新説 六界探訪譚

楕草晴子

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4.第二界

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 部屋を二つ通り抜ける。
 幸い切り合いはしていなかったが、襖も含めて開けられるところはすべて開け放たれている。
 当然庭から丸見え。
 にもかかわらず誰もこちらを見ないのは、ありがたいことに皆交戦中だから。
 黒い着物の押し入った側が押しているらしく、出口付近には黒い着物の人間が一人二人。
 そいつらも屋敷の中へと消えていった。
 危惧していた色付きの着物はほぼいない。
 階段を降り、左へ曲がると出口。
 階段の上から出口を見る。
 誰もいなさそう。
 右手を見る。
 やっぱり交戦中。だよね。
「降りたら左に全力疾走。門を出たら左に曲がって一旦止まろう」
 もはや俺に選択肢はない。プロに任せようとコウダに頷いた。
 二人で階段を下りる。
 手首の長い紐に足を引っかけそうになったが、コウダが上手く手繰り寄せてくれて助かった。
 1段、2段、3段。
 で、地面。
 足に体重を乗せて左へと蹴りだす。
 一気にまっすぐ。
 コウダと並走する。
 もう目の前が門。
 あとちょっと。よし。
 左に曲がって止まる。息を整えてコウダのほうを向いた。
「お前、本当に足速いんだな」
「コウダもね」
「仕事柄瞬間的に速く走れないと逃げ遅れるから」
 俺も素質あるかな。はは。
 二人で軽く息を整える。
 さっきから流れていたBGMは引き続きリピート再生。
 ただし音量がでかくなった。
 音の元は右のほう。
 大きな通りがまっすぐ一本。
 人がパラパラと行きかっている。
 左のほうは住宅街のようだ。
 日本家屋以外に普通のアパートやマンションが立ち並ぶ。
 そしていつの間にかうっすら明るくなって小鳥がちゅんちゅん鳴いているという、わかりやすい朝フラグが立っていた。
 コウダが口火を切った。
「この音楽、聞こえるか?」
「うん」
「聞いたことあるか?」
「ない」
「安藤さん、確か吹奏楽部だったよな」
「うん。でもこの曲は聞いたことない」
 俺が知らないだけかもしれないが。
 そもそも興味ないし。
 曲名がわかるのはお説教のBGMだった『エーレッシャ』さんだけだ。
 この曲は優しい巨乳のお姉さんっていうよりも女王様っぽいような。
 運動会とか体育祭でもこういうのはなかったと思う。
「放送の音じゃない。
 入ったときの安藤さんの精神状態と今見ている世界観で、テクノロジーが現実離れしていたり、あり得ないBGMがかかるとは思えない。
 この世界の中で誰かが演奏しているとみられる。
 音の元に行くとさらに現代に近い場所があるかもしれん。
 本人がいるリスクもあるが、多勢に追われるより回避しやすい」
 激しく縦に首を振る。
「人通りがある上に侍がいる世界観だから、黙って二人で見回しながら歩くのは危ない。
 ちょっと話しながら歩いて観光客っぽくしよう」
「わかった。でもその前に一つ質問」
「なんだ」
「屋敷の死体、血ぃ出てなかった。
 あれ起きて追って来たりしない?」
 ああと言ってコウダは続けた。
「時代劇が元ネタだからだろう。
 テレビドラマの役者の死体と同じだ。
 安藤さんがまさか実際に刀で切られた死体を見たことはないだろうから。
 ここの世界観ではあれで死んでると思う」
 世界観からそんなことまで読み取らないといけないのか。
 泥棒って人のもの盗ってくるだけだから楽なのかと思ったけど結構大変だ。
「行くぞ」
 さっき出てきた大門の前をさっと走りすぎて、そこからはゆっくり歩いて進みだす。
 足音を気にしないで前にまっすぐ歩けるのがこんなに気楽だとは。
 晴れ渡る大通りは見通しがきく。
 だからこそ、川藤さんの時と明らかに違うのがわかった。
 立ち並ぶのは店舗ばかり。
 瓦屋根の古い佇まいの店と今風のショップが混ざっている。
 すれ違う人も着物の人と洋服の人が混ざっていて、お互い話したりしていた。
 さらに着物の人に限って時々白黒。
 どう考えても時代劇のキャラクターだろあれ。
 あの白黒の人、酔っ払いかなぁ。
 朝っぱらから隣の人に話しかけているが、やや早口でひょうきんな表情。
 服は着物だが、さっきの屋敷の人と違って袴がない。浴衣みたいな着方だ。
 草履履きで隣の人の肩に手を回し、もう一方の手で拝むようにしている。
 でも腰に刀。
 頭は剃っていない。たわしみたいにわさわさ出ている上にちょんまげがのっていた。
 それにそういえばさっき屋敷で逃がしてくれた人と似てる。
 面影があるせいか、なんとなく見ていて安心した。
「じっと一方ばかり見るな。目が合うとまずいから」
「ちらちらね。わかったよ。
 ところで、目が合うとまずいって前回も言ってたけどなんで?」
「『中』は本人の内面だからだ。
 別の人でもどこかしらで本人につながっている。
 道で知らない人と目があったら、ちょっと気まずかったり緊張したり、なんでか疑問に思ったりするだろ。
 あの感じが本人に違和感として裏で伝わって様子見に来たりする。
 さっきみたいに突っ走ってなんかしてる人だと影響は薄いが、その辺ぷらぷらしてる人と目が合うと、そのあと本人が出やすくなる」
 手引きには本人に会うのが最悪って書いてあったもんな。
 それを避けるためにはああいう着物の人にも目を合わせちゃダメってことね。
「あれも侍なの?」
「古い時代劇の主人公だな」
 もしかして。
「コウダ、元ネタ知ってるの?」
「…あれはたぶん素浪人」
 やっぱ知ってるっぽい。
「『こっち』でストーリーがどこまで一緒かわからんが、あの話だとすると峰打ちなんてせずにすっぱり切ってくれるぞ」
 吐き捨てるように言ったあと落ち着いた口調に戻って続けた。
「気をつけろよ本当に。
 『忠臣蔵』は史実をもとにした歴史ものだが、ケーブルテレビで再放送されるような連ドラの時代劇は基本的にヒーローものだ。
 しかも子供向けのヒーローみたいに最初苦戦してて頑張ったり協力したりして乗り越えるとか、負けてから修行して強くなるんじゃない。
 主人公やその一味は最初からぶっちぎりで強い。
 それが多勢でかかってくる悪人どもを見せ場の数分でささっとやっつける話だ。
 まあ最近は主人公最強系のネット小説なんかもあるが、それらと大きく違うまずいところがある。
 『やっつける』って言葉の意味が大概は『懲らしめる』じゃなくって『殺す』で、その対象はモンスターじゃなくて人間だ」
「…今、入ってからどれくらい?」
「だいだい20分」
 まだあと40分もそんなのが出てくるところを歩かないといけないのか。
「実は時間間違えてない?」
「ない。
 協会の免許交付で体感での時間計測はかなり細かくシチュエーションをテストされる。
 抜き打ち検査もある。
 あれくらいでずれたりしない」
「あれで『あれくらい』っていうレベルなのかよ」
「日本語が多少通じる相手だろ。
 ただ、この後の最低限の備えとして悪人だと疑われかねない行動は控えろ。
 時代劇に出てくる悪人面の怪しいやつは必ず黒だ。その理論で襲ってくることがある。
 お前と俺の顔面はTHE・善人じゃないから」
 それ、日本語通じるって言わなくないか?
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