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第五話
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二月革命は、革命軍の圧倒的な戦力で一夜のうちに終わった。
ザハロフ家の栄華はここに終わりを告げ、民衆の時代がやってきた。
ファミンツィン陸軍大将の指導のもと民衆たちの力による政治が始まる。
ただ、貴族は健在で、革命軍についた貴族とそれから革命時に活躍したものに勲章として爵位を与えられた新貴族が存在することとなった。しかしながら、彼らは政治には口出しはできないという公約ではあったが。
皇族側についた貴族はというと次々と粛清され、革命後、街はいつも血なまぐさかった。
また、今の体制に不満を持つものも侯爵は秘密警察をつくり、探し出しては粛清していった。容赦なく人々を粛清していくファミンツィン大将のその姿は血の大将とも仲間内からあだ名されるほどであった。
さて、話は革命から十年後・・・。
ミハイル29歳の話になる。
彼は、皇帝夫妻を撃った功績により、伯爵の爵位を与えられ、軍でも大佐の地位についていた。
だが、彼自身は何一つ満足していなかった。それらはすべて嘘で成り立ったものであるから・・・。
ファミンツツィン大将から与えられた広大な屋敷の執務室でミハイルはいつも頭を抱えて罪の意識に苛まれていた。
「ミハイル様、ミハイル様。どうなされたのですか?」
鈴の音のように愛らしい声が彼を呼ぶ。ミハイルがハッとして顔を上げると、そこには金髪のまだあどけなさが残る女性が立っていた。
「リャーリャか・・・。」
彼女は、オリガ・アヴェリン。アヴェリン中将の愛娘でミハイルの婚約者でもある。
中将亡き後、アヴェリン夫人のたっての願いで婚約者となったのだ。だがミハイルは結婚をずっと延期していた。それというのも罪の意識からしていたことである。それに対し、オリガは、ミハイルの仕事が忙しいからだと笑顔でいつも返していてくれていた。
「ミハイル様、明日、お友達のおうちで舞踏会があるのですが、ご一緒してくださいますか?」
「明日か・・・。すまない、リャーリャ。明日から私は旅立たねばならないのだよ。君の父上の命日に戦没者慰霊碑にいけなかったからね、今更だけど行こうと思って・・・。」
「そ、そうですわね。ごめんなさい、ミハイル様・・・。私ったら自分のことばかりで。」
「いや、いいんだ。こちらこそすまない。いつも仕事や何やらで君のことを・・・。」
「私のことは気にしないでください、ミハイル様。私、尊敬しているのです。お仕事がお忙しいのに革命で親を亡くした子供たちの園も創設されて・・・。それに、ミハイル様は没落していくアヴェリン家の財を支援していただいています。なによりミハイル様は父の仇を討ってくれた方。本当になにもかもミハイル様には・・・。」
「・・・リャーリャ。私はそんなに偉くはない。」
「いいえ、いいえ、ミハイル様。」
なおも尊敬の眼差しで見つめてくるオリガをミハイルは、そっと引き離した。
「あ、申し訳ございません。ミハイル様はお忙しいのに。」
「いや、すまない。」
「では、私はおいとまいたしますわ。」
オリガは、にこりと微笑むと部屋を出た。
ミハイルは、ぐっと拳を握り締める。
やめてくれ、やめてくれ、リャーリャ。私はそんな人間ではない。君の父上を殺したのは私だ・・・!!裏切り者の私だ・・・!!
オリガが純粋な眼差しで自分を見つめるたび罪の意識に苛まれた。それはオリガの視線だけではない。伯爵という地位、大佐という地位。全てに対してそうだった。
そのせいかミハイルは革命後、慈善活動に勤しんでいた。革命遺児たちの支援をかってでたり、荒廃した村々の復興に財を使っていた。すこしでも、皆に感謝されるようなことがしたい。それがたとえ自己満足だとしても・・・。
ミハイルの苦悩は十年間続いていたのだ。
あの逃がした殿下たちは今頃どうしているだろうか。
ふとミハイルの脳裏によぎるあの皇太子たちの姿。
だが、あの時エドゥアールドに言った通り、子供二人、いくらイヴァンがひとり付いたとはいえ、戦火をくぐり抜けて無事ともなかなか思えない。では結局、自分はやはり彼らを殺したのも同然ではないか。
「本当に私は最低な人間だ・・・。」
ミハイルは皮肉そうに笑うと、執務室を後にしたのだった。
次の日。ミハイルは、革命の戦死者を祀る慰霊碑を目指して馬を走らせた。
だが、どうにも雪がひどくなかなか先に進めない。一昼夜馬を走らせることもできないので適当な街で宿屋を見つけることにした。
なかなか休める街が見つからない中、やっと荒れた街の薄汚い宿屋をみつけることができた。
宿屋に入ると一階の食堂は酒の匂いで充満していた。辺りの呑んだくれたちが集う荒れた場所だ。本来ならば嫌気がさすが、今日ばかりは我慢するしかなさそうだ。宿屋の主人はミハイルの身なりを見て金が取れると思ったのか猫なで声で対応する。
「軍人さん、今、偶然にも一番いい部屋があいたのですが、どうです?普段はなかなか空かない上等な部屋ですぜ。」
「そうか、ではそこでいい。」
「ありがとうございます!」
ミハイルは金を渡すとその部屋に行った。
「これが上等な部屋ねぇ・・・。」
その部屋は、広さはそこそこあるものの、汚いベッドがひとつと、薄汚れた机と椅子があるだけの質素な部屋だった。
「まぁいい・・・こんな荒廃した街の宿屋などどこもこのようなものだろう。」
それより腹がすいた。
ミハイルは一階の食堂に降りていった。
が、その時、ひときわ大きな怒鳴り声が鳴り響いた。
「おい!俺の言うことが聞けないというのか?」
「だれが貴様なんぞに膝まずくか!!」
どうやら客と使用人が喧嘩をしているらしい。
使用人は目の覚めるような金髪の少年であった。
どこかで見たような子だ・・・。
そう思っているともう一人、少年が割って入ってくる。こちらも子も金髪で、薄汚れてはいるが美しい容姿をしていた。
「すみません、弟が粗相をしました・・・。仕置は僕がうけます。だから、弟には何もしないでください。」
「兄様!!」
「はっ!!美しい兄弟愛だな、気に入ったぜ!!」
そう言うと客は思い切り兄という方を殴りつけた。もう一発殴ろうとしたところを慌ててミハイルは静止する。
「やめないか!!」
相手が軍人と見た客は、振りかざした手を収め文句を言いながら上の階に上がっていった。
兄はじっとミハイルを見つめる。そして小さく礼をすると弟とともに店の奥へと言ってしまった。
あの顔はどこかで見覚えが有る。どこでだ・・・?
目の覚めるような金髪、潤むサファイアの瞳・・・汚れていはいるがその姿勢は百合のごとく凛とした・・・。
まさか?いや・・・そんなはずは・・・。だが・・・。
ミハイルは慌てて宿屋の主人を呼ぶ。
「あの使用人の子はいつここに来た?」
「へ?あいつらですか?十年ほど前に兄弟で売られてきてね。銀髪の若い男が連れてきて・・・買い取ったのですが。」
「・・・・・。」
「ああ、お客さんもしかして、夜のお相手をお探しで?それなら、あの子よりいい子がいますよ。おいでナージャ!!いや、我が息子ながらいい子でね。」
そう言うと主人は先ほどの金髪の少年と同い年くらいの少年を連れてきた。自分の息子すら商品にするとはなんという下衆なやつだ。ミハイルは嫌悪した。
「軍人さん、サービスするよ。」
ナージャと呼ばれる息子は上目遣いでミハイルを見るとそっと手をかけた。
ミハイルはそれを振り払うと主人を睨みつける。
「さっきの子を私の部屋に呼んでくれないか。」
「エマをですかい?あ、あぁいやはや、さすが!!御目が高い!!でもねぇ・・・あの子は・・・。」
なおも五月蝿く言うので、ミハイルは金貨を何枚か主人に渡した。すると彼は上機嫌で、息子に命令する。
「おい、ナージャ、エマを呼んで来い!!」
「なんであいつなんだよ!!オレのほうが・・・!!」
顔に泥を塗られたと不服そうな息子であったが、主人の言うことには逆らえないらしく奥の部屋へと入っていった。
それから暫くして、ミハイルの部屋にエマと呼ばれる少年が入ってきた。
「お客様、如何様にいたしましょう。」
無表情でそう言う彼の顔をミハイルはじっと見つめる。
そうだ、やはりそうだ!!間違いない!!!こんな格好をしているが彼は・・・!!
「・・・ユーリ様ですね?」
ユーリと呼ばれた少年はびくっと体を震わした。だがすぐ冷静になりこう言った。
「僕は、エミール・ブルネルです。そのような名前ではありません。」
「いいや、貴方はユーリ様だ。亡きフョードル様とエレーナ様の息子、ユーリ・ザハロフ様だ!!」
「何を馬鹿な・・・、僕はただの使用人です。そのような高貴なものではありません。第一、彼らは革命で死にました。」
「いや、わかるんだ。私を覚えてはいないか?私はあの時の軍人だ、あの時アヴェリン中将を撃って君たちを逃がした軍人だ!!」
すると少年は目を見開き、すぐさま部屋を立ち去ろうとした。ミハイルは慌てて彼の腕を掴む。
「大丈夫だ、誰にも言わない!!約束する。だから答えてください、貴方はユーリ様ですね?」
すると諦めたのか少年は、ため息混じりで言う。
「・・・そうです、僕は、ユーリ・・・ユーリ・ザハロフです。」
「では、先ほどの彼はアレクサンドル様ですね。」
「ええ、そう・・・弟のアレクサンドル・・・。」
「なぜ、君たちはこんなところに・・・?」
するときっとユーリはミハイルを睨んだ。
「なぜ?なぜって、よくも貴方がそう言いますね!革命が起きたからです!!わかるでしょう??生き残るにはこれしかない・・・!!」
ミハイルはそう言われ愕然とした。ボロを身にまとい、場末の宿屋で暴力を受けながら働く。宿屋の主人のいいようでは、ユーリは客の夜の相手も・・・。
お労しや・・・殿下・・・!!
しかし、そのようにさせたのは自分のせいでもある。
いてもたってもいられなくなったミハイルは大声で主人を呼びつけると、持っていたすべての金貨をあたえた。
「これで、この兄弟を私に譲ってはくれないか?」
主人は驚いたが、金欲しさに目がくらみ、快く承諾した。
どうかしている。ミハイルは思った。
でも、なんとかしたかった。これは自己保身のため?
いや、彼らを助けるためだ。そう、助けたいんだ・・・。
これで大丈夫だよ、そう言わんばかりにミハイルは微笑んでユーリを見つめる。
だが、ユーリは下を向いたままで目を合わせてくれることはなかった。
また、ここに新たな運命の輪が回り始める・・・。
ザハロフ家の栄華はここに終わりを告げ、民衆の時代がやってきた。
ファミンツィン陸軍大将の指導のもと民衆たちの力による政治が始まる。
ただ、貴族は健在で、革命軍についた貴族とそれから革命時に活躍したものに勲章として爵位を与えられた新貴族が存在することとなった。しかしながら、彼らは政治には口出しはできないという公約ではあったが。
皇族側についた貴族はというと次々と粛清され、革命後、街はいつも血なまぐさかった。
また、今の体制に不満を持つものも侯爵は秘密警察をつくり、探し出しては粛清していった。容赦なく人々を粛清していくファミンツィン大将のその姿は血の大将とも仲間内からあだ名されるほどであった。
さて、話は革命から十年後・・・。
ミハイル29歳の話になる。
彼は、皇帝夫妻を撃った功績により、伯爵の爵位を与えられ、軍でも大佐の地位についていた。
だが、彼自身は何一つ満足していなかった。それらはすべて嘘で成り立ったものであるから・・・。
ファミンツツィン大将から与えられた広大な屋敷の執務室でミハイルはいつも頭を抱えて罪の意識に苛まれていた。
「ミハイル様、ミハイル様。どうなされたのですか?」
鈴の音のように愛らしい声が彼を呼ぶ。ミハイルがハッとして顔を上げると、そこには金髪のまだあどけなさが残る女性が立っていた。
「リャーリャか・・・。」
彼女は、オリガ・アヴェリン。アヴェリン中将の愛娘でミハイルの婚約者でもある。
中将亡き後、アヴェリン夫人のたっての願いで婚約者となったのだ。だがミハイルは結婚をずっと延期していた。それというのも罪の意識からしていたことである。それに対し、オリガは、ミハイルの仕事が忙しいからだと笑顔でいつも返していてくれていた。
「ミハイル様、明日、お友達のおうちで舞踏会があるのですが、ご一緒してくださいますか?」
「明日か・・・。すまない、リャーリャ。明日から私は旅立たねばならないのだよ。君の父上の命日に戦没者慰霊碑にいけなかったからね、今更だけど行こうと思って・・・。」
「そ、そうですわね。ごめんなさい、ミハイル様・・・。私ったら自分のことばかりで。」
「いや、いいんだ。こちらこそすまない。いつも仕事や何やらで君のことを・・・。」
「私のことは気にしないでください、ミハイル様。私、尊敬しているのです。お仕事がお忙しいのに革命で親を亡くした子供たちの園も創設されて・・・。それに、ミハイル様は没落していくアヴェリン家の財を支援していただいています。なによりミハイル様は父の仇を討ってくれた方。本当になにもかもミハイル様には・・・。」
「・・・リャーリャ。私はそんなに偉くはない。」
「いいえ、いいえ、ミハイル様。」
なおも尊敬の眼差しで見つめてくるオリガをミハイルは、そっと引き離した。
「あ、申し訳ございません。ミハイル様はお忙しいのに。」
「いや、すまない。」
「では、私はおいとまいたしますわ。」
オリガは、にこりと微笑むと部屋を出た。
ミハイルは、ぐっと拳を握り締める。
やめてくれ、やめてくれ、リャーリャ。私はそんな人間ではない。君の父上を殺したのは私だ・・・!!裏切り者の私だ・・・!!
オリガが純粋な眼差しで自分を見つめるたび罪の意識に苛まれた。それはオリガの視線だけではない。伯爵という地位、大佐という地位。全てに対してそうだった。
そのせいかミハイルは革命後、慈善活動に勤しんでいた。革命遺児たちの支援をかってでたり、荒廃した村々の復興に財を使っていた。すこしでも、皆に感謝されるようなことがしたい。それがたとえ自己満足だとしても・・・。
ミハイルの苦悩は十年間続いていたのだ。
あの逃がした殿下たちは今頃どうしているだろうか。
ふとミハイルの脳裏によぎるあの皇太子たちの姿。
だが、あの時エドゥアールドに言った通り、子供二人、いくらイヴァンがひとり付いたとはいえ、戦火をくぐり抜けて無事ともなかなか思えない。では結局、自分はやはり彼らを殺したのも同然ではないか。
「本当に私は最低な人間だ・・・。」
ミハイルは皮肉そうに笑うと、執務室を後にしたのだった。
次の日。ミハイルは、革命の戦死者を祀る慰霊碑を目指して馬を走らせた。
だが、どうにも雪がひどくなかなか先に進めない。一昼夜馬を走らせることもできないので適当な街で宿屋を見つけることにした。
なかなか休める街が見つからない中、やっと荒れた街の薄汚い宿屋をみつけることができた。
宿屋に入ると一階の食堂は酒の匂いで充満していた。辺りの呑んだくれたちが集う荒れた場所だ。本来ならば嫌気がさすが、今日ばかりは我慢するしかなさそうだ。宿屋の主人はミハイルの身なりを見て金が取れると思ったのか猫なで声で対応する。
「軍人さん、今、偶然にも一番いい部屋があいたのですが、どうです?普段はなかなか空かない上等な部屋ですぜ。」
「そうか、ではそこでいい。」
「ありがとうございます!」
ミハイルは金を渡すとその部屋に行った。
「これが上等な部屋ねぇ・・・。」
その部屋は、広さはそこそこあるものの、汚いベッドがひとつと、薄汚れた机と椅子があるだけの質素な部屋だった。
「まぁいい・・・こんな荒廃した街の宿屋などどこもこのようなものだろう。」
それより腹がすいた。
ミハイルは一階の食堂に降りていった。
が、その時、ひときわ大きな怒鳴り声が鳴り響いた。
「おい!俺の言うことが聞けないというのか?」
「だれが貴様なんぞに膝まずくか!!」
どうやら客と使用人が喧嘩をしているらしい。
使用人は目の覚めるような金髪の少年であった。
どこかで見たような子だ・・・。
そう思っているともう一人、少年が割って入ってくる。こちらも子も金髪で、薄汚れてはいるが美しい容姿をしていた。
「すみません、弟が粗相をしました・・・。仕置は僕がうけます。だから、弟には何もしないでください。」
「兄様!!」
「はっ!!美しい兄弟愛だな、気に入ったぜ!!」
そう言うと客は思い切り兄という方を殴りつけた。もう一発殴ろうとしたところを慌ててミハイルは静止する。
「やめないか!!」
相手が軍人と見た客は、振りかざした手を収め文句を言いながら上の階に上がっていった。
兄はじっとミハイルを見つめる。そして小さく礼をすると弟とともに店の奥へと言ってしまった。
あの顔はどこかで見覚えが有る。どこでだ・・・?
目の覚めるような金髪、潤むサファイアの瞳・・・汚れていはいるがその姿勢は百合のごとく凛とした・・・。
まさか?いや・・・そんなはずは・・・。だが・・・。
ミハイルは慌てて宿屋の主人を呼ぶ。
「あの使用人の子はいつここに来た?」
「へ?あいつらですか?十年ほど前に兄弟で売られてきてね。銀髪の若い男が連れてきて・・・買い取ったのですが。」
「・・・・・。」
「ああ、お客さんもしかして、夜のお相手をお探しで?それなら、あの子よりいい子がいますよ。おいでナージャ!!いや、我が息子ながらいい子でね。」
そう言うと主人は先ほどの金髪の少年と同い年くらいの少年を連れてきた。自分の息子すら商品にするとはなんという下衆なやつだ。ミハイルは嫌悪した。
「軍人さん、サービスするよ。」
ナージャと呼ばれる息子は上目遣いでミハイルを見るとそっと手をかけた。
ミハイルはそれを振り払うと主人を睨みつける。
「さっきの子を私の部屋に呼んでくれないか。」
「エマをですかい?あ、あぁいやはや、さすが!!御目が高い!!でもねぇ・・・あの子は・・・。」
なおも五月蝿く言うので、ミハイルは金貨を何枚か主人に渡した。すると彼は上機嫌で、息子に命令する。
「おい、ナージャ、エマを呼んで来い!!」
「なんであいつなんだよ!!オレのほうが・・・!!」
顔に泥を塗られたと不服そうな息子であったが、主人の言うことには逆らえないらしく奥の部屋へと入っていった。
それから暫くして、ミハイルの部屋にエマと呼ばれる少年が入ってきた。
「お客様、如何様にいたしましょう。」
無表情でそう言う彼の顔をミハイルはじっと見つめる。
そうだ、やはりそうだ!!間違いない!!!こんな格好をしているが彼は・・・!!
「・・・ユーリ様ですね?」
ユーリと呼ばれた少年はびくっと体を震わした。だがすぐ冷静になりこう言った。
「僕は、エミール・ブルネルです。そのような名前ではありません。」
「いいや、貴方はユーリ様だ。亡きフョードル様とエレーナ様の息子、ユーリ・ザハロフ様だ!!」
「何を馬鹿な・・・、僕はただの使用人です。そのような高貴なものではありません。第一、彼らは革命で死にました。」
「いや、わかるんだ。私を覚えてはいないか?私はあの時の軍人だ、あの時アヴェリン中将を撃って君たちを逃がした軍人だ!!」
すると少年は目を見開き、すぐさま部屋を立ち去ろうとした。ミハイルは慌てて彼の腕を掴む。
「大丈夫だ、誰にも言わない!!約束する。だから答えてください、貴方はユーリ様ですね?」
すると諦めたのか少年は、ため息混じりで言う。
「・・・そうです、僕は、ユーリ・・・ユーリ・ザハロフです。」
「では、先ほどの彼はアレクサンドル様ですね。」
「ええ、そう・・・弟のアレクサンドル・・・。」
「なぜ、君たちはこんなところに・・・?」
するときっとユーリはミハイルを睨んだ。
「なぜ?なぜって、よくも貴方がそう言いますね!革命が起きたからです!!わかるでしょう??生き残るにはこれしかない・・・!!」
ミハイルはそう言われ愕然とした。ボロを身にまとい、場末の宿屋で暴力を受けながら働く。宿屋の主人のいいようでは、ユーリは客の夜の相手も・・・。
お労しや・・・殿下・・・!!
しかし、そのようにさせたのは自分のせいでもある。
いてもたってもいられなくなったミハイルは大声で主人を呼びつけると、持っていたすべての金貨をあたえた。
「これで、この兄弟を私に譲ってはくれないか?」
主人は驚いたが、金欲しさに目がくらみ、快く承諾した。
どうかしている。ミハイルは思った。
でも、なんとかしたかった。これは自己保身のため?
いや、彼らを助けるためだ。そう、助けたいんだ・・・。
これで大丈夫だよ、そう言わんばかりにミハイルは微笑んでユーリを見つめる。
だが、ユーリは下を向いたままで目を合わせてくれることはなかった。
また、ここに新たな運命の輪が回り始める・・・。
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