追いかけて

皆中明

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あの場所で

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「そう……かもしれません。共に過ごしてきた時間があるからこそ、他の方よりはそれを感じ取りやすく、また理解しやすいと思います」

 俺はその答えに「そうですよね」と返した。報告書のような話し方が懐かしい。彼とのこのやり取りは、俺にプロのミュージシャンとして現場に戻って来たのだという実感を、何よりも与えてくれていた。

「で、俺は出来ればその体験をたくさんの人にしてもらいたいなって思うんです。つまり……」

「お前、ライブしたいのか?」

「うお、びっくりした。……おう、お前らが良ければな」

 色田が、俺と仁木さんの間に割り込むように顔を出してきた。その表情は、まるで俺が馬鹿げたことを言っていると言わんばかりに愕然としていた。

 それはそうだろう。俺は、色田にマイクを投げつけられて以降、一度もステージに立てていない。その場に立つと、体が震えて何も出来なくなるという無様な姿を、色田の頭にこびりつかせているはずだ。

 でも、今の俺には最強の精神安定剤がある。

「大丈夫だから、心配するな」

「……本当か?」

 胸が痛むのだろうか。色田が顔を顰めていく。彼の過去の罪は、彼にとってその存在を消すことがなかったのが奇跡であると思わせるほどに、重いものだったのだ。

 真面目であるが故に誤解されやすいが、誰かが色田を意図的に追い詰めたりしない限り、本来の色田はどちらかというと優しい部類に入る。その証拠に、今目の前で俺のことを心配している彼の目の中には、常に罪悪感も覗いていた。

 俺はそんな色田の肩を思い切り叩いた。色田の体に俺が力強く生きていると実感させるために、強く思いを込めて叩いた。

「おう。実は何度か変装してライブに出たんだ。リハビリしないとダメだろう? 大丈夫だったんだよ。ただし、孝哉が同じステージにいれば、だけどな」

「うん」と返事をしようとしている孝哉の隣で、仁木さんが目を見開いて震えていた。黙ってライブに出たとあっては、契約違反になるかもしれない。自分が管理するバンドで、まさかそんな不祥事を起こされようとは思っていなかったのだろう。震える仁木さんには悪いのだが、思わず笑ってしまった。

「仁木さん、大丈夫だよ。俺一応社長には相談したんだ。仁木に許可したって伝えておくって言われたんだけど、言われてないの?」

「言われてませんよ! もう、今めちゃくちゃ心配しました……寿命が縮む……」

「あーあ、社長が仁木さんに怒られてちっちゃくなる姿が目に浮かびますねえ」

 遠くから見ていた耀がケラケラと楽しそうに笑った。俺がライブに戻ることを、誰よりも待ち望んでいたのは、耀だろう。その笑顔の中に、安堵の色が滲み出ていた。

「照明とかで考慮してもらわないといけない部分もあるから、色々ご迷惑……」

「かけて下さい! かければいいんですよ! いっぱいかけて下さい!」

「あ、ちょっと! 仁木さん、隼人さんに抱きつかないで!」

 興奮して俺に飛びかかりそうになっている仁木さんの隣で、孝哉が焦って仁木さんに飛びかかろうとしていた。その姿を見ていた耀が、

「平和だなあ。この状況でいい曲作って、ガンガンライブやろうぜ!」

 と叫んだ。

 新生チルカは、足並みを揃えて歩き出した。それから半年を何事も無く、幸せに過ごしていた。今日という日は、これまでで最高に希望に満ちていた。

 でも、俺はその後に思い知らされる事になる。

 過去は権力に負けた。そして、これからは、見えざる敵に追い詰められる事になる。

 幸せに笑い合う俺たちの後ろに、別れの日が迫っているなんて、この時の俺には想像もつかなかった。
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