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【第一話 みずほ先輩とのなれそめ】
【1-2】
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とっさに身をひるがえし、目前に立つ女子生徒の背後に回り込む。覆いかぶさるようにして身構えた。
その瞬間、頭から背中に衝撃が走り、脳が揺さぶられる。耐えきれず女子生徒とともに床に崩れ落ちる。
塵埃が舞い、体育館はいっせいに静まり返った。
「ぐっ……!」
俺は床に四つん這いになり、かろうじて潰されずにいた。けれど背中で支えるパネルの重さに耐えかねて両腕がぶるぶると震える。
左右の腕の間には、仰向けになって俺を見つめる女子生徒の姿があった。道に迷った子猫のような瞳が俺を吸い込んでいる。
「……はぁ、はぁ、怪我はないっすか」
彼女は呆然としていたが、はっと我に返りあわてて首を左右に振った。ああ、無傷なようで安心した。
けれど驚いたせいか、顔がすっかり紅潮している。
「……とっ、とりあえず這い出してもらえませんか」
女子生徒は、まばたきのない真顔で俺を見つめ、鋭く言い返す。
「嫌です!」
「なんでっ?」
「生徒会に入るって約束してくれたら這い出ます!」
なぜここで焦らすんだこのひとは! それとも俺をつっかえ棒としか思ってないのか?
「俺、重くて痛くて崖っぷちなのわかってますか? はぁはぁ……」
「この重さに耐えるきみは、まさに生徒会でみんなを支える人材なのです!」
至近距離で向かい合ったまま押し問答をしている理由が俺にはさっぱりだ。
「無理っす。俺のまったりライフは、生徒会の対極に位置してるんです。土下座してでも断らせていただきたいんですが」
俺はほぼほぼ土下座しているような格好だ。この状況を一石二鳥と呼んでいいのだろうか。
けれど彼女はひるむことを知らない。
「じゃあ、これならどうだ! 生徒会にはいったら女子にモテる可能性が特大! わたしが約束するわ」
「まじっすか! モテるんっすか⁉」
そのひとことは俺の心臓に強烈な一撃を食らわせた。
「そっ、即決します!」
悩みに悩んだ俺だったが(?)、そう言われて引き下がれるはずはない。なにしろほんとうなら、無縁と思っていたモテ期が俺を待っているかもしれないのだ。
「それでは交渉成立ね」
その女子生徒は俺の下から這いずりだし、目の前でちょこんと正座をした。
「これからよろしくお願いいたします」
仰々しく三つ指ついて頭を下げる。
「よろしくお願いします。っていうか、この背中のパネル、はやく人集めてどかしてもらえませんか。もう限界っす。……ハァハァ」
「嫌です!」
「なんでっ⁉」
「いたいけな女子を守ろうとした男の勇姿、めったに遭遇できないから目に焼き付けているのよ!」
「ただの条件反射っすよ。ってか、先輩、ドSなんっすね……」
「それに逃がしたくないもの!」
彼女はにんまりと口を弓なりにして俺を見ている。
その瞬間、俺は矢に打たれたようなインスピレーションが沸いた。
――こっ、これはつまり俺を言いなりにしようという魂胆だ。犬とか下僕とかいう類の。そうだ、そうに違いない! けど犬と下僕ならどっちがましだ? 犬ならつまりアレか? 地面に寝そべって腹を出してハァハァ恥ずかしい声をあげながら服従の意を示すやつだ。ああ、その姿を写メられたら永遠の黒歴史だ! しかも敏感なシックスパックを撫でられた日にはくすぐったさに耐えかねて噴き出すに違いない! 俺の薄汚れたぺぺぺをあの綺麗なご尊顔にぶっかけてしまうなんて卑猥なこと、絶対に避けなければ! じゃあ下僕ではどうだ? 下僕っていうとアレか? 土下座でひれ伏して背中をぐりぐりされるやつ。このお方が俺の背中をいたぶるために、わざわざパンプスをヒールに履き替えてくださり、人権もへったくれもないことを――いや待てよ、そのぐりぐり、俺のスマホゲームで疲弊した背中の張りや肩の凝りには抜群の効能効果があるかもしれない! 特に肩甲骨周囲とか! しかも美人なお姉さんのぐりぐりとなれば、極上の感触に違いない! 天にも昇っちゃえるかもしれない! あああ、だったらもう、返事は一択しかないだろ!
「じゃあ、下僕でお願いします!」
「はい? 下僕で?」
「ありっす。それとぜひモテるようにご配慮願います」
「あっ、それなら大丈夫。だって、きみはすでにモテているからね」
「は? すでにモテている? それ意味わかんないっす。っていうか、俺もう限界で頭が回らないっす……」
ああ、後悔とは呪いのようなものだ。
理解不能な先輩に翻弄された俺はついに力尽き、パネルの下敷きとなった。
その瞬間、頭から背中に衝撃が走り、脳が揺さぶられる。耐えきれず女子生徒とともに床に崩れ落ちる。
塵埃が舞い、体育館はいっせいに静まり返った。
「ぐっ……!」
俺は床に四つん這いになり、かろうじて潰されずにいた。けれど背中で支えるパネルの重さに耐えかねて両腕がぶるぶると震える。
左右の腕の間には、仰向けになって俺を見つめる女子生徒の姿があった。道に迷った子猫のような瞳が俺を吸い込んでいる。
「……はぁ、はぁ、怪我はないっすか」
彼女は呆然としていたが、はっと我に返りあわてて首を左右に振った。ああ、無傷なようで安心した。
けれど驚いたせいか、顔がすっかり紅潮している。
「……とっ、とりあえず這い出してもらえませんか」
女子生徒は、まばたきのない真顔で俺を見つめ、鋭く言い返す。
「嫌です!」
「なんでっ?」
「生徒会に入るって約束してくれたら這い出ます!」
なぜここで焦らすんだこのひとは! それとも俺をつっかえ棒としか思ってないのか?
「俺、重くて痛くて崖っぷちなのわかってますか? はぁはぁ……」
「この重さに耐えるきみは、まさに生徒会でみんなを支える人材なのです!」
至近距離で向かい合ったまま押し問答をしている理由が俺にはさっぱりだ。
「無理っす。俺のまったりライフは、生徒会の対極に位置してるんです。土下座してでも断らせていただきたいんですが」
俺はほぼほぼ土下座しているような格好だ。この状況を一石二鳥と呼んでいいのだろうか。
けれど彼女はひるむことを知らない。
「じゃあ、これならどうだ! 生徒会にはいったら女子にモテる可能性が特大! わたしが約束するわ」
「まじっすか! モテるんっすか⁉」
そのひとことは俺の心臓に強烈な一撃を食らわせた。
「そっ、即決します!」
悩みに悩んだ俺だったが(?)、そう言われて引き下がれるはずはない。なにしろほんとうなら、無縁と思っていたモテ期が俺を待っているかもしれないのだ。
「それでは交渉成立ね」
その女子生徒は俺の下から這いずりだし、目の前でちょこんと正座をした。
「これからよろしくお願いいたします」
仰々しく三つ指ついて頭を下げる。
「よろしくお願いします。っていうか、この背中のパネル、はやく人集めてどかしてもらえませんか。もう限界っす。……ハァハァ」
「嫌です!」
「なんでっ⁉」
「いたいけな女子を守ろうとした男の勇姿、めったに遭遇できないから目に焼き付けているのよ!」
「ただの条件反射っすよ。ってか、先輩、ドSなんっすね……」
「それに逃がしたくないもの!」
彼女はにんまりと口を弓なりにして俺を見ている。
その瞬間、俺は矢に打たれたようなインスピレーションが沸いた。
――こっ、これはつまり俺を言いなりにしようという魂胆だ。犬とか下僕とかいう類の。そうだ、そうに違いない! けど犬と下僕ならどっちがましだ? 犬ならつまりアレか? 地面に寝そべって腹を出してハァハァ恥ずかしい声をあげながら服従の意を示すやつだ。ああ、その姿を写メられたら永遠の黒歴史だ! しかも敏感なシックスパックを撫でられた日にはくすぐったさに耐えかねて噴き出すに違いない! 俺の薄汚れたぺぺぺをあの綺麗なご尊顔にぶっかけてしまうなんて卑猥なこと、絶対に避けなければ! じゃあ下僕ではどうだ? 下僕っていうとアレか? 土下座でひれ伏して背中をぐりぐりされるやつ。このお方が俺の背中をいたぶるために、わざわざパンプスをヒールに履き替えてくださり、人権もへったくれもないことを――いや待てよ、そのぐりぐり、俺のスマホゲームで疲弊した背中の張りや肩の凝りには抜群の効能効果があるかもしれない! 特に肩甲骨周囲とか! しかも美人なお姉さんのぐりぐりとなれば、極上の感触に違いない! 天にも昇っちゃえるかもしれない! あああ、だったらもう、返事は一択しかないだろ!
「じゃあ、下僕でお願いします!」
「はい? 下僕で?」
「ありっす。それとぜひモテるようにご配慮願います」
「あっ、それなら大丈夫。だって、きみはすでにモテているからね」
「は? すでにモテている? それ意味わかんないっす。っていうか、俺もう限界で頭が回らないっす……」
ああ、後悔とは呪いのようなものだ。
理解不能な先輩に翻弄された俺はついに力尽き、パネルの下敷きとなった。
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