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【第二話 みずほ先輩は女優さんに怒られる】
【2-6】
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みずほ先輩と俺は、話題のドラマの主演たちと並んでモニターを見ている。
モニターにはサイドアングルから映されるふたりの憂いた表情。あたかも恋の終わりを匂わせているような雰囲気。奥には俺たちふたりが映っていた。
シリアスなムードとは対照的に、その後ろに写るカップルは陽気に盛り上がる。彼女役の女子が鼻の頭に白いクリームをつけて怒りだした。それから彼氏役の男子がクリームを拭き取ると、女子は顔を赤らめてあわてふためく。
万一この画像が放送されれば、みずほ先輩と俺だとわかるくらい、顔が鮮明に映っていた。
「こんな映像、使えるわけないじゃない!」
火に油を注いだかのように、鈴音さんの怒りは勢いを増す。俺はみずほ先輩と顔を見合わせ、一緒に表情をこわばらせた。
「まあまあ、次も見てみましょう」
戦々恐々とした雰囲気の中、桜木さんが温和な口調で鈴音さんをなだめる。
次のテイクではみずほ先輩が俺に向かってクリームを噴き出すシーンが映っていた。困り顔の俺とは対照的に顔を真っ赤にして悶絶している。しかし、改めて見ると、このひとはほんとうによく赤くなるし、ころころと表情が変化する。
「こっちもろくな映像じゃないわ。――それで桜木さんは何が言いたいの? 何もなければ私、もう帰りますね」
鈴音さんはモニターから視線を切ってきびすを返す。
すると、桜木さんが優しげな声で鈴音さんの背中に語りかけた。
「彼女の笑顔、鈴音さんの若い頃にそっくりだ」
鈴音さんが、えっ、と声をあげて振り向く。桜木さんは鈴音さんの顔を見てかすかに笑みを浮かべる。
「高校生の頃の鈴音さん、表情が豊かで、モニターの中でもすごく映えていました。僕が芸能界に憧れたのは、あなたの演技を見て感銘を受けたからなんです」
「えっ、そうなの……?」
鈴音さんの顔から怒りが一瞬にして引いてゆく。俺は互いの表情を目で追っていた。桜木さんの自信にあふれた視線は、まるで鈴音さんを包み込んでいるようだ。
「だからこのドラマの撮影、僕はすごく楽しみにしていたんです。でも――」
それから一息ついて続ける。
「鈴音さんが怒るのも無理はありません。あなたは一流の女優さんで、けれど一流ゆえの多忙な毎日が、あなたの心をむしばんでしまっているのでは、と僕は心配になりました」
「桜木さん……」
「いままで自分のやりたいこともできず、ただ仕事に忙殺される毎日。視聴者やドラマ制作スタッフの期待があなたをじわじわと締めつける。僕はあなたに少しだけ近い立場になって、それが理解できたような気がしたんです」
鈴音さんの表情は刺々しさを失い、別人のような素直な顔になってゆく。
「だから青春を謳歌できる彼らを羨ましく思い、苛立つのも納得できました。けれどもし、あなたの気持ちの受け皿がないのなら、僕がその受け皿になりたいとも思いました。そのためにもこのドラマを成功させ、笑顔でクランクアップを迎えませんか。――ぽっと出の僕が、手の届くことのないあなたにそんなことを言うのは、少々差し出がましいとは思ったのですが」
けっして演技とは思えない、すがすがしい笑顔を彼女に向けた。
鈴音さんは潤んだ瞳で桜木さんを見つめている。まるでドラマのワンシーンのような雰囲気だ。
鈴音さんは思案した後、ぽつりと返事をした。
「――わかったわ。撮影を続けましょう」
「ありがとう、鈴音さん」
それから桜木さんは俺たちに向かってウインクをした。
「君たち、僕らに青春を思い出させてくれてありがとう。ほんとうに素敵なカップルじゃないか」
「いやぁ……」
立派な俳優さんに褒められ、どう反応していいのかわからない。みずほ先輩も照れ笑いを浮かべるのがせいいっぱいのよう。
そこで突然、監督が両手を上げ、大きくひとつ手を打ち鳴らす。
「ようし、せっかくだから記念撮影しような!」
「「あっ、はい!」」
そうして僕らは豪華なメンバーに囲まれる。必死なつくり笑いが堂々と撮影用カメラに収められた。
監督は最後に含み笑いの顔で、俺にこんなことを吹き込んで背中を叩いた。
「あいつの言うことが嘘か真かは、俺は知らねぇ。だが、誠実さってやつは万国共通の魔法なんだぜ。お前さんもそんな男を目指せよ」
みずほ先輩と俺は、話題のドラマの主演たちと並んでモニターを見ている。
モニターにはサイドアングルから映されるふたりの憂いた表情。あたかも恋の終わりを匂わせているような雰囲気。奥には俺たちふたりが映っていた。
シリアスなムードとは対照的に、その後ろに写るカップルは陽気に盛り上がる。彼女役の女子が鼻の頭に白いクリームをつけて怒りだした。それから彼氏役の男子がクリームを拭き取ると、女子は顔を赤らめてあわてふためく。
万一この画像が放送されれば、みずほ先輩と俺だとわかるくらい、顔が鮮明に映っていた。
「こんな映像、使えるわけないじゃない!」
火に油を注いだかのように、鈴音さんの怒りは勢いを増す。俺はみずほ先輩と顔を見合わせ、一緒に表情をこわばらせた。
「まあまあ、次も見てみましょう」
戦々恐々とした雰囲気の中、桜木さんが温和な口調で鈴音さんをなだめる。
次のテイクではみずほ先輩が俺に向かってクリームを噴き出すシーンが映っていた。困り顔の俺とは対照的に顔を真っ赤にして悶絶している。しかし、改めて見ると、このひとはほんとうによく赤くなるし、ころころと表情が変化する。
「こっちもろくな映像じゃないわ。――それで桜木さんは何が言いたいの? 何もなければ私、もう帰りますね」
鈴音さんはモニターから視線を切ってきびすを返す。
すると、桜木さんが優しげな声で鈴音さんの背中に語りかけた。
「彼女の笑顔、鈴音さんの若い頃にそっくりだ」
鈴音さんが、えっ、と声をあげて振り向く。桜木さんは鈴音さんの顔を見てかすかに笑みを浮かべる。
「高校生の頃の鈴音さん、表情が豊かで、モニターの中でもすごく映えていました。僕が芸能界に憧れたのは、あなたの演技を見て感銘を受けたからなんです」
「えっ、そうなの……?」
鈴音さんの顔から怒りが一瞬にして引いてゆく。俺は互いの表情を目で追っていた。桜木さんの自信にあふれた視線は、まるで鈴音さんを包み込んでいるようだ。
「だからこのドラマの撮影、僕はすごく楽しみにしていたんです。でも――」
それから一息ついて続ける。
「鈴音さんが怒るのも無理はありません。あなたは一流の女優さんで、けれど一流ゆえの多忙な毎日が、あなたの心をむしばんでしまっているのでは、と僕は心配になりました」
「桜木さん……」
「いままで自分のやりたいこともできず、ただ仕事に忙殺される毎日。視聴者やドラマ制作スタッフの期待があなたをじわじわと締めつける。僕はあなたに少しだけ近い立場になって、それが理解できたような気がしたんです」
鈴音さんの表情は刺々しさを失い、別人のような素直な顔になってゆく。
「だから青春を謳歌できる彼らを羨ましく思い、苛立つのも納得できました。けれどもし、あなたの気持ちの受け皿がないのなら、僕がその受け皿になりたいとも思いました。そのためにもこのドラマを成功させ、笑顔でクランクアップを迎えませんか。――ぽっと出の僕が、手の届くことのないあなたにそんなことを言うのは、少々差し出がましいとは思ったのですが」
けっして演技とは思えない、すがすがしい笑顔を彼女に向けた。
鈴音さんは潤んだ瞳で桜木さんを見つめている。まるでドラマのワンシーンのような雰囲気だ。
鈴音さんは思案した後、ぽつりと返事をした。
「――わかったわ。撮影を続けましょう」
「ありがとう、鈴音さん」
それから桜木さんは俺たちに向かってウインクをした。
「君たち、僕らに青春を思い出させてくれてありがとう。ほんとうに素敵なカップルじゃないか」
「いやぁ……」
立派な俳優さんに褒められ、どう反応していいのかわからない。みずほ先輩も照れ笑いを浮かべるのがせいいっぱいのよう。
そこで突然、監督が両手を上げ、大きくひとつ手を打ち鳴らす。
「ようし、せっかくだから記念撮影しような!」
「「あっ、はい!」」
そうして僕らは豪華なメンバーに囲まれる。必死なつくり笑いが堂々と撮影用カメラに収められた。
監督は最後に含み笑いの顔で、俺にこんなことを吹き込んで背中を叩いた。
「あいつの言うことが嘘か真かは、俺は知らねぇ。だが、誠実さってやつは万国共通の魔法なんだぜ。お前さんもそんな男を目指せよ」
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