人魚皇子

けろけろ

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30.ドロイの兵器

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 それから俺とエドは、今まで逢えなかった分を埋めるかのように抱き合い、日記帳を見ながら大いに話し、眠らないまま夜を明かした。眠ってしまったら相手が消えてしまうような気がして、これは夢じゃないんだと互いに何度も温もりを確かめる。
 こんな発情期は生まれて初めてで、俺は酷く戸惑っていた。そこに愛があるだけで、今までの味気なかった交わりが嘘のようだ。
 俺がそんな事を考えていると、再びロージオが現れた。そこには何と、思いも寄らぬおまけ付きだ。
「ちっ、父上! それにドロイも!」
 ごつい父の後ろから、ドロイがひらひらと手を振っている。
 俺はすっかり恐縮してしまい鱗を揃えたが、エドはそれでも俺を放さなかった。
「これが人間の皇子か。私はトニーの父であり、人魚界の皇帝だ」
 父が威厳ある声で言う。そこでやっとエドは自己紹介した。
「僕はこの国の皇子です。次期皇帝になるエドと申します」
「まったくトニーは何故、こんな鱗も無い人間に――」
 父がエドに失礼な事を言いそうになった時、がらがらと馬車の音が聞こえてきた。父にとっては初めて聞く音。注意はそちらに逸れる。
 やがて着いた馬車からは、恰幅のいい紳士が現れた。何者かと思ったが、エドが「父さん!」と発したので理解する。
「エドよ、危篤と聞いていたが、ずいぶん元気そうだな」
「だからと言って、父さんがここまで来るなんて……!」
 エドが驚いている。馬車を走らせてきた従者が椅子を用意すると、父君はそこにどかりと座った。
「その者が息子と添い遂げたいという人魚か。戦では世話になったな」
 こちらは俺の父よりもだいぶ態度が柔らかい。だが、その視線はあくまでも厳しかった。
「……我が息子エド」
「なに? 父さん?」
「これだけの人間と人魚が居るんだ。いい加減しっかりしないか」
 たぶん父君は、未だ俺を抱き締めて放さないエドに苦言を呈しているのだろう。だがエドは決して俺の身体を放さなかった。
 はぁ、とエドの父君や俺の父が溜息を漏らす。
 そこにエドが大声を上げた。
「人魚の国の皇帝様、息子さんを僕にください!!」
 こんな台詞を言われた事の無い父が怯んでいる。それもそうだ、皇族の婚姻に関しては総て自分の思い通りにやっているのだから。
「ち、父上、私からもお願いします! きっと母も賛成してくれるはずです!」
 母の話を出すと、父の表情が変わる。これで父に関しては条件がクリアできそうだ。
 そこにエドの父君が口を挟む。
「二人の気持ちは重々解った。しかし、戦を止める為にも世継ぎの為にも、それを認める訳にはいかん」
「世継ぎの問題なら、もう無理だって諦めてください。僕はトニーしか抱く気になれない」
 またもやエドの父君が溜息をつく。
「詐病までして、この屋敷から出てこないお前に何を言っても無駄か……」
 ぱあっとエドの表情が明るくなった。自分の父親の事だから、その言葉で許しが出たのを確信したのだろう。
 だが、問題は他にも存在していた。
「どうしたら隣国が、この件に納得してくれるものかな……」
 腕を組んで悩むエドの父君。そこに、へらっとしたドロイの声が響く。
「大丈夫ですよぉ、ボク、いいものを持ってますから」
「いいもの?」
 俺と父とエドとロージオの声が重なる。今までの経過から考え、本当にドロイが何とか出来そうだからだ。
「ふふ、ボクの研究の中には、攻撃型兵器も混ざってるんですよぉ」
 そういえば、と思いだす。なんの役に立つのだと俺が一笑に付していた研究だ。
 俺はドロイに尋ねる。
「ドロイ、何を作った?」
「海水からエネルギーを抽出して、それを推進体に目標物を爆破するんです~」
「はぁっ!?」
「隣国にこの事実を公表して、もしも人魚の国やエド皇子の国に攻め入れば、一切海は使えなくなると脅したらどうですか~? ま、そのうち飛距離が延びて、隣国の城を直接攻撃できちゃうかもですけど」
 俺はドロイへ握手を求める。よくよく見ればドロイは寝不足の表情で、俺がロージオに八つ当たりしている間、この研究の総仕上げをしていたのかもしれない。多分、俺とエドの為だ。俺はドロイに深く感謝した。研究仲間であり、トラブルメーカーであり、良き友人でもあるドロイに。
「ドロイ、その爆発物の用意は出来ているのか?」
「弾頭は全部、隣国に向いてますよ~」
 ここまで話しても、ドロイと初対面のエドの父君は不審がっている。なので、今日にでも発射テストをする事にした。
 エドの父君はその準備をする為に馬車へ乗り込む。俺はその背中に「話が進んだら使者をお願いします」と頼んだ。
 だんだん聞こえなくなる馬車の音を聞きながら、俺はエドの翡翠を見る。
「……な、なんだかえらい事になってしまったな」
「そう? すごく上手く行ってる気がするけど!」
 エドがきらりとした笑顔を零す。そこにドロイが声を掛けてきた。
「殿下ぁ~、ボクは爆破の準備、皇帝陛下にはその視察をお願いしましたから、人間からOKが出たらロージオ君を寄越して貰えます?」
「……まぁエドの父君からの使者は、こちらへ来るしかないだろうしな」
「そうだね、今はここが人魚と人間の相談場所みたいなものだ……トニーの騎士、その時は頼むよ」
 エドがドロイと打ち合わせ中だったロージオに頭を下げる。ロージオは恐縮して敬礼までしてしまった。基本的には俺と父、他の皇族ぐらいにしか見せない態度だ。
「はは、ロージオは俺とエドがもう婚姻してしまったような気分らしいな」
「んー、僕も既に、そんな気分だけど?」
 場もわきまえず、俺に口づけようとするエドを慌てて止めた。どうもエドは俺との再会を喜びすぎて、頭のネジが一本飛んでしまったようだ。
「ロ、ロージオ、ちょっと助けろ!」
「殿下……私はシャチに噛まれたくないよ」
『シャチに噛まれる』というのは人間風に言うと『馬に蹴られる』だろうか。
 俺は戦力にならないロージオを睨み、尾びれを使って思いっきりエドから離れた。そのまま屋敷の外へ出てしまう。
「あっ、トニー!」
 慌ててエドが追いかけてくるけれど――俺は自分の騎士の前で、唇を奪われる趣味など持ち合わせていない。
 海中の追いかけっこではエドに分など無く、彼はすぐに降参した。
「はは、参ったか! あまり他人前でベタベタするからこうなるんだぞ!」
「参った、参ったから戻って来て!」
 俺はロージオに促され、再び屋敷の中に入る。するとエドが懐かしいチェスボードを広げていた。
「ベタベタが駄目なら、使者が来るまでチェスをしようよ!」
「そうだな、いい暇つぶしになる。おいロージオ、エドと俺では勝負にならんから、お前が相手をしてやれ」
「えっ? 私、こんな遊びをした事ないんだけど?」
「その辺は俺が教えてやる。いいか、まずはこの駒がポーンで――」
 師範が良いせいか、ロージオはすぐにルールを理解する。そこでエドと対局させれば、なかなかの好勝負を繰り広げた。その様子でエドは首を捻っている。
「あれっ……おかしいな。やっぱり僕って弱い?」
「以前、けっこう打てると自分で言っていたじゃないか」
「でもさ、初めて打った君の騎士と互角って……」
「はは、ロージオには俺という師範が居るからな」
「そうなの……? でもさ……」
 少々落ち込み始めるエドだったが、どどど、という蹄の音で顔を上げる。この音はアルテイル。エドの他に、この馬を駆る人間はただ一人。
「皇子、殿下、お待たせしました!」
 サラが屋敷に飛び込んでくる。そのサラ曰く、隣国は俺たちが出した話を信ずることなく、「人魚がどれだけやれるのか見せてみろ」と嘲笑したらしい。
 と、いう事は、未だ婚姻の儀の場に留まっているのだろう。
「では、標的が決定したな。ロージオ、ドロイへ伝えに行け。時間は、そうだな……一時間後に設定しろ」
 俺の言葉にロージオが頷く。ロージオはそのまま屋敷を出て、かなりのスピードで泳ぎ去った。その一方で、エドはぽかんとしている。
「標的が決まったって、どこに?」
「あるだろう? 婚姻の儀の仕様で動けぬ派手な艦が。今なら両国の元首に、破壊力の程を見てもらえるんだ。丁度いいじゃないか」
「あっ!」
 エドとサラは同時に声を出した。俺はエドの父君にそう伝えるよう、サラに命じる。ついでに港湾内からの人民の退避もお願いした。
「お任せください!」
 サラはアルテイルに乗り、再び駆け出す。
「さて、派手な花火を俺たちも見に行くか」
「どこで見ようか? この屋敷から見える?」
「もう少し沖に出るといい。最高の場所だ」
 俺はエドに背を向ける。何か勘違いしたエドが、俺の弱い部分を撫で始めるが――。
「そうじゃない! 沖まで移動するんだ! だから俺の背中に乗れ!」
「えー? 君の背中に? なんだか悪いな」
「馬鹿にするな、俺は人魚なんだぞ!?」
 確かに俺は研究者だから身体機能に劣るが、浮力もあるし、人間一人乗せて泳ぐくらいは問題ない。俺はエドを背に乗せ、屋敷を出た。

 屋敷を出ると、そこは海。俺たち人魚の世界だ。
 俺は祝砲を上げていた艦を見据え、すいすいと沖合いまで泳いでいった。
 海峡を越えると目的の艦はずいぶん小さく見えたが、ドロイの兵器の火力がはっきり判明しない以上、念には念を入れた方がいい。
「エド、この辺りで待つぞ」
「了解。いつ頃かなぁ、始まるの」
「弾頭はもう向けてあると言っていたからな。トラブルさえなければ、あと三十分ほどか」
 俺とエドは水面に浮きながら、その瞬間を待つ。
 それは、退屈しだしたエドが俺の背中を撫でた途端だった。
「お、おい、エド! あれを見ろ!」
 祝賀用の艦に向い、海面を斬るような白い筋が浮かび始める。スピードは俺たち人魚の全速力以上、あっという間に艦に当たった。
 するとどうだろう、命中したと思ったら見た事のないような爆発が起き、たったの一発で艦はゆっくりと沈みだす。
「ものすごい発明だ!」
 エドは興奮していた。俺も同じだ。なので、白い筋とスピードから計算し、ドロイたちが居るであろう場所へ取り急ぎ向かう。
 俺はドロイを労いたかったのだが、あいにく彼らは水中深くで活動しており、エドを背に乗せた今は声を掛けることすら不可能だった。だが、俺の出す音や匂いに気づいたロージオが、水面まで上がってくる。
「殿下! 今の見た!?」
「ああ、しっかり見たぞ! 大成功だな!」
 俺はロージオにドロイへの伝言を頼んだ。『これでエドの国と隣国の話し合いが本格的に持たれるだろうから、待機しておくように』と。
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