「悪」と「罰」

夏目綾

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第二十一話

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「あーあ、つまんない。すみれちゃんと一緒に入りたい。色んなところ触ってあげたい。あー!この際触らなくてもいい・・・見てるだけでもいいわ。でも、どっちにしろ警戒されてしまうし。あーあ、つまんない。こんなの生殺しよ!!」
れいこは人差し指で何度も机をコンコンと叩きながらずっと同じことを繰り返し言っていた。
すみれに対しては焦らずにいこうと思っている。それでも禁欲が一番苦手なれいこにとってこの状況はかなり辛い。

れいこが我慢に我慢をしている頃、すみれはシャワーを浴びながらソワソワしていた。
知らない人の部屋で裸になるのは初めてだ。れいこは知らないということではないけれど。でもそれに近い。

「ううう、やっぱり失礼だったかもしれない・・・。」
そう思いつつ、ちゃっかりすみれはボディーソープに手を伸ばす。
すみれたちが使っている安い市販のものとは違う、外国製のものだろうか。フランス語と思わしき文字と綺麗な薔薇の絵が描いたものである。それはシャンプー類も然り。
恐る恐るポンプを押してみると、室内に薔薇の香りが広がった。

「いい匂い・・・。」
薔薇の香りといっても、それは安っぽく鼻にさすものではなく、高級な香り。大人の香り。
そして、れいこの香り。
「れいこさん、近くでお話しした時、とってもいい匂いがした。きっとこの香りだわ。」
身体を洗い流すとシャンプーも思い切ってしてみる。薔薇の香りはさらに広がり、それは薔薇園の花弁が舞い散るようですみれは夢見心地。
「わー。いい匂いでいっぱい!すごい!」
すみれは嬉しくて、とても嬉しくて揺れながら髪を洗う。
いい香りなのが嬉しいのもあるが、それ以上にれいこと同じ香りになるのが嬉しかった。
「れいこさん、とってもいい匂い!大人の匂い!大好き!私も同じね。少しでもれいこさんに近づけたかしら?」
幸せな気持ちに浸っていたが、さすがにもう出なければ。
すみれは、身体を洗い流してシャワー室から出た。

れいこのバスタオルをとって身体を拭う。れいこの制服を身に纏う。
その一連の行動の中、どれもこれもいい香りが漂う。れいこの香りが漂う。
バスタオルの優しい柔軟剤の香り。
制服は少しコロンをかけているのだろうか。ふわりと香る。
いつも適当に消臭スプレーをかけているすみれは己が恥ずかしくなる。

やはり、れいこさんはすごい。
到底追いつけはしない。
なのにいつも優しくしてくださるの。
私に!

「あの・・・ありがとうございました・・・。」
「あら、おかえりなさい。よかった!少し余っているけど制服はちょうどだったわね。」
「あ、あの、私・・・。」
「どうしたの?あぁ、髪の毛が濡れたままね。乾かしてあげる。」
「はい!」
「ここに来なさい。」
れいこは椅子を引いてすみれを座らせた。
そこで、すみれはハッとして立ち上がる。
あまりにも自然に誘導されていたが、これはどういうことだろう!?
「自分でできます!れいこさんにさせられません!そんなこと・・・それにさっきから変です。私、失礼なことばかりして・・・。れいこさんは優しいです。でも私、さっきからそれに甘えてばかり・・・。こんなこと、許されるわけありません!!」
れいこは立ち上がるすみれの肩を押さえてもう一度座らせる。
「甘えていいの。大丈夫よ。私がそれを許してあげているのだから。」
すみれは申し訳なさそうにれいこをじっと見つめる。れいこは相変わらずの笑顔。
「ほら、ね?」
「・・・はい。」

「・・・・・・。」
結局、すみれはれいこのなすがままに髪の毛を乾かせてもらう状況に。
ドライヤーの風が当たるといい香りがする。すみれはそれを少し嬉しそうに吸い込む。
れいこはというと彼女は彼女で、上機嫌。珍しく鼻歌なんて歌いながらすみれの髪の毛を触っている。

髪が乾いたので、ドライヤーを止めると、今度は髪をブラシで梳かしてあげる。
ここまでくると、すみれも何も逆らわずにむしろ嬉しそうに左右に揺れる。
「すみれちゃん、動かないで。」
「ご、ごめんなさいっ!」
髪を梳かし終えると、れいこはすみれの肩を叩く。そして頬を寄せ合うようにして、鏡を見る。すみれも鏡の中の自分を見つめる。もちろんれいこの顔も。

「可愛い。」
「あ・・・。」
恥ずかしくてすみれは下を向いてしまったが、すぐにれいこに顔を上げさせられる。
「見て。自分の顔を。貴女って本当に可愛い。すごく、可愛い。すごく、綺麗。私、綺麗なものが好き。」

どうしてだろうか。
こんなにも褒められているのに、この言葉はひとつも嬉しくない。怖い。

すみれはれいこの手をそっと解く。
「れいこさん・・・あの・・・私、もう行かないと。」
「え?えぇ、そうね。遅くなっちゃうわね。」
「れいこさん、ありがとうございます。私、申し訳ない気持ちでいっぱいです。でもそれ以上に嬉しい気持ちでいっぱいです。」
「すみれちゃん?」
「シャワー室でシャンプーお借りしたのです。とてもよい香りでした。れいこさんの香りがしました。私も今、れいこさんの香りがします。嬉しいのです。れいこさんはどう思います?私は少しでも・・・少しでもれいこさんに近づけたでしょうか?」
「貴女・・・。」
れいこはその言葉を聞いて悦びに満ち溢れ、嬉しくて嬉しくて震えに耐えられない。
「れいこさん?どうなさったのですか?」
「いいえ、何でもないの。ただ、そう言ってくれるのが嬉しくて。たまらないだけ。貴女は素敵な女の子よ。私が認めているのだもの。そうじゃないと、困る。」
後半の言葉は少し引っかかるものの、認めてくれてすみれは嬉しくてぴょんと跳ねた。
「ありがとうございます!れいこさん!!れいこさんは私のお姉様みたいです!私、一人っ子なので、こんな素敵なお姉様がいたら良いなってずっと思っていました。」
「そ、そう・・・。嬉しいわ。」
れいこはれいこで“お姉様”という位置付けが気に入らないものの、とりあえず今日はこれまでにしよう。
そう思って、すみれを送り出そうと扉まで誘った。すみれも頭を下げて帰ろうとした時。
思わずすみれは足を止める。何かを見つけたようである。

「れいこさん、それ・・・。」

「え・・・?」
すみれが指を差した方を見ると、靴箱の上にビジューのついた美しい髪留めが置いてあった。

いつ置いたの?誰が?
そして気がつく。

これ、あいつ・・・ゆりのものだわ・・・。

「れいこさんは髪が短いから・・・どうしたのですか?この綺麗な髪留め。」
れいこは慌てて、その髪留めを取るとポケットにしまい込んだ。
「きっと早見さんが忘れていったのだわ。」
「早見さん・・・?ガブリエル様がですか?どうして?」
「あ、えっと・・・早見さんとはよく私の部屋でお茶会するの。そう、他愛もないお話をしているだけ。」
「そう・・・ですか。大天使様同士ですものね。」
「ええ、昔からの付き合いでね。それより、すみれちゃん。早く帰らないと荒牧さんに見つかるわよ。」
「あ!はい!!それでは、れいこさん・・・失礼しました。」

れいこはにこにこと手を振ると扉を閉めた。
「ゆり・・・何やってるのよ!!全く!最低!」
そして、れいこは時計を見る。
「18時半。もうすぐ夕食も始まるし、ちょうど良いわ。山代さんに会いに行こうっと!」
れいこは、鼻歌混じりで部屋を後にした。
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