすような顔になった。
解はトウィードの顔をいちばん長く見つめた。
どうしても、カク・シがトウィードを誘惑したことが気になった。
トウィードはきびしい顔だったがこれはいつものことだ。
彼がなにを考えているのか、解にはわからなかった。
四ツ谷枢が言った。
「あの二人の『取引』を阻止するべきだ。我ら北流の四使はそのために動こう。それに、ここにお出ましいただいた南流の総帥、凱風師もおなじ意見であろう。」
全員が凱風を見つめた。
トウィードが声をあげた。
「久しぶり、まことに久しくお目にかからないあいだに、ずいぶんとお変わりになったことですな、凱風師よ。」
と解は気になった。
その凱風はしずかに放牧民の話しあいに耳を傾けているようだ。
ただ単に聞くだけでなく、解に向けたのとおなじような強い好奇心の目を族長たちに向け、やはりときどきなにかつぶやいている。
トウィードがエルグベームにこたえた。
「ひるんだわけではない。我らアシファット族とてあの雑夙どもを始末するつもりだ。士気は高いぞ。」
ブレバ族の族長メラウィが二人のあいだに割って入るようにして言った。
「しかし、もし亜陸候サルタン閣下が取引を受けいれた場合はいかがです? 雑夙どもがサルタン閣下に従うのであれば、峡谷を襲うことは止むかもしれませんぞ。」
メラウィの声は不安そうだった。
その言葉は、ただ単にそうであってほしい期待の話をしているように、解には聞こえた。そう聞こえたのは解だけではなかったようで、さっきから少々険悪な気配だったトウィードとエルグベームが異口同音に声をあげた。
「そんなに都合よくことが進むだろうか。」
「そんなに都合よく進むわけがあるか!」
思いがけず意見が一致したことが気に入らないのか、トウィードは顔をしかめ、エルグベームはふたたびフンと鼻をならしてそっぽを向いた。だがとにかくこの二人が亜陸候サルタン閣下を信頼していないことが、解にはよくわかった。
解はあることに気づいた。
四流派の使のうち二流派の総帥二人が王とその遺言の話をしたのに対して、放牧民の族長たちは三人ともあの巨大な雑夙の話をしている。
そればかりだ。
もちろんそのことが重大なのは解にもよくわかるが、それにしても話がきれいに二つに分かれたと思った。
伊吹が遠慮がちに声をあげた。
「兄はたしかに亜陸候の座に着いてまだ日が浅い者です。とはいえ自分が治める亜陸の不利益になることはしないはずです。これ以上、川の流れをせきとめるような命令はしないと思います。」
解は頭上を見あげた。
大きな網のようだった亜陸軍は姿を消していた。
下流のツキクサ大峡谷へ亜陸候サルタン閣下とともに戻ったのだ。
解を長剣でねらったあの男、亜陸兵の一人も、軍とともに姿を消した。
解は、あの亜陸兵のことを考えても、いままでとちがって身体にふるえが走らないことに気がついた。あの男を蹴とばしたからだろうか。
そうかもしれない、だけどちがうかもしれない。
ぼくの話は終わったぞ、と思った。
そしてぼくは結生くんに会いに骨鉱山にもどりたいんだ、とも思った。
凱風だって四ツ谷枢だって王の遺言のためには結生が必要だと言ったではないか。
いや、それよりなにより、解は結生と交わした約束がある。
その約束を果たしたいのだ。
巨大な雑夙の群れのことは放牧民の族長たちに任せればいい。
みんな大人だしそれぞれ勢力を率いている。
それなのに、解は声をあげた。
「あの大きいやつの大軍をカク・シがサルタンという人に引きわたすのはダメです。カク・シを止めなきゃ。」
三人の放牧民の族長、それに北流の四使が一斉に解を見た。
無視されたほうが気楽だったかもしれないと解は思った。
六人の視線が重い。
それでも解は言った。思ったよりは大きな、よく通る声が出た。
「だって、もし今回の、ええと、『取引』がうまくいったら。」
ええい、と解は腹をくくった。
これは学級会みたいなものだと無理やりに考えることにした。
解は言葉をつづけた。
「そしたらカク・シがあの大きすぎる雑夙をさらにたくさん作る、ええと、生みだすと思います。もっともっとたくさんです。」
「解くんのいう通りだと私も考える。」
四ツ谷枢がうなずいた。
その声はしずかで落ちついていたが、いままでにこの場であがった声のなかでいちばん明瞭に響いた。
「青の亜陸候サルタン閣下とのあいだで『取引』が成立したとする、するとどうなるか。カク・シはあの巨大な雑夙の大軍をいくらでも作りだす。他の亜陸候との間でおなじような『取引』をするかもしれない。亜陸候に限らない、もっとべつの人物とも『取引』をするかもしれない。」
三人の放牧民の族長がそれぞれにことなる表情を浮かべた。
エルグベームは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
メラウィはおびえ、それから必死でそのおびえをおしかくすような顔になった。
解はトウィードの顔をいちばん長く見つめた。
どうしても、カク・シがトウィードを誘惑したことが気になった。
トウィードはきびしい顔だったがこれはいつものことだ。
彼がなにを考えているのか、解にはわからなかった。
四ツ谷枢が言った。
「あの二人の『取引』を阻止するべきだ。我ら北流の四使はそのために動こう。それに、ここにお出ましいただいた南流の総帥、凱風師もおなじ意見であろう。」
全員が凱風を見つめた。
トウィードが声をあげた。
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