新説 六界探訪譚

楕草晴子

文字の大きさ
63 / 133
8.第四界

7

しおりを挟む
 先に話し出したのが武藤さんのお母さん、後の謝ってばっかりなのが武藤さんらしい。
 武藤さんが謝る事なんてあるんだ。
 しかもお母『様』? 体育祭のときのお父『サン』お母『サン』っていうのは外向きの呼び方ってことか。
 コウダはほふく前進で窓下のスペースに隠れて俺の方に寄ってきた。
 俺の横で起き上がってしゃがむ。
「今だったらあっちから出ても本人はいないってことだろうから、急いで出るぞ」
 コウダのこの耳打ちはなるほど。
 なんだけど、でも。
「さっき武藤さん、こっちにきてる感じだったんだよ?」
「本人が複数いるのはレアケースだから、サトウくんのときと結び付けて考えないようにしろ。
 俺達がこの部屋に来た後で『中』が変わって、ムトウさんの行き先も変わったと考えるのが妥当。
 とすると、武藤さんは窓の外にいる一人だ」
「だとしてもさ。来た道がどうなってるかわかんないんでしょ?
  居なくなってから窓脱出した方がよくない?」
 俺の再提案はコウダにぼそっと否定された。
「両方居なくなるとは限らないだろ」
 確かに。
 二手に別れられる前に出る方がましか。
 俺とコウダが相談する間も、窓の外のなんかの練習とお母さんの罵声は続いた。
「だめ! 全然だめ!
  何歳からやってるの!?
  いまさらプリエがなってないなんてありえないから!」
 絡まりそうだった紐をコウダが改めてたぐり寄せているその間にも、外のお母さんの声はヒートアップしていった。
 盛大でこれ見よがしな嘆息。
「これじゃなんのために生んだんだか。
  金が出せて余裕がありそうな男のうちで身長があって柔軟性もあるのを吟味して吟味して選んで我慢したの。
  実際身長も165まで出たし、手足は私に似て長くなったし、顔も含めた見た目総合的にもプリマになれる要素は揃ってる。
  遺伝子の選択は完璧だったはずなの。
  なのになんで膝も股関節もそんなに硬いのよ!!!」
 武藤さんの声は聞こえない。
 代わりにとん、とんという、床からジャンプして着地したと見られる音。
「そこから立ちなさい。ゆっくり。
  そう、そう、そう、…ちーがーうーかーらぁああ!!」
 ずかずかと数歩歩く音がしたと思った矢先。
 パァン
 平手打ち。おそらくお母さんから、武藤さんの頬に。
 窓のほうは見ない。絶対に見ない。
 聞いてるとすごい口が乾いてからからだし、胸糞悪い。
 あいつら早く消えてくれ。
 逆か。早く出ようこんなとこ。
「あーもう! この体たらくの癖に食べた分だけ太るとこはあの人そっくりなんだから。
  分かってる?
  ねぇ、あなたのことよ?
  私はバレエやめてもこの通りだけど、あなたはやめたら…ね。
  ブタよ豚。豚一直線なの。
  だから、これしかないのよ。
  …なによ。なんなの? その目。
  じゃ完璧になさい。ほら次! 直ぐよ直ぐ!」
 コウダに続いて部屋から脱出しにかかるべく、見慣れてきていた欠けた円のある柱を後にする。
 その間際、ちらりと窓に目をやると、窓枠の中の武藤さんは軽やかに宙に飛び立った後、ばねのようになるはずだったろうその脚で体を支えられず、崩れるように地面に落ちた。
 どさっという音を後にして部屋から廊下へ出たとき、今まで『中』で感じてきたのとは異質な安堵感が全身に染み渡った。
 …まだ口の中ねばねばする。水分欲しい。
 コウダに続いて入ってきた時よりさらに細く長くなってる廊下を横向きに進みながら、思い出さないようにと思っても思い出してしまう。
 聞いてただけで気分悪かったあの罵声。
 あんなの毎度毎度聞いてるからあんなに学校でああやって周りにきつくなるんだろうか。
 逃げ出そうにも自分の家。どうしようもないから我慢してんのかなぁ。
 体格差的にはもう殴り返せば勝てるんじゃないかって気がするのに。
 しおらしくというより、お手を仕込まれた犬のように返事をする武藤さんの声は虚ろで。
 すごく見ちゃいけないものを見たというか。
 唾液とともになんだか苦いものが込み上げた。
 いかんいかん。切り替えないと。
 なにせ道がめんどくさ~い感じに変化してるんだから。
 ところどころ壁や床から突っかえ棒的な円柱状の細長い突起が生えてきた上に、床にランダムな四角い黒い模様も付いてて障害物が見えずらい。
 気を付けて避けるのが一苦労の今、そんなの思い浮かべてると…おっとぉ。
 ほら。突っかえた。
 頑張って股を開けるだけ開いて横に。
 あれ、もしかして紐ひっかかってる?
 おぉっ…ととととまってまって、えーっと…どこ?
 ああ、これか。
 斜め下のあたりにぴよっと飛び出た出っ張りから紐をそっと外しにかかる。
 たわんだ紐の下に指を差し入れて広げたその時、しゅるりと紐が引っ張られた。
 痛たたた…。
 コウダが気づかずに前に進んだらしい。俺の指は紐に挟まれた。
 引っ張られて気付いたらしく、振りかえって片手でゴメンと謝られる。
 はー。外れた。よかった。これで前進できる。
 その棒をうまいこと跨ぐと、どうももうすぐこの狭い空間から出られそうなことが分かった。
 今回こういう地味~なダメージ多いなぁ。
 川藤さん・安藤さん・佐藤までの『中』ってあんなハードな感じだったのに、こういうちょっとした怪我って無かったんだよね。
 地味で命に別状ないけどそれなりに痛いっていう。
 そしてこんなしょーもない仕掛けで傷を負う自分の能力のなさがもっと痛いっていう…。
 出るころには青痣・生傷いっぱいになってる気がする。
 この足元の縦になった棒を避けつつ目の前の横向きの棒をくぐれば…道の出口は後一歩。
 っとよし! よかったこれでこのニョキニョキ棒ゾーンから離れられる!
「気を付けろ。そこ…」
 コウダの話をちゃんと聞こうと前を向いた。
「足元、模様じゃなくて穴だから」
 ごすっ
 棒をくぐった向こうの一歩目の着地点。
 丁度足の裏の長さマイナス3cmくらいの横に長い穴。
 爪先だけ向こう岸に付いてたけど、踵がハマった。
 腕でバランスをとりながら前に…と思ったけど、真の罠は後ろだった。
 痛だっ!
 さっきくぐった棒が後頭部をノック。
 いかん、このままだと後ろに尻餅。しかもあの辺って、床から縦に棒が生えてたから…。
 想像できた時、既に俺のケツは重力に従って自由落下し始めていた。
 嫌ァ! ホールインワンはイヤァァア!!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

気弱令嬢の悪役令嬢化計画

みおな
ファンタジー
 事故で死んだ私が転生した先は、前世の小説の世界?  しかも、婚約者に不当に扱われても、家族から冷たくされても、反論ひとつ出来ない気弱令嬢?  いやいやいや。 そんなことだから、冤罪で処刑されるんでしょ!  せっかく生まれ変わったんだから、処刑ルートなんて真っ平ごめん。  屑な婚約者も冷たい家族も要らないと思っていたのに・・・?

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

宮廷画家令嬢は契約結婚より肖像画にご執心です!~次期伯爵公の溺愛戦略~

白妙スイ@1/9新刊発売
恋愛
男爵令嬢、アマリア・エヴァーレは絵を描くのが趣味の16歳。 あるとき次期伯爵公、フレイディ・レノスブルの飼い犬、レオンに大事なアトリエを荒らされてしまった。 平謝りしたフレイディにより、お詫びにレノスブル家に招かれたアマリアはそこで、フレイディが肖像画を求めていると知る。 フレイディはアマリアに肖像画を描いてくれないかと打診してきて、アマリアはそれを請けることに。 だが絵を描く利便性から、肖像画のために契約結婚をしようとフレイディが提案してきて……。 ●アマリア・エヴァーレ 男爵令嬢、16歳 絵画が趣味の、少々ドライな性格 ●フレイディ・レノスブル 次期伯爵公、25歳 穏やかで丁寧な性格……だが、時々大胆な思考を垣間見せることがある 年頃なのに、なぜか浮いた噂もないようで……? ●レオン フレイディの飼い犬 白い毛並みの大型犬

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~

馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」 入社した会社の社長に 息子と結婚するように言われて 「ま、なぶくん……」 指示された家で出迎えてくれたのは ずっとずっと好きだった初恋相手だった。 ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ ちょっぴり照れ屋な新人保険師 鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno- × 俺様なイケメン副社長 遊佐 学 -Manabu Yusa- ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 「これからよろくね、ちとせ」 ずっと人生を諦めてたちとせにとって これは好きな人と幸せになれる 大大大チャンス到来! 「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」 この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。 「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」 自分の立場しか考えてなくて いつだってそこに愛はないんだと 覚悟して臨んだ結婚生活 「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」 「あいつと仲良くするのはやめろ」 「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」 好きじゃないって言うくせに いつだって、強引で、惑わせてくる。 「かわいい、ちとせ」 溺れる日はすぐそこかもしれない ◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌ 俺様なイケメン副社長と そんな彼がずっとすきなウブな女の子 愛が本物になる日は……

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...