どろあらしの頼みごと

スズキマキ

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そうであるとも言える

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 やばい、とこうれんは感じた。危ない場所へ近づく実感があった。気のせいかも、とは思った。泥のせいかも、とも思った。どろあらしがこすりつけ、どうやってもない泥。肌にこびりついて、それ以後いろんな気配に敏感になって、だからこんなにざわざわするのだろうか。
(ちがう。)と、こうれんは思った。きっと誰にとっても大岩は危ない。だんだん危険なものになっている。だから誰にも会わないのだ。
(みんな近づかないようにしてるんだ。)
 それでもこうれんは進んだ。いやな感じがいっそう強くなっていく。それでも足が動く。(絶対大変な目にあうぞ。)とこうれんは思った。
 それでもだ。勝手に足が動いた。
 やがて、大岩が見えてきた。
 の説明通りなら、81の異様なものを吐きだした岩。
「あの中、空っぽなのかな。」
 こうれんはつぶやいた。
『完全な空ではない。』
 が指摘し、こうれんもすぐに気づいた。
「どろあらし。」
『その通り。』
 すぐに動いたほうがいいと思う一方で、こうれんにはどうしても確かめたいことがあった。
「こうじゃくだいらんは100年に1回、って言ったよね? でも、どろあらしは70歳だって聞いたよ。」
『わたしには人間の年齢がわからない。』
「ささらが教えてくれたんだ。」
 こうれんはたずねた。
「この前のこうじゃくだいらんのとき、どろあらしはまだ生まれていなかった。今あの人は年寄りだ。あの泥がくっついたのが何年前か知らないけど、100年のちょうど中間くらい?」
 が応じるよりも先に、こうれんの口から勝手に言葉が出てきた。
「こうじゃくだいらんには早すぎるし遅すぎる。どろあらしが泥まみれになる必要はなかったんじゃないの?」
 言ってすぐにこうれんは自分の言葉を自分でまぜ返した。
「ちがうのかな。遅すぎたわけじゃないのか。だってどろあらしは生きているもの。あいつが大岩をきれいにしてもいいんだ。」
『そうであるとも言えるし、ちがうとも言える。』
 が久しぶりにそう告げた。こうれんにはその次の言葉も予測できた。
「ぼくの知りたいことは、どろあらしに聞いた方がいい?」
『その通り。』
 どろあらしに会う、とこうれんは決めた。
 大岩をきれいにする、どろあらしに会う、どちらを先にするべきか考えて、すぐにこうれんはどちらでも同じだと気づいた。
 大岩をきれいにしたらが戻ってくる。大岩の中へ吸いこまれる。それに乗じて中へ入るのだ。
 こうれんは肩にかついだ三つまたくわの柄を両手で握った。初めて使う道具だ。当然のように熊手よりずっと大きくて重い。(だけど。)とこうれんは思った。
(熊手よりたくさんくことができる。)

 こうれんは始めた。

 振りかぶり、大岩の表面を覆う土に鍬の歯を入れる。下へ動かす。土や苔がはがれる。それをくり返しながらこうれんはつぶやいた。
「だけど、と、だから、は1つなんだ。」
『その通りだ。』
 こうれんはこのときひとりごとのつもりだったから、の返事は予想外だった。は言葉を続けた。
『そのことを覚えておいてくれ。大切なことだ。』
 そのへんに落ちていた石よりも、ささらが使った熊手よりも、三つ叉の鍬は効率が良かった。土がボロボロとはがせた。しばらくの間こうれんはその作業に集中した。きれいにする、と思うと自然に手が動く。ここへ来てから大きな町にいたときよりも汚いことが多かった。いまもこうれんの顔や手に泥がこびりついている。でも自分が汚くてもどこかをきれいにすることはできるぞ、とこうれんは思った。
 畳1枚ぶん、2枚ぶん、3枚ぶん。さすがに疲れてきた。前はささらと2人で畳2枚ほどの面積をはがしたら、赤い液体が飛んできた。そのことに気づいてこうれんは、気づいたことに後悔した。
 結合している、ということは。
「この間の27倍の面積をきれいにしなくちゃ、が戻ってこないってこと?」
『きみが整える場所による。』
 こうれんはハッとした。
 どろあらしの言葉。
 夏至の日だけ陽光のあたる場所。
「大岩のてっぺんだ。」
『ちがう。』
 こうれんはびっくりした。
「ちがうの? だってどろあらしがそう言ってたよ。」
 こうれんは改めてどろあらしの言葉を思い返した。
「うん、確かにそうだよ。どろあらしは夏至の日だけ光のあたる場所があるって言ったんだ。それでぼくがこの前てっぺんを調べようとしたら、あなたが止めた。そうそう、先回りは意味ないって言ったんだ。」
『すでに時を得た。あのとき先回りだったことが今はちがう。』
「夏至が明日にせまっているから? それとも、あの変なものが出尽くしたから?」
『両方だ。』
 片方だけならよかったのに、とこうれんは心底思った。が続いた。
『なぜきみは夏至の日にだけ光のあたる場所が大岩のてっぺんだと考えた? どろあらしがそう言ったのかね? おそらくちがうはずだ。』
 こうれんはポカンとした。
「ちがうの? ぼくはてっぺんだと、あぁ、うん、たしかにどろあらしはどのあたりか言わなかった。ただきれいにしろって言ってた。だけど。」
『もう時間がない。』
 が言った。こうれんはドキドキした。いろんなことが手遅れなのだろうか。
「間に合わないの?」
『こうじゃくだいらんはこれまで幾度となく発生した。100年前にもあった。そのまた100年前にも。1回1回が新たなこうじゃくだいらんであるが、それは1つのつながりであるとも言える。そして現在のこの状態はわたしも初めてだ。』
「結合のこと?」
『その通り。これまではすべての結合に至るよりも早く、夏至の日を迎えてきた。今回はその点がちがう。きみは2つののうちどちらかを選ぶ必要がある。』
「二つの、とき?」
『その通り。』
 こうれんはつい鍬の柄を握る手に力を入れた。無意識に力が入ったのだ。
「2つって、どれとどれ?」
『1つは従来通りの夏至の日、つまり明日だ。明日、こうじゃくだいらんに区切りがつく。』
「うん。」
『そしてもう一つは、すべての結合が完了する時だ。』
 今度はこうれんは返事をしなかった。こっちのほうは、夏至の説明よりはるかにいやな感じがした。
『結合が完了するのが、明日の日の出よりも早いだろう。』
「うん。」
 こうれんもそう感じた。泥。ざわざわする、落ちつきのない感じ。これが明日まで続く気がしなかった。おそらくもっと早い。
 こうれんはまたたずねた。
「それぼくが選ぶの? ぼくが?」
『きみが。』
「あなたならどっちを選ぶ? どっちがいいと思う?」
『決めるのはきみだ。』
 が断言した。
 こうれんは気づいた。
「でも、もしぼくが選んだ方が後戻りに属するなら、あなたはそういうんでしょ?」
『その通りだ。』
 こうれんはたずねた。
「あなたは、まるで、後戻りが悪いこと、やらない方が良いことだと考えてるみたいだ。」
『そうであるとも言えるし、ちがうとも言える。』
 こうれんの顔がほころんだ。くり返し耳にしてイライラしたこともある言葉なのに、今はそれが少しだけおかしく感じる。。
 こうれんは再び口を開いた。これまでのやりとりを確認したかった。
「全部の結合を止めようと思ったら、その前に、あいつらを、この大岩の中へ戻す必要がある、それでいい?」
『正確には戻すわけではない。』
「訂正するよ。ええと、大岩の中へ入れる必要がある。でも、さっきみたいに、闇雲に大岩をきれいにするのでは、きっと間に合わない。」
『おそらく。』
「人がたくさんいたらどうだろう。10人とか20人とか。」
『その人数を集めて説きふせるために、必要な時間による。』
 こうれんはささらのことを考えた。
 大急ぎでささらに会いに行き、協力を頼む。ささらならきっと一緒にやってくれる。それに彼女はもともとこの集落の人間だから、こうれんより人を集めることができそうだ。友達もたくさんいるし。
 そこまで考えて、こうれんの頭に、祖父母とつふたの顔が浮かんだ。
 つふたに比べたら、らいぜんはずっと良い人だし、強い人だ。が、協力を得るのがむずかしいという点では同じくらいだろう。らいぜんもやおもこうれんのことを大切にしてくれるが、だからこそ、こうれんが戻った途端に再びこうれんを閉じこめるだろう。
 こうれんは認めた。
「人を集める間に、説明してお願いする間に、明日になっちゃうと思う。」
『おそらく。』
「さっき、あなたは『場所による』って言った。」
『ようやく話が進むな。』
 声に言われてこうれんは気づいた。こうれんが次の質問をすることを、が辛抱強く待っていたことを。
 こうれんはたずねた。
「ある場所をきれいにしたら、あいつらがまとめて、いっぺんにここへ戻ってくる。そういう場所があるの?この大岩のどこかに。」
『その通りだ。』
 こうれんはフーッと息をついた。その場所がどこか、わかった気がした。
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