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結婚式
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橘平とクコちゃんの結婚式に向けて、らいちは並々ならぬ情熱をかけて準備を進め、俺はそっけない態度を取られている。
そんな、俺だけが寂しい日々が過ぎ、結婚式当日がやってきた。と言っても、客の少ない午後の時間に新郎新婦2人と店のスタッフだけで行う、本当にささやかな式だった。
「では、新郎新婦の入場です」
ドラゴンさんが、神妙な顔をしてアナウンスする。彼は立会人的なものと、司会を兼業していて、どこから調達したのか魔法使いのような黒くて長い上着を着ている。
「あの服どうしたの?」
隣のらいちに尋ねると、彼女はウキウキと小声で歌った。
「どんどんどーん ドンっキー」
「ああー」
新郎と新婦は、一応の『入場』の体を取るべく、キッチンからホールへ出てきた。
新郎はスーツ。新婦はシンプルなニットのセットアップに、豪華なレースのベールを被っている。2人は歩調を合わせてゆっくりと、ドラゴンさんの元に辿り着く。
「ええーと、ではお互い本当に良いかしらぁー?」
ドラゴンさんは勿体つけて2人の顔を見回した。
「僕は良いです!」
橘平が元気よく応えた。小学生かよ。なんて、なぜかこちらが気恥ずかしくなるほど素直な返事だった。それを聞いて、クコちゃんが小さく笑う。
「はい。私も良いです」
彼女が弾んだ声で返事をした。
「はぁーい、じゃあ婚姻届にサインをして、誓いのキッスをしてくださーい」
ドラゴンさんに促され、2人でサインをする。そして、橘平が彼女のベールを上げた。
小さくて地味と思っていた彼女は、とてもきれいで輝いていた。
簡素な結婚式が終わると、急いで軽食とドリンクをセッティングする。ギャラリー兼スタッフは忙しい。テーブルに並ぶのは現在妊娠中のため、果物とか軽いものしか食べられないクコちゃんのためだけに作られた、フルーツビュッフェだ。これはらいちの指示で俺が試行錯誤したものばかりで、味も見た目もうまくできた。しかし、これまで試食に次ぐ試食で、作った本人はもう見たくもない。
「ええ……すごい。嬉しい……」
しかし、色とりどりの果物を使った料理の数々に、クコちゃんは今日一番の好反応を見せた。その様子を見て、らいちは俺の方を向いて小さくガッツポーズをした。可愛い。ここ最近、根を詰めていてずっと難しい顔をしていただけに、不意打ちの可愛い仕草が刺さる。
「こちら、ドリンクのメニューでーっす」
この日のための特別なドリンクメニューはドラゴンさんが発案した。美味しさを追求したノンアルコールカクテルだ。
「はぁーい。みなさんドリンクは行きわたりましたかぁ? では、2人の門出を祝ってぇ? カンパーイ」
引き続き司会役のドラゴンさんは、シラフのはずなのに酔っぱらいテンションで音頭をとる。
「かんぱーい」
カラフルなドリンクの入ったグラスが掲げられる。小さくグラスをぶつけて笑いあっている新郎新婦が微笑ましい。
料理やドリンクのサーブが落ち着いた頃、橘平が側に寄ってきた。
「杏、今日はほんとありがとね。クコちゃんさ、妊娠してからずっと軽く不機嫌だったんだけど、結婚式することにしてから楽しそうでさ。見てよ、サンドイッチすげー食ってる」
そのサンドイッチは、とにかくクコちゃんが食べられるものを、と作ったものだった。冷めてもふわふわのパンケーキ生地に、さっぱりしたヨーグルトクリーム、そしてどこを食べても味わえるように細かく刻んだイチゴがたくさん入っている。はっきり言おう。今回一番の自信作だ。
「そりゃよかった……試作しまくったかいがあるわ」
「こんなにしてくれて、大変だったろ?」
「大変だよ。らいちがすげーこだわってさぁ……」
この式を作り上げた功労者のらいちを見ると、はちきれんばかりの笑顔だ。眩しい。そのまま店内にいる人を見回すと全員が笑顔だった。きっと、俺も笑顔だと思う。
「いい結婚式だな。橘平、おめでとう」
「ありがとう。元カレの最高の贈り物だな」
「……まだ言うかよ」
俺と橘平が軽口を叩いている向こうで、クコちゃん、らいち、ドラゴンさんが談笑……していたはずが、よく見ると3人は泣きながら語り合っていた。その中、クコちゃんがこちらの視線に気がついて、駆け寄ってきた。
「杏さん、本当にありがとう」
花嫁の満面の笑顔が直撃して、眩しい。
「らいちには本当、好き勝手言ってたら、食べ物全部言った通りのが並んでて……感動しちゃった。お店に行っても、自分で作っても、思ったようなのが食べられ無くてね。妊娠してからもう楽しいことなんかなくて……でも今日は、ほんと楽しかったの。お酒もね、本当は好きなの。メニュー表のすみっこのソフトドリンクしか選べないのも地味にストレスで……だからほんと、嬉しかった!」
クコちゃんの感謝の演説が止まらない。らいちが口うるさく注文をしてきたわけがわかった。
「クコちゃんが喜んでくれてよかった」
「さんを付けろよ。ふしだらな奴め」
橘平が俺とクコちゃんの間に入った。そういえばクコちゃんは俺に対してさん付けだ。
クコさんは橘平を「まぁまぁ」と言いながら制し、俺の方を改めて見上げた。
「式なんて面倒だなって思ってたけど、思い出って大事かもね。今日からまた頑張れそう。ね、キッペーくん」
「うん」
彼はキッペーくんと呼ばれているらしい。彼らのやりとりがいちいち微笑ましい。
人の役に立った。
これまで無意識でやっていたことが、巡り巡って役に立っていたことはあったけれど、自分が試行錯誤したことで、人を幸せにすることができた。それが実感できたのって初めてかもしれない。
サインしたばかりの婚姻届を手に、店を後にする2人を見送り、夜の営業へ向けて忙しく準備を始める。らいちは電池が切れたように、奥の席で机に突っ伏していた。俺もドラゴンさんもここ最近のらいちの様子を見ていたので、何も言わず淡々と仕事を進める。
「らいち、お疲れ。ドラゴンさんと相談したんだけど、疲れてるだろ? 今日は先に上がっていいよ」
机にだらりと寝そべっているらいちに声をかける。
「んーありがと。燃え尽きた」
机に伏せたままらいちが応える。彼女は「あとさぁ」と言いながら体を起こし、笑顔を作って続けた。
「杏。別れよう」
ん? 何? 今なんて言った?
らいちさん、言ってる意味がわかりません。俺なんかしました? むしろあなたの出す無理難題を下僕のように粛々とこなしてきたじゃないですか。
なんで?
そんな、俺だけが寂しい日々が過ぎ、結婚式当日がやってきた。と言っても、客の少ない午後の時間に新郎新婦2人と店のスタッフだけで行う、本当にささやかな式だった。
「では、新郎新婦の入場です」
ドラゴンさんが、神妙な顔をしてアナウンスする。彼は立会人的なものと、司会を兼業していて、どこから調達したのか魔法使いのような黒くて長い上着を着ている。
「あの服どうしたの?」
隣のらいちに尋ねると、彼女はウキウキと小声で歌った。
「どんどんどーん ドンっキー」
「ああー」
新郎と新婦は、一応の『入場』の体を取るべく、キッチンからホールへ出てきた。
新郎はスーツ。新婦はシンプルなニットのセットアップに、豪華なレースのベールを被っている。2人は歩調を合わせてゆっくりと、ドラゴンさんの元に辿り着く。
「ええーと、ではお互い本当に良いかしらぁー?」
ドラゴンさんは勿体つけて2人の顔を見回した。
「僕は良いです!」
橘平が元気よく応えた。小学生かよ。なんて、なぜかこちらが気恥ずかしくなるほど素直な返事だった。それを聞いて、クコちゃんが小さく笑う。
「はい。私も良いです」
彼女が弾んだ声で返事をした。
「はぁーい、じゃあ婚姻届にサインをして、誓いのキッスをしてくださーい」
ドラゴンさんに促され、2人でサインをする。そして、橘平が彼女のベールを上げた。
小さくて地味と思っていた彼女は、とてもきれいで輝いていた。
簡素な結婚式が終わると、急いで軽食とドリンクをセッティングする。ギャラリー兼スタッフは忙しい。テーブルに並ぶのは現在妊娠中のため、果物とか軽いものしか食べられないクコちゃんのためだけに作られた、フルーツビュッフェだ。これはらいちの指示で俺が試行錯誤したものばかりで、味も見た目もうまくできた。しかし、これまで試食に次ぐ試食で、作った本人はもう見たくもない。
「ええ……すごい。嬉しい……」
しかし、色とりどりの果物を使った料理の数々に、クコちゃんは今日一番の好反応を見せた。その様子を見て、らいちは俺の方を向いて小さくガッツポーズをした。可愛い。ここ最近、根を詰めていてずっと難しい顔をしていただけに、不意打ちの可愛い仕草が刺さる。
「こちら、ドリンクのメニューでーっす」
この日のための特別なドリンクメニューはドラゴンさんが発案した。美味しさを追求したノンアルコールカクテルだ。
「はぁーい。みなさんドリンクは行きわたりましたかぁ? では、2人の門出を祝ってぇ? カンパーイ」
引き続き司会役のドラゴンさんは、シラフのはずなのに酔っぱらいテンションで音頭をとる。
「かんぱーい」
カラフルなドリンクの入ったグラスが掲げられる。小さくグラスをぶつけて笑いあっている新郎新婦が微笑ましい。
料理やドリンクのサーブが落ち着いた頃、橘平が側に寄ってきた。
「杏、今日はほんとありがとね。クコちゃんさ、妊娠してからずっと軽く不機嫌だったんだけど、結婚式することにしてから楽しそうでさ。見てよ、サンドイッチすげー食ってる」
そのサンドイッチは、とにかくクコちゃんが食べられるものを、と作ったものだった。冷めてもふわふわのパンケーキ生地に、さっぱりしたヨーグルトクリーム、そしてどこを食べても味わえるように細かく刻んだイチゴがたくさん入っている。はっきり言おう。今回一番の自信作だ。
「そりゃよかった……試作しまくったかいがあるわ」
「こんなにしてくれて、大変だったろ?」
「大変だよ。らいちがすげーこだわってさぁ……」
この式を作り上げた功労者のらいちを見ると、はちきれんばかりの笑顔だ。眩しい。そのまま店内にいる人を見回すと全員が笑顔だった。きっと、俺も笑顔だと思う。
「いい結婚式だな。橘平、おめでとう」
「ありがとう。元カレの最高の贈り物だな」
「……まだ言うかよ」
俺と橘平が軽口を叩いている向こうで、クコちゃん、らいち、ドラゴンさんが談笑……していたはずが、よく見ると3人は泣きながら語り合っていた。その中、クコちゃんがこちらの視線に気がついて、駆け寄ってきた。
「杏さん、本当にありがとう」
花嫁の満面の笑顔が直撃して、眩しい。
「らいちには本当、好き勝手言ってたら、食べ物全部言った通りのが並んでて……感動しちゃった。お店に行っても、自分で作っても、思ったようなのが食べられ無くてね。妊娠してからもう楽しいことなんかなくて……でも今日は、ほんと楽しかったの。お酒もね、本当は好きなの。メニュー表のすみっこのソフトドリンクしか選べないのも地味にストレスで……だからほんと、嬉しかった!」
クコちゃんの感謝の演説が止まらない。らいちが口うるさく注文をしてきたわけがわかった。
「クコちゃんが喜んでくれてよかった」
「さんを付けろよ。ふしだらな奴め」
橘平が俺とクコちゃんの間に入った。そういえばクコちゃんは俺に対してさん付けだ。
クコさんは橘平を「まぁまぁ」と言いながら制し、俺の方を改めて見上げた。
「式なんて面倒だなって思ってたけど、思い出って大事かもね。今日からまた頑張れそう。ね、キッペーくん」
「うん」
彼はキッペーくんと呼ばれているらしい。彼らのやりとりがいちいち微笑ましい。
人の役に立った。
これまで無意識でやっていたことが、巡り巡って役に立っていたことはあったけれど、自分が試行錯誤したことで、人を幸せにすることができた。それが実感できたのって初めてかもしれない。
サインしたばかりの婚姻届を手に、店を後にする2人を見送り、夜の営業へ向けて忙しく準備を始める。らいちは電池が切れたように、奥の席で机に突っ伏していた。俺もドラゴンさんもここ最近のらいちの様子を見ていたので、何も言わず淡々と仕事を進める。
「らいち、お疲れ。ドラゴンさんと相談したんだけど、疲れてるだろ? 今日は先に上がっていいよ」
机にだらりと寝そべっているらいちに声をかける。
「んーありがと。燃え尽きた」
机に伏せたままらいちが応える。彼女は「あとさぁ」と言いながら体を起こし、笑顔を作って続けた。
「杏。別れよう」
ん? 何? 今なんて言った?
らいちさん、言ってる意味がわかりません。俺なんかしました? むしろあなたの出す無理難題を下僕のように粛々とこなしてきたじゃないですか。
なんで?
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