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【第四話 かつき君の不思議な夏の体験記】

【4-8】

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「あれ、黒澤君?」
「こんちは。南鷹先輩、いらっしゃってたんですね。何してたんすか?」

 くっきりとした二重のまぶたが包む瞳で俺を正視したまま、栗色をしたカーリーの髪を指先で弄んでいる。

 反対の手の中で、氷を浮かべたグラスがからんと軽快な音を立てた。

「私は部屋借りて勉強してたんだけど。静かだし涼しいからここ、快適なのよね」

 筆記用具とノートが定位置のデスク上に散乱していた。慣れた場所で居心地がよいのだろう。

 南鷹先輩はおしゃれな美人のお姉さん、といったイメージの先輩で、タイプは違うが、みずほ先輩同様、外見も頭脳もハイスペックである。

 気取った様子はないのだが、それでも近寄りがたい。オカルト好きだと公言していて、怒らせると呪いをかけられると噂されている。たぶんそれは、美人に対するやっかみだ。

 しかし城西高等学校の生徒会は、やんごとなき面々が集まる不思議な集団だ。(約一名を除く)

「ところで黒澤君はどうしてここに立ち寄ったの?」
「えっ、あっ、ああ、それは――」

 もしもみずほ先輩に会えたなら、真っ先に謝って、ちゃんと勉強していたことを伝えたかった。

 けれど人影がみずほ先輩でなかったときのことなんて考えてもいなかった。

「うーん、なんかすごくがっかりしているように見えるのは気のせい?」

 デスクに腰を下ろし、頬杖をついて俺を見上げる。まるで心中を探るような目つきだ。

 南鷹先輩はみずほ先輩との喧嘩を目撃しているから、そう言って俺の反応を確かめているに違いないのだ。

「いやそんなことないっす。南鷹先輩に会えて嬉しいっす」
「まったまた~、イケメンがそんなこと言ったら女の子は喜んじゃうじゃない。モテすぎるのはいろいろ危険なのよ」
「モテ期まだ一度も来てないっす。それに俺、イケメンどころかゴミ捨て場に捨てられた野菜くずから芽を出したかぼちゃみたいなもんすから」

 南鷹先輩は、ぶぶぶと変な笑い方をした。

 ふと俺は思った。もしかしたら、オカルト好きの南鷹先輩なら、あの不思議な現象を説明できるかもしれない。

「あの、聞いてみたいことがあるんです。実は不思議な体験をしたので」

 とたん、南鷹先輩の瞳が爛々とした。

「ふーん、不思議な体験とはおもしろそうね。いいわ、話してみて」

 速攻で食いついてきてくれてありがたい。さっそく話を切り出す。

「実は――」

 俺はまよちゃんとの邂逅かいこうについて南鷹先輩に伝える。うまく説明できたかわからないけれど、南鷹先輩は黙って耳を傾けてくれた。

「――というわけだったんす」

 南鷹先輩は色っぽく頬杖をついてじっと俺を見ている。

「幽霊ですかね、俺が視たのは」
「いいえ、違うと思うわ。その瑞穂ちゃんに似た子供と一緒に飲食をしていたわけだし、怪我の手当もしてあげたんでしょ?」
「そうですけど……おじいさんには視えていなかったです」
「だとすると――」

 しばらく思案した後、はっとなって人差し指をぴんと立てた。

「あっ、それもしかして『イマジナリーフレンド』じゃない?」
「えっと、イマジナリーフレンド、とは?」

 南鷹先輩は聞いたことのない横文字を口にした。

「想像したことが現実のように感じられることよ。たとえば人形がしゃべって踊るとか、そういうたぐいの現象。だから、すべて黒澤君の脳内で起こっていたことだとすれば、まよちゃんとの関係に矛盾はないわ」
「まさか……」
「そのおじいさん、近所に住んでいる、昔から知ってる人でしょ? だからきみは以前、おじいさんに妹さんがいて、肺病で亡くなったことをどこかで聞いていた。それがきみの潜在意識の中に眠っていて、とあるわだかまりが引き金となって表出し、イマジナリーフレンドとして人間の輪郭を形成した」
「とあるわだかまり……?」
「心当たりあるでしょ? 会いたいひとに会えないジレンマよ」

 鋭い視線に笑みはなかった。

 俺はすぐに気づいた。それはみずほ先輩のことを意味しているのだと。

 確かにまよちゃんは、「ずっと、あいたかったんだ」と言っていた。



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