ひごめの赤い石

スズキマキ

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第4章 木でも獣でもない者たち

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 その日、ミチは学校でもほとんど黙りこくって昨日までの出来事について考えつづけた。おかげで授業の内容はほとんど頭を素通りしていった。

 学校が終わるとミチはおおいそぎで教室を飛び出した。
 早足でひごめ館へ向かう途中、ミチの背中へ声をかける者がいた。
「よっ、ミチ」
 振りかえると快斗かいとだった。
「ミチ、台風来るって知ってたか」
「えっ、そうなんだ。知らなかった」
 ミチは朝に家で流れていたはずのテレビのニュースを思いだそうとして、ぜんぜん思いだせなかった。聖のこと、アヤのことで頭がいっぱいだったのだ。そしてそれは今朝に限らなかった。ここへ来てからずっとだ。
 快斗がニッとわらった。
「警報出ないかな、そしたら学校休みだ」
 ミチはあることに気づいた。
「快斗は目かくしをしないんだね」
「しない。ジャマだもん。変なのを見ても知らんぷりできれば大丈夫だよ。目かくしするのは、見つけたときにこわがる子だけだよ。はじめのうちみんなこわがるけど、しばらくすると慣れちゃうんだ」
「へえ、そんなものか」
「ミチは平気か」
「そうだね、うん。べつにこわくはないよ」
 ミチは昨日のナナカマドやイチョウを思い浮かべて言った。
 だけどすぐに、はかのなかの赤い目、それに聖の顔も浮かんだ。

 雨足がはげしさを増した。足元がぬれはじめた。
 靴下が足にへばりついて不快だった。
 ここのところ靴下が毎日ぬれているとミチは思った。
 ミチも快斗も歩く速度をあげた。
 ひごめ館の御殿の建物へたどりついたときには、靴下だけでなくズボンまで濡れていた。
(どうしよう)
 ミチは考えをめぐらせた。ミチとしてはころあいを見計らい二番御殿を抜けだして昨日の場所へ行きたいのだが、ことをスムーズに運ぶためにはどうすればいいのか、すぐには思いつかなかった。
(てきとうに理由をつけて早く帰るっていえばいいのかな。おなかや頭が痛いとか。でもそれだと砂森さんが親に連絡するっていうだろうか、それは困る。そういえば、砂森さんは昨日の聖についてどう考えているのかな。なにしろ机が一本使えなくなってしまったんだ)
 砂森に対してなにをどう話せばいいのだろう、とミチは迷いながら階段を上った。

 障療院しょうりょういんの入り口の前に人がいた。
 ミチは(あれ)と思った。
 その人は袴を履いていた。ミチは、いちばんはじめに出会ったとき進一郎がおなじ格好をしていたのを思いだした。上が白い筒袖の着物、下が紺色の袴。
 道場の人だ、と気づいた。
(たしか砂森さんも道場の人だって、進一郎さんが言ってた)
 ミチのとなりで快斗が声をあげた。
「羽根島先生だ!」
「快斗の知ってる人なのか」
「みんなが知ってるよ」
 羽根島先生と快斗が呼んだ人がくるりと振りかえってこっちを見た。小柄で白髪のおじいちゃんだった。背も低いし、顔も小さくて、ついでに顔についている目も鼻も口もぜんぶ小づくりだ。
 その人は快斗を見て細い目をいっそう細めた。
「快斗か。元気か」
「うん」
「そうか、なによりだ」
 羽根島先生はつぎにミチを見た。
 一瞬ミチは緊張した。おだやかな顔の人だが、ミチを見る目がするどかった。
 もっともミチがそう感じたのはわずかな間で、羽根島先生はすぐに笑顔になった。
「お前さんがミチか」
「えっ」
 ミチはおどろいた。
「どうしてぼくのことを知っているんですか」
「津江さんに頼まれてな」

(あ、そうなんだ)とミチは納得しかけて、すぐに内心で自分の考えを打ち消した。この人が津江さんになにかを頼まれたとしても、それとこの人がミチをミチだとわかったことは、なんの関係もない。
 そのことをどう考えればいいのかミチがとまどっている間に、羽根島先生はさっと障療院のなかへ顔の向きをかえた。
「じゃ、史郎、頼んだぞ」
「困りますよ、先生」
 砂森の声がした。どうやら史郎というのは砂森の下の名前らしい。
「いくら先生の話でもそう簡単に『はい』とは言えません、無茶苦茶ですよ」
「近藤や一之宮がいつも言うだろう。返事は『はい』か『イエス』だ」
「ここはぼくのバイト先であって、道場ではありません。ぼくはいま稽古をしているのではなく、働いているんですよ」
「アルバイトも稽古のうちだと思え」
「あのですね、羽根島先生、聖くんはどこもおかしくないです」
「他の子たちが見ていたのだろう。机を一本だめにしたそうだな」

「机はなんともありません」

 ミチはドキッとした。いそいで障療院のなかをのぞきこんだ。
 すぐそこに砂森がいた。ミチはたずねた。
「机は、砂森さん」
「やあ、ミチくん、こんにちは」
 砂森がおだやかにほほえんだ。ミチがもう一度、
「机は」
 と言うと、砂森は苦笑した。
「見てみるかい。おいで」
 砂森の後についてとなりの図書室へ入ると、ミチは昨日自分が座った席にいそいで目を走らせた。そして思わず、
「あっ」
 と声をあげた。

 机は元のかたちをしていた。

 ミチはその席までかけよった。手で机をさわってみた。
 机の表面に細かい傷がいくらかついているが、とはいえ真っ平だった。どこも黒ずんだり腐ったりしていない。いくつも並んだ他の机とおなじだった。
「そんな、だって昨日これを聖くんが」
 ミチは砂森を見た。砂森はおだやかな苦笑をうかべたままだ。ミチは気づいた。
 砂森はミチの言葉を真に受けていないのだ。
「でも、だって、砂森さん、聖くんのしたことをみんなが見てたでしょう。快斗だって、みれちゃんや紗さんだって」
 ミチの言葉にも砂森の表情は変わらないままだった。ミチはハッとした。
(砂森さんは昨日のことをみんなが見るアヤとおなじだと思っている。ここの子たちがみんな変なものを見て、それは現実じゃないって)
 まぼろし、という言葉がミチの頭をかすめた。ミチは呆然とした。
 実際にあったことをここまでキレイになかったことにされると、なにをどう言えばいいのかわからなかった。
 それに机。元通りの机。
「でも机だけじゃない。あっちの壁も」
 ミチはつぶやいたが、あの場所まで砂森がついてきてくれるとは、とても考えられなかった。

 そのときミチの後ろから声がした。
「史郎は、態度はやわいが頭のほうは固いからな」
 羽根島先生の声だった。
 砂森の表情がはじめて変化した。笑顔が消えてただ単に困ったような顔になった。
「先生」
「性格はそのまま技に出るぞ、気をつけろ」
「先生、稽古の話はのちほど道場でうかがいますから」
「ふん、まあ仕方ない。史郎、お前さんに限らん。あれが見えない人間はみんな頭が固い」
 ミチはつぶやいた。
「なんだかまるで、先生には見えるみたいな言いかたです」
 快斗や砂森につられてミチもつい、この人のことを先生と呼んでしまった。
 すると羽根島先生がニッとわらった。
「うん、お前さんの年のころ、おれにも見えたよ」
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