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第一章 異世界来たら牢獄で
接続話 女スパイの報告会
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆◇◆
『それからどうなったのですか?』
「色々あったわよぅ。色々」
王都襲撃から二日後。
ここは王宮のとある一室。並みの宿屋とはグレードの違うその部屋の中央で、イザスタ・フォルスは誰もいない空間に話しかけていた。
いや、よくよく見れば、彼女が話しかけているのは身に着けていた赤い砂時計の付いたネックレスに向けてであり、そこから誰かの話し声が聞こえることから一種の通信機なのだろう。現在通話中であることを示すかのように、砂時計の部分は僅かに発光、点滅している。
「まず王都襲撃事件についてだけど、襲撃の実行犯は確認できただけで四名。内一人は自分をクラウンと名乗っていたけど……これはコードネームの可能性が高いわね。それ以外は全員顔も名前も不明。これじゃあ指名手配にもできないでしょうねぇ」
イザスタは困ったように肩をすくめる。通話は音声のみなので姿は見えないのだが、これは別に見せようと思ってではないのだろう。
「被害は甚大。凶魔の軍勢が町中で暴れまわり、それが『勇者』のパレードの最中だったから更に被害は拡大。パニックになって逃げようとする人が他の人を押しのけて、押しのけられた人がまた他の人をって具合に拡がっていく。結果として逆に逃げられない人が続出してまいっちゃったわ。幸いディランちゃんが兵士を引き連れて来てくれたからすぐに収まったけど、いなかったらと思うとゾッとするわねん」
『ヒュムス国にその人在りと言われた英雄ディラン・ガーデンですか。……成程。第一線を退いたとは言え、未だ健在ということですか。それならこの騒動を速やかに鎮圧できたのは納得です』
聞こえてくる声は女性のようだが、落ち着いた口調に澄んだその声質は、大人のようにも子供のようにもとれる不思議なもので年齢が判別しづらい。
「そうなのよん。だけどディランちゃんでも同時に多方面からだと手が回らなくてね、だから凶魔の対処と群衆の救助は兵士達に任せて、私達は手分けして『勇者』の護衛に回ったってわけ。まあユイちゃんを守れたし、クラウンにもキツ~イお仕置きをしてあげたからしばらく動けないんじゃないかしら」
『代わりに全員に逃げられたようですが?』
「それは言いっこなしよんリーム。空属性持ちの逃げ足の早さは知っているでしょ。あれを捕まえるにはそれなりの準備がいるわ。他にも『勇者』を狙っていた人が居たみたいだけど、その人もどさくさでいなくなっちゃったし」
リームと呼ばれた声の主はイザスタの痛い所を突く。しかしそれは責めているのではなく、ただ単に事実の確認をしているといったものだった。
「それで、何とかユイちゃん達を守りながらディランちゃん達や他の『勇者』と合流して、城にいったん戻ってきたってわけ。凶魔達も兵士達があらかたやっつけたみたいだし、これでディランちゃんから頼まれた分は完了ってとこかなぁ。問題なのは……ゲートがやられた方ね」
『国家間長距離移動用ゲートですね。元々こちらの国とは国交はほぼ断絶していますが、それ以外の国とも行き来が不能になりましたか。襲撃犯の目的はこちらですね」
「まあ流れ弾か何かで壊れるような軟なつくりじゃなかったしねアレ。奴らの言葉から推測すると、今回の目標はゲートの破壊と『勇者』奪取の二つ。ディランちゃんが駆けつけた時にはもうゲートが別の黒フードに壊された後だったらしいわ」
イザスタは深刻な顔で説明する。元々この国には国家間長距離移動用ゲートがあった。これは数が少なく、設置されている国は数えるほど。
これによって通常移動に数日から十日以上かかる別国への移動が、検査などを踏まえても数時間程度で済ませられるというのは大きな利点だった。しかし、今はそれが破壊された。
「ゲートの復旧には少なくとも数か月はかかるわ。その間ヒュムス国は往来が非情に難しくなるわねん。これは黒フード達が自分達を追わせないためと、『勇者』達をここから逃がさないためだと思う。動かなければまたいずれちょっかいをかけられると踏んでのことじゃないかしら?」
『……今はまだ何とも言えませんね。しかしイザスタさんは“副業”である『勇者』の情報集めが終わったらその国を離れるのでしょう。ゲートが復旧しなければ少し問題ですね」
「あぁ……それがその……」
リームのその言葉を聞いて、イザスタはどこか言いづらそうに身体をもじもじさせた。もちろんこれもリームには見えていないのだが。
「実はね、色々あって…………ユイちゃんの付き人及び『勇者』達の護衛役を請け負っちゃったりして」
『……はいっ!?』
一瞬の間をおいて、リームが少しだけ間の抜けた声で聞き返す。聞き間違いであってほしいとでも思ったのだろうか。しかしイザスタの答えは変わらなかった。
「だから、ユイちゃん達の護衛を引き受けちゃったのよんっ! だってしょうがないじゃないの。本来の付き人は見つかったけど、心身共にボロボロでとても付き人を続けることは無理そうだったんだもの。護衛も今回の騒動で怪我人が多いし、人手が足りないからってディランちゃんに推薦されちゃったのよん。ユイちゃんも何故か喜んじゃって、断るに断れないし……」
いつも飄々としているイザスタも、これには流石に参ったのか少々疲れた声で話す。
『……まあいいでしょう。分かりました。貴女はしばらくヒュムス国で『勇者』達についていてください。いずれにせよ『勇者』は依頼抜きでも興味がありましたからね。……それで、貴女が見つけたトキヒサ・サクライさんのことですが』
リームは少し諦め気味にイザスタの行動を認めた。だが、その後の言葉で場の雰囲気は一変する。今まではどこかなあなあで済む雰囲気もあったのだが、これに関しては妥協を許すことはおそらくないだろうという態度だ。
イザスタも珍しく姿勢を正して神妙な顔をする。……別に見えている訳ではないのだけど。
「二日前に言った通りよん。牢獄の中でトキヒサちゃんと、クラウンの仲間とされるエプリちゃんが空属性のゲートに吸い込まれて行方不明。アタシとディランちゃんはすぐにゲートの痕跡を調べたけど、目的地が設定されていなかったから何処へ跳ばされたかは辿れなかった。だけど、新たにアタシの眷属になったウォールスライム……いえ、今はケーブスライムになったヌーボの一部がトキヒサちゃんにくっついていたことから、ヌーボならある程度の場所の絞り込みが可能だって分かったの」
『そこまでは以前報告を受けました。今聞きたいのはそれが何処かということです。イザスタさんのことですからもう場所を絞り込んでいるのでしょう?』
「まあね。それでその場所なんだけど……ちょ~っと厄介な所なのよねん。今そっちに絞り込んだ場所の情報を送るわね」
イザスタはそう言うと、懐から取り出した地図に印を付けて砂時計の部分を翳した。すると砂時計から光が放たれ、まるでコピー機のスキャンのように地図を覆っていく。
『……情報来ました。……ここは!?」
「そう。リームがいる魔族の国デムニス国と、交易都市群の一部が跳ばされた可能性の高い場所。ここから一番近い交易都市群の何処かであっても、今のゲートが使えない状況では辿り着くまで二十日近く。どんなに急いでも十五日はかかるわねん。それがデムニス国の何処かとなったら……お察しね」
魔族の国となると、正直言ってヒト種には少し生きづらい場所だ。ヒト種から見た魔族は不倶戴天の敵だが、魔族から見たヒト種も敵に変わりはない。流石にヒト種までの敵意はないにしても、あまり良い感情を持っていないのが現状だ。
まだ交易都市群の何処かであれば人種も雑多なので少しは問題ないが、どちらにしても捜索は困難を極めるだろう。リームは内心ため息を吐きながらこれからの行動を考えた。
『分かりました。デムニス国の方は私が捜索します。幸い基盤も固まってきた所なので、多少は人員を捜索に回せるでしょう』
「了解! 今は魔王城仕えの役人だっけ? 流石リームよねぇ。お姉さん的にはもっと休んで楽してほしいんだけど」
『……? 休んでいますよ? 昨日は三時間も寝ましたし、やろうと思えば五日くらい寝なくてもパフォーマンスを落とさず動けるので問題ありません』
さらりと物凄いことを言うリームに、世間ではそういうのをワーカーホリックって言うんじゃないのかなと思いながらイザスタは困ったような顔をする。
「問題は交易都市群の方ね。あそこの担当は……」
『アシュとエイラですね。アシュの方は“副業”で都市群を常に移動していますから、上手くすれば見つけられるかもしれませんね。……まったく。ようやく“本業”の五人目が見つかった矢先にこの始末。全員見つかるまであとどれだけかかることか』
「まあ時間はあることだし、じっくり探しましょうよん。元々数年がかりの仕事じゃない。もちろんトキヒサちゃんのことは急ピッチで進めるにしてもね」
イザスタとリームはそれから捜索の手順、更に細かな場所の特定などを話し合い、しばらくしてから通話を打ち切った。イザスタは静かになった部屋に備え付けられたベットにダイブしてそのまま仰向けに転がる。
「……ごめんねトキヒサちゃん。今は動けないけど、いずれ必ず探しに行くから」
彼女のその言葉は、誰の耳にも入ることもなくただ消えていった。
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