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第二章 牢獄出たらダンジョンで
進むべきか、休むべきか
しおりを挟む「つまり、アシュさんの知り合いに呪いを解ける人が居るんですね?」
「本当に大丈夫ですかアシュ? ランク特大ですよ特大! 並の解呪では逆に呪われるランクですよ! それに依頼料だって」
「俺が知っている二人ならどちらも問題ない。それに依頼料の方も俺が頼めば多分融通してくれる」
俺やジューネが口々に言う中、アシュさんは大丈夫だと胸を叩く。おお二人も!! それにこの自信たっぷりの態度。これなら期待できそうだ。
「しかしいつの間にそんな方と知り合いに? これまで聞いた事もありませんが?」
「あぁ。それな」
そこでアシュさんは一度言葉を切り、どこか言いづらそうに視線を泳がせた。
「……正直言うと、非常時じゃない限り接触は避けてるんだよ。色々あってな。……深くは聞くなよ」
真面目な顔で言うので俺達は一様に頷く。誰だって言いたくないことはある。
「それに伝手はあっても場所が悪い。一人は交易都市群の何処かだが、もう一人は魔族の国デムニス国だ。このメンツで行ったら袋叩きに遭うかもよ」
魔族とヒト種の仲の悪さは一種のお約束だ。実際ヒト種から見れば不倶戴天の敵らしい。魔族側からはまだ比較的敵意は少ないのだが、それでもヒト種だと絡まれる事があるとイザスタさんも言っていた。
「変装という手もありますが……ふとした拍子にバレる事も考えられますね。デムニス国へ行くのはあまり現実的ではありませんか。もう一つの伝手の方が良さそうです」
だよなぁ。交易都市群ってくらいだから人も多いんだろうな。それなら解呪出来た後で売る相手にも困らないし、色々情報も集まりそうだ。イザスタさんとの合流にも役立つかも。
「よし。じゃあここから出たら交易都市群へ向かうとするか!! ……あとこの箱はどうする? ジューネがトキヒサから全部買い取って終わりにするのもアリだと思うぜ?」
「そうですよトキヒサさん。バルガスさんの事はお任せするにしても、解呪にまで同行することはありません。金額の相談は一度ダンジョンを出てからとしても、それからは別行動で良いのですよ?」
確かにここで諸々丸投げするのも一つの手だ。金だけ貰えばあとは自由。少なくとも数万デン以上儲かるのは確実だし、当座の資金としては充分。
その資金で金策をするのも良し。ひとまずヒュムス国に戻るために使うのも良し。だけど……。
「いや。俺も一緒に行っていいかな?」
「何故です? お金なら相応の額をご用意しますよ? ……それとも物自体を手放したくないとか?」
ジューネは不思議そうな顔をする。
「それも間違ってないよ。実際青い鳥の羽は俺も欲しいけど問題は指輪の方だ。こんな物を誰かに押し付けて、それで自分だけ儲けようってのが何か座りが悪いというか。これがどうなるか見届けたい」
「しかしそちらも予定があるのでは? 前に一緒にいたイザスタさんと合流するのではないのですか?」
俺はジューネと向かい合う。エプリは話を聞いているようだが何も言わない。
「……約束したからな。いずれ合流はするけど、今ここで戻っても多分怒られると思うんだ。『お姉さんは悲しいわトキヒサちゃん。だってトキヒサちゃんが女の子に色々丸投げして自分だけ帰ってくる悪い子だったんだもの』ってな。だから一緒に行く。……まあ呪いが解けたら相当な値打ちものかなという思惑もあるけどな。それから売り払った方が高そうだろ?」」
あくまでも予想だけど、アシュさんがうんうんと頷いているし本当に言われそうだ。 それに呪いがなければアンリエッタも怒らないから換金しても良い。綺麗な指輪だって査定額に色が付くかもな。
「それはそうですが」
「安心しろよ。解呪出来てもジューネとの取引を優先するから。羽もちょっともったいない気はするけど、ジューネなら売ってもいいと思うし」
実際幸運を呼ぶなんて物は自分で持ちたいが、自分より欲しがっている相手が目の前にいるしな。いきなり六万デンも提示するくらい欲しがってくれるなら羽もそっちの方が良いだろう。
「……分かりました。持ち主はトキヒサさんです。持ち主の承諾なく譲ってもらう訳にもいきません。指輪が解呪されるまで一緒に行きましょう。……エプリさんはどうしますか?」
ジューネはエプリの方に矛先を変えた。エプリは、
「……ここから出たら用があるの。そこでお別れね」
そうなんだよな。契約ではそこまでの付き合いだ。……そう言えばクラウンが来た時の事を考えてなかった。
一応こっちも雇い主だからエプリは攻撃してこないとは思うが、最悪二人がかりで来たらダッシュで逃げよう。数々の修羅場を潜ってきたこの逃げ足を見せる時っ!
「そうですか。是非同行してほしかったのですが残念です。では……残るはこれですね」
そう言ってジューネは俺に向き直ると、そのまま深々と頭を下げる。何々!? どうしたんだ?
「トキヒサさん。元はと言えば私が仕入れの時に情報集めを怠ったのが原因。この度の商品の不備、誠に申し訳ありませんでした」
「良いって別に。ジューネだって中身のことを知らなかったんだろ? なら仕方ないって」
俺は慌ててそう言うのだが、ジューネは頭を下げたまま上げようとしない。
「これは商人としての信用の問題です。買ったお客様が明らかに損をする事態は商人としては悪手。商売は出来るだけ互いに良い物でなければっ! ……つきましては何か補償させていただきたいのですが」
俺はその言葉を聞いて少し悩む。確かに商人として信用はとても大事だ。いや、仕事をする者にとってと言い換えても良い。エプリもそうだったからな。
俺は被害を受けたとは思っていないが、ジューネの側からすれば大問題なのだろう。とすればここで何も要求しないのは逆に失礼。なら、
「それじゃあ悪いけど、ダンジョンから出るまで俺とエプリの食事代を奢ってくれないか」
「そんな簡単な事で良いのですか?」
ジューネは頭を上げて俺に聞き返す。もっと凄い事を要求されるとでも思っていたのだろうか?
「それで良いよ。それに意外に大変だと思うぞ? エプリは見かけより食うからな」
俺の言葉にエプリも頷く。実際俺の倍は毎回食ってるからな。ジューネは何か考えていたようだが、意を決したように顔を引き締める。
「……確かに了承しました。ダンジョンを出るまで毎食必ずご用意しましょう。これまでの分も内容に合わせた分の金額を補填します」
ようし。飯代が浮いた。それにこれまでの分も払ってくれるという。これからの予定も大分定まってきたし、あとはこのダンジョンを抜けるだけだ。俺は心の中でこっそり気合を入れていた。
ここで俺は忘れていた。ダンジョンで一番危ないのは、脱出する直前であるということに。
その日の移動は終始順調に進んだ。……いや、順調すぎた。
「困りましたね。このまま行くとダンジョンを出る頃には丁度真夜中です」
昼頃に俺達は途中の部屋で、昼食の用意をしながらこれからについて悩んでいた。
ちなみに昼食はいつもの保存食に加えて野菜たっぷりのスープ。たまには温かい物を食べないと調子が悪くなるという事で、全員分のスープをまとめて作っているのだ。
今回は通路に仕掛けをしているので、全員揃って相談がする。まあ最低限の警戒はしているようだが。
「そのままダンジョンを出ても町までしばらくかかる。夜中に進むのは出来れば避けたいんだがな」
成程。予想よりペースが速すぎるという事か。元々明日の朝ダンジョンを出る予定で、そこから歩いて数時間なら到着は昼過ぎ。休憩を挟んでも夕方には辿り着くって訳だ。……ペースが速すぎるのも考え物だな。
「選択肢は二つですね。このままダンジョンを出て夜通し歩いて町まで向かうか、少しペースを落として明日の朝頃にダンジョンを出るように調整するか。個人的な意見ですが、私はこのままのペースで良いと思いますよ」
口火を切ったのはジューネだった。
「情報の価値は時間が経てば経つほど下がります。多少無理してでも急ぐに越したことはありません」
これは商人としての意見だな。儲けと安全を天秤にかけて急ぐことを選択している。言い終わると、ジューネはそのまま話を促すようにこちらを見る。
「俺は……そうだな。俺もペースはこのままの方が良いと思う。夜間に移動するのが危険だってのは分かるけど、バルガスの身体が問題だ」
バルガスは凶魔化の副作用か衰弱が激しい。まだ自分で動こうとするとふらつくようで、俺が荷車で運んでいる。今も眠っているが、時折眠りながらうなされている。
なにぶん凶魔化なんて事例がほとんど知られていない以上、なるべく早く医者に見せた方が良いという事をジューネ達に説明する。
「それに単純な危険度で言えばこっちの方が多分上だ。ここがダンジョンってことを考えると長居しない方が良いんじゃないか?」
このダンジョンに対する勝手な考えだが、どうにも妙な感じがする。そこまで強くないモンスターに、ただ広くて長いこのダンジョンの構造。これだけなら人に入る気を起こさせない為の配置だ。だけど……このまま長くいると何か嫌な予感がする。
「分かりました。ではエプリさんはどう思われますか?」
ここまでで眠っているバルガスや話せないヌーボ(触手)を除くと、半分が賛成をしたことになる。多数決ならもう決まったようなものだ。それでも律義に全員に聞こうとするのは、ジューネの気質によるものだろうか?
「……私はペースを落とした方が良いと思う。アナタ達には悪いけどね」
ここで初めて反対意見が出た。
「多分アシュも気付いていると思うけど、このまま進み続けるのは難しいわ。だって……私を含めて相当皆疲労が溜まっているもの」
エプリによると、戦闘を避けれてもただ進むだけで体力は消費していく。特に元々体力の少ないジューネと、バルガスを常時運んでいた俺は今の時点でややペースが落ち始めていた。エプリ自身も少しずつ集中力が落ちているのを感じていたという。
「まだ充分余力があるのはアシュぐらいのもの。……だけど、一人ではもしもの時に対処できない可能性もある。だからペースを落として少しずつ休息を挟んだ方が遠回りだけど安全だと思う」
「俺も同感だな」
エプリの意見にアシュさんも賛成する。おっと。これで意見が二対二になった。
「用心棒としては護衛対象の体調も考えなきゃならん。……隠していてもダメだぞ雇い主様よ。軟膏で誤魔化してはいるがもう足にきてるだろ」
その言葉にジューネの足を注意深く見ると、ほんの僅かだが小刻みにプルプルと震えている。そういえば昨日休息をとった時もジューネが一番疲労していた。
……しまった。俺は少しだけ疲れづらい体質になっているようだから一晩休めば回復するが、普通こんな強行軍をして一晩で全快なんてことはない。おまけにここはダンジョンだ。満足な休息が取れないのに、ジューネが平気な顔で歩き続けているということがまずおかしかった。
「へ、平気ですよこれくらい。今でもまだこんなに元気で……あわっ!」
ジューネは自分がまだ動けることを証明しようと軽くジャンプをしてみせるが、着地の時にバランスを崩して倒れそうになってしまう。咄嗟にアシュさんが受け止めるが、ジューネは顔を赤くしている。
「ほれ見ろ。痛み止めと疲労回復の薬の併用のようだが、それでも誤魔化せないほど疲れているじゃないか。エプリの嬢ちゃんが言わなければ俺が言うつもりだったが、ペースを落とした方が賢明だぜ」
うぅ~っとジューネは唸りながら虚空を睨んでいるが、今無理に進んでもキツイのが自分でも分かっているようだった。分かっていなければもっと反論するはずだ。
「無論ダンジョンの危険性も分かっている。だが自分で動けない奴を護りながら行くより、自分で動けるようになるまで待ってからの方がやりやすいと思う」
アシュさんの言う事ももっともだ。バルガスの事を考えると急いだ方が良いが、しかしここで無理に進んでも途中でペースを落とさざるを得ないか。
「……分かりました。俺もペースを落とす側に変更します。ジューネがそこまで疲れているのにこのままはマズイですから」
「すまねぇな。じゃあ昼食を食ったらちょい長めの休息をとる。そのあと出発して夜にもう一度休憩。あとは明日の早朝にまた出発して、そのままダンジョンを出て最寄りの町まで休まず進む予定だ。なるべくお前さんの意見に沿わせたが……何か問題あるか?」
アシュさんは俺に一言謝ると、ジューネに向けてちゃんと確認を取る。ジューネはまだ少し諦めきれない様子だったが、正論だと分かっているからこそ何も言わずに頷いた。
「そんな顔してないで、そうと決まったら少しでも身体を休めておきな。今度はこそこそじゃなく堂々と薬を使えよ。お前さん達もだ。疲れをなるべく残さないように頼むぜ。……ほらっ。スープも出来たぞ」
アシュさんはテキパキと昼食の用意を整え、器にスープをよそって俺達に配っていく。手際がとてもスムーズなので、つい手慣れてますねと声をかける。
「まあな。一通りのことは自分で出来るよう練習した。……世話焼きで構いたがりの身内から逃げる為でもあったけどな」
少し暗い顔をしながらそうアシュさんは語る。……昔のアシュさんとイザスタさんってどんなだったんだろうな?
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