楠葵先輩は頼られたい

黒姫百合

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第七十三話

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「中村さん、話があるの。少し時間をいただいても良いかしら」

 葵は優を離すを優の正面に立ち、真剣な顔で優の瞳を覗き込む。
 葵の吐息が鼻に当たる。
 そこには今まで見たことがないぐらい不安そうな葵がいた。

「……良いですよ」
「ありがとう中村さん。それじゃーついてきてくれるかしら」

 葵の唇を見て、あの夜のことを思い出した優は葵を意識してしまい、視線をそらしてしまう。
 優に断られなかった葵はホッと安堵する。
 その後、葵は優を人気のない中庭へと連れていく。
 葵は周りに誰もいないことを確認すると、躊躇なく地面に土下座した。

「勉強会の夜のことは本当にごめんなさい。きっと中村さんにひどいことをしたんだよね。私酔ってなにも覚えてないの。だからなにに謝れば良いか分からないけどずっと中村さんに嫌われたままは嫌なの。中村さんに許してもらうためならなんでもするわ。だから、仲直りしてください。お願いします」

 葵の土下座は綺麗だった。
 優は年上の土下座謝罪にどう反応するれば良いか分からずただ立ち尽くすことしかできなかった。
 やはり、葵はあの夜のことを覚えていなかった。
 それが悲しかった。
 でも葵は覚えていないなりに誠意を見せてくれた。

「立ってください楠先輩。そんな格好だと話しづらいですよ」
「でも……」
「楠先輩の顔を見て話したいんです」

 葵が顔を上げて優の顔を見つめる。
 その目には涙が浮かんでいた。
 葵もきっと、覚えていないことに苦しんでいたのだろう。
 優は優しく葵に話しかける。

「やっぱり覚えていなかったんですね」

 勉強会の朝の反応を見れば覚えていないことはほぼ分かっていたが、改めて言われるとやはり悲しかった。

「うん」

 葵は素直に頷く。

「あのですね、楠先輩。楠先輩はあの夜、私にキスをしたんですよ。しかも口に」
「えっ……ホントにごめんね……」
「別に謝罪してほしかったわけじゃありません。嫌ではなかったので」
「えっ……」
「ただ、酔っぱらってキスして忘れたことにモヤモヤしてイラついているんです。私はいろんな思い出を楠先輩と一緒に作っていきたいのに楠先輩が大事な思い出を覚えていないから楠先輩にイライラしてたんです。楠先輩、なんでも言うことを聞くって言いましたよね」
「え……もちろん。私にできることならなんでも聞くわ」
「別に酒を飲むなとは言いません。でも酔っぱらってても覚えていてください。私との思い出は。それを約束してくれれば、今回のことは許してあげます」
「絶対約束するわ。二度と中村さんとの思い出は忘れたりしないわ。例え記憶喪失になっても中村さんのことは忘れない」

 そうそう記憶喪失になることはないと思うが、葵はそこまでの覚悟を持って約束をしてくれた。
 それはそれで嬉しかった。
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