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第五章 塵も積もればなんとやら
女性の買い物は多くて長い
しおりを挟む「なあエプリ。最近順調に儲かりすぎて怖いんだけど」
「……儲かっているなら良い事じゃない?」
「だってさ。見ろよこれ!」
俺が指さす先には、今回イザスタさんの魔石を売り払った代金がテーブルに乗せられていた。しめて四万千三百七十デン。……四十一万三千七百円と言った方が分かりやすいだろうか。
教会から戻った俺達は、昼食後商人ギルドに魔石の鑑定と買取を依頼に来ていた。その買取結果がこれだ。交渉をまとめ上げたジューネは、さっきから商人ギルドの人達と談笑している。
「この世界に来てからまだ二十日ちょいしか経ってないんだぞ。なのにこんな大金ばかり目にして……まあイザスタさんの荷物を換金した時の方が凄かったけど、金銭感覚がおかしくなるっての」
「……そう? 割の良い仕事を受けたらこのくらいの稼ぎになる事があるけど」
エプリは落ち着いた態度でそう返す。そうだった。エプリも高給取りの護衛だった。
「トキヒサ。大丈夫?」
「ありがとう。……セプトは流石にこの額は大金だと思うよな?」
そうだセプトがいるじゃないか。言い方は悪いがセプトは奴隷だ。あまり大金には縁が無い筈。
「ごめんなさいトキヒサ。クラウンが、よく金貨数えてた。だから、あんまり」
セプトもだったかあぁっ! と言うかおのれクラウンっ! お前セプトの横で普通に数えるくらい金持ちだったのか? あんにゃろ次会ったらこの分も含めてぶっ飛ばす。
そんな怒りを燃やしていると、服の中からそっと触手が俺を慰めるように軽く背中を叩く。ありがとよボジョ。そうこうしていると、ジューネが話し合いを終えてホクホク顔でこちらに戻ってきた。
「今回は大きな取引でしたね。私もドキドキでしたよ」
「嘘言え。平然としていただろ」
「そう見えただけですよ。顔に出すと交渉に差し障りますからね」
それにしたってあそこまで平然といけるのだろうか? 俺だったらすぐに顔に出そうだ。
「今回の品は元々の質が良く、加えて余程のヒトが加工したんでしょうね。良い値が付きました」
「さらに相手の提示額をアナタが値上げさせた訳だけどね。……よく一万デン以上も引っ張ったものよ」
「それは違いますよエプリさん。相手方も初めからこの辺りで決着するつもりであの値段を提示したんです。値段の引き上げも織り込み済みですね。私のやったのはその思惑に乗った上で少しだけ交渉しただけですよ」
エプリの言葉に謙遜したような態度で返すジューネ。少しだけねぇ。向こうからしたら値段はもう少し抑えるつもりだったと思うんだけどな。四万まで値上げした辺りから苦笑してたもの。
「ではトキヒサさん。事前に決めていた通り」
「ああ。値上げ分の二割を報酬に渡すんだったな」
「端数はまけておきますよ。屋敷に戻ってから支払いをお願いしますね」
ジューネはふふふと小悪魔的に小さく笑う。最近順調に儲かっているのはこういう金に強い知り合いが増えたからかもしれない。
考えてみれば、そもそも自称富と契約の女神の手駒になってるんだから、こういう縁が深まるのはある意味当然か? その分くらいは後で感謝しとこ。
「ところでトキヒサさん達の今日のご予定は? もし良ければ少し付き合ってほしいのですが」
「付き合う? 俺は別に良いけど、二人はどうす……って聞くまでも無いって顔してんなこりゃ」
「……当然ね」
「うん」
終わったら資源回収に行く予定だったが、別に毎日行く必要はない。少し間をおいて物が溜まるのを待つというのも有りだ。エプリやセプトは二人して俺に同行する気満々だし。
「それじゃあ付き合うとするか。……ところで何に?」
「簡単です。私だって女の子ですからね。お買い物ですよ」
ジューネの言葉に微妙に違和感を持ってしまったのは俺だけじゃないと信じたい。
今日はヒース達の鍛錬は少し遅いらしく、それまでジューネは以前キリから貰った情報を頼りに買い物をするとか。なので荷物持ちとして付き合う事になった。それは良いのだが、
「ちょっと買いすぎじゃないかジューネ」
「何を言ってるんですかトキヒサさん。まだ半分くらいしか回っていませんよ」
半分って……俺もう両手どころか両肩まで使ってるんだけど。袋を身体のあちこちにぶら下げ、バーゲン帰りの主婦はもしやこんな感じかと考えを巡らせる。
「トキヒサ。私、持つ?」
「気持ちはありがたいけどセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ」
セプトに持たせたのは比較的軽い方ではあるが、長く持っていればそれだけ負担も大きい。移動が雲羊じゃなかったらとっくにへたばってるぞ。
「エ、エプリも一つくらい持ってくれよ」
「……護衛は荷物を持たないの。手が空いていないといざと言う時に対応出来ないから」
もっともな意見だ。しかし一人だけ身軽というのはちょっと妬ましい。見ろっ! ジューネだって片手に袋を……って、あれっ!?
「そう言えばいつものデカいリュックサックはどうした? あれがあれば一発じゃないか」
今さら気付いたが、ジューネがいつも背負っているリュックが無い。あれに入れてしまえばある程度重量を抑えられる筈なのに。
「残念ながら、あれはヌッタ子爵に預けてるんですよ。時折整備をしてもらわないといけませんからね」
「整備ね。もしかしてあれはヌッタ子爵が造ったとか?」
「いえ。子爵は以前貰ったと言っていました。その時持ち主として徹底的に整備の仕方を叩き込まれたらしいですよ」
「貰ったって……誰に?」
「それはですね……って、ちょっと待ってください。あれは」
急に言葉を止め、ジューネは俺の後方にじっと目を凝らす。何か気になるものでもあったのか? 市場だけあって混雑しているが、ジューネの視線の方に目を向ける。すると、
「おっ! あれってもしかしてヒースか?」
ちらりとだがそこには見覚えのある奴がいた。こちらに気づかずそのまま雑踏の中を歩いていく。
「へぇ~。ヒースも市場で買い物かね?」
「……おかしいですね。今は講義中の筈です。アシュが時間の調整でそう言っていました」
つまりさぼりか!? ……待てよ。これはある意味チャンスじゃないか?
「なあジューネ。このままこっそりヒースを尾行しないか?」
「それは……まあアリと言ったらアリですね。ただその格好でですか?」
ジューネは大量の荷物で手一杯になっている俺を指差す。確かにこれはマズいな。どっかに荷物を置けるコインロッカー的なものはないもんかね?
「………ふんっ」
「そう怒るなよエプリ。しょうがないだろ。雲羊を操れるのはエプリかジューネしかいないんだから」
相談した結果、エプリが荷物を雲羊でまとめて屋敷に運ぶ事になった。雲羊は尾行には不向きだし、荷物も何とかしないといけないしな。
ちなみにジューネが残る理由は単純に土地勘があるから。護衛対象から離れるなんてとエプリが渋りまくっていたが、なんとか宥めて雲羊に乗り込んでもらう。
「セプト。くれぐれも二人を頼むわ。……またトキヒサが危険に突っ込んでいこうとしたら力尽くでも止めて」
「分かった。任せて」
エプリは雲羊の上からセプトにそんなことを言っている。失敬な! 自分から危険に突っ込んでいくなんてそうそうないぞっ!
「エプリさん。念の為これを渡しておきますね」
ジューネが何かを取り出してエプリに渡した。何だそれ?
「私の商品の一つでして、簡単に言うと対になる物と引き合うようになっています。私がそれの対を持っていますから、帰りが遅いと感じたら迎えに来てください」
「分かったわ。……その時はまたこれに乗っても?」
「多分その頃には尾行も終わっているでしょうから大丈夫です。お願いしますね」
エプリは渡された物を仕舞うと、そのまま雲羊を転回させて出発する。
「さて。それでは行きましょうかお二人共。くれぐれもバレないように静かにですよ」
「任せろ。こういうのは得意なんだ」
以前色々やらかして、カンカンになっている陽菜や“相棒”から逃げ回っていたからな。ベテランだ。……最終的には見つかって拳骨と説教をくらったけどな。
「まあ自信があるなら良いでしょう。セプトさんは……トキヒサさんより上手そうですね」
何が? と思ってセプトの方を見ると、なんと身体が半分影の中に沈み込んでいる。そう言えばそういう能力があったな闇属性って。
「隠れるの得意。任せて」
そう言うと、セプトは珍しく自慢げに胸を張る。確かにこれには負けるな。
こうして俺達は当初の予定を変更し、ヒースの尾行を開始するのだった。
尾行の鉄則は相手に気づかれない事。
付かず離れずの距離を保つのは中々難しく、当然だが道には普通の通行人もいる。見失わずに追いかけるだけで一苦労だ。
時には遮蔽物に隠れ、ある時はセプトの影に身を隠して追っていく。なんとセプトに触れている間はこちらも影に潜れるのだ。
影の中は少し息苦しいが、隙間から外の様子を覗き見る事も出来る。まあ影の大きさと中の広さは比例するので影によっては狭苦しいし、セプトと手を離した瞬間影から弾かれてしまうのだが。
「……で、一体どこに向かってるんだ?」
「そうですねぇ。ちょっと大通りから離れてますね。ここまでくると店も少ないし、私もあんまり来た事ないですね」
確かに周囲は先ほどのような活気が減って少し寂しい感じになっている。店も無い訳ではないのだけど、これまでいた市場と比べると半分くらいってとこか。
「こんな所に何の用なのかね?」
「分かりません。ですが、これはいよいよ」
「何だよジューネ。いよいよって?」
ジューネが何か考え込むように眉根を寄せる。こんな状況で隠し事は無しだぞ。
「いえ。噂を聞いたんです。ヒース様は以前調査隊の仕事中にミスをして、それで一時的に副隊長を退いていると。今ではすっかりやさぐれて、後ろ暗い事にまで手を出しているとかいないとか」
ジューネがわざわざ両手を前に垂らしておどろおどろしい雰囲気を出そうとする。幽霊じゃないんだから。しかし失敗して落ち込んでグレてって、どんどん落ちていく王道パターンじゃないか。
「まあとにかくだ。ヒースが何処へ行くのか見届けよう。もし本当にそんな事になっていた場合は……速やかに戻って都市長さんに報告。それで良いか?」
俺の言葉にうんうんと頷くジューネとセプト。いざという時の事は常に想定しておいた方が良いって“相棒”も言ってたからな。
そのまま尾行を続けていくと、ますます人気が無い場所に入っていく。裏道とかも通っているし、慣れない人だと確実に迷子になるぞ。
「あそこ、入っていく」
セプトが指さす先、路地裏のどん詰まりにはひっそりと一軒の建物があった。
まるで存在を主張せず、見つけようと思わなければまず見つかる事はないだろう。造りは他の建物の大半と同じく石造りだが、扉だけは木製だ。
ヒースは一度周りを見渡すと、扉を開けて素早く中に入りすぐさま閉めた。俺達は建物の影に隠れてやり過ごしつつ、そろりそろりと建物に近づいていく。
「外から見ただけじゃよく分からないな。ジューネそっちはどうだ?」
「こちらもよく分からないですね。特徴らしきものも無いし普通の民家のように見えます」
「見て! あそこから煙が出てる」
建物を観察していると、セプトが建物の隙間から白煙が噴き出しているのを見つけた。一瞬火事かと思ったが、よく見たら筒状の排出口になっているようだ。
「煙ねぇ。……まさか」
さっきのジューネの言葉から、俺の頭にこっそりタバコ的なものをふかして煙をプカプカ浮かべるヒースのイメージが浮かび上がる。
いや、それだけならまだいい。だがもしもそれがタバコではなく、変なお薬的なものだったとしたら。
「ちょっとマズいかもしれないなこの状況。一刻を争う状況ってことも考えられる。……突入するか?」
「……そうですね。正直今日はこのまま様子を見るつもりでしたけど、万が一の事があったら都市長様に顔向け出来ません」
ジューネも覚悟を決めた顔で言う。安全を取るなら様子見が一番だ。それでも行くというのはヒースの身を案じているからだと俺は勝手に想像する。やはりジューネは良い奴だ。
「私は、出来ればやめてほしい。トキヒサ、また危ない目に遭うから」
セプトは相変わらずの無表情でそう言う。さっきエプリに言われた事だろう。でも、
「そうだな。危ない目に遭うかもしれない。でも一応知り合いだし、ほっとくわけにもいかないよ」
「じゃあ私も行く。トキヒサを、守る」
それがセプトの精一杯の妥協なのだろう。勝手な保護者(仮)でゴメンな。
「ああ。頼りにしてる。あとジューネも守ってくれよな。……おっ!?」
もぞりとした感覚と共に、服からボジョが触手だけ出して任せろとばかりに振り上げる。忘れてないって。ボジョも勿論一緒だとも。
決意は固まった。ジューネはいざと言う時の為に少し離れた所に残し、俺とセプトは静かに扉の前に立つ。本来ならセプトもジューネの近くに残したかったのだが、一緒に行くと言って聞かなかったのだからどうしようもない。
念の為貯金箱を取り出して扉を査定するが、別段罠や不自然な物は無かった。
「……うんっ!?」
取っ手に手を掛けた時に気が付いたが、扉の横辺りに妙な長方形の跡がある。日焼けの跡みたいだ。
元々ここには長方形の何かがあったけど今は取っ払われているって事か? よく見れば上に何かをひっかけるような出っ張りがあるし。
「トキヒサ。何か、良い匂いがする」
「匂い? そう言われると確かに。……待てよ? もしかして」
扉から微かに漂う匂いにふと考える。白い煙、扉の横の日焼け跡、そしてこのどこか嗅いでいると腹の減ってくる匂い。
俺はある予想をしながら扉を開ける。扉を開けると中からむわっとした熱気が噴き出し、それと共に匂いも強くなる。
そこに居たのは、
「……らっしゃい」
「なっ!? お、お前達どうしてここにっ!?」
こちらをチラリと見て不愛想にそう言う男と、席に着いて男から大きな丼を受け取るヒースの姿だった。丼にはなみなみとスープが注がれ、中には具材と縮れた麺が泳いでいる。
つまりここは……ラーメン屋だ。
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