追いかけて

皆中明

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あの場所で

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「仁木さーん、そう言えば今朝何か話があるって言ってませんでした?」

 俺たちが戯れあっている所に、先を行っていた純が孝哉を追いかけて戻って来ていた。また捕まえた孝哉の髪を掴み、わしわしと触り続ける。遅れて耀と色田も戻って来ていた。

「ああ、そうですよ。その話をお伝えするのを忘れていました。そんなおじいちゃんあってこそのチルカですから。新録のスワングダッシュが、配信サイトの上半期のランキング入りしたんです! おめでとうございます! ……それをお知らせしようと思いまして。スワングダッシュはリリース当時から人気でしたけれど、どこのランキングでも十位以内までは行けなかったんです。それが、今回なんと八位だったんですよ! これは隼人さんが五人で演るためにアレンジし直して下さったものです。つまり、間違いなく隼人おじいちゃんのおかげという事になりますよね?」

 仁木さんは一息でそういうと、徐に俺の手を取り、強く握りしめた。そして、結局はその目にまた涙をいっぱい溜めてしまうことになる。大きな瞳を涙が埋め尽くし、廊下のライトが乱反射してキラキラと輝いていた。

「今のチルカなら、きっと皆さん幸せに過ごしていけると思います。半年前の私たちのその予想は、やっと現実になりつつあります。大変なことはたくさんありましたし、あなたには償っても償いきれ無いものが残っていますが……私はあなたに感謝しかありません。戻って来て下さって、本当にありがとうございます」

 彼は、俺の手を握りしめたまま項垂れるようにして咽び泣いた。嬉しくてどうしようもないほどの涙には、何度拭っても拭いきれない後悔も含んでいるようだった。それは色田も同じで、どんなに嬉しい事があったとしても、俺の右目が失明している事実がある限りはこの状況が続くかもしれない。俺は密かに、そのことに危機感を持っていた。

「仁木さん、俺がいくらもういいと言っても、あなたも色田もずっとしこりを抱えたままですよね? でも、それもこのアルバムが出るまでだと思ってます。もう少しであなたたちは自由になれると思ってます。俺の言いたいこと、わかりますか?」

 俺の言葉に、仁木さんは

「それは、どう言うことですか?」

 と困惑の色を滲ませた。

「スワングダッシュはいい曲です。自分で言うのもなんだけど、孝哉が入って五人になってからのアレンジは最強だと思ってます。でも、これは旧チルカの曲。いくらブラッシュアップしても、耀と純と色田は、俺がこれを歌うたびに過去の傷を抉ることになりかねない。でも、今の五人でベースを築き上げてしまえば、過去の傷も乗り越えられると思うんですよ。そうなれば、あなたも色田も、俺たち全員が、きっと過去から解放されると思うんです。どうですか、仁木さん。そう思いません?」

 仁木さんの瞳の中に、希望を孕んだ戸惑いが生まれた。絶望の色はやや薄れ、その頭脳は可能性を計算している。俺は彼が納得するのを待った。言葉を多くかけるよりも、その脳内での会議が終了するのを待つ方が、きっと納得が行くのだろうと思うからだ。

「そ、うかもしれません、ね。確かに……。今の五人で正の感情を持つベースが築ければ、過去の負の感情は感じにくいかもしれません。消えはしないとは思いますが、あなたたちが心の底から楽しんでいる姿を見る事が出来れば……」

 仁木さんの瞳の中の希望の色は、だんだんと濃くなっていく。それに合わせて、俺たちは五人で仁木さんを囲んだ。

「仁木さん、何言ってんの。違うでしょ? 俺たちはミュージシャンだよ。見て感じるんじゃダメだよ。音を感じて。あなたならわかるでしょう? いい音に共鳴して、俺たちの体から鳴る音が」

「体から鳴る音……?」

 仁木さんは、記憶を辿るように視線を彷徨わせた。俺が言っている言葉の意味は、わかるようでわからないだろう。

 チルカのメンバーは、みんな音の中にいるだけで幸せを感じるタイプの人間だ。その人間が五人揃い、五人で一つの曲を鳴らす。そこに感情の共鳴が発生するのは必至だ。

 そして、そこに発生した波を、間近で誰よりも多く体感している人がいるとするならば、それは仁木さんに他ならない。

「楽器や声の楽曲としてのサウンドに、それを通して楽しいという反応が発生する。目に見えるものと同じくらいに、肌で感じるものがあるはずです。それは空間を伝わって他者の体にたどり着く。仁木さんは、その中でも特に情報量を多く受け取れる人だと思います。そうでしょう?」
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