40 / 44
逃避行
しおりを挟む
「杏。別れよう」
らいちは爆弾発言を残して、先に帰ってしまった。
俺はというと、言われた言葉を飲み込めないまま、仕事をこなし帰路に着く。今日はあのあと、ぼんやり仕事をしていたので、ドラゴンさんに「あんたも疲れてるのよ。バスがあるうちに帰りなさい」と早く帰らされてしまった……のはいいけれど、帰りのバスで爆睡し、終点の駅まで来てしまった。そしてそのまま、ふらりと新幹線に乗り込む。持っててよかったクレジットカード。そんなことを考えながら席に着くと、また眠ってしまったようで、気がつけば車窓には明るくて大きな看板を掲げた背の高いビルが流れていた。
車内で飲むつもりだったが、すっかりぬるくなった缶ビールを上着のポケットにしまい込んで改札を抜ける。待ち合わせた場所にきれいな女の子が立っていた。
「さあ、ごはん行こうか?」
「梅香さん、アザース。奢ります」
「ありがと。急な呼び出しは高くつくよ。それより……手ぶらで来たの?」
梅香は俺を足元からつむじまで、まじまじと観察した。確かにパッと見、持ち物は上着のポケットの缶ビールくらいだ。
「財布とスマホとビールを持っています」
「それだけ? ほんと、どうした? まぁいいや、店でじっくり聞くわ」
到着したのが結構遅めの時間だったので、いい感じの店は大体閉まっていて、結局チェーン居酒屋に落ち着いた。
「杏ちゃんは前科持ちなのでアルコールは控えてくださいねー」
梅香はそう言って、所持品の缶ビールを押収する。結果、俺はシラフのまま洗いざらい吐くはめになってしまった。
らいちから急に別れを切り出されたくだりで、感情が抑え切れなくなり、嗚咽してしまった。情けない姿だけれども、どうしようもなかった。
「ウグゥ……ほんと、訳わかんないんだけど……ぅぅ」
「それさ、5年間片思いの末にキッパリ振られて、それでもまだ好きな私に言う?」
梅香は発言の割に、優しい表情だ。
「だってさ、ぐいぐい、ぐいぐい、あっちからあんなに来てさ、それでこっちが好きになったら振るってなんなの?」
「それがらいちの可愛いとこじゃない。修行が足りないなぁ」
「まじかよ」
さすが。らいちの有段者は格が違う。そして俺は、梅香がこれまでらいちのことで泣いていた時、こんなに痛かったのかと、改めて思い知った。
「うぅ。修行、辛いぃ……グスっ」
「だよねぇ。ものすっごいわかる」
梅香が大きく頷いた。それから、らいちに振り回された苦労話をお互いに披露する。
そうだった。らいちは昔から、嘘つきだ。
「なんかさ、優しいから嘘ついちゃうんだろうね。らいち」
梅香はもっきりのグラスに、枡の酒を注いだ。成人式以来、日本酒にハマってしまったそうだ。
「優しいかな?」
「優しすぎるくらいだよ」
梅香は酒が回って、少し頬が赤くなっている。思えば梅香と2人きりで飲んだのは初めてだ。まぁ、俺はシラフだけど。「ところで」そういって、梅香が耳元まで顔を寄せた。らいちと違う香りがして、意識してしまう。
「パイズリしてもらったことある?」
意識して損した。勿論素直に答える筋合いもない。
「…………言わねぇよ」
「ケチ。まあいいや、杏ちゃんが私を頼ってきてくれたこと、なんか嬉しいし。それでさ、パイズリって気持ちいいの?」
「まぁ、シチュエーションがエロいから盛り上がるよね」
「ほぅ」
あ、やべ。つい言ってしまった。
「ちょっと待って。梅香さん? スマホの何にメモってんのよ?」
「リマインダー?」
「どう使うんだよ。てか消してよ……」
そんなやりとりをしながら、時間を潰し、始発の新幹線に乗る。スマホにはらいちからのメッセージが溜まっていた。それには帰宅時間だけを連絡して、眠りについた。
駅に着いて改札を抜けると、かわいい女の子が立っていた。その子は俺に気がつくと、笑顔で手を大きく振った。
別れようと言っておいて、なんのつもりだよ。らいち。
そんな俺の怪訝な表情など見えていないように、らいちは駆け寄ってきて、耳元で囁いた。ハイトーンの声、腕にすがる小さな手、シャツ越しの体温。らいちの香り。この人は俺の好きな人だと改めて感じて、悲しくなる。
「杏、ごめんね。あの時疲れてて、変なこと言っちゃった。仲直りしよ」
喧嘩なんてしていないのに、仲直りか。何をどうしたらいいんだ? 考え込む俺の回答を急かすようにらいちは続ける。
「仲直りの、エッチしよっか?」
まじすか。
てか、あの別れ話って一体なんだったんだ? 俺ら普通に仲良しじゃん。よかった。てか、まじでかわいいな。らいち。
「いや……朝だし。駅だし……」
勢いで家出してしまった手前、手放しで喜ぶのはチョロすぎる気がして、微妙な返事をする。
「ふふ。じゃあ、これからどこか行こっか? だから、昨日変なこと言ってごめんね。忘れてくれない?」
明るく、ニコッとするらいち。かわいい。いいよ、忘れる。
思わず微笑み返すが、チラッと梅香の声が聞こえた気がした。
『優しいから嘘ついちゃうんだろうね。らいち』
別れようと言ったことと、仲直りしようと言ったこと。いったいどっちが嘘なんだろうか。
「らいち。飯食った? まだだったら、飯食べに行かない?」
「え? うん。いいよ」
「うん。らいち、そこでゆっくり聞くよ。別れ話」
どっちが嘘かなんて、わかるよ。らいち。
らいちは爆弾発言を残して、先に帰ってしまった。
俺はというと、言われた言葉を飲み込めないまま、仕事をこなし帰路に着く。今日はあのあと、ぼんやり仕事をしていたので、ドラゴンさんに「あんたも疲れてるのよ。バスがあるうちに帰りなさい」と早く帰らされてしまった……のはいいけれど、帰りのバスで爆睡し、終点の駅まで来てしまった。そしてそのまま、ふらりと新幹線に乗り込む。持っててよかったクレジットカード。そんなことを考えながら席に着くと、また眠ってしまったようで、気がつけば車窓には明るくて大きな看板を掲げた背の高いビルが流れていた。
車内で飲むつもりだったが、すっかりぬるくなった缶ビールを上着のポケットにしまい込んで改札を抜ける。待ち合わせた場所にきれいな女の子が立っていた。
「さあ、ごはん行こうか?」
「梅香さん、アザース。奢ります」
「ありがと。急な呼び出しは高くつくよ。それより……手ぶらで来たの?」
梅香は俺を足元からつむじまで、まじまじと観察した。確かにパッと見、持ち物は上着のポケットの缶ビールくらいだ。
「財布とスマホとビールを持っています」
「それだけ? ほんと、どうした? まぁいいや、店でじっくり聞くわ」
到着したのが結構遅めの時間だったので、いい感じの店は大体閉まっていて、結局チェーン居酒屋に落ち着いた。
「杏ちゃんは前科持ちなのでアルコールは控えてくださいねー」
梅香はそう言って、所持品の缶ビールを押収する。結果、俺はシラフのまま洗いざらい吐くはめになってしまった。
らいちから急に別れを切り出されたくだりで、感情が抑え切れなくなり、嗚咽してしまった。情けない姿だけれども、どうしようもなかった。
「ウグゥ……ほんと、訳わかんないんだけど……ぅぅ」
「それさ、5年間片思いの末にキッパリ振られて、それでもまだ好きな私に言う?」
梅香は発言の割に、優しい表情だ。
「だってさ、ぐいぐい、ぐいぐい、あっちからあんなに来てさ、それでこっちが好きになったら振るってなんなの?」
「それがらいちの可愛いとこじゃない。修行が足りないなぁ」
「まじかよ」
さすが。らいちの有段者は格が違う。そして俺は、梅香がこれまでらいちのことで泣いていた時、こんなに痛かったのかと、改めて思い知った。
「うぅ。修行、辛いぃ……グスっ」
「だよねぇ。ものすっごいわかる」
梅香が大きく頷いた。それから、らいちに振り回された苦労話をお互いに披露する。
そうだった。らいちは昔から、嘘つきだ。
「なんかさ、優しいから嘘ついちゃうんだろうね。らいち」
梅香はもっきりのグラスに、枡の酒を注いだ。成人式以来、日本酒にハマってしまったそうだ。
「優しいかな?」
「優しすぎるくらいだよ」
梅香は酒が回って、少し頬が赤くなっている。思えば梅香と2人きりで飲んだのは初めてだ。まぁ、俺はシラフだけど。「ところで」そういって、梅香が耳元まで顔を寄せた。らいちと違う香りがして、意識してしまう。
「パイズリしてもらったことある?」
意識して損した。勿論素直に答える筋合いもない。
「…………言わねぇよ」
「ケチ。まあいいや、杏ちゃんが私を頼ってきてくれたこと、なんか嬉しいし。それでさ、パイズリって気持ちいいの?」
「まぁ、シチュエーションがエロいから盛り上がるよね」
「ほぅ」
あ、やべ。つい言ってしまった。
「ちょっと待って。梅香さん? スマホの何にメモってんのよ?」
「リマインダー?」
「どう使うんだよ。てか消してよ……」
そんなやりとりをしながら、時間を潰し、始発の新幹線に乗る。スマホにはらいちからのメッセージが溜まっていた。それには帰宅時間だけを連絡して、眠りについた。
駅に着いて改札を抜けると、かわいい女の子が立っていた。その子は俺に気がつくと、笑顔で手を大きく振った。
別れようと言っておいて、なんのつもりだよ。らいち。
そんな俺の怪訝な表情など見えていないように、らいちは駆け寄ってきて、耳元で囁いた。ハイトーンの声、腕にすがる小さな手、シャツ越しの体温。らいちの香り。この人は俺の好きな人だと改めて感じて、悲しくなる。
「杏、ごめんね。あの時疲れてて、変なこと言っちゃった。仲直りしよ」
喧嘩なんてしていないのに、仲直りか。何をどうしたらいいんだ? 考え込む俺の回答を急かすようにらいちは続ける。
「仲直りの、エッチしよっか?」
まじすか。
てか、あの別れ話って一体なんだったんだ? 俺ら普通に仲良しじゃん。よかった。てか、まじでかわいいな。らいち。
「いや……朝だし。駅だし……」
勢いで家出してしまった手前、手放しで喜ぶのはチョロすぎる気がして、微妙な返事をする。
「ふふ。じゃあ、これからどこか行こっか? だから、昨日変なこと言ってごめんね。忘れてくれない?」
明るく、ニコッとするらいち。かわいい。いいよ、忘れる。
思わず微笑み返すが、チラッと梅香の声が聞こえた気がした。
『優しいから嘘ついちゃうんだろうね。らいち』
別れようと言ったことと、仲直りしようと言ったこと。いったいどっちが嘘なんだろうか。
「らいち。飯食った? まだだったら、飯食べに行かない?」
「え? うん。いいよ」
「うん。らいち、そこでゆっくり聞くよ。別れ話」
どっちが嘘かなんて、わかるよ。らいち。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ツルギの剣
Narrative Works
青春
室戸岬沖に建設された海上研究都市、深水島。
舞台はそこに立つ女子校、深水女子高等学校から始まる。
ある日、深水女子高等学校の野球部に超野球少女が入部した。
『阿倍野真希』と呼ばれる少女は、ささいなことから本を抱えた少女と野球勝負をすることになった。
勝負は真希が勝つものと思われていたが、勝利したのは本の少女。
名前を『深水剣』と言った。
そして深水剣もまた、超野球少女だった。
少女が血と汗を流して戦う、超能力野球バトル百合小説、開幕。
※この作品は複数のサイトにて投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる