新説 六界探訪譚

楕草晴子

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13.気違いじみたゲーム

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 来ない。
 コウダが来ない。
 あれから2週間経ってんのに来ない。
 昨日、左手の小指が薄くなり出した。
 もしこのままコウダが来なかったら、今日俺は消失することになる。
 学校からの下校中は特に変化無かった。
 このひどい雨の中。
 木曜日だからまたあの靴屋の角にいるかと思ったけど、全然。
 そして今に至る。
 濡れた荷物を部屋に置き、着替え、玄関に戻り、脱いだ靴ーー勿論濡れてるーーを履き直して腰かける。
 玄関の庇に打ち付ける雨音が外の音を完全に消していた。
 俺は『中』へのスタンバイOKだけど、コウダと待ち合わせたわけでもなんでもないんだよな。
 寧ろあん時、じゃあねって見捨てる体だったし。
 2週間前の勝手な確信が次第に不安を帯び出した。
 でも、俺が決めたこと。
 透ける小指の爪先を見つめる。
 俺が決めた六界探訪の終わりが近づいてるのか。
 いや、ちょっと違うな。
 悪い意味での、俺の終わりが刻一刻近付いてるってことだ。
 時計の音が聞こえない。
 雨音は益々強まってる。
 ここで消えたら靴も、さっき用意した晩飯のおかずも全部親父一人分にいつの間にか化けるんだろうか。
 親父一人のこの家の暮らしを想像すると、なんとも不思議だ。
 でもそしたらもしかしたら案外、母さんといちゃいちゃーー想像するのはやめとこうーーするのかもしれない。
 それか別の彼女とか作る可能性だって。
 母さんも、だよな。彼氏もアリだろ。
 矢島や四月一日は別に二人で仲良くやってく。うん。
 普段俺って頷いてるだけのことが多いし。
 安藤さんは?
 別に、だな。
 何より、全部色々俺抜きの状態で辻褄は合うって言ってたし。
 ここで消えても別に誰も困らないって…。
 うわぁ…。俺ってちっちゃい存在なのね…。
 改めて思い知って、まだ小指が消えないでくれてることに感謝。
 俺自身はどうだろう。
 消えたら?
 怖い。
 消えたらっていうか、消えるって考えるとそれだけで怖い。
 でもコウダは『中』で消えられないことのほうを気にしてたよな。
 消えるほうが怖い気がするけど…。
 人の顔がじんわりと浮かんでは消え、浮かんでは消え。
 川藤さん、安藤さん、佐藤、武藤さん、弐藤さん、それにあの宵中霊園。
 みんな『中』に世界を持ってる。
 その時その時で違う世界を。
 今、俺がこの世から消えていなくなったら、俺が持ってる『中』の世界が消える。
 あと、その後できるかもしれない『中』の世界の可能性的なものも消えるってことになるか。
 そう考えると壮大な出来事のような気がした。
 俺が『いる』。だから世界がある。
 でも『いる』って結局何なんだ。
 疑問は消えゆく薬指の先端を見た瞬間、恐怖に移行した。
 見てて分かる。
 さっきは爪があった。
 今は第一関節まで消えてきてる。
 あ、あ、
 あ…。
 もう第二関節、
 あ、小指が、
 ない。
 漠然とあった怖い気持ちは、焦りも巻き込み、雪だるま式に大きくなる。
 どうしよう。
 何となく靴のまま立ち上がり、その場で玄関の扉を開けた。
 人が道を通る気配もない。
 降り頻る雨。視界も悪く。
 だから余計に人通りはなかった。
 左手がもう全部ない。
 右手は…消えてきた。
 小指がヤバイ。
 嘘だろ。
 やめてくれよ。
 嫌だ。
 どうしよう。
 意地張ったのが間違ってた。
 うわ。
 あ、あ、
 あ、
 ああ、
 靴は?
 靴もだ。
 左足の靴先がちょっと消えてきてる。
 ごめんコウダ。
 俺やっぱ次向井で良かった。
 やだ。
 消えんのやだ。
 親父。
 母さん。
 じいちゃん。
「たすけて」
「ばっかじゃねえの」
 黒い傘で黒い服の男の、聴きなれた声色の悪態が耳についた。
 来た。
 来てくれた。
 視界が滲むのは涙か、雨の飛沫か。
 見慣れた足取りで、玄関の庇の下で傘を投げ捨て、屈んで、俺に向かってゲートを貼る。
 コウダは上を向いて、俺に話しかけた。
 横殴りになった雨は、庇の下にしゃがみ込むコウダの顔にもろに降りかかっている。
 それでも喋り続けた。
「上から覗き込むように入って来い。
  手の感覚はまだあるはずだ。
  入ったら濃くなってるか確認しろ。
  お前が消えたら俺も出れん」
 コウダの言葉は、俺の消えゆく体を濃くしたりはしなかった。
 でも、俺は今、ここに『いる』。
 さっきまで消えかかっていたその気持ちは、確かにずっと濃くなった。
 じゃあ。
 これで、運がよければ、全部終わり。
 無心にコウダの下半身に続いて頭を穴に突っ込むようにすると、そのままするりと体が吸われていった。
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