新説 六界探訪譚

楕草晴子

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4.第二界

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 通りを見回しながらまっすぐに進む。
 コンビニでは制服を着た金髪にピアスが三つも四つもついた耳の店員さんが『新商品! かば焼きおにぎり』のポスターを張り替えているのに、向かいのうなぎ屋ではちょんまげのおっさんが筆ででかでかと『土曜丑』の文字の張り紙を張り出している。
 その横は不動産屋。普段見かけるアルミサッシでガラス張りの入り口に間取り図がべたべた張ってある。
 コンビニのほうに再び目を向けると、すぐ隣の敷地は手前半分がコンビニの駐車場、向こう半分はお寺のようだ。
 境内では洋服にスポーツキャップの男の子たちとつぎはぎだらけの着物の男の子たちが入り混じって走り回っている。
 木の枝を持って振り回している。つまりチャンバラ的な?
 往来の真ん中でも、ビニール袋でパーマのおばちゃんと、風呂敷包みで日本髪のおばちゃんがばったり向かい合い、旧知の仲かのように顔を見合わせて談笑しだした。
「これ? この前向こうで仕立てたんだけど、生地が安くってねぇ」
「いくら? え!? そんなに? どこ?」
「ネット」
「え? あの…えっと…学校の手前の店じゃなくて?」
 俺たちが行こうとしている方向の先を指さしている。
「いいこと聞いたねコウダ」
「え?」
「進行方向の先に『学校』あるって言ってた」
「『寺子屋』じゃないな」
 コウダが『中』に入って初めて喜んでいるように見える。
 俺がうなずくと、
「でかした。じゃあ現代で言う学校だ。
 演奏地かもしれない」
 褒められた。
 地味にうれしい。
 他にもなんかいい情報ないか。
 通りの逆側を男の子が歩いている。
 ただし、しじみ~、しじみ~、いきのいいしじみ~、しじみいらんかね~、と言いながら、担いだ棒の左右にたらいを紐でぶら下げて上手いことバランスをとりながら。
 そのしじみ売りの歩きてきたほうには『無糖書店』。
 宵中にある店と同じだ。
 ギターを背負ってイヤホンをつけた男がスマホ片手に自動ドアに入っていく。
 その向かいはまたしても純日本建築。
 軒下につるされた藁草履はゆらりと風になびいた。
 コンビニがあった側から俺の横を子供がかけていく。
 なかなか髪型がアバンギャルドだ。
 前髪と頭のてっぺんの縛ってあるところ、あと耳の横だけは残っているが、他はほぼ剃られている。
 川藤さんの『中』で見た緑のモヒカンに負けてないぞ、少年。
「ちゃーん」
 誰かを呼んでいる。
 でた。お侍さんだ。帯刀してる。
「あれは狼さんだから」
 コウダが口をはさんでくるということはまたしても時代劇キャラか。
 満月で変身する時代劇なんてあるのか?
 人間に見えるけどなあ。
 違う方向に目を移すと、右側から俺を追い越すように人が歩いていく。
 何かの印が書いてある黒くて大きな箱をリュックのように背負って、すぐ次の小道をクルリと曲がっていく。
 向かいから着物の上に灰色のマフラーを巻いている着物の男がやってきた。
 その男は、箱リュックをしょった男が入っていった小道へと消えた。
「あの人今仕事中」
「え?」
「いいから。マフラーの人はその筋の仕事人だから」
 もしかしてまた? またなの?
 と思ったところでその小道のほうから音がした。
 本当に小さくだが、さっき屋敷で襖越しに聞いたのと同じような音が。
 あの恐怖が蘇る。
 足早になりそうなのをコウダが制した。
「…っ。詳しいね」
「身を守るためだ。
 アクションシーンありのフィクションは影響が出やすい。
 その中でも時代劇は最悪だ。
 影響力的にも内容的にもな。
 『江戸時代』と言えば誰でもなんとなく世界観を想像できるだろ?
 作品によって色合いの差はかなりあるものの、基本勧善懲悪で話の流れがわかりやすい」
 確かにほとんど見た覚えのない俺でさえ時代劇と聞いただけで雰囲気がなんとなく想像できるわけだからわかりやすいのだろう。
「代わりに主人公のキャラクターと見せ場の数分が作品の差別化に重要になる。
 そのへんが印象に残りやすい作りになっているんだ。
 加えて悪人側・主人公側の両方で殺人が許容されている。
 映画を前の日にチラ見しただけで『中』に恐竜が出てきたりするのに、まして連続ドラマだぞ」
 コウダの力説でだいぶまずいのがわかってきた。
 何しろすでに3人元ネタがある人が出ている。
 安藤さんは小学校の時点で爺と一緒に習慣的にそのかっこいいところだけピックアップしてみているはずだ。
 普段店先で見かける爺のテレビへのかじりつき方からして、恐らくほぼ毎日。
 あの時点で『よく見る』と言っていたわけだが、あれから何年たった?
 猫とじゃれている脳内がこれだからもう推して知るべしだ。
「だから散歩ですめばと言ったんだ。
 安藤さんが時代劇を定期的に見ていると知っていたら真っ先に却下していた」
 しょうがない、とコウダは付け足した。
「全部が全部そんな殺しまくりってわけじゃないんじゃない?」
 唯一俺が知っている黄門様ではそういうのなかったはず。
「危なさ加減は元ネタのドラマによるが、ここは今のところほぼアウトだ」
 俺に忠告した以外にも元ネタありの人を見つけているらしかった。
「まあ確かに主人公側とは会話できた事例も多いから、お前が言っているのにも一理ある。
 ただ、正義の味方がいるってことは悪人もうようよいるってことだし、殺されなくても捕まって逃げられなかったら時間が来次第俺たちは存在が消えてしまうからな」
 そういえばそうだった。
 少しでも盛り上がるものを探そうとすればするほど、着物姿が目についた。
 よかったあの人はちょっと安心する顔立ちだ。
「あの人、さっき屋敷で助けてくれた人に似てない?」
 思わず指さしてしまったが、コウダがその手をどけながらチラ見した。
「元ネタが同じ俳優さんかもな。あと、あれは世を忍ぶ仮の姿だから」
 これで4つめ…。
 ああ、でもこれは見ちゃいけない人だったね。
 かがんだ着物の襟もとから青地に桜の花びらの入れ墨が覗いている。
 それに気づいたところで、目の前を何かが横切った。
 帯刀している男。
 袴姿で全力疾走中。
 あっという間に俺から離れていく。
 誰かに追われてるのか?
 すぐ、男が走り去る軌道を追うように走ってきた男の手から鎖分銅が伸びた。
 前を走る男の手首に鎖分銅が巻きつく。
 相手が走って腕振ってるのにあの距離でこんなことできるもんだろうか。
 男は改めて振り返り、空いている左手で鞘を落として何とか刀を抜いた。
 鎖分銅の主の服装から職業がわかりやすくて助かる。
 きっと岡っ引きってやつだろう。
 股引に着物という宵中らへんの人力車夫の人と似た格好をしている。
 鎖分銅を手繰り寄せると、不可抗力で追われた男は岡っ引きと向かい合う恰好になった。
 男は刀を下から振り上げる。
 が、鎖分銅の主が持っている何かに止められた。
 もしかして十手か。
 手元が見えるところで確認すると確かにそうだ。
 昔旅行で行ったどっかのお城のお土産屋のキーホルダーでしか見たことない。
 長い棒の持ち手に近いところからかぎ状の突起が出っばっている。
 刀はそのU字の間に挟まっていた。
 鎖分銅の鎖は短く詰められ、もう逃げられない距離感。
 そのまま岡っ引きが刀の刃が水平になるよう上方向に素早く腕で十手を動かすと、追われていた男は刀を十手から抜けず、刀ごと手首を持っていかれた。
 岡っ引きはそのまま十手を刀の刃に沿わせて滑らせながら一歩踏み込む。
 そして十手を縦にして男のみぞおちに一発入れた。
 すぐさま男の後ろに回って両腕を固めて取り押さえる。
 一瞬で流れるような手さばき。
 しかも岡っ引きは刀を持っていない。
 コウダがかっこよく見えるようになっているとか言ってたけど、確かにかっこよかった。
 丸顔のおっちゃんで一見ヒーロー感がなかったけどそんなの関係ないもんなんだな。
「あんまり見てるとお前も今にああなるぞ」
 さっきよりも多少言葉が染みた。
 でもあたりを見回してチェックしながらこんな特殊イベントをガン見しないで歩ける奴なんているんだろうか。
 コウダはプロだからともかくアマチュア初級の俺としてはかなり難易度高い。
 ただ確かにあたりを行き交う街の人たちは見向きもしていなかった。
 さっきのおっちゃんが目出度ぇなあとか言いながらしょげる悪人をしょっ引いて歩いているのにも関わらずだ。
 見ててそのまま振り返るなんてわかりやすいモーションを起こしたら、ここの世界の人間じゃないのが間違いなくばれるだろう。
 でも悪人とみなされたら終わりなんだとすると、ここの世界の人間かどうか怪しいぐらいならいいんじゃね?
 その考えに屋敷で目が合って死んだと思った瞬間が割り込んだ。
 改めよう。
 ガン見はともかく振り返らないことだけは絶対に守ろう。
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