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【第三話 みずほ先輩と情熱的なラブレター】
【3-5】
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「家須君、ひとつお願いがあるんだけどいいかな」
みずほ先輩に声をかけられた家須満先輩はゆっくりと振り返る。黒縁メガネの奥から放つ鋭い視線が向けられた。
家須先輩はみずほ先輩の同級生で、科学研究部に属している。生徒会も兼ねているが、天才肌ゆえ難なくこなせるらしい。成績は常にトップクラスで、みずほ先輩のさらに上を行く頭脳を持つ特別進学コースの特待生。だからみずほ先輩が頼るのも理解できる。
「何の用だ、清川。十秒以内に言ってみろ」
「この手紙についたしずくが、涙かどうか分析することってできるかしら」
家須先輩の思案はほんの一瞬だった。
表情をみじんも変えることなく、黙って右手を伸ばして見せ、親指を天井に向かって突き立てた。
それは『イエス』を意味する彼の返事。
家須先輩は頼み事が難題であればあるほど燃える性格だ。
そう、彼は誰かの頼みごとは絶対に断らない、生粋の『イエスマン』なのだ。
みずほ先輩と俺は家須先輩の後についていく。向かったのは化学室。科学研究部の活動が行われている現場だ。
けれど過疎化した部活なのか、生徒の姿はなかった。
「今、準備するから待っててくれ」
家須先輩はアルミ製のトレーひとつを持ち、その上にピンセット、はさみ、蒸留水、それから小さなチューブを揃えて並べた。体温計のような機器もあった。
「先輩、これはなんすか?」
「ああ、塩分濃度計だ。感度が良くて0.01%の濃度まで測定できるやつな」
「なるほど、塩分を感知することで涙かどうか判断するんっすね」
「ああ、そうだ。――それから清川、例の手紙を貸してくれないか。一部切り取らせてもらう。猪俣ってやつは『好きにしていいです』って言ってたよな」
「あっ、ええ。構わないと思うけど」
どうやら家須先輩は素知らぬふりをしながらも、すべてを聞き取っていたようだ。
それから『涙の証明』について簡潔に説明する。
「涙の水分は蒸発しても塩分はしっかりと紙に残っているから、一か所の歪みに残った塩分を測定する。ちなみに涙一滴の体積はおよそ0.05 mlで、塩分濃度は0.6%程度だから、手紙の歪んだ部分を切り取って1 mlの水に馴染ませれば、0.03%の濃度となり、この塩分濃度計で検出できる。つまり塩分が測定できさえすれば、涙の染みだと考えられる」
家須先輩はビニール手袋を着用した。手の汗が手紙につかないようにするためだ。手際よくピペットで蒸留水を吸い上げ、チューブに蒸留水を1 ml、注ぎ込む。
それからハサミで手紙のゆがみのある部分を丸く切り取る。ピンセットでつまみ、チューブに注入した蒸留水に浸す。蓋をしてよく撹拌した。
俺とみずほ先輩は固唾を飲んでその様子を見守っていた。
十五分ほどなじませたところでチューブの蓋を開け、塩分濃度計のプローブを浸す。
すると――。
『0.04%』
と表示された。
ということは、歪みは涙のしずくなのか。
「だが、そのしずくが涙だとして、そこにどんな意味があるのかが問題だ」
「そうよね。でも……」
みずほ先輩は腑に落ちない顔をしている。
「塩分が含まれているのは間違いないけど、計算よりも若干濃いみたいじゃない。数値が想定よりも高く出るなんてあるのかな」
そこで家須先輩が説明する。
「――涙の塩分って、感情によって濃度が違うんだよ」
「うそっ!」
「まじですか!」
俺もみずほ先輩も驚きを隠せない。
家須先輩の解説によると、嬉し泣きや悲しみの涙は塩分濃度が低く、悔しさや怒りの涙は塩分濃度が高いらしい。涙腺を作動させる自律神経の違いが関係しているとのことだ。
「だけど誤差が生じる可能性だってある。いくつか検証してみよう」
慎重な姿勢を見せる家須先輩は科学者気質だなと思う。
ほかのゆがんだ場所も切り取り、何度か検証を繰り返す。
けれど塩分濃度計が示す数値は、すべて一致していた。
「測定結果に間違いはないようだな」
「だとすると――」
結論は明らかだった。
そう、この染みは白石が悔しさや怒りの感情を抱いて、ラブレターを書いていたことを物語っていたのだ。
「家須君、ひとつお願いがあるんだけどいいかな」
みずほ先輩に声をかけられた家須満先輩はゆっくりと振り返る。黒縁メガネの奥から放つ鋭い視線が向けられた。
家須先輩はみずほ先輩の同級生で、科学研究部に属している。生徒会も兼ねているが、天才肌ゆえ難なくこなせるらしい。成績は常にトップクラスで、みずほ先輩のさらに上を行く頭脳を持つ特別進学コースの特待生。だからみずほ先輩が頼るのも理解できる。
「何の用だ、清川。十秒以内に言ってみろ」
「この手紙についたしずくが、涙かどうか分析することってできるかしら」
家須先輩の思案はほんの一瞬だった。
表情をみじんも変えることなく、黙って右手を伸ばして見せ、親指を天井に向かって突き立てた。
それは『イエス』を意味する彼の返事。
家須先輩は頼み事が難題であればあるほど燃える性格だ。
そう、彼は誰かの頼みごとは絶対に断らない、生粋の『イエスマン』なのだ。
みずほ先輩と俺は家須先輩の後についていく。向かったのは化学室。科学研究部の活動が行われている現場だ。
けれど過疎化した部活なのか、生徒の姿はなかった。
「今、準備するから待っててくれ」
家須先輩はアルミ製のトレーひとつを持ち、その上にピンセット、はさみ、蒸留水、それから小さなチューブを揃えて並べた。体温計のような機器もあった。
「先輩、これはなんすか?」
「ああ、塩分濃度計だ。感度が良くて0.01%の濃度まで測定できるやつな」
「なるほど、塩分を感知することで涙かどうか判断するんっすね」
「ああ、そうだ。――それから清川、例の手紙を貸してくれないか。一部切り取らせてもらう。猪俣ってやつは『好きにしていいです』って言ってたよな」
「あっ、ええ。構わないと思うけど」
どうやら家須先輩は素知らぬふりをしながらも、すべてを聞き取っていたようだ。
それから『涙の証明』について簡潔に説明する。
「涙の水分は蒸発しても塩分はしっかりと紙に残っているから、一か所の歪みに残った塩分を測定する。ちなみに涙一滴の体積はおよそ0.05 mlで、塩分濃度は0.6%程度だから、手紙の歪んだ部分を切り取って1 mlの水に馴染ませれば、0.03%の濃度となり、この塩分濃度計で検出できる。つまり塩分が測定できさえすれば、涙の染みだと考えられる」
家須先輩はビニール手袋を着用した。手の汗が手紙につかないようにするためだ。手際よくピペットで蒸留水を吸い上げ、チューブに蒸留水を1 ml、注ぎ込む。
それからハサミで手紙のゆがみのある部分を丸く切り取る。ピンセットでつまみ、チューブに注入した蒸留水に浸す。蓋をしてよく撹拌した。
俺とみずほ先輩は固唾を飲んでその様子を見守っていた。
十五分ほどなじませたところでチューブの蓋を開け、塩分濃度計のプローブを浸す。
すると――。
『0.04%』
と表示された。
ということは、歪みは涙のしずくなのか。
「だが、そのしずくが涙だとして、そこにどんな意味があるのかが問題だ」
「そうよね。でも……」
みずほ先輩は腑に落ちない顔をしている。
「塩分が含まれているのは間違いないけど、計算よりも若干濃いみたいじゃない。数値が想定よりも高く出るなんてあるのかな」
そこで家須先輩が説明する。
「――涙の塩分って、感情によって濃度が違うんだよ」
「うそっ!」
「まじですか!」
俺もみずほ先輩も驚きを隠せない。
家須先輩の解説によると、嬉し泣きや悲しみの涙は塩分濃度が低く、悔しさや怒りの涙は塩分濃度が高いらしい。涙腺を作動させる自律神経の違いが関係しているとのことだ。
「だけど誤差が生じる可能性だってある。いくつか検証してみよう」
慎重な姿勢を見せる家須先輩は科学者気質だなと思う。
ほかのゆがんだ場所も切り取り、何度か検証を繰り返す。
けれど塩分濃度計が示す数値は、すべて一致していた。
「測定結果に間違いはないようだな」
「だとすると――」
結論は明らかだった。
そう、この染みは白石が悔しさや怒りの感情を抱いて、ラブレターを書いていたことを物語っていたのだ。
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