33 / 58
あの場所で
17_3_広がり3
しおりを挟む
「そう……かもしれません。共に過ごしてきた時間があるからこそ、他の方よりはそれを感じ取りやすく、また理解しやすいと思います」
俺はその答えに「そうですよね」と返した。報告書のような話し方が懐かしい。彼とのこのやり取りは、俺にプロのミュージシャンとして現場に戻って来たのだという実感を、何よりも与えてくれていた。
「で、俺は出来ればその体験をたくさんの人にしてもらいたいなって思うんです。つまり……」
「お前、ライブしたいのか?」
「うお、びっくりした。……おう、お前らが良ければな」
色田が、俺と仁木さんの間に割り込むように顔を出してきた。その表情は、まるで俺が馬鹿げたことを言っていると言わんばかりに愕然としていた。
それはそうだろう。俺は、色田にマイクを投げつけられて以降、一度もステージに立てていない。その場に立つと、体が震えて何も出来なくなるという無様な姿を、色田の頭にこびりつかせているはずだ。
でも、今の俺には最強の精神安定剤がある。
「大丈夫だから、心配するな」
「……本当か?」
胸が痛むのだろうか。色田が顔を顰めていく。彼の過去の罪は、彼にとってその存在を消すことがなかったのが奇跡であると思わせるほどに、重いものだったのだ。
真面目であるが故に誤解されやすいが、誰かが色田を意図的に追い詰めたりしない限り、本来の色田はどちらかというと優しい部類に入る。その証拠に、今目の前で俺のことを心配している彼の目の中には、常に罪悪感も覗いていた。
俺はそんな色田の肩を思い切り叩いた。色田の体に俺が力強く生きていると実感させるために、強く思いを込めて叩いた。
「おう。実は何度か変装してライブに出たんだ。リハビリしないとダメだろう? 大丈夫だったんだよ。ただし、孝哉が同じステージにいれば、だけどな」
「うん」と返事をしようとしている孝哉の隣で、仁木さんが目を見開いて震えていた。黙ってライブに出たとあっては、契約違反になるかもしれない。自分が管理するバンドで、まさかそんな不祥事を起こされようとは思っていなかったのだろう。震える仁木さんには悪いのだが、思わず笑ってしまった。
「仁木さん、大丈夫だよ。俺一応社長には相談したんだ。仁木に許可したって伝えておくって言われたんだけど、言われてないの?」
「言われてませんよ! もう、今めちゃくちゃ心配しました……寿命が縮む……」
「あーあ、社長が仁木さんに怒られてちっちゃくなる姿が目に浮かびますねえ」
遠くから見ていた耀がケラケラと楽しそうに笑った。俺がライブに戻ることを、誰よりも待ち望んでいたのは、耀だろう。その笑顔の中に、安堵の色が滲み出ていた。
「照明とかで考慮してもらわないといけない部分もあるから、色々ご迷惑……」
「かけて下さい! かければいいんですよ! いっぱいかけて下さい!」
「あ、ちょっと! 仁木さん、隼人さんに抱きつかないで!」
興奮して俺に飛びかかりそうになっている仁木さんの隣で、孝哉が焦って仁木さんに飛びかかろうとしていた。その姿を見ていた耀が、
「平和だなあ。この状況でいい曲作って、ガンガンライブやろうぜ!」
と叫んだ。
新生チルカは、足並みを揃えて歩き出した。それから半年を何事も無く、幸せに過ごしていた。今日という日は、これまでで最高に希望に満ちていた。
でも、俺はその後に思い知らされる事になる。
過去は権力に負けた。そして、これからは、見えざる敵に追い詰められる事になる。
幸せに笑い合う俺たちの後ろに、別れの日が迫っているなんて、この時の俺には想像もつかなかった。
俺はその答えに「そうですよね」と返した。報告書のような話し方が懐かしい。彼とのこのやり取りは、俺にプロのミュージシャンとして現場に戻って来たのだという実感を、何よりも与えてくれていた。
「で、俺は出来ればその体験をたくさんの人にしてもらいたいなって思うんです。つまり……」
「お前、ライブしたいのか?」
「うお、びっくりした。……おう、お前らが良ければな」
色田が、俺と仁木さんの間に割り込むように顔を出してきた。その表情は、まるで俺が馬鹿げたことを言っていると言わんばかりに愕然としていた。
それはそうだろう。俺は、色田にマイクを投げつけられて以降、一度もステージに立てていない。その場に立つと、体が震えて何も出来なくなるという無様な姿を、色田の頭にこびりつかせているはずだ。
でも、今の俺には最強の精神安定剤がある。
「大丈夫だから、心配するな」
「……本当か?」
胸が痛むのだろうか。色田が顔を顰めていく。彼の過去の罪は、彼にとってその存在を消すことがなかったのが奇跡であると思わせるほどに、重いものだったのだ。
真面目であるが故に誤解されやすいが、誰かが色田を意図的に追い詰めたりしない限り、本来の色田はどちらかというと優しい部類に入る。その証拠に、今目の前で俺のことを心配している彼の目の中には、常に罪悪感も覗いていた。
俺はそんな色田の肩を思い切り叩いた。色田の体に俺が力強く生きていると実感させるために、強く思いを込めて叩いた。
「おう。実は何度か変装してライブに出たんだ。リハビリしないとダメだろう? 大丈夫だったんだよ。ただし、孝哉が同じステージにいれば、だけどな」
「うん」と返事をしようとしている孝哉の隣で、仁木さんが目を見開いて震えていた。黙ってライブに出たとあっては、契約違反になるかもしれない。自分が管理するバンドで、まさかそんな不祥事を起こされようとは思っていなかったのだろう。震える仁木さんには悪いのだが、思わず笑ってしまった。
「仁木さん、大丈夫だよ。俺一応社長には相談したんだ。仁木に許可したって伝えておくって言われたんだけど、言われてないの?」
「言われてませんよ! もう、今めちゃくちゃ心配しました……寿命が縮む……」
「あーあ、社長が仁木さんに怒られてちっちゃくなる姿が目に浮かびますねえ」
遠くから見ていた耀がケラケラと楽しそうに笑った。俺がライブに戻ることを、誰よりも待ち望んでいたのは、耀だろう。その笑顔の中に、安堵の色が滲み出ていた。
「照明とかで考慮してもらわないといけない部分もあるから、色々ご迷惑……」
「かけて下さい! かければいいんですよ! いっぱいかけて下さい!」
「あ、ちょっと! 仁木さん、隼人さんに抱きつかないで!」
興奮して俺に飛びかかりそうになっている仁木さんの隣で、孝哉が焦って仁木さんに飛びかかろうとしていた。その姿を見ていた耀が、
「平和だなあ。この状況でいい曲作って、ガンガンライブやろうぜ!」
と叫んだ。
新生チルカは、足並みを揃えて歩き出した。それから半年を何事も無く、幸せに過ごしていた。今日という日は、これまでで最高に希望に満ちていた。
でも、俺はその後に思い知らされる事になる。
過去は権力に負けた。そして、これからは、見えざる敵に追い詰められる事になる。
幸せに笑い合う俺たちの後ろに、別れの日が迫っているなんて、この時の俺には想像もつかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる