シャイな異形領主様に代わりまして、後家のわたくしが地代を徴収(とりたて)いたします。

見早

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3章 迷探偵エメルと名助手、ときどき竜人夫。

34話 迷探偵と名助手【前編】

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「探偵」と「助手」として交わした握手は固く、離れそうにない――というより、イオがいつまでも手を離そうとしないのだ。

「あのー。いつまで手を結んでいるおつもりで?」

 するとイオの顔から一瞬、いつもの笑みが消えた。深いため息と共に結んだ手を引き寄せ、柔らかい金の前髪越しの額につけている。

「……あの時、この手を離さなければ」
「あの時?」

 イオの閉じた瞳には、いったい何が映っているのか。かすかに震える温かい手を、なぜか振りほどけない。

「イオさん、貴方は私に――」
『エメル、浮気?』

 空洞に響くような声で我に帰った。イオの手を強引に振りほどくと、真っ青な正方形ボディが真後ろから覗き込んでいた。

「ま、まぁ! シカクったら、まったくの誤解ですわ!」
『大丈夫、竜の夫には言わない』

 鉱石でできた腕を軽く叩くと、シカクはいつもの淡々とした声で、『冗談』と返してきた。まったく肝が冷える――今はこんなことをしている場合ではないというのに。

「では改めて、事件現場の調査を行いましょうか。シカク様も、ご協力よろしくお願いいたします」
『任された』

 助手の提案で、手分けして犯人の痕跡を探ることになったのだが。倉庫内を改めて見回しても、イオが見つけた「獣族の毛」以上の発見はなさそうだ。

「目立つのは、この石くらいかなぁ」

 倉庫内は湿気防止のためか、常に風魔法を起こす結晶石が設置されている。ずっとこの中にいたら、身体が干からびそうだ。

「外なら何か見つかるかも」

 事件を引き受けた身として、助手に負けてはいられない。何かないかと、目を凝らして倉庫の周りを歩いていると。倉庫周辺から森にかけて、地面が様々な形に沈下していた。だいたい1メートル幅の長方形、台形、正方形――ゴーレムの足跡だらけで、他の種族の足跡はない。

「ゴーレムたちの足跡で消されちゃったのかな」

 他に気になることと言えば、先ほどから茂みがガサガサ鳴っていることくらいだ。何か大きな影が、木の傍で揺れている。
 シカクを呼んで来てから近づいてみようか――と、茂みから目を逸らした瞬間。

「はっ、クシュ!」

 特徴的なくしゃみが、茂みの方から聞こえてきた。もしや赤毛の持ち主が、あそこに隠れているのでは――。

『エメル。金ピカの人間、イオ、何か見つけたって』

 シカクの声に顔を上げつつ、もう一度茂みを見遣ると。大きな影はなくなっていた。

「今、あそこに何かいませんでした?」
『鳥』
「でも、くしゃみしていましたよ」

 今思えば、聞き覚えのあるくしゃみだった。それがどこでだったか、と考える間にも、シカクはさっさと行くよう背中を押してくる。

「押されなくても行きますってば」
『早く、早く』

 シカクは何を焦っているのだろうか――首を傾げつつも倉庫の中に戻ると。白い筋状のキノコが生えた木片を、イオがこちらに差し出した。

「ここは資材置き場なのですから、それがあっても不思議はなさそうですが」
「では、このキノコについてはどう思われます?」

「名探偵」と挑発するように呼ぶイオに応えるため、ひらめきに弱い頭を必死に回す。「他より色の濃い木片」、「キノコ」――。

「あっ! キノコが生えるってことは、湿気があるってことですわね。でも……」

 除湿が徹底されていて、ほかの資材は乾いているというのに。イオが見つけたこの木片だけは、濡れてキノコまで生えている。

「風の結晶石の効果が及ばない場所にあった、とか?」
「この木片は、魔性ツリーの資材置き場付近に落ちていました。他の資材の方が、結晶石から遠い場所に置かれていますよ」

 たしかに、結晶石から一番遠い場所の資材でも乾いている。するとこの木片は、環境ではなく外的な要因で湿気を帯びたということか。

「犯人は『身体が濡れている種族』、ということですわね!」

 決まった――某名探偵さながらに人さし指を突き出し、イオを振り返ると。彼は無言のままいつもの笑みを浮かべていた。

「その笑顔はどっちですの?」

 身体が湿っていて魔法を使える魔族といえば、スライム族あたりを想像したのだが。腕を組んだイオは「どうでしょう」と答えるばかりで、堂々と決めポーズをとっていたのが恥ずかしくなってくる。
 今思えば、湿気だけをヒントに「身体が湿っている種族」、と判断するのは早計だったかもしれない。

「水の魔法を使った、という場合も考えられませんか?」
「たしかにそうですわね。助手のお考えをもっと……ってシカク、何をしようとしているのです!」
『ギクッ』

 丁寧にも動揺を擬音化してくれたシカクは、いつの間にか大窓を開け、腕を突き出していた。指先で器用に挟んだ赤い毛束を、窓の外へ捨てようとしていたのだ。

「それは犯人を示す重要な証拠品ですわ」
『で、でも、獣族ここに入らない。これ、風に乗って運ばれて来た、ただのゴミ』

 だから掃除しようとした、とシカクは弁解するが――怪しい。

『これ、トーさんに見つかるとマズい』
「マズい? なぜですの?」

 正方形の頭がガタガタと揺れ、指先の赤毛を庇うように持っている。まるで犬猫を拾い、親に隠れて飼っている子どもみたいだ。
 これは、念のため調べた方が良い――。

「シカク、失礼いたしますわ」

能力スキル鑑定】――右目が熱くなると同時に、真っ青ボディの横へダイアログが表示された。

「【スキル:超怪力】……擬態じゃない」

 そもそもシカクの性格が変わったようには見えなかったが、この挙動不審は何なのか。

「何かを隠しているのなら正直におっしゃって」
『べ、別に、ナニモ』
「イオさんも……あら?」

 先ほどから沈黙していたイオは、赤毛の束と木片を真剣に見比べていた。
 獣族の痕跡と、謎の湿気。いくら見比べたところで、繋がりはないように見えるが――思考に没頭する横顔を見守っていると。足元が小さく揺れ、倉庫の柱がミシッと音を立てた。

「地震……?」

 しだいに揺れが大きくなり、倉庫全体が軋んでいる。これはただ事ではなさそうだ――と、思考に耽るイオの腕を掴んだ直後。窓ガラスが粉々に割れた。

「なっ、何事ですの!?」
『エメルたち、早く外へ!』

 シカクに抱えられ、表へ出たところ。揺れと軋みの正体が、こちらへ猛突進してくる光景が目に入った。

『ミス・グラニーと、トーさん!』

 彼らは町で見かけた時以上の、周囲を破壊しそうな勢いで衝突している。この事態を憂いて仲介役を引き受けたのだが――なぜ一緒にいるのだろうか。
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