「悪」と「罰」

夏目綾

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第六話

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踊ってほしい。
綺麗な踊り。

その言葉に反応して、すみれはさっきまでの泣きそうな顔が一転する。
大きく見開いた瞳は太陽に反射したガラス玉のようにキラキラと輝き、眩しいくらいの笑顔でれいこをまっすぐ見つめる。
そして、薔薇園の真ん中にある芝生のスペースにぴょんぴょん跳ねながら駆けていく。
猫みたいな顔なのにまるで犬みたいだ。
れいこはそう思いながら彼女が見つめる空を同じように見つめた。

空は雲一つなく青く、頬に当たるそよ風は薔薇の香りをのせている。
甘く、香しく。
でも、すみれは空よりも綺麗で、薔薇より良い香りがする。
れいこは獲物を狙うような目で彼女を見つめ続けた。

すみれは、長い手足を甘い風に乗せて、花びらのように舞う。飛んだあとの着地音はなく陳腐な言葉を使うならそれはまるで羽が生えたよう。大胆な動きでいて繊細そのもの。
れいこは、こういう踊りは学術的知識しか持ち合わせていなかったし、興味もむしろない方であった。
だが、すみれの踊りは惹きつけられる。
もっと見ていたい。

ゾクゾクとすみれを見つめる。

完璧な踊り。美しい踊り。
これを滅茶苦茶にしたい。搔き乱して、彼女のリズムを狂わせたい。
優しく一緒に寄り添って踊って、突き放したい。
それでも、どうか一緒に踊ってくださいと懇願されたい。

彼女の香りをかぐように深呼吸するとれいこは恍惚とする。
そんな時だ。すみれはバランスを崩し倒れかけた。
「徳島さん!!」
れいこが慌てて駆け寄って彼女を支えようとすると、先に別の王子様によってすみれは抱き留められた。
「すみれ!!」

そこに現れたのは、荒牧なおであった。
「なお!?」
すみれは驚いて、なおを見つめたがすぐに自分の足で立ちなおし、れいこに頭を下げる。
「ごめんなさい!!私の踊り、せっかく見てくださっていたのに、こんな不格好なこと・・・。」
「いいの。私はいいのよ。徳島さんが無事なら。それより・・・。」
れいこはじろりとなおを見つめる。
立ち入り禁止という意味が分かっているのかしら。
と言わんばかりに。

「そういえば、なお、どうしてここに!?」
「すみれがさ、こっちに行くのが見えて。何しているんだろうって心配になってついてきちゃったんだけど。」
れいこのイライラは収まらない。だが、それを顔に出さないようにこらえて、遠回しの嫌味を言う。
「荒牧さん・・・だっけ?貴女、徳島さんの保護者なのね。」
「え・・・、あ、はい・・・。そんな感じ・・・です。」
「なお・・・。」
すみれは、れいことなおの顔を交互に見ながら狼狽える。
れいこは興ざめだと思いすみれに微笑みかけた。
「徳島さん、ごめんね。時間割いてもらったのに。今日はもう帰りなさい。」
「あ・・・そんな!謝るなら私の方です!だって・・・。」
「行こう、すみれ。」
すみれの言葉を遮るようになおは彼女の肩を抱き寄せて歩き出した。
すみれは帰り際振り返ると小声で恥ずかしそうに口を開く。
「あの・・・また、私の踊り・・・見てくださると嬉しい・・・です。」
「勿論よ。楽しみにしているわ。またね、徳島さん。」
するとすみれは頬を赤く染めてほほ笑むと、なおと去っていった。

可愛い。
でも、落ち着きましょう。
ゆっくり。
あの子は絶対私のところに来るのだから。

「またね、徳島さん。」
れいこは目を細めて笑ったのだった。


すみれは嬉しかった。

皆の憧れの的、大天使ミカエル様に踊りを見てもらえて、喜んでもらえて。
そう、名前も覚えてくださっていた!!

宙にでも浮く気持ちでいたが、なおの一言でそれは一変する。
「すみれ、勝手なことしないでって言ってるよね。」
「な、なお?」
「私の事、怒らせようとしてるの?」
すみれは両手と首をぶんぶんと振る。
「そんな!違うよ!!私は、なおのこと・・・んっ!!」
すみれの美しい濡れた唇は、なおの唇によって塞がれた。
なおは暫くすみれの唇を吐息交じりで塞ぎ続けると、すっと彼女を引き離しじっと見つめた。
「すみれ、私を心配させないでほしいし怒らせないでほしい。私、誰よりもすみれの事好きなの。」
「ごめんね・・・なお。私も、なおのこと好き。だから、少しくらい私のことも信じてほしいの。」
泣きそうなすみれの表情になおはハッとして彼女の頬を撫でる。
「ごめん、言い過ぎたね。泣かないで。そうだ、今日は一緒に寝ようね。」
いつもの優しいなおに戻ってすみれはよかったと微笑み、彼女と手をつなぐ。
「うん!」

すみれは嬉しかった。

ミカエル様にも優しくされて、きっとこの後も、なおにも優しくされるのだろう。

今日はなんていい日なのだろう!!幸せな日なのだろう!!

すみれはなおと手をつなぐとスキップをはじめる。
それを見たなおもぎゅっと手を握り彼女に優しく微笑み返した。

この時が本当に彼女にとって一番幸せな時間だったのかもしれない。
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