どろあらしの頼みごと

スズキマキ

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夏至が近づく

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 やおが相手では、のどかなやりとりになってしまう。
「おばあちゃんの言いかた、雨じゃなければ平気みたいだ。」
「平気ではないけど。でもほら、風は、かまいたちだってあるからねえ。そういえば昔、大風で集落の端から端まで飛ばされた子どもがいたという噂があってーー。」
 どこまで本当でどこから冗談か、判断がむずかしい。
 こうれんはささらのことも考えた。もしかしたらささらが大岩に行ったかもしれない、と期待した。そして期待した瞬間に無理だろうとも思った。ささらのうちでも、ささらを閉じこめている可能性がある。こうれんは祖父母にそのこともたずねた。二人ともやはり答えない。が、二人の気配や表情からこの推測が正しそうだと察した。

 それでとうとう、こうれんはあきらめた。
 こうれんに残った手段が一つだけある。それを実行することにした。

 10日目。祖父母が田んぼへ出かけたのを確かめて、こうれんはに話しかけた。
「もうすぐ、本当にこうじゃくだいらんが現れるの?」
『すでに現れているとも言える。』
 明確な返答だ。こうれんはハッと息を吸ってはいた。本当はもっと早く話しかけるべきだったかもしれないと思った。留守の間でも話をするのをためらうくらい、祖父の圧が強かったのだ。祖父だけではない、こうれんとが会話しているときにたまたま誰か、特に男たちのうちの誰かが通りがかるとか外からここへ入ろうとして様子を知られたらと思うと、これまでどうにも身動きがとれなかった。
「どろあらしはどうしているの?」
『あの場所にいる。出られないだろう。』
「ずっと? 今も?」
 こうれんはおどろいた。
『自由に移動できる場所ではない。法則があり、それにのっとってはじめて出入りが可能だ。』
「でも、じゃあ、なにも食べずに? それじゃ死んじゃうよ。」
『弱っているだろう。』
 こうれんはたずねた。
「どうやったらここから出られる?」
『縄をほどけば出られるだろう。』
「あなたはこれをほどける?」
 期待をこめてこうれんはたずねたが、残念ながらこの期待は無駄だった。
『人間のすることに関与できない。』
「ぼくが自分でどうにかしろってこと?」
『その通り。』
 それはそうだろうなと、こうれんは思った。この集落へ来ておかしな出来事がたくさん起きて、こうれんは、自分の願いをかなえるのは自分の役目だと身をもって学んだ。でも一方で、らいぜんもやおも、しばらく会えずにいるささらも、こうれんのためにできる限りのことをしてくれた。でなければ今こうして安全に家の中で過ごせていない。たとえ縄があっても。
(とにかく、うちを出て大岩のところまで行く。でも、どうやって? こんなになにもできないのに。)
 こうれんは縄にふれた。こうれんだって毎日この縄にふれている。何度も何度も引っぱってみたが、どうしてもほどけないのだ。縄にこめられた祖父の決意、なんとしてもこうれんを守るという思い。らいぜんは本気の本気だと思った。
 翌朝、やおの作ったみそ汁と炊きたての飯、沢庵漬けを前にして、こうれんはたずねた。
「おじいちゃんは、お母さんのぶんまで、ぼくを守ろうとしているの?」
 やおがハッとした顔になった。らいぜんがこうれんを見た。こうれんも祖父の顔を見た。二人が目を合わせたのは本当に久しぶりだった。
 そしてこうれんが母親のことを祖父母の前で話したのは、両親が死んでからはじめてのことだった。こうれんも、祖父母も、どちらもそのことにふれなかった。それはまるで両親の死にふれないことで、祖父母がこうれんを守ろうとしているようであり、話してしまえば誰かが両親のいる場所へ一歩近づくと怖れているようでもあった。
「ぼく、おじいちゃんがこんなに強い人だって知らなかった。」
 らいぜんがこうれんから視線をはずした。
「おだてても縄はほどかんぞ。」
 とはいえ、久しぶりに、ほんの少しだけ、うちの中になごやかな空気が流れた。
 空気だけ。状況は変わらない。
 こうれんはふと、どろあらしのことを考えた。祖父母がいないときに聞いてみた。
「どろあらしはまだ生きている?」
『おそらく。』
「ぼくがどろあらしのことを聞くのは、後戻りに属することではないの?」
 口にしてからこうれんは嫌味みたいだなと思った。が、がそれを気にした様子はなかった。
『きみが知るべきことは、どろあらしが知っている。』
 こうれんはどろあらしの怒鳴る声を思い返した。
「どろあらしはぼくにやらせるっって言った。」
『わたしは止めたが聞く気はないらしい。』
「ああ、うん、なんだか言い争いをしていたよね、そういえば。そうか、あれはあなたが『それは後戻りに属する』って言ってたんだ。」
『いつもそうなる。だから彼にはいつまでもわたしの声が聞こえつづける。』
 こうれんが話をつづけようとしたそのとき、グウっとこうれんの腹が鳴った。そろそろお昼かな、とこうれんは思った。
 こうれんは少し離れた場所に置いてある、布巾をかぶせた盆を見た。やおのこしらえたにぎり飯。それから今度は盆とはちがう位置に置いてあるものにちらっと目を走らせた。
 ふたつきのおまる。
 見るだけで気が滅入る。はじめにそれを手渡されたときには絶対に使わないぞと思ったが、実際は使うしかなかった。畳を汚すか、それを使うかの2択だ。使い終えるとふたをしてもかすかににおいが漂う。こうれんは毎日うんざりいる。
 いやなものから気をらせたくて、こうれんはもう一度どろあらしのことを考えた。どろあらしはなぜあんなにかたくななのだろうと思った。
 あそこには人間の食べられるものがあるのだろうか、とも思った。虫とかキノコとか、こうれんにはとても口にできないものでもいいから。それともこうれんだって今のどろあらしと同じ状況に陥ったら、そういうものを口にするのだろうか。

(あっ。)と、こうれんは思った。ある考えが頭の中に浮かんだ。
 この状態でまだできることに気づいた。

 その日こうれんは、祖母の置いていったにぎり飯を一つも食べなかった。
 夕食も。その次の日の朝食も、祖母が新しく作り直したにぎり飯も。
「いい加減にしろ。」
 らいぜんが怒りだした。それでもこうれんは食事を抜いた。祖父母が一緒にいる朝食や夕食よりも、一人きりの昼が一番つらかった。空腹は波のようだ。おしよせて、しばらくすると引いていく。そしておさまってまたしばらくすると、さっきよりも強くおそってくる。こうれんはそのたびに、大岩に置いてきたほうきや熊手を思い浮かべた。
(あれを使う。ここを出て使うんだ。)
 食事を抜いて3日目、祖父母がいつものように田畑へ出かけてから、こうれんは腹を引っこめてみた。
 少し体に力を入れるだけで頭がくらくらした。ふらつくのを無視して、脇腹をグーっと引っこめる。
 縄とこうれんの体の間に、すき間が生まれた。縄がわずかにたわんだ。
 こうれんは結び目に爪を立てた。ぎゅっと丸まった結び目、らいぜんの、こうれんだけは守り抜くという決意のこもった結び目を、ほぐしにかかった。まるで祖父と力比べをしているようだった。そしてらいぜんは強い、とても強いとこうれんは思った。
 こうれんはつい弱気になった。ここにささらがいてくれたらいいのにと思った。そう思った瞬間、ささらと二人で大岩の壁面にこびりついた土をはがしたときのことがフワッと頭に浮かんだ。
(あのとき、どうやった? 石でどうやって土をはがした?)
 こうれんは思いだした。力をこめるのは指先じゃない。
 ボールを投げるときみたいに。振りかぶるみたいに。
 こうれんは姿勢を正した。結び目に近づけた顔を離した。縄がたわむのにも似て、こうれんの体のどこかにもすき間ができた。
 くっ、と結び目が動いた。
 
 縄をほどくとすぐに、こうれんはにぎり飯をつかんでがっついた。3日ぶりの食事はそれだけですごくうれしかった。あっという間に一つ食べ、水をごくごくと飲み、沢庵漬けをカリカリと音を立てて噛むと、それだけで空腹がおさまりかけていることに、こうれんは気づいた。
(あれ、おにぎり一つしか食べていないのに。)
 食事を絶った時間が長かったために胃袋が縮んだのだが、こうれんには理由までわからない。あと二つあるにぎりめしをどうしようかとこうれんは考えた。やおがぎゅっと固くにぎるから飯がつまっている。食事を断つ前でも三つはこうれんには多くて、いつも昼に一つ残して夕食に回した。今日は二つ残る。
 こうれんは土間へ降りて釜戸のまわりを探り、学校へ持っていくアルマイトの弁当箱を見つけると、残ったにぎり飯と沢庵漬けをつめた。水筒に水も詰めて、いつも使う帆布のかばんに入れた。ついでに手ぬぐいも入れて、運動靴を履いた。

 こうれんは久しぶりに外へ出た。
 明日、夏至だ。
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