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第四章 町に着いても金は無く
言語翻訳の落とし穴
しおりを挟む「では改めて、これからの予定を立てたいと思います。今日は来ないとは言えアシュにも関係のある話ですからね。しっかり聞いておくように」
「そのくらいの時間はあるさ」
結局アシュさんは今日はこの屋敷に居残り、俺達はこれからの予定を話し合うことになった。
「まずそれぞれの目的から話し合いましょうか。まずはトキヒサさんから」
「俺? って言うか予定じゃなくて目的?」
いきなり話を振られたので確認すると、ジューネはうんうんと頷く。
「それぞれが何を目的にして動くのか。それによって動きも変わってきますからね。一度最低限の共有をしておこうと思いまして。……勿論言いたくない点は伏せてもらっても構いません。エプリさんとセプトさんもお願いします」
「……私達も?」
「はい。一応で良いですから」
ジューネはそう言ってこちらの方を見てくる。最終目的は課題である一億円分の額を稼ぐ事だけど、言うべきかちょっと悩む。
神様とかの事情を話すのは問題がありそうだ。商人だから適正な価値を付ける相手にはバラしそうで怖い。となると、
「さしあたって目的はイザスタさんとの合流かな。……約束したんだ。必ずまた会うって」
あとイザスタさんがデートがどうとか言っていたような気もするけど……そこは会ってから考えよう。イザスタさんの性格からして俺をからかっただけかもしれないし。
あとアシュさんが何やら困ったような顔をしている。会いたくないのだろうか?
「それに事情があって金を稼がないと。生活費とかエプリに払う分とか。あと俺の魔法にも使うしな」
「なるほど。そのイザスタさんとの合流及び資金稼ぎと。……資金の方は問題ないのでは? トキヒサさんの持っている時計。私に任せてもらえれば、上手く皆が儲かるようにさばいて見せますよ?」
ジューネは昨日俺の腕時計が高値で売れるといっていた。嘘を吐くとは思えないし、実際に高く売れる可能性は高いだろう。だけど、
「……いや。これは売らない。少なくとも本当にどうしようもなくなるまではな。お気に入りなんだ。……それに毎回困ったら自分の物を売れば良いってだけだと、結局最後には何も残らないと思うんだ。自分でも稼げなきゃいつかジリ貧になる。だから売らない」
自分の愛着の有る物が無くなっていくのは少し寂しいしな。それに下手に異世界の物を売り過ぎるっていうのもマズいし。自分で金を最低限稼げるようにならないと。
「……そうですか。しかし気が変わったらいつでも言ってくださいね」
「気が変わったらな」
まだ未練たらたらのジューネにそう返す。実際本当にどうしようもなくなったら売り払うからな。そうならないのが一番だけど。
「コホン。え~。話が逸れましたので戻しますが、トキヒサさんの目的は分かりました。次はエプリさん。如何ですか?」
今度はエプリの方に質問の矛先が向く。これは良い機会だからエプリの目的も聞いておきたいな。
「……別にこれといった目的は無いのだけど。と言うより……混血に明日のことを考える余裕も必要もなかったから」
予想以上に重い言葉が返ってきたよっ!? 本当にこの世界において混血の扱いは酷いらしい。そんな言葉が普通に出るくらいに。
「エプリさん……」
ジューネも心なしか表情が沈んでいる。この世界の住人であるジューネなら、俺よりも混血の扱いについて詳しい筈だ。なのにこの言葉を予測できなかった事に自分を責めているのかもしれない。
アシュさんも同様だ。セプトもなんとなく悲しそうに……してるのかどうか無表情で分かりづらいな!
「……フッ。冗談よ」
じょ、冗談!? 唖然としているジューネ達の前で、突然エプリがニヤリと唇の端を吊り上げて悪戯が成功したかのように微笑む。
「私も金が必要だから稼いでいる。……理由までは話す必要はないわよね?」
「え、えぇ。理由までは。つまりはエプリさんも資金集めが目的と」
「そうとってもらって構わないわ。今はトキヒサと護衛の契約を結んでいるけど、それも根本の理由は金を稼ぐ為。……幻滅した?」
「えっ? 何で?」
最後の言葉は俺に向かって言ったようなので答えるが、何で俺が幻滅しなければならないんだ?
「理由はどうあれ助けてもらっているのは事実だろ? ならこれまでと変わらないじゃないか」
「……そう。アナタはそういうヒトだったわね」
エプリが呆れたような、それでいてどこか笑っているような顔をする。俺は思った事を言っているだけなんだけどな。
「エプリさんは金稼ぎをしつつトキヒサさんの護衛と。では次はセプトさんですね」
「……? 私は、トキヒサに従うだけだけど?」
「いえ。そうじゃなくて、セプトさんがやりたい事はないんですか? 奴隷の身分から解放されたいとか?」
あっ!? その話題はマズイ!
「……私は、生まれた時から奴隷。だから、奴隷じゃなくなったら、私は私じゃなくなる」
セプトはどこか強い口調でジューネを見据えながら言った。魔力暴走の時もこんな感じだったからな。
「わ、分かりました。奴隷から解放されるつもりは現在無いと。それじゃあ他には何かないですか?」
「他? う~ん」
セプトが目を閉じて考え込む。……だが、
「これはしばらく決まりそうにないな」
数分が経ったが中々出てこない。最初は俺の傍にいる事が望みであり目的なんて言っていたが、俺が「じゃあ仮にで良い。仮に俺がいなかったら、セプトが自分の為にしたい事を考えてみてくれ」と言うと、無表情ながらも真剣な顔をして悩み始めたのだ。
今更もっと軽く考えてとかとても言えない。
「まだかかりそうだから先に他のメンツから聞こうぜ」
「他と言ってもトキヒサさんとエプリさんは聞きましたし、あとは……」
アシュさんの言葉にジューネがそう返したその時、俺の服に潜んでいたボジョがびよ~んと触手を伸ばしてアピールしだした。
「ボジョも聞いてほしいみたいだぞ」
「そうなのですか? じゃあボジョさん。貴方の目的は何ですか?」
不思議そうにしているが、ここで聞かないのも悪いと思ったのかジューネが質問する。するとボジョは俺の服から抜け出し奇妙な動きをし始めた。
一瞬大きく膨れ上がったと思ったら急に触手のみの形になったり、鞭のようにしならせて振り回したかと思ったらポンポンと飛び跳ねたり。さらになんと一瞬ではあるが分裂して二匹になったりもした。すぐにまた一体に戻ったが。
何と言うか……シュールだ。そして、最後に天高く螺旋状に身体を伸ばしてピタッと静止するボジョ。ここまでおよそ一分にも渡る渾身のジェスチャーを見て、
「……すみません。何が言いたいのか分かりませんでした」
「ゴメン。俺も」
それを聞いてへなへなと崩れ落ちるボジョ。なんかホントゴメン。こんな時こそ『言語翻訳』の加護仕事しろと言いたいところだが、ボジョは喋れないのだから翻訳も何もあったものではない。
崩れ落ちたボジョに何と声をかけたら良いものか。なんとか分かってやりたいんだが……そうだ!
「ボジョも俺と同じでイザスタさんの所に行きたいんだよな?」
その言葉にボジョがピクリと反応する。元々ボジョは牢獄にいたウォールスライムのヌーボの触手だった。そしてヌーボはイザスタさんの眷属って話だ。つまりは今も一緒に居る可能性が高い。
「じゃあ元のヌーボの身体に戻りたいのか?」
元々同じ身体だし、戻りたいのだろうと推測して言ったのだが……何故かボジョは即答ではなく少しだけ迷ったような様子だった。数秒動きを止めたかと思うと、伸ばした触手が僅かに頷くかのように動く。
「……という事みたいだジューネ」
「な、なるほど。ボジョさんもトキヒサさんと一緒にそのイザスタさんとの合流が目的と。分かりました。とすると残るは……」
そこで俺達はセプトの方を見ると、まだ真剣な顔をして悩んでいる様子だ。これは何かアドバイスでもした方が良いのだろうか? そう考えていると、
「なぁ。ちょっと良いかい? セプトの嬢ちゃん」
アシュさんがセプトに近づいていって声をかけた。
「なに? アシュ」
「ずいぶんと悩んでいるようだがどうしたよ? トキヒサも仮にって言ってたろ? もっと軽く考えていこうぜ」
その言葉にセプトはふるふると首を横に振る。
「ずっと、考えてた。だけど、どうしても自分だけだと、やりたいことが見つからないの。奴隷は、自分の事なんて考えないから」
「俺から言わせればその奴隷観はちょいとどうかと思うがね。まあそれは置いといてだ。なら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか?」
「えっ?」
その言葉にジューネが何か言いたそうな顔をするが、俺は黙ってやり取りを見守る。
「目的なんざ生きてる内にころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的を捻り出さなくたって、やりたい事が出来るまで待ってりゃいいのさ」
「でも、それで良いの?」
「良いって良いって。人生それなりに長いからな。目的の一つや二つポンポン出てくるさ。……だから安心しろよ」
そう言って軽くウィンクするアシュさん。その言葉を聞いて何か感じるものがあったのか、セプトは顔を上げて俺の方へ駆けてくる。
「トキヒサ。私、一人でやりたい事が見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?」
「ダメなもんか。セプトがやりたい事を見つけるまで、一緒に行こうぜ」
「うん」
俺の言葉にセプトは少しだけ嬉しそうな顔をして頷いた。無表情がデフォのセプトがここまで顔に出すのは珍しい。
俺にとっては何でもない事でも、それだけセプトは真剣に考えていたのだろう。アシュさんが居なければ、俺は何も言えずに待っているだけだったかもしれない。後で礼を言っておこう。
「……今の言葉には実感が籠ってましたね。もしやアシュもそういう事で悩んだ事があるんですか?」
「まあな。……ガキの頃、俺はこの為に生きているって思っていた目的が白紙になってな。数年程何の為に生きているか分からん時期があった。あの時は……正直今にして思うと酷い日々だったな」
「へぇ。アシュにもそんな時があったんですねぇ。じゃあその時はどうやって立ち直ったんです?」
「そうさな。俺の場合は……“元”神様に喧嘩を売ってたな。それで返り討ちに遭って拾われて、鍛えられている内に悩んでる事がバカらしくなっていた」
「ハハッ。何ですかそれ。冗談ですか?」
何だかアシュさんが物凄い事を話しているようだが、ジューネは冗談だろうと笑っている。……冗談だよな? 結構身近に神様がいるし、アシュさんが言うと本当っぽいから怖い。
「ふむふむ。皆さんの目的は大体聞き終わりました。じゃあこれらの情報を基に早速これからの予定を」
「ちょっと待った!」
話を切り上げようとするジューネに俺がそうはさせじと待ったをかける。
「今度はジューネやアシュさんも話さないと。じゃなきゃ公平じゃないだろう?」
「……まあ確かに、聞いておいて自分は言わないっていうのはどうなのかしらね? ……商人としては」
エプリからの掩護射撃が入る。そうだそうだ。もっと言ってやれ!
「も、勿論言うに決まってるじゃないですかヤダなぁもう。今のはちょっと先走ってしまっただけです」
ジューネはそう言っているが、声が微妙に早口かつ棒読みになっているぞ。横でアシュさんもこっそり笑っているし。
「私の目的は言わなくても分かりますよね? そう。商人は金を稼ぐ者です!」
「そこは言わなくても大体察しがつくよ。ちなみに肝心の理由の方は……」
「それは秘密です。この先は有料ですよ」
やっぱりかい! まあエプリもそうだったし、俺も全ては明かしていない。ジューネ自身が最初に最低限の情報共有と明言している以上、当面はこれだけで十分だという判断だ。
しかし秘密と言われると、聞きたくなるのが世の定め。
「一応聞くけど有料ってどれくらいだ?」
「そうですねぇ。やはり乙女の秘密を曝け出す訳ですから大体……これくらいは払ってもらわないと」
そういって算盤を弾いてこちらに提示した金額は……こんなん俺破産するぞ。聞くのやめとこ。
「最後は俺だな。と言ってもそんなに大した目的はないんだが」
アシュさんがあまり気乗りしないような感じで言う。そんな事言わないでお願いします。
「これはジューネも知っているし、以前エプリの嬢ちゃんにも言ったな。俺は人を探している。だからジューネの用心棒をしながら情報を集めているって訳だ。商人の情報網は侮れないからな」
おう! やっとちゃんとした目的が出てきた。皆して金稼ぎばっかりだったからな。
「それってどんな人か分かりますか? 何か特徴とかがあれば俺も協力を」
「トキヒサ」
俺が詳しく話を聞こうとすると、突然横からエプリが割り込んできた。僅かに口調が鋭い気がする。どうしたんだ急に?
「……その話はやめておいた方が良いんじゃない? 今はひとまずの目的を話し合う時であって、あまり深く掘り下げるのは良くないと思うの。……アシュも予定が詰まっているようだしね」
「まあ確かにそうですね。これが終わったらアシュも行かねばならないし、ここで時間をかけすぎるというのも問題ですか」
エプリの言葉にジューネも賛同する。そう言われてみればそうかもしれない。
「分かった。じゃあアシュさん。その話はまた後でってことで」
「そうだな。また時間がある時に話すとするか」
その言葉を聞いて、何故かエプリがホッと息を吐いた。何か話したらマズいことでもあったのだろうか? よく分からない。
しかし、アシュさんはどんな人を探しているんだろう。案外俺の知っているやつだったりしてな! ……それはないか!
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