遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星

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第四章 町に着いても金は無く

都市長さんの成り上がり

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 俺達はそのまま一度来客用の部屋に通された。エリゼさんは準備をすると言って部屋を出て、もう三十分は経っている。

「どう思う? さっきのエリゼさんの言葉」
「……さあね。待っていれば何とかなるというのは眉唾物だけど」

 だよなぁ。病気は安静にしていれば治るかもだけど、これは病気じゃないしな。しかしエリゼさんには何か手があるみたいだった。今はそれを信じるしかないか。

「安心したまえ。エリゼ院長が方法があるといった以上、必ずある程度の勝算があって言っている筈だ。それがどんな方法かまでは分からないがね」

 ドレファス都市長は悠然と椅子に座ったままそう語る。そう言えば、

「ドレファス都市長ってエリゼさんとは長い付き合いなんですか? 坊やって呼ばれてましたし」
「……はぁ。だから人前で坊やと呼ぶのはやめてほしいと言っているのに」

 気になっていたので試しに訊ねてみると、都市長は軽くため息をついて困ったような顔をした。

「時々トキヒサさんのその剛胆さが怖くなりますよ。私も気になったけど気を遣って聞かなかったのに」

 ジューネはそう言うけど、こういうのは早め早めに聞いておいた方が良いと思うぞ。時間が経てば経つほど聞きづらくなるんだから。

「……まあ良いだろう。エリゼ院長もまだ来ないようだし、先ほど屋敷で待たせてしまった詫びに、私のちょっとした昔話で良ければ話すとしよう」

 最悪機嫌を悪くするかと思ったが、都市長は困った顔をしながらも話してくれる。意外に都市長も退屈していたのかもしれない。




「まず前提としてこの町の成り立ちを話しておこうか。……この町の始まりは元々小さな村だった。名前らしいものもなく、ただ開拓の為拡げられた村。交易都市群第十四都市ノービスとして認められたのは、今から十年ほど前のことだ」

 そう言えばラニーさんが、このノービスは歴史が浅いとか以前言っていたな。確かに十年ではまだまだ出来立てと言えるかもしれない。

「私は幼い頃、その名もなき村で暮らしていた。日々の暮らしは決して恵まれたものではなかったな。来る日も来る日も荒れ地を耕し、少しでも作物を作ろうとしていた。その暮らしは一生変わらないのだと、当時は本気で考えていた」

 今の都市長の様子からはそんなこと想像も出来ないな。

「だが、私がもうすぐ十になるという時に転機が訪れた。村に行商人のキャラバンがやってきたのだ。開拓中で小さいとはいえ村だったので、他の都市に向かう途中にふらりと寄ったという所だろう。彼女とはそこで初めて出会った」

 ドレファス都市長が四十過ぎくらいの見た目だから……少なくとも三十年以上前か。エリゼさんの年齢はよく分からないが、仮に現在六十歳とすると当時三十いくかいかないかぐらいだ。

「彼女は当時、キャラバンにシスター兼薬師として同行していた。シスターはキャラバンと共に方々を巡る事で安全に布教を進め、キャラバンは腕の良い薬師を一人抱えられる。互いに利のある関係だったのだろう」

 それは何となく分かる。キャラバンが何故出来るかといえば、簡単に言えばその方が安全だからだ。

 人が多ければ多いほど、盗賊や魔物としては反撃される恐れがあるから襲いづらい。それにメンバーで金を出し合って護衛を雇うので一人頭の負担も少ない。

 また、旅の途中で病気や怪我に遭うのもザラだ。その場合医学知識のある人の有無で大きく差が出る。キャラバンとしては隊の中にそういった知識を持つ人が欲しかったのだろうな。

「私はそこで、村で布教する彼女から様々な話を聞いた。世界には他にも多くの村や町、国があり、多くのヒトが暮らしていると。今にして思えば普通の事だが、その村しか知らなかった私の心をくすぐるには十分すぎる程だった。……そしてキャラバンが出立する日、

 なんかいきなりぶっとんだ話になってきたな。行動力有りすぎだろドレファス都市長っ!

「今の私からすればなんとも恐ろしい話だが、当時の私からすればこれしか道はないと思ったのだ。その後次の休息地点で発見され、私はキャラバンのメンバーに必死に頼み込んだ。雑用でも何でもするので一緒に連れて行って欲しいとね」
「ご家族は心配されなかったのですか?」

 話を一緒に聞いていたジューネがそう質問する。そうだよな。急にいなくなったらきっと心配する。その点はどうしたんだろうか?

「残念ながらというか何というか、私の両親はその時すでに亡くなっていてな。おかげで村で私はごく潰しのような存在だった。私が消えて悲しむ者はいなかったのだよ。もし悲しむ者がいたら、当時の私も行くのを躊躇していたかもしれない。……もしもの話だがね」

 重い過去をさらりと言うドレファス都市長。その顔に苦悩の色は見えず、もう都市長の中ではそれは決着がついているのだろう。

「戻っても喜ぶ者もいない。それに戻る場合キャラバンの移動費も馬鹿にならない。結局私はキャラバンの雑用係として旅に加わる事になった。雑用係なんて細かな怪我がしょっちゅうの仕事だから、そこでエリゼ院長には大分世話になったな」
「なるほど。手のかかるヒトだったから坊やって呼ばれてたんですね」
「先に進もう。そうして私は数年ほどキャラバンで過ごした。僅かずつだが金を貯め、商人からは文字や数字を教わり、護衛として付いていた冒険者から簡単な手ほどき等も受けたりしたな。エリゼ院長からは薬師としての技術を教わった。……あまり才能はなかったが」

 図星だったのか恥ずかしかったのか。素早く次の話題に行ったな。それと結構色々教わっているみたいだけど。

「そうして十五になった時、私はヒュムス国で紆余曲折あってキャラバンを離れ、事もあろうに冒険者となった。若者特有の一攫千金を狙ったからなのだが……本当によく無事だったと今にして思うな」

 聞けば聞くほどドレファス都市長の印象が変わっていく気がする。ジューネも唖然とした顔をしている。ヤンチャってレベルじゃないな。というか冒険者だったんですね都市長。

「良い事も悪い事もあった。死にかけるような失敗もあれば、望外に上手くいった事もあった。一人で動くこともあれば、パーティを組んで背中を預け合ったこともあった。愚かしく、馬鹿馬鹿しくも……輝かしい時だったな」

 ドレファス都市長はそう言って、どこか遠くを眺めるような目をした。……何があったのかは分からないけれど、それだけの思い出があるのだろう。

「……ある時、大きな戦いで手柄を立てる機会があってな。国が爵位をくれるという話になった。だが当時の仲間は皆権力や栄誉に興味のない奴らで、半ば押し付けられる形で私が代表して受ける事になった」
「どういう思考してるんですかそのパーティっ!? わざわざ貴族になれるのに断るなんて」
「欲が無い訳ではないんだが、貴族となるとしがらみも多いからな。それが面倒だからと嫌がったんだ。かと言って断ったのでは向こうも体裁が悪い。なので誰かが受けざるを得なかったのだ」

 ジューネが何故か憤慨していると、ドレファス都市長は苦笑しながら宥めるようにそう言う。

「こうして一応貴族の末席に名を連ねた私だが、ここでふと自分の住んでいた村を思い出した。もう十年以上も戻っていないが、あの村はどうなっているだろうか? それまでただガムシャラに生きてきた私だったが、一度思い出してしまうとどうにも気になってしまう。なので戦いの骨休めも兼ねて、仲間達と行ってみることにした」

 里帰りか。やはり十何年ぶりに帰るとなると感慨深いものがあるんだろうか?

「国家間長距離用ゲートで都市群の一つに跳び、そこから何日もかけて辿り着いたそこは……。どうやら私が村を出てから数年後、疫病が蔓延したらしい」
「疫病……」
「ああ。そのあと仲間達が私を気遣ってくれるのだが……不思議なことに、生まれ育った村が廃村になっていてもあまり悲しみはなかったな。あるのはなんと言うか……怒りと悔しさだった。幼い頃の自分にとって村は世界だった。だがその世界は、こんなにもあっけなく崩れ去る程度のものだったのかとな」
「ドレファス都市長……」

 日本にも限界集落というのがある。何らかの理由で維持が限界を迎えた村や集落のことだ。ドレファス都市長の村ももしかしたらそういうものだったのかもしれない。

「そこからは意地のようなものだったな。村を復興させる為に様々な事をした。ヒトを集め、荒れ地を耕し、より住み良くなるよう開拓していった。貴族としての権力や、キャラバンや冒険者として出来た繋がりも使った。パーティの仲間達も、一度解散した後各地でこの村の噂を流してくれた。……ちなみにエリゼ院長は初期の頃のヒトの募集で来てもらったな。ヒュムス国で布教していた所を昔の伝手で半ば強引にだったが」

 そう言えばエリゼさんとの繋がりが話の始まりだったな。ここで再会したということか。

「廃村はいつの間にかしっかりとした開拓村になり、小さな町になり、少しずつ拡張を繰り返している内に交易都市群の一つとして認められるようになった。そうして交易都市群第十四都市ノービスは今に至るという訳だ。……私の話はこんな所だな」
「……はぁ。何と言うか、凄い話ですね」
「そうだな」

 ジューネがポツリと漏らした言葉に俺もつい反応する。見れば、エプリやセプトも話に聞き入っていたみたいだった。

 というよりドレファス都市長凄い成り上がりじゃないか!! 村人の身から立身出世で都市長ってどこの某勇者かって話だよ。

「もし子供の頃、エリゼ院長から外の世界の話を聞いていなければ、私はキャラバンについていくこともなく村に残っていただろう。村の復興の際も良く力を尽くしてくれた。それもあって今でも彼女には頭が上がらない」

 それで今でも坊やって呼ばれているけどやめさせられないと。子供の頃からの力関係は中々変えられないもんな。少しだけ親しみを感じる。そこへ、

「……ようやく来たみたいね」

 エプリの言葉と共にエリゼさんが戻ってきた。

「待たせてしまってゴメンナサイね。準備に手間取ってしまって」

 やっと戻ってきたエリゼさんは、開口一番そう言って頭を下げる。見れば先ほどのシスター三人組も一緒だ。いえいえ。待ってる間にドレファス都市長の昔話を聞けたから有意義な時間でした。

「それでエリゼ院長。何を準備してきたのだ?」
「そうね。まずはそのことを話さないとね。私が用意したのは……これよ」

 都市長の言葉に、エリゼさんは手に持っていた物を机の上に出す。これは……何だ?
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