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第三章 ダンジョン抜けても町まで遠く
マコアの思い。そして突然の……
しおりを挟む『突然周りの宝箱がフッと消えて、外に放り出されて。気がついたら見知らぬ誰かの手に渡っていた時は……ちょっと怖かったかな。おまけに造りかけだった部屋に幾つも妙な仕掛けがされていたし。でも、そこでスケルトンやボーンバットを倒していったから、少しだけ力が戻ってトキヒサに話しかけられるようになった。ボクは少し複雑な気持ちだったけどね』
そりゃまあ自分のダンジョンで暴れている奴がいるけど、そのおかげで自分の力が戻っていくって言うのは複雑だろうな。怒れば良いのか喜べば良いのか。
マコアの言葉に、俺だけでなくゴッチ隊長や調査隊の人達、エプリまでも聞き入っている様子だった。それほどまでにその言葉には、紛れもないマコアの正直な気持ちが籠っていると感じたからだと思う。
『そこでボクは思ったんだ。今のままではどうにもならない。外に持ち出されたらもうこのダンジョンに戻る事は出来ない。ならばいっそのこと、今ダンジョンに起きている事を話してしまおう。それでダンジョンが踏破されるかもしれないけど、あいつらにこのまま勝手にされるのよりはまだマシかなって』
「マコア……」
『……不安だった。ボクの言葉に耳を貸さない可能性の方が高かったし、あいつらと同じようにダンジョンを乗っ取ろうとするんじゃないかって疑念もあった。だけど今のボクに出来るのは話しかける事だけ。それで……夢の中でトキヒサにこれまであったことを全部話した』
そこからは俺も憶えている。信じられないような話ばかりだけど、少なくともマコアが必死に話しているという事は伝わってきたから最後まで話を聞こうと思ったんだ。
『全部話し終えた後、どこかボクは自棄になっていたと思う。もうこのまま外へ持ち出されても仕方ない。もうボクにはこれ以上何もできないんだから。……だけどトキヒサはこう言ったよね。“そっか。じゃあお前に出来ることを教えてくれ。確約は出来ないけど、なるべくお前も得するように掛け合ってくる”って。それでボクも、まだ自分に出来る事があるんじゃないかって思えたんだ』
そう言えばそんなことも言ったな。俺としては少しでもアピールポイントを作っておけば役に立つんじゃないかって思っただけなんだけど、マコアの方はもっと深刻な話だったらしい。
『こうして少しだけど力を取り戻せたのも、外のヒト達と一時的にとは言え同盟を結べたのも、全部トキヒサ、君のおかげなんだ。宝箱からボクを取り出したのが他の誰であっても、ボクはここにはいなかった。だから……だから、本当にありがとう』
マコアの言葉と共に、部屋にいたスケルトン達が一斉に俺に向けて頭を下げる。
「別に良いって。その方が良いと思ってやっただけなんだから。それに肝心な所で一旦ここを離れるし」
『ここまでやってくれただけで充分だよ!』
そうかな? 俺がやった事と言ったら、宝箱から取り出して話をして、他の皆を説得しただけだ。それくらい俺じゃなくても出来そうなもんだけどな。
「少しよろしいですか?」
そんな事を考えていると、ゴッチ隊長と調査隊の人達がマコアに向けて近づいていく。なんか今の話でおかしなところでもあっただろうか?
『……何かな?』
「マコア殿。改めて宣言させていただきます。私達はマコア殿と共に戦うと」
「そうだぜ。俺達をガンガン頼ってくれていいからな」
『えっ!? 何々急に?』
よく見たら隊長達の瞳が潤んでいる。調査隊の人の中には本気で涙してる人もチラホラだ。今の話が彼らの琴線に触れたらしい。何故か急に好感度が上がりマコアも困惑気味だ。
「実を言いますと、私達は今の今までマコア殿のことを心の何処かで信用しきれていませんでした。結局はダンジョンコア。ヒトのように話が出来れど何を考えているか分からないと。しかし、今のお二人の会話を聞いて考えを改めました」
「ダンジョンコアでも不安に思ったり、相手に心から礼を言えるって分かったからな」
「苦労してきたんだなぁおい。安心しろよ。俺達も協力するぜ」
どうやらマコアの気持ちを込めた言葉が調査隊の人達の信用を得たらしい。これまではどこか一歩引いたような態度だったのだが一気に軟化した。一部の人はスケルトンにまで親しく接しているぐらいの変わりようだ。
……いや、これまでは気を張っていただけで、こっちがこの人達の素なのかもしれない。
『何だかよく分からないけど、信用してくれるのは助かるよ』
自分でもよく分かっていないようだが、マコアは少しだけ嬉しそうにそう言った。……隊長がしばらくいなくなったら同盟が崩壊するんじゃないかと不安だったけど、これなら問題なさそうだ。
「じゃあ、俺達は行くよ。さっさと色々終わらせてまた来るからな。何か土産でも持ってくるか?」
『別に物は要らないよ。じゃあ……外の世界の話でも聞かせて』
「分かった。土産話を沢山用意してくるよ。……またな」
「私も報告が済み次第戻りますからね」
こうして一気に親交を深めた調査隊一行は、明日の探索予定をマコアと話した後ダンジョンから出た。
外はもう夜の帳が落ち始め、これ以上時間が経つと移動に差し障る。調査隊の人達がそれぞれの馬の確認の為数分ほど時間を取る。
っと、エプリは何処だ? きょろきょろと見回すと、入口の近くの岩陰で何かやっていた。もう出発だってのに何をしているんだ? 俺は小走りにエプリに駆け寄る。
「…………っ!?」
エプリは何かに集中していたらしく、俺が大分近づいてからやっと気がついたようだった。その手には何か持っている。あれは……。
「……何?」
「そろそろ行くぞ。一緒に乗ってくれる人が待ってるんだから早くしないとな」
「……分かったわ。今行く」
エプリは何かを懐にしまい込んで歩き出す。だけど俺の意識はエプリが持っていた物に向かっていた。
あれには見覚えがある。以前エプリがクラウンと連絡を取ろうとしていた時に持っていたものだ。それを今取り出していたって事は。
「……もうなのか? エプリ」
俺達の契約の終わりは目前に迫っていた。
夜の闇の中を馬が駆ける。明かりと言えば調査隊の人が持っているカンテラと、夜空から優しく照らす三つ並んだ月のみ。……そう。三つ並んだ月だ。
信号機のように月が三つ等間隔に並んでいる。しかし形はそれぞれ違っていて、月齢まで同じという訳ではなさそうだ。これを見るとしみじみ異世界に来たんだなあと実感する。これも多分ロマンだ。
俺は後ろの方にチラリと視線を向ける。視線の先には、エプリが俺と同じく調査隊の人と一緒に馬に乗って駆けている。
結局あの後すぐに出発したのでエプリとは話をしていない。……でもなんて言えば良い? さっきクラウンの奴と通信してたのかとでも聞けば良いのか?
考えこみすぎて落馬しかけたりしてもやっぱり考え続けたのだが、考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになる。
そうしている内にいつの間にか拠点に辿り着いていた。ありがとう一緒に乗ってくれていた人。……しかし参ったぞ。まだなんて聞けば良いか思いついていない。
「では各自点呼を。……皆さん! お疲れさまでした。初日の成果としてはすこぶる順調です。しかし、これは始まりに過ぎません。気を緩め過ぎず、馬を馬番のテントに預け持ち場に移動してください。夕食は担当の班が用意出来次第交代で摂ります。身体に異常がある者は僅かであってもラニーか私に報告を。……以上。解散っ!」
ゴッチ隊長の指示により、調査隊の人は思い思いに行動を開始する。拠点の一部では夕食を作っている人もいて、そこに加わって食材をザクザクドサドサと切っては鍋に放り込んでいる人もいた。凄まじく豪快な料理だ。
「よぉ! お帰り。探索はどうだった?」
「何か儲けに繋がりそうな物はありましたか?」
拠点で待機していたアシュさんやジューネがこちらを見て駆け寄ってくる。
「あっ! 二人とも。物はなかったけど進展はあったよ。少し離れていただけなのに、マコアの方の戦力が凄いことになっていてさ。……って、今はその話はあと。エプリ。ちょっと話が」
ついダンジョンでの事を話し込みそうになったが、今はこっちが先だとエプリの方を向く。だがそこにはエプリの姿はなかった。
一緒に乗っていた人に話を聞いてみると、先にテントに戻って休むと言っていたらしい。やはり護衛として気を張っていたから疲れていたのだろうか?
「……どうした? 嬢ちゃんと何かあったのか?」
「ちょっと話があったんですけど……休んでいるなら良いです。じゃあ今の内にダンジョンで何があったのか話しますね」
また後で聞けば良いか。そう思い、俺はエプリとのことを後回しにした。……その結果どうなるかを考えもせずに。
俺とアシュさん、ジューネは調査隊の夕食を作っているテントに行き夕食を分けてもらった。自分達のテントに戻ろうかと思ったが、エプリがもし疲れて眠っていたらマズイ。仕方ないのでまたゴッチ隊長のテントにお邪魔させてもらうことにした。
夕食はがっつりとしたステーキに野菜のスープ。調査に備えて初日に少し良い物を食べるのが、ここの恒例になっているらしい。何の肉かは分からないが、噛む度に肉汁が迸り口内で肉が躍る。
スープも決して主張しすぎず、肉の強すぎる旨味を時折スープを飲むことでさっぱりさせて、また次の一口への準備を整えるのに一役買っている。さっきザクドサ調理で作っていた物とは思えない。
ちなみにバルガスは体調の事もありラニーさんの医務テントで特製料理をふるまわれている。ゴッチ隊長曰く、身体には良いけど味がマズ……少しよろしくないとか。ついてないバルガスに合掌しておく。
「エプリさん。遅いですねぇ」
「確かに。もうあれから大分経っているから仮眠程度ならもう起きてきて良い頃だ」
最初に夕食を食べ終えたジューネに、アシュさんも三枚目のステーキを齧りながら応える。俺とゴッチ隊長は二枚目。いやだって美味いんだもの。美味い物はおかわりしなきゃ損だろう? 調査隊の人達もどうぞどうぞと勧めてくれるし。
こんな美味いステーキだからな。エプリだったらどれだけ食べることか。五、六枚くらいはペロリと平らげるんじゃないだろうか?
「よし。俺が呼んできます。エプリの分の夕食を持っていっていいですか? いくら寝てたってこの美味そうな匂いを嗅げば一発で起きてくると思うんで。……多分一枚じゃ足りないと思うけど」
丁度良い。起こすついでにさっきのことも聞いてみよう。そう言って自分達のテントに向かいながらも俺はなんて話しかけるか考えていたが、どうにも考えがまとまらない。
気づけば自分達のテントに辿り着いていた。え~い。こうなりゃ出たとこ勝負だ。
「エプリ。夕食だぞ。今日は何か分かるか? ……どうだっ! ステーキだぞ!! 見よこのボリュームを。嗅げこの鼻をくすぐる香りを。かぶりつかずにいられるかな~?」
そんな小芝居をして場を和ませてから上手いこと話を持ち出す。我ながら中々の作戦ではないだろうか? ……決して切っ掛け作りのためにこんなことをしているのではない。
しかし、待てど暮らせど一向に出てこない。と言うよりも中から何も反応が無い。
「……エプリ。入るぞ」
嫌な予感がして一応断ってからテントの中に入る。もし単に寝起きが悪いだけとかだったら素直に謝ろう。そこには、
「誰も……いない?」
ひとまず食事を置いて中を見回す。……おかしいな。先に戻ったって聞いたのに。散歩か? ……しかし何故だろう? さっきから嫌な予感がずっと身体から離れない。
「……あの。トキヒサさんでよろしかったですか?」
「えっ!?」
突然入口の方から呼ばれて慌てて振り向く。そこには調査隊の一人であろう女性が立っていた。顔に見覚えが無いのでダンジョンに行かずに拠点に残っていた人のようだ。
「エプリさんから手紙を預かってきました」
「手紙?」
手渡されたそれは筒状になっていて、中央を軽く紐で結ばれている。紐を解いて手紙を広げてみたが、
「……読めない」
文らしい物が書かれているが、俺は文字が読めない。アンリエッタから貰った加護は会話を翻訳しても字の読み書きまでは対応していないのだ。こんな事なら牢屋の中でイザスタさんに字の読み書きを習っておけばよかった。
「あの……エプリはどこに?」
「エプリさんでしたら私にこれを預けて「後でここに戻ってきたヒトに渡して。……出来ればトキヒサに。私は少し夜風に当たってくるわ」と言って歩いていきました」
その人が指さしたのは拠点の外へ出る道だった。ドクンと一度心臓が大きな音を立てて、それと同時に俺の中の嫌な予感が一気に膨れ上がる。
わざわざ手紙に書いて渡すなんて……まるで、もう会うことが無いからみたいじゃないか!?
「実は俺文字が読めなくて。代わりに読み上げてくれませんか?」
不思議がられるかと思ったが、どうやらこの世界では文字の読めない人もそこそこいるらしく、調査隊の人もたいして驚かずに読み上げてくれた。そこに書かれていたのは……。
「すみませんっ! エプリにこれを渡されたのはいつですかっ?」
手紙をよく見れば、まだインクが僅かに乾ききっていない。つまり手紙を書き上げてすぐにこの人に託したことになる。
「つい先程です。ほとんど入れ替わりにトキヒサさんが来ましたので、まだ十分も経っていないかと」
「ならまだ間に合うかもしれない。すみませんがこの手紙をアシュさんとジューネに渡してくれませんか? 今はまだゴッチ隊長のテントに二人ともいるはずですから」
「それは構いませんが、トキヒサさんはどうするのですか?」
「決まってる。エプリを追いかけます」
俺はテントを飛び出し走り出す。エプリの奴、まさかこんなタイミングで行くことはないだろうに。あの手紙に書かれていたもの。それは……俺の護衛契約が完了した為ここを立ち去るという内容だった。
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