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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
閑話 風使いは月夜に想う その一
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◇◆◇◆◇◆◇◆
『今これを読んでいるのが誰かは分からないけれど、一応トキヒサだと仮定して書いているわ。アナタが字を読めないのは知っているから代読してもらっていると思う。なので直接的な単語は多少伏せさせてもらうからそのつもりで。
急な事で驚いているかもしれない。だけど顔を合わせると引き留められるでしょうから手紙で伝えるわ。アナタとの契約は無事完了した。よって私は中断している方の契約を終わらせなければならない。その為に一度前の雇い主と合流するわ。
本来なら一度ダンジョンを出た瞬間に終了しても良かったのだけど、一応雇い主の安全を確保するまではと考えてしばらく同行してしまったわ。だけど今の状況なら、私がいなくとも自分から危険に突っ込まない限りは問題ないと思う。
それでも何かあればアシュにこう言いなさい。探し人の情報の対価を払う時だと。その上で頼めば悪いようにはしないでしょう。
最後に言っておくけど、私みたいな厄介な素性の者を簡単に信用するお人好しのアナタは、もう少し周囲を疑って警戒することを勧めるわ。
アナタの元いた場所と違ってここはそう優しくない。隙あらば命を含めた色々な物をむしり取ろうとする奴もいる。それが嫌なら信用のおける誰かを多く見つけることね』
「…………こんな所か」
私は文の最後に自分の署名を書いて一度読み直す。手紙を出す時はちゃんと読み返して確認しないといけない。オリバーがよく言っていたな。かつて頼みもしないのに、私に様々な事を教えたあの老人を思い出す。
……憎たらしい顔でニヤニヤと笑う所まで思い出してしまったので、軽く頭を振って記憶から追い出す。
「……忘れていたわ」
一度読み返して、大切な事を書き忘れていたのに気がつく。嫌な奴ではあったけど、教え自体は役立っているのが悔しい。少し書き足しておく。
『追伸。契約の半金は用が済み次第取りに行くので用意しておくこと。……払わなかった場合、アナタは風が吹く度に私に怯える日々を過ごす事になるのでそのつもりで』
……少し脅かしすぎかもしれない。だけど実際、これまで金を払わなかった依頼主にはそれ相応の報いを受けてもらっているので嘘ではない。まあ指輪の呪い等を考えると換金しづらいのは理解できる。その点は多少考慮しても良いだろう。
私は手紙を紐で軽く縛り、自分の荷物を持ってテントの外に出る。さて、誰に渡そうか。
周囲を見渡すと、何かの作業から戻る所なのか歩いている調査隊の女性を見つけた。丁度良い。あのヒトにしよう。
「……ねぇ。ちょっと良い?」
その女性にここに戻ってくるヒトに渡すようにと頼んで手紙を託す。ここのテントに来るヒト種はアシュかジューネ辺りだろうから、最終的にはトキヒサに届くだろう。私は一言礼を言うと、夜風に当たってくると言ってその場を後にする。
私の大まかな場所は既にクラウンに伝えてある。あとは指定された場所で合流するだけだ。……思えばトキヒサに連絡する様子を見られていたのだろう。拠点に戻るまでそわそわしていた様子だったから。
もしかしたら私に話しかけようとしていたのかもしれない。……と言ってもこちらも抜け出すタイミングを考えていたので、多少上の空だったかもしれないが。
「……少し急いだ方が良さそうね。“強風”」
途中までは遠目で散歩に見えるよう歩いていたが、そろそろ人目も無くなってきただろう。私は自分の周囲に風の流れを産み出し、ほとんど飛翔に近い浮遊で速度を上げる。これは短時間であれば、馬よりも早く移動出来るので便利だ。
私はまさに風と一体化したような感覚で飛び続けた。目的地は拠点とダンジョンの途中にある岩場。本来なら拠点から岩場までおよそ二十分ほどかかるが、私の場合は単独であればそれは当てはまらない。
飛びながら夜の草原を突っ切り、時折モンスターに気付かれても速度を上げて引き離す。さすがにこの速度についてこれるだけの相手はそう多くはない。
そうして目的地に辿り着き、私は軽く周囲の風の流れを探って生き物の反応が無いのを確認。風の流れを解除する。
「……ぐっ!? はぁ。はぁ」
地面に降り立つと同時に軽い眩暈と動悸がした。思わずその場に膝をついて胸を押さえる。……やはりここまでほとんど休みなしで来たのは少し身体に無理があったみたいだ。魔力の消耗が激しい。
本来一、二分の使用が普通のものを、十分近く連続使用したから無理もないか。少し前にダンジョンで同じようなこともやったし疲労が残っていたのかもしれない。
「……クラウンが来るまで、少し休んだ方が良さそうね」
私は近くの岩に背中を預けてそのまま座り込んだ。空を見上げると、今日も三つの月が地上を明るく照らしている。月明かりを浴びているとどこか感傷的になるから不思議だ。
もうすぐあの気に入らない依頼人が来るというのでなければさらに良かったのだが仕方がない。待っている間に今回引き受けた依頼の内容を思い返してみる。
まず私が聞いた計画はこうだ。各自配置に着いた事を確認し、空属性で私とクラウンが城の地下にある牢獄に移動。騒ぎを起こし牢獄の看守長であり英雄と謳われたディラン・ガーデンを引き付ける。そこから少ししてから別動隊がパレードを行っている『勇者』を襲撃。
第一目標は『勇者』の確保。『勇者』とは異世界から召喚されるらしいが、今回ヒュムス国がその召喚に成功したという。『勇者』には様々な利用価値があるのだろう。でなければ攫おうなんて思わない。
私の受けた依頼は依頼人の護衛。計画自体はあまり気乗りしないものではあったが、今は依頼を選べる状況ではない。そうして私とクラウンは空属性で牢獄に突入したのだが……そこから先の奴の行動は、ハッキリ言って外道と言えるものだった。
事前に仕込んでいたのだろう。囚人の一人の身体を起点とし、そこから集めておいた凶魔を大量に出現させたのだ。前から準備していたのなら、あとは作動させるだけなのでほとんど魔力も必要としない。
本来なら私達にも襲い掛かる凶魔だが、事前に凶魔避けの道具を持たされていたのでこちらにはまるで寄り付かない。……貰った時点で凶魔に関わることに気付くべきだった。だが襲われないだけで命令を聞くわけではない。そんな制御不能なものをクラウンは牢獄内にばらまいたのだ。
このやり方では目標以外の牢にいる囚人全てにまで害が及びかねない。しかしクラウンはそれが何だとばかりに耳を貸そうとしなかった。本来なら力ずくで止めるが、依頼内容はクラウンの護衛。護衛対象を傷つける訳にはいかない。そんな歯噛みする状況で、
……アイツ。トキヒサ・サクライと初めて会ったのはそんな時だった。
トキヒサ・サクライという男は、初めて会った時から妙な奴だった。
背は私と同じか少し上くらいで、ヒト種の中ではやや低め。見たことのない珍しいデザインの服を着ていて、黒髪に黒い瞳。あまり見ない姿形だったので、もしかしたら『豪雪山脈』か『断絶海』の先から来たのかもしれない。
当初は敵味方の関係だった。個人的には凶魔を止めてほしい気持ちもあったが仕事は仕事。即座に意識を切り替え、相手の様子を観察しつつ“強風”や“風刃”で牽制する。
トキヒサは動きや戦い方は素人のそれだったが、何か加護でもあるのかとにかく頑丈だった。本来“風刃”が直撃すれば、普通のヒト種は防御していない限りそれなりのダメージがいく。
だというのにトキヒサときたら、切れたのは表皮くらいで肉にも骨にもほとんどダメージが無い。それで取っ手の付いた箱を振り回して向かってくるのだから訳が分からない。
そうして攻めあぐねている内に、戦いの中で私のフードがめくれてしまう。……私は混血だ。混血は生まれた時から白髪と赤い瞳を持ち、一部の例外を除いてほぼ全ての種族から忌み嫌われている。
そういう目で見られるのは慣れている。目の前のコイツもすぐにその表情に変わるだろうと思っていた。だが、
「……綺麗だ」
コイツのこの一言を聞いて、私は一瞬だが完全に思考が停止した。コイツハイマナニヲイッタ? 綺麗? この私が? この禁忌とされるこの身が?
私の脳裏に、以前同じようなことを言って裏切った男の姿がよぎる。頭が灼熱したような感覚に囚われ、目の前の奴があの男にダブる。
この瞬間、私は完全に自分の立場を忘れていた。ただただ目の前の男への殺意が溢れ、何が有ってもコイツを殺すという強い衝動に駆られた。
付け加えれば、その後馬乗りされ押さえつけられた事で更に殺意が増しているが、まあこちらは今なら戦いの中での事故だと考えても良い。……別の意味で許すつもりはないが。
そうして戦いの中、当初の目標であるディランが乱入。しかしそこでクラウンはまた私に言わなかった次の一手を繰り出した。なんと奴は囚人を何らかの方法で凶魔化させたのだ。
敢えて魔石を使わずに長期間放置することで、自然発生的に凶魔を産み出すと言うのはまだ噂程度に聞いた事がある。しかし生物の人為的な凶魔化というのは聞いた事が無かった。
クラウンはその混乱に乗じ、私を残して空属性によりその場を離れる。……その事は別段文句はない。依頼人の安全が最優先であるし、最悪私が捕らえられるのは想定内。牢の中にも跳べるクラウンが後日助けに来ることになっている。……イマイチ信用できないけれど。
こうして私は殿を務めながらトキヒサに襲い掛かったが、一緒にいたイザスタという女に阻まれて失敗。不覚にも戦いの中で“眠りの霧”を受けて眠らされてしまう。
普段ならあそこまで完全に食らってしまうことはなかったが、殺意と怒りで周りが見えていなかったと今なら分かる。今度は負けるつもりはないけれど、それでもあの女は相当な手練れだ。
……あと多分性格が悪い。一瞬戦いの中で見せた黒い笑み。あの状態のイザスタには近づきたくないと感じたほどだ。次会う事があれば用心しよう。
次に私が目を覚ましたのはダンジョンだった。混乱しながらも状況を把握すべく周囲の様子を探り、何故かいくつもの属性の初級魔法を操っているトキヒサが居たので素早く拘束。経緯を聞き出したがその内容があまりに荒唐無稽だったので先ほどの怒りも込めて“風弾”を見舞う。
トキヒサが言うにはあれからおよそ丸一日経っているらしく、クラウンとの合流も難しい。ここまで冷静に……いや、冷静であると思っている私は、そのままトキヒサを殺そうとした。
あの時の私はさぞ歪んだ顔をしていたと思う。完全にトキヒサが私を裏切った奴とダブって見え、ただ湧き上がる怒りと殺意をぶつけようとしていた。
……そんな極限の状況で、トキヒサは命乞いをするのでも怨嗟の言葉をぶつけるのでもなく、ただ再び綺麗だと言ってのけた。
本当に命の危機にある時の言葉だったからこそ、自分の目の前の男が以前裏切った奴とは違うとは分かった。……一言で言うと、少し落ち着いたのだ。もし放たれた言葉が命乞いや怨嗟の類であれば、あの時の私なら確実にそのままトキヒサを殺していただろう。
禁忌である自分のような者を綺麗だなどとのたまう変わり者。そんな奴がこの世界にいた。一瞬だが私はそんな甘い幻想を抱いた。しかし、それは違うとすぐに分かった。トキヒサは『勇者』だったのだ。
『勇者』は別の世界から来るという。つまりこの世界において目の前にいる私が。白髪と赤い瞳を持つ混血が。他の種族から疎まれている忌まわしき禁忌の者であるという事を知らないのだ。知らないからこそ綺麗だなどと言える。素顔を見ても普通に接することが出来るのだ。
私はそれに落胆し、同時に少し安堵していた。混血の事を知らなければ、トキヒサは自然体のままで接するだろう。
私にはトキヒサを殺す気が無くなっていた。一緒にいたスライムが厄介という事もあったが、どうにも戦う気が起きなかったのだ。それより早く外に出て、依頼主と合流する方が優先だ。
しかしダンジョンを一人で脱出するのは困難。食料は心許なく、かと言って無理やり進むのは消耗が激しすぎる。
そこで私はつい魔が差した。トキヒサに協力して脱出しないかと持ち掛けたのだ。トキヒサの反応は芳しくなかった。……当然だろう。誰が今の今まで自分を殺そうとしていた相手の言葉を素直に信じる? そんなことが出来るのは余程のお人好しだけだ。
我ながらバカなことを聞いたと私はその場を離れようとする。しかし、トキヒサはその余程のお人好しだった。私を引き留め一緒に行くと答えたのだ。雇い主兼荷物運び兼仲間というおかしな答えを。
その時トキヒサは自らの手を差し出してきた。握手。互いの手を握り合う挨拶。……普段の私だったらたとえ依頼主相手であってもやらなかっただろう。自分の腕を差し出す行為は、それだけ周囲への反応が遅れる。
……だが、私はそれを受けた。それが騙す形になってしまったトキヒサへの誠意だと思えたから。
こうして握手を交わした私達は、短い期間ではあるが雇い主と護衛(トキヒサ曰く荷物運び兼仲間)という関係になってダンジョン脱出に向けて動き出した。
……ちなみに余談だが、契約なのでしっかりと対価は請求する。そこはどんな相手でもおろそかにしてはいけないのだ。
『今これを読んでいるのが誰かは分からないけれど、一応トキヒサだと仮定して書いているわ。アナタが字を読めないのは知っているから代読してもらっていると思う。なので直接的な単語は多少伏せさせてもらうからそのつもりで。
急な事で驚いているかもしれない。だけど顔を合わせると引き留められるでしょうから手紙で伝えるわ。アナタとの契約は無事完了した。よって私は中断している方の契約を終わらせなければならない。その為に一度前の雇い主と合流するわ。
本来なら一度ダンジョンを出た瞬間に終了しても良かったのだけど、一応雇い主の安全を確保するまではと考えてしばらく同行してしまったわ。だけど今の状況なら、私がいなくとも自分から危険に突っ込まない限りは問題ないと思う。
それでも何かあればアシュにこう言いなさい。探し人の情報の対価を払う時だと。その上で頼めば悪いようにはしないでしょう。
最後に言っておくけど、私みたいな厄介な素性の者を簡単に信用するお人好しのアナタは、もう少し周囲を疑って警戒することを勧めるわ。
アナタの元いた場所と違ってここはそう優しくない。隙あらば命を含めた色々な物をむしり取ろうとする奴もいる。それが嫌なら信用のおける誰かを多く見つけることね』
「…………こんな所か」
私は文の最後に自分の署名を書いて一度読み直す。手紙を出す時はちゃんと読み返して確認しないといけない。オリバーがよく言っていたな。かつて頼みもしないのに、私に様々な事を教えたあの老人を思い出す。
……憎たらしい顔でニヤニヤと笑う所まで思い出してしまったので、軽く頭を振って記憶から追い出す。
「……忘れていたわ」
一度読み返して、大切な事を書き忘れていたのに気がつく。嫌な奴ではあったけど、教え自体は役立っているのが悔しい。少し書き足しておく。
『追伸。契約の半金は用が済み次第取りに行くので用意しておくこと。……払わなかった場合、アナタは風が吹く度に私に怯える日々を過ごす事になるのでそのつもりで』
……少し脅かしすぎかもしれない。だけど実際、これまで金を払わなかった依頼主にはそれ相応の報いを受けてもらっているので嘘ではない。まあ指輪の呪い等を考えると換金しづらいのは理解できる。その点は多少考慮しても良いだろう。
私は手紙を紐で軽く縛り、自分の荷物を持ってテントの外に出る。さて、誰に渡そうか。
周囲を見渡すと、何かの作業から戻る所なのか歩いている調査隊の女性を見つけた。丁度良い。あのヒトにしよう。
「……ねぇ。ちょっと良い?」
その女性にここに戻ってくるヒトに渡すようにと頼んで手紙を託す。ここのテントに来るヒト種はアシュかジューネ辺りだろうから、最終的にはトキヒサに届くだろう。私は一言礼を言うと、夜風に当たってくると言ってその場を後にする。
私の大まかな場所は既にクラウンに伝えてある。あとは指定された場所で合流するだけだ。……思えばトキヒサに連絡する様子を見られていたのだろう。拠点に戻るまでそわそわしていた様子だったから。
もしかしたら私に話しかけようとしていたのかもしれない。……と言ってもこちらも抜け出すタイミングを考えていたので、多少上の空だったかもしれないが。
「……少し急いだ方が良さそうね。“強風”」
途中までは遠目で散歩に見えるよう歩いていたが、そろそろ人目も無くなってきただろう。私は自分の周囲に風の流れを産み出し、ほとんど飛翔に近い浮遊で速度を上げる。これは短時間であれば、馬よりも早く移動出来るので便利だ。
私はまさに風と一体化したような感覚で飛び続けた。目的地は拠点とダンジョンの途中にある岩場。本来なら拠点から岩場までおよそ二十分ほどかかるが、私の場合は単独であればそれは当てはまらない。
飛びながら夜の草原を突っ切り、時折モンスターに気付かれても速度を上げて引き離す。さすがにこの速度についてこれるだけの相手はそう多くはない。
そうして目的地に辿り着き、私は軽く周囲の風の流れを探って生き物の反応が無いのを確認。風の流れを解除する。
「……ぐっ!? はぁ。はぁ」
地面に降り立つと同時に軽い眩暈と動悸がした。思わずその場に膝をついて胸を押さえる。……やはりここまでほとんど休みなしで来たのは少し身体に無理があったみたいだ。魔力の消耗が激しい。
本来一、二分の使用が普通のものを、十分近く連続使用したから無理もないか。少し前にダンジョンで同じようなこともやったし疲労が残っていたのかもしれない。
「……クラウンが来るまで、少し休んだ方が良さそうね」
私は近くの岩に背中を預けてそのまま座り込んだ。空を見上げると、今日も三つの月が地上を明るく照らしている。月明かりを浴びているとどこか感傷的になるから不思議だ。
もうすぐあの気に入らない依頼人が来るというのでなければさらに良かったのだが仕方がない。待っている間に今回引き受けた依頼の内容を思い返してみる。
まず私が聞いた計画はこうだ。各自配置に着いた事を確認し、空属性で私とクラウンが城の地下にある牢獄に移動。騒ぎを起こし牢獄の看守長であり英雄と謳われたディラン・ガーデンを引き付ける。そこから少ししてから別動隊がパレードを行っている『勇者』を襲撃。
第一目標は『勇者』の確保。『勇者』とは異世界から召喚されるらしいが、今回ヒュムス国がその召喚に成功したという。『勇者』には様々な利用価値があるのだろう。でなければ攫おうなんて思わない。
私の受けた依頼は依頼人の護衛。計画自体はあまり気乗りしないものではあったが、今は依頼を選べる状況ではない。そうして私とクラウンは空属性で牢獄に突入したのだが……そこから先の奴の行動は、ハッキリ言って外道と言えるものだった。
事前に仕込んでいたのだろう。囚人の一人の身体を起点とし、そこから集めておいた凶魔を大量に出現させたのだ。前から準備していたのなら、あとは作動させるだけなのでほとんど魔力も必要としない。
本来なら私達にも襲い掛かる凶魔だが、事前に凶魔避けの道具を持たされていたのでこちらにはまるで寄り付かない。……貰った時点で凶魔に関わることに気付くべきだった。だが襲われないだけで命令を聞くわけではない。そんな制御不能なものをクラウンは牢獄内にばらまいたのだ。
このやり方では目標以外の牢にいる囚人全てにまで害が及びかねない。しかしクラウンはそれが何だとばかりに耳を貸そうとしなかった。本来なら力ずくで止めるが、依頼内容はクラウンの護衛。護衛対象を傷つける訳にはいかない。そんな歯噛みする状況で、
……アイツ。トキヒサ・サクライと初めて会ったのはそんな時だった。
トキヒサ・サクライという男は、初めて会った時から妙な奴だった。
背は私と同じか少し上くらいで、ヒト種の中ではやや低め。見たことのない珍しいデザインの服を着ていて、黒髪に黒い瞳。あまり見ない姿形だったので、もしかしたら『豪雪山脈』か『断絶海』の先から来たのかもしれない。
当初は敵味方の関係だった。個人的には凶魔を止めてほしい気持ちもあったが仕事は仕事。即座に意識を切り替え、相手の様子を観察しつつ“強風”や“風刃”で牽制する。
トキヒサは動きや戦い方は素人のそれだったが、何か加護でもあるのかとにかく頑丈だった。本来“風刃”が直撃すれば、普通のヒト種は防御していない限りそれなりのダメージがいく。
だというのにトキヒサときたら、切れたのは表皮くらいで肉にも骨にもほとんどダメージが無い。それで取っ手の付いた箱を振り回して向かってくるのだから訳が分からない。
そうして攻めあぐねている内に、戦いの中で私のフードがめくれてしまう。……私は混血だ。混血は生まれた時から白髪と赤い瞳を持ち、一部の例外を除いてほぼ全ての種族から忌み嫌われている。
そういう目で見られるのは慣れている。目の前のコイツもすぐにその表情に変わるだろうと思っていた。だが、
「……綺麗だ」
コイツのこの一言を聞いて、私は一瞬だが完全に思考が停止した。コイツハイマナニヲイッタ? 綺麗? この私が? この禁忌とされるこの身が?
私の脳裏に、以前同じようなことを言って裏切った男の姿がよぎる。頭が灼熱したような感覚に囚われ、目の前の奴があの男にダブる。
この瞬間、私は完全に自分の立場を忘れていた。ただただ目の前の男への殺意が溢れ、何が有ってもコイツを殺すという強い衝動に駆られた。
付け加えれば、その後馬乗りされ押さえつけられた事で更に殺意が増しているが、まあこちらは今なら戦いの中での事故だと考えても良い。……別の意味で許すつもりはないが。
そうして戦いの中、当初の目標であるディランが乱入。しかしそこでクラウンはまた私に言わなかった次の一手を繰り出した。なんと奴は囚人を何らかの方法で凶魔化させたのだ。
敢えて魔石を使わずに長期間放置することで、自然発生的に凶魔を産み出すと言うのはまだ噂程度に聞いた事がある。しかし生物の人為的な凶魔化というのは聞いた事が無かった。
クラウンはその混乱に乗じ、私を残して空属性によりその場を離れる。……その事は別段文句はない。依頼人の安全が最優先であるし、最悪私が捕らえられるのは想定内。牢の中にも跳べるクラウンが後日助けに来ることになっている。……イマイチ信用できないけれど。
こうして私は殿を務めながらトキヒサに襲い掛かったが、一緒にいたイザスタという女に阻まれて失敗。不覚にも戦いの中で“眠りの霧”を受けて眠らされてしまう。
普段ならあそこまで完全に食らってしまうことはなかったが、殺意と怒りで周りが見えていなかったと今なら分かる。今度は負けるつもりはないけれど、それでもあの女は相当な手練れだ。
……あと多分性格が悪い。一瞬戦いの中で見せた黒い笑み。あの状態のイザスタには近づきたくないと感じたほどだ。次会う事があれば用心しよう。
次に私が目を覚ましたのはダンジョンだった。混乱しながらも状況を把握すべく周囲の様子を探り、何故かいくつもの属性の初級魔法を操っているトキヒサが居たので素早く拘束。経緯を聞き出したがその内容があまりに荒唐無稽だったので先ほどの怒りも込めて“風弾”を見舞う。
トキヒサが言うにはあれからおよそ丸一日経っているらしく、クラウンとの合流も難しい。ここまで冷静に……いや、冷静であると思っている私は、そのままトキヒサを殺そうとした。
あの時の私はさぞ歪んだ顔をしていたと思う。完全にトキヒサが私を裏切った奴とダブって見え、ただ湧き上がる怒りと殺意をぶつけようとしていた。
……そんな極限の状況で、トキヒサは命乞いをするのでも怨嗟の言葉をぶつけるのでもなく、ただ再び綺麗だと言ってのけた。
本当に命の危機にある時の言葉だったからこそ、自分の目の前の男が以前裏切った奴とは違うとは分かった。……一言で言うと、少し落ち着いたのだ。もし放たれた言葉が命乞いや怨嗟の類であれば、あの時の私なら確実にそのままトキヒサを殺していただろう。
禁忌である自分のような者を綺麗だなどとのたまう変わり者。そんな奴がこの世界にいた。一瞬だが私はそんな甘い幻想を抱いた。しかし、それは違うとすぐに分かった。トキヒサは『勇者』だったのだ。
『勇者』は別の世界から来るという。つまりこの世界において目の前にいる私が。白髪と赤い瞳を持つ混血が。他の種族から疎まれている忌まわしき禁忌の者であるという事を知らないのだ。知らないからこそ綺麗だなどと言える。素顔を見ても普通に接することが出来るのだ。
私はそれに落胆し、同時に少し安堵していた。混血の事を知らなければ、トキヒサは自然体のままで接するだろう。
私にはトキヒサを殺す気が無くなっていた。一緒にいたスライムが厄介という事もあったが、どうにも戦う気が起きなかったのだ。それより早く外に出て、依頼主と合流する方が優先だ。
しかしダンジョンを一人で脱出するのは困難。食料は心許なく、かと言って無理やり進むのは消耗が激しすぎる。
そこで私はつい魔が差した。トキヒサに協力して脱出しないかと持ち掛けたのだ。トキヒサの反応は芳しくなかった。……当然だろう。誰が今の今まで自分を殺そうとしていた相手の言葉を素直に信じる? そんなことが出来るのは余程のお人好しだけだ。
我ながらバカなことを聞いたと私はその場を離れようとする。しかし、トキヒサはその余程のお人好しだった。私を引き留め一緒に行くと答えたのだ。雇い主兼荷物運び兼仲間というおかしな答えを。
その時トキヒサは自らの手を差し出してきた。握手。互いの手を握り合う挨拶。……普段の私だったらたとえ依頼主相手であってもやらなかっただろう。自分の腕を差し出す行為は、それだけ周囲への反応が遅れる。
……だが、私はそれを受けた。それが騙す形になってしまったトキヒサへの誠意だと思えたから。
こうして握手を交わした私達は、短い期間ではあるが雇い主と護衛(トキヒサ曰く荷物運び兼仲間)という関係になってダンジョン脱出に向けて動き出した。
……ちなみに余談だが、契約なのでしっかりと対価は請求する。そこはどんな相手でもおろそかにしてはいけないのだ。
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(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
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