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【最終話 みずほ先輩の華麗なる誘導尋問】

【8-4】

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 青葉さんは陸上部に所属するクラスメイト。生徒会という文化系の俺とは無縁だった。

 雪が降った日の帰り道のこと。彼女は寒空の下、ひとりランニングをしていた。

 長距離選手なので校外を河川敷から学校に戻るところだったが、すれ違うときに俺を避け、派手に転んだ。

 凍ったマンホールのふたがスリップの原因だった。

「あいたたた……やっちゃったぁ」

 青葉さんは足を痛めたらしく、うずくまったまま起き上がれない。しかも、まわりには誰もいない。そんな状況で放っておけるはずがない。

「しょうがねぇなぁ、手ぇ貸してやるよ」

 しゃがんで腕を肩にかけ、よっと合図をして立ち上がる。

「悪いね、ありがとう。黒澤君、確か副生徒会長になったんだよね。意外と頼りになるんだぁ」
「そうそう、俺自身も意外すぎる展開なんだけどさ。まぁ、困ったときはお互いさまさ。――しっかしこの寒い中、よく頑張るよな」
「春休みにおっききな大会があるからね。全国狙ってたんだけど……はぁ、これで一歩後退かぁ。ちっくしょー!」

 青葉さんは勝気な性格のようで、心底悔しそうな顔をする。けれど怪我をしてしまった以上、無理はできない。

 肩を落とす彼女を支えつつ学校に戻り、あとは陸上部員に引き渡した。青葉さんには「あとで何かお礼をするよ」と気を遣われた。

 けれど、ちょっと胸の当たる感触が味わえてどぎまぎした。救世主の役得である。

 それからしばらくして、青葉さんの足が治ったころ。

「この前のお礼させてよ。デザートでもおごるよ」
「まじか! まあ、お礼はもうもらったようなもんっすけど」
「へ? あたし何かしたっけ?」
「あ、いや、喜んでご馳走になりまーす!」

 ごく自然な成り行きで一緒に下校する。「和菓子と洋菓子、どっちがいい?」と聞かれたので和菓子の気分だと答えたところ、PON-POKOという茶処に案内してもらうことになった。お気に入りの茶屋らしいのだ。

「おすすめはおはぎなんだよ。あたし大好物」
「へー、女子はみんなこだわりのスイーツがあるよな」
「甘いもの食べると恋愛ホルモンが出るんだって。だからお菓子は恋愛対象みたいなものなのよ」

 青葉さんは俺を人目につかない路地裏に案内する。足を止め、俺の目を見つめて尋ねてきた。

「ところで聞くけどさ、半殺しと皆殺し、どっちが好み?」
「え……?」

 身の毛もよだつひとことに背中が凍りついた。

「だからぁ、どっちか選んでよ」

 まさか、胸の感触を味わっていたのに気づいて報復するつもりだったのか⁉

「どっちもサイコーよねー!」

 ――ひいい、お前がサイコだ。サイコパスだ!

 と、心の中は震え上がったが、それは大きな勘違いだった。

『半殺し』と『皆殺し』というのは、おはぎの『つぶあん』か『こしあん』か、という意味だった。

 食べながら誤解していたことを白状すると、彼女は腹を抱えて笑い、おはぎを噴き出しそうになった。

 盛り上がった結果、今度はどこに行こうかと未来への約束を交わすことになった。

 以来、青葉さんとはほどほどに親しい間柄である。

 青葉さんを回想した俺は答えを再考する。

 ――そうだ、三番目の青葉さんは勝気な性格だから、愛美ちゃんのように鬼を見て気を失うことはないだろう。だとすると、青葉さんはなぜ答えられなかったのか。

 ん、待てよ? もしも先頭の俺と二番目のみずほ先輩の焼き印が同じ種類なら、青葉さんは自分に付された焼き印の種類を答えられるはずだ。けれど答えられないということは、俺とみずほ先輩の焼き印は違う種類ということになる。それなら勘で答えた場合、正解する可能性は二分の一だ。

 だが、みずほ先輩はどうだ? 俺の後頭部の焼き印しか見えないが、それ以外の焼き印を答えた場合、正解できる確率は三分の二。だから、青葉さんよりはみずほ先輩のほうが分がいいはずだ。

 青葉さんはそれを察し、答えを言わなかった。そして解答をみずほ先輩に委ねた。答えが時間ぎりぎりになったのは、青葉さんが最後まで答えを言わなかったからに違いない。

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