34 / 58
あの場所で
18_1_新参者1
しおりを挟む
◆◇◆
配信デビューから一年が過ぎた。孝哉が大学三年になったことで、その後の道をどうするかと思い悩む日々を迎えている。事務所は孝哉を手放す様子も無く、メンバーもこれから先もともにやっていくものだと思っている。
孝哉本人も色々な選択肢を考えていると言ってはいるものの、今最も生きている実感が持てるというチルカを辞める理由を、積極的に探そうとはしていなかった。
「以前立ち消えになっていたツアーなのですが、小規模でもいいので今のうちにやっておこうと条野さんから言われています。孝哉さんが秋になると就職活動が始まると思うので、それまでには今後どうしたいのかを決めていただかないといけなくて……。就職されるのでしたら、チルカは四人に戻すか、別のメインボーカルを探すことになります。隼人さんはそのまま残っていただいて……」
ミーティングでの仁木さんの発言に、俺は違和感を覚えた。孝哉は元々音楽の仕事をするつもりではいたが、それがたまたまミュージシャンになったようなものなので、今後どうするかは慎重に話し合わないといけない。それはわかっている。ただ、どうして俺の去就がついでのような言い回しになっているのかと、少々寂しい思いをさせられていた。
「ねえ仁木さん、その言い方じゃあ俺は孝哉のついでに雇ってもらってるみたいなんだけど。俺の扱い悪くない?」
いい大人が拗ねた調子で訴えると、仁木さんは両手を振り回しながら慌ててそれを否定した。
「え、そんなふうに聞こえましたか? それは失礼しました。でも、あの、孝哉さんがいないと、あなたはベストパフォーマンスを行えないのではないかと思いまして。そうなると、もしかしたら孝哉さんと一緒にチルカを抜けるという選択をされるのでは無いかと少々勘繰っておりました。不快にさせたのでしたら、申し訳ありません」
本当はそんな風には少しも思っていないのだけれど、たまには仁木さんを慌てさせたい。密かにそう思って楽しんでいると、それを見抜いた純がさっと間に入り、仁木さんを守るように俺の前に立ちはだかった。
「ちょっと隼人! 真面目なマネージャー揶揄っちゃダメだろう? ほら、気にしないで大丈夫だよ、仁木さん。隼人なんて、一度抜けてもしれっと戻って来れるようなやつだからさ。孝哉がいない間にベストパフォーマンスが出来なくても、しぶとく居残るに決まってるよ。なあ、そうだろう?」
純が、仁木さんに甘えるように腕を組みながら言う。まるで猫がじゃれつくように仁木さんにまとわりつきながらも、その目は俺をじっと見据えていて、執拗に何かを伺っているようだった。
「何だよ、純。何が言いたいわけ……」
純はいつもこうやって人に絡んでくるけれど、それにしては言い回しに熱が入っていることに気がついた。その言葉の中にあるものが一体何であるのかを、俺はきちんと知らなければならない。いつも思いが溢れているくせに言葉を尽くさず、察して欲しがるその瞳をじっと覗き込んでみた。
そして、それが何であるのかが伝わると、俺は申し訳なさに身を切られるような思いをすることになった。
「純、俺はあの時、弾けなくなったから辞めたんだ。今はもう大丈夫だから。孝哉が自分の道を歩くために抜けるだけなら、俺に影響は無いよ」
純は、俺がまたいなくなってしまうのかもしれないという不安な思いを抱えていた。あの頃の俺たちは、色々な問題を抱えていた。それが解決した今となっては、まるでそれが無かったことのように感じていて、俺がチルカを抜けた理由が他のものにすり替わっていく可能性だってあった。そして、純は安心からくる記憶のすり替えの罠に嵌ってしまっているらしい。
再結成当時であれば、孝哉がいることでのみ成り立っていたコミュニケーションも、今となっては誰とでも円滑に行えるようになっている。あの頃のような問題は、もう絶対に起こり得ない事だということを、どうにかして伝えてあげなくてはならない。
そして、孝哉と俺の縁が切れるわけでは無いのだから、たとえチルカでの活動が思うように行かなくても、家に帰れば孝俺は自分を取り戻すことが出来る。それがあるだけで、信じられないほどに強くなれることも明白だ。ベースが固まれば、人はブレることがない。俺にとっては、それが孝哉と一緒に歌う時間だ。その時間を奪われない限り、他に影響を与えるものは何も無いと言える。
そのことを三人に正確に伝えなくてはならない。俺がいなかった間の三人の苦労は、計り知れないものがあるのだ。少しでも不安を払拭し、安心させてやれる方法があるのなら、それをしないという手は取れない。
「……本当だな? あの時やめたのは、俺たちとじゃつまらないとかいう思いは、全くなかったと思っていいんだな? 俺はずっとそれが怖かったんだ。それ以外の色々がなくなったとしても、孝哉がいなくなったら俺たちのこと簡単に捨てていくんじゃ無いかと思って……。俺たちと一緒にまだやってくれるんだよな?」
そう訊ねる純の顔は、怯えの色に染まっていた。耀と色田はそんな純を見ながら、苦笑いを貼り付けている。おそらくそれに関しての説明は、二人がしてくれているのだろう。
俺は怪我をして、そのトラウマから弾けなくなり、回復する時間を貰えなかったことで仕方なく脱退しただけであって、彼らが嫌いになったことは一度も無い。ましてや、彼らの演奏が嫌いになったことなどある訳が無かった。
しかし、それは俺しか知り得ないことだ。それを伝えることすら禁じられていて、俺たちはそれを頑なに守って来た。だから、三人はずっと俺の気持ちを知る事が出来ず、その思いに苛まれていたのかも知れない。疑いながら信じて、信じては疑ってを繰り返し、疲弊させていたことは事実だろう。
俺は純の肩を掴んだ。小さくて儚げな見た目に反して、分厚い音を出すために鍛え上げられた体が、自分の音楽への本気度を表している。その肩から腕の筋肉を手でバチンと叩きながら、三人の顔を交互に見つめた。
「そんなの当たり前だろう? 俺がお前たちと演るのがつまんねえって言った事があったか? 絶対無いはずだぞ。そもそもチルカへの復帰の時も、最初は色田に会うギタリストは俺しかいないって事で俺に声をかけたんだろう? その時は孝哉を入れるって話なんて無かったじゃないか。ただ、ブースで一緒に歌った時に色田が孝哉を気に入って、一緒にやりたいって言うからこうなっただけだろ? 俺は、チルカはお前たちさえいれば成立すると思ってる。そこで演るのはめちゃくちゃ楽しい。そこに孝哉がいたら、もっと楽しかったってだけだよ」
配信デビューから一年が過ぎた。孝哉が大学三年になったことで、その後の道をどうするかと思い悩む日々を迎えている。事務所は孝哉を手放す様子も無く、メンバーもこれから先もともにやっていくものだと思っている。
孝哉本人も色々な選択肢を考えていると言ってはいるものの、今最も生きている実感が持てるというチルカを辞める理由を、積極的に探そうとはしていなかった。
「以前立ち消えになっていたツアーなのですが、小規模でもいいので今のうちにやっておこうと条野さんから言われています。孝哉さんが秋になると就職活動が始まると思うので、それまでには今後どうしたいのかを決めていただかないといけなくて……。就職されるのでしたら、チルカは四人に戻すか、別のメインボーカルを探すことになります。隼人さんはそのまま残っていただいて……」
ミーティングでの仁木さんの発言に、俺は違和感を覚えた。孝哉は元々音楽の仕事をするつもりではいたが、それがたまたまミュージシャンになったようなものなので、今後どうするかは慎重に話し合わないといけない。それはわかっている。ただ、どうして俺の去就がついでのような言い回しになっているのかと、少々寂しい思いをさせられていた。
「ねえ仁木さん、その言い方じゃあ俺は孝哉のついでに雇ってもらってるみたいなんだけど。俺の扱い悪くない?」
いい大人が拗ねた調子で訴えると、仁木さんは両手を振り回しながら慌ててそれを否定した。
「え、そんなふうに聞こえましたか? それは失礼しました。でも、あの、孝哉さんがいないと、あなたはベストパフォーマンスを行えないのではないかと思いまして。そうなると、もしかしたら孝哉さんと一緒にチルカを抜けるという選択をされるのでは無いかと少々勘繰っておりました。不快にさせたのでしたら、申し訳ありません」
本当はそんな風には少しも思っていないのだけれど、たまには仁木さんを慌てさせたい。密かにそう思って楽しんでいると、それを見抜いた純がさっと間に入り、仁木さんを守るように俺の前に立ちはだかった。
「ちょっと隼人! 真面目なマネージャー揶揄っちゃダメだろう? ほら、気にしないで大丈夫だよ、仁木さん。隼人なんて、一度抜けてもしれっと戻って来れるようなやつだからさ。孝哉がいない間にベストパフォーマンスが出来なくても、しぶとく居残るに決まってるよ。なあ、そうだろう?」
純が、仁木さんに甘えるように腕を組みながら言う。まるで猫がじゃれつくように仁木さんにまとわりつきながらも、その目は俺をじっと見据えていて、執拗に何かを伺っているようだった。
「何だよ、純。何が言いたいわけ……」
純はいつもこうやって人に絡んでくるけれど、それにしては言い回しに熱が入っていることに気がついた。その言葉の中にあるものが一体何であるのかを、俺はきちんと知らなければならない。いつも思いが溢れているくせに言葉を尽くさず、察して欲しがるその瞳をじっと覗き込んでみた。
そして、それが何であるのかが伝わると、俺は申し訳なさに身を切られるような思いをすることになった。
「純、俺はあの時、弾けなくなったから辞めたんだ。今はもう大丈夫だから。孝哉が自分の道を歩くために抜けるだけなら、俺に影響は無いよ」
純は、俺がまたいなくなってしまうのかもしれないという不安な思いを抱えていた。あの頃の俺たちは、色々な問題を抱えていた。それが解決した今となっては、まるでそれが無かったことのように感じていて、俺がチルカを抜けた理由が他のものにすり替わっていく可能性だってあった。そして、純は安心からくる記憶のすり替えの罠に嵌ってしまっているらしい。
再結成当時であれば、孝哉がいることでのみ成り立っていたコミュニケーションも、今となっては誰とでも円滑に行えるようになっている。あの頃のような問題は、もう絶対に起こり得ない事だということを、どうにかして伝えてあげなくてはならない。
そして、孝哉と俺の縁が切れるわけでは無いのだから、たとえチルカでの活動が思うように行かなくても、家に帰れば孝俺は自分を取り戻すことが出来る。それがあるだけで、信じられないほどに強くなれることも明白だ。ベースが固まれば、人はブレることがない。俺にとっては、それが孝哉と一緒に歌う時間だ。その時間を奪われない限り、他に影響を与えるものは何も無いと言える。
そのことを三人に正確に伝えなくてはならない。俺がいなかった間の三人の苦労は、計り知れないものがあるのだ。少しでも不安を払拭し、安心させてやれる方法があるのなら、それをしないという手は取れない。
「……本当だな? あの時やめたのは、俺たちとじゃつまらないとかいう思いは、全くなかったと思っていいんだな? 俺はずっとそれが怖かったんだ。それ以外の色々がなくなったとしても、孝哉がいなくなったら俺たちのこと簡単に捨てていくんじゃ無いかと思って……。俺たちと一緒にまだやってくれるんだよな?」
そう訊ねる純の顔は、怯えの色に染まっていた。耀と色田はそんな純を見ながら、苦笑いを貼り付けている。おそらくそれに関しての説明は、二人がしてくれているのだろう。
俺は怪我をして、そのトラウマから弾けなくなり、回復する時間を貰えなかったことで仕方なく脱退しただけであって、彼らが嫌いになったことは一度も無い。ましてや、彼らの演奏が嫌いになったことなどある訳が無かった。
しかし、それは俺しか知り得ないことだ。それを伝えることすら禁じられていて、俺たちはそれを頑なに守って来た。だから、三人はずっと俺の気持ちを知る事が出来ず、その思いに苛まれていたのかも知れない。疑いながら信じて、信じては疑ってを繰り返し、疲弊させていたことは事実だろう。
俺は純の肩を掴んだ。小さくて儚げな見た目に反して、分厚い音を出すために鍛え上げられた体が、自分の音楽への本気度を表している。その肩から腕の筋肉を手でバチンと叩きながら、三人の顔を交互に見つめた。
「そんなの当たり前だろう? 俺がお前たちと演るのがつまんねえって言った事があったか? 絶対無いはずだぞ。そもそもチルカへの復帰の時も、最初は色田に会うギタリストは俺しかいないって事で俺に声をかけたんだろう? その時は孝哉を入れるって話なんて無かったじゃないか。ただ、ブースで一緒に歌った時に色田が孝哉を気に入って、一緒にやりたいって言うからこうなっただけだろ? 俺は、チルカはお前たちさえいれば成立すると思ってる。そこで演るのはめちゃくちゃ楽しい。そこに孝哉がいたら、もっと楽しかったってだけだよ」
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる