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【第二話 みずほ先輩は女優さんに怒られる】
【2-5】
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「テイクツー、スタート!」
ふたたびカメラが回る。桜木さんは気にも留めていないようだが、鈴音さんはひどく不機嫌な顔をしていて相当やばい。いくら一般市民とはいえこれ以上の粗相は許されない。
けれどいっぱしのカップルの演技という使命は残されている。
話題を探すべく辺りを見回すと、少し離れたところに着ぐるみの集団がいるのに気付いた。さまざまな野菜や果物を模した姿をしていて、子供たちと一緒に写真撮影をしている。
「みずほ先輩、ゆるキャラ集団がいますよ」
「ほんとね、なにかイベントでもやってるのかしら」
「最近増えましたよね、なし崩し的に」
みずほ先輩の表情が一瞬、固まった。一拍の間をおいて俺に問いかける。
「――こほん。かつき君、ちょっと聞くけど『なし崩し』ってどういう意味かわかる?」
突然、理知的な質問をしてきた。日々執筆にいそしんでいるだけに、言葉の解釈に敏感なのだろうか。
「当然、知ってますってば」
「うやむやにするってことじゃないのよ」
「わかってますって」
「じゃあほんとうの意味はなーんだ」
みずほ先輩はうかがうように真顔を近づけた。俺は素直に思いついた意味を答える。
「なし崩し――それはふなっしーのポジションを崩しにかかること、ですよね。ちなみにねばーる君が最有力!」
マジレスした瞬間、みずほ先輩は口に含んだクリームを勢いよく噴き出した。俺の顔面に直撃する。
「ぶへっ、みずほ先輩ひどっ!」
「あは、ごめ、かっ、かつき君……それ面白すぎるよぉ~!」
みずほ先輩はお腹を抱えて大笑いしだした。いったい何がツボにはまったのだろうか。
かたや俺はクリームまみれで笑えない状態だ。
そのとき、またもや監督の雄たけびが響く。
「カットだコノヤロー‼」
――しまった!
「こっちまで聞こえたけど、おめーら面白すぎるんだよぉ! NG集に組み込んでやるから、本編終了後は覚悟しとけよぉぉぉ!」
「すっ、すみません!」
監督はこめかみに青筋を立て笑ってている。みずほ先輩はいまだに声を殺して悶絶していた。呼吸困難を起こさないか心配になる。
直後、鈴音さんがツカツカと早足で歩み寄ってきた。表情から察するにひどくおかんむりのようだ。
「あなたたち、いい加減にしてよね!」
ぴしっと氷が張るような緊張感が走り、空気の流れが止まった気がした。
みずほ先輩もまずいと思ったのか、テーブルに突っ伏したまま表情が固まっている。
観客たちも空気を察したようで、辺りはしんと静まり返った。
ああ、撮影を台無しにしてしまった。高校生になりたてにして人生最大のピンチ。
鈴音さんはみずほ先輩の目前に仁王立ちになり、怒りをたたえた視線で見下ろす。
「なんで私がこの代理エキストラの小娘に足引っ張られなくちゃならないのよ! 悪いけど私、こんな小娘に屈辱的な扱いを受けたんだから、やってられないわ! このドラマ、降りさせていただくことにするわ!」
ひどい剣幕に背筋が凍りつく。みずほ先輩はテーブルの上に両手をつき、鈴音さんに向かって何度も頭を下げる。
「すみません、すみません……」
けれどみずほ先輩の自然な喜怒哀楽に罪なんてあるはずがない。
俺は意を決し、ふたりの間に割って入る。
「申し訳ありません、でもこのひとは全然悪くないです。くだらないこと言った俺が全部悪いんです。だから文句は俺が全身全霊をもって受け止めます!」
立位前屈なみに大きく腰を折って謝る。けれど鈴音さんの怒りが収まることはない。
「ふーん、じゃあドラマがおじゃんになる損失は、あなたの親御さんに賠償請求してよろしいのかしら」
「ぐっ、それは……」
スタッフが皆、あわてて集まってくる。
そのとき桜木さんが「あの~、すみませんが」と、間の抜けた声をあげた。鈴音さんは睨むように振り返る。
「なによ桜木さん!」
「せっかくなので撮影のカット、見てみませんか?」
「なんでよ、どうせNGに決まってるじゃない!」
「いや、僕に免じて一度だけ再確認してもらえませんか」
「再確認……?」
「はい、どうしても鈴音さんに見てほしいんです」
すると鈴音さんは渋々と承諾した。
そこにどんな意図があるのかわからなかったが、監督は意味ありげな笑みを浮かべる。
鈴音さんに背を向けて俺の首に腕を回し、耳元でぼそりとつぶやいた。
「まあ見てろって。あの桜木が売れてる理由がわかるかもしれねぇぞ」
「テイクツー、スタート!」
ふたたびカメラが回る。桜木さんは気にも留めていないようだが、鈴音さんはひどく不機嫌な顔をしていて相当やばい。いくら一般市民とはいえこれ以上の粗相は許されない。
けれどいっぱしのカップルの演技という使命は残されている。
話題を探すべく辺りを見回すと、少し離れたところに着ぐるみの集団がいるのに気付いた。さまざまな野菜や果物を模した姿をしていて、子供たちと一緒に写真撮影をしている。
「みずほ先輩、ゆるキャラ集団がいますよ」
「ほんとね、なにかイベントでもやってるのかしら」
「最近増えましたよね、なし崩し的に」
みずほ先輩の表情が一瞬、固まった。一拍の間をおいて俺に問いかける。
「――こほん。かつき君、ちょっと聞くけど『なし崩し』ってどういう意味かわかる?」
突然、理知的な質問をしてきた。日々執筆にいそしんでいるだけに、言葉の解釈に敏感なのだろうか。
「当然、知ってますってば」
「うやむやにするってことじゃないのよ」
「わかってますって」
「じゃあほんとうの意味はなーんだ」
みずほ先輩はうかがうように真顔を近づけた。俺は素直に思いついた意味を答える。
「なし崩し――それはふなっしーのポジションを崩しにかかること、ですよね。ちなみにねばーる君が最有力!」
マジレスした瞬間、みずほ先輩は口に含んだクリームを勢いよく噴き出した。俺の顔面に直撃する。
「ぶへっ、みずほ先輩ひどっ!」
「あは、ごめ、かっ、かつき君……それ面白すぎるよぉ~!」
みずほ先輩はお腹を抱えて大笑いしだした。いったい何がツボにはまったのだろうか。
かたや俺はクリームまみれで笑えない状態だ。
そのとき、またもや監督の雄たけびが響く。
「カットだコノヤロー‼」
――しまった!
「こっちまで聞こえたけど、おめーら面白すぎるんだよぉ! NG集に組み込んでやるから、本編終了後は覚悟しとけよぉぉぉ!」
「すっ、すみません!」
監督はこめかみに青筋を立て笑ってている。みずほ先輩はいまだに声を殺して悶絶していた。呼吸困難を起こさないか心配になる。
直後、鈴音さんがツカツカと早足で歩み寄ってきた。表情から察するにひどくおかんむりのようだ。
「あなたたち、いい加減にしてよね!」
ぴしっと氷が張るような緊張感が走り、空気の流れが止まった気がした。
みずほ先輩もまずいと思ったのか、テーブルに突っ伏したまま表情が固まっている。
観客たちも空気を察したようで、辺りはしんと静まり返った。
ああ、撮影を台無しにしてしまった。高校生になりたてにして人生最大のピンチ。
鈴音さんはみずほ先輩の目前に仁王立ちになり、怒りをたたえた視線で見下ろす。
「なんで私がこの代理エキストラの小娘に足引っ張られなくちゃならないのよ! 悪いけど私、こんな小娘に屈辱的な扱いを受けたんだから、やってられないわ! このドラマ、降りさせていただくことにするわ!」
ひどい剣幕に背筋が凍りつく。みずほ先輩はテーブルの上に両手をつき、鈴音さんに向かって何度も頭を下げる。
「すみません、すみません……」
けれどみずほ先輩の自然な喜怒哀楽に罪なんてあるはずがない。
俺は意を決し、ふたりの間に割って入る。
「申し訳ありません、でもこのひとは全然悪くないです。くだらないこと言った俺が全部悪いんです。だから文句は俺が全身全霊をもって受け止めます!」
立位前屈なみに大きく腰を折って謝る。けれど鈴音さんの怒りが収まることはない。
「ふーん、じゃあドラマがおじゃんになる損失は、あなたの親御さんに賠償請求してよろしいのかしら」
「ぐっ、それは……」
スタッフが皆、あわてて集まってくる。
そのとき桜木さんが「あの~、すみませんが」と、間の抜けた声をあげた。鈴音さんは睨むように振り返る。
「なによ桜木さん!」
「せっかくなので撮影のカット、見てみませんか?」
「なんでよ、どうせNGに決まってるじゃない!」
「いや、僕に免じて一度だけ再確認してもらえませんか」
「再確認……?」
「はい、どうしても鈴音さんに見てほしいんです」
すると鈴音さんは渋々と承諾した。
そこにどんな意図があるのかわからなかったが、監督は意味ありげな笑みを浮かべる。
鈴音さんに背を向けて俺の首に腕を回し、耳元でぼそりとつぶやいた。
「まあ見てろって。あの桜木が売れてる理由がわかるかもしれねぇぞ」
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