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第五章 塵も積もればなんとやら
菓子で繋がる絆
しおりを挟む俺と同じくらいの背丈に上下濃い群青色のジャージ。袖から見える肌は軽く日焼けしていて、いかにも運動か何かをやっているという感じだ。
少し赤毛が混じった茶髪で、顔立ちは綺麗系というより可愛い系。イザスタさんとはまた違う明るい雰囲気を持った少女だ。あともろに日本人。これは間違いないか。
「それで? あんた達何かあたしに用っすか? 言っとくけど金なんかないっすからね。強盗も泥棒も旨味なんかないっすよ。あっ!? それとも別の世界から来たなんて言ってる頭のおかしな大ぼら吹きだって笑いに来たっすか?」
少女は肩をすくめながら、どこかおどけたような拗ねたような態度でそう口にする。
確かにこんな家に泥棒に入る奴は余程食い詰めている奴だけだろう。それに別の世界から来たなんて言って普通に信じるのはごく少数だと思う。……俺は信じるけどな。
俺はゆっくりと前に進み出て、先ほど拾ったブ〇ックサンダーの袋を少女に差し出した。
「およっ!? ……ああ。これっすか? これはあたしの世界で大人気の菓子の袋っすよ。その名も」
「黒い雷神ブ〇ックサンダーだろ? 俺も大好きだ」
「えっ? この文字が読めるって……もしかして、もしかしてあんたは!?」
「ああ。多分……そっちと同じだと思う」
少女は微かに顔を伏せて肩を震わせていたが、それも一瞬の事。キッと顔を上げ、俺に向かって歩いてきた。少女からは敵意とはまた違う闘志のようなものが漂っているように感じる。
エプリが間に割って入ろうとしたが、俺は優しく手で制してこっちも前に出た。大丈夫だエプリ。この人は敵じゃない。
そしてそのまま、俺と少女は互いに手を伸ばせば届く位置にまで近づいて見つめ合った。
「もし、もしあんたが本当にあたしと同じ所の出身で、ブ〇ックサンダーが好きっていうのなら、一つ質問に答えてもらうっす」
「なんだ?」
「ズバリ、一番好きな味は?」
「そうだな。もちろんブ〇ックサンダーはみんな好きだ。白いのもゴールドも期間限定の奴もそれぞれの味わいがあって好きだとも。だが、だが敢えて言おう。基本こそ至高であると」
少女はその言葉を聞き、無言のまま大きく右腕を振りかぶった。俺も対抗して右腕を振りかぶり……がっしりと互いに固い握手を交わす。
「驚いた。戦うのかと、思った」
「私も一瞬そうなるかと思ったわ。……よく分からないのだけれどトキヒサ。アナタついさっきまで相手がどう出るか身構えていたわよね。それが落ちていた袋を拾って少し話をするなりすぐに打ち解けて。……どういう事?」
エプリもセプトも、俺の服の中に入っているボジョまでどこか不思議そうな具合だ。そんなにおかしなことだろうか? だってそうだろう?
「ブ〇ックサンダー好きに」
「悪い奴はいないっすから」
俺達は固く握手をしながら、エプリ達に向かってはっきりとそう告げた。ほらっ! 当然だろ?
「まあ立ち話もなんですし、どうぞどうぞ。大した所じゃないですがお入りくださいっす!」
「ありがとう。しかしこんなにいるけど大丈夫か?」
ブ〇ックサンダーの同士と固い握手を交わした後、彼女は自分の家に俺達を招いた。しかし俺達は三人もいる(それにボジョも)が一度に入って大丈夫だろうか?
「まあ三人くらい何とかなるっすよ」
「そっか。じゃあお言葉に甘えて……お邪魔します」
「……失礼するわ」
「失礼、します」
「どうぞっす!」
少女が中に入るのに続いて、俺達も布を潜って中に入る。家の中は……こっちは予想に反して結構片付いているな。
広さは俺が以前いた牢屋くらい。天井はやや低く、“相棒”やイザスタさんなら間違いなく頭をぶつけているだろう。俺だと結構余裕が有るな。……羨ましくなんかないやい。
地面には布が敷かれ、廃材を組み立てて簡素なテーブル……というよりちゃぶ台か? それが中央に置かれている。隅には別の布が何枚か畳まれており。枕らしきものもあるからどうやら布団らしい。
「いやあこの家にお客さんなんてあんまり来ないっすから。なんかウキウキしちゃうっすね。座布団は用意してないんですが、まあ座ってくださいっす。……あっ! 一応毎日掃除してるからばっちくはないっすよ。ボロくはあるっすけどね」
少女はあははと笑いながら、率先してちゃぶ台の横に胡坐をかいて座る。俺達もそれに続いて座った。
地面に直接敷いてある布だけど、きちんと小石やらを取り除いているのかごつごつした感じはない。なんか落ち着くなぁ。この感じ。
「俺は慣れてるけど、二人は直接床に座っても大丈夫か?」
「私、気にならない。普通の事」
「昔はよく地べたで寝ていたから。……良くある事よ」
そうだった。この二人もその辺り気にしないタイプだった。ある意味助かったと言うべきか。
「まずは自己紹介から。あたしは大葉鶫。元の世界では花の高校一年生。陸上部に入ってましたっす。好きな事は身体を動かす事全般。気軽につぐみんと呼んでもらっても良いっすよ!」
「つぐみんって……まあ普通に大葉って呼ぶぞ。俺は桜井時久。こっちじゃ外国風にトキヒサ・サクライって名乗ってる。元の世界だと高校二年生。部活ではないけど、宝探し同好会みたいなものに入ってたな。よろしく」
「おおっ! じゃあセンパイっすね。宝探しってなんか凄そうっす。それになるほどなるほど。名前も郷に入っては郷に従えって奴っすね。あたしも次からそう名乗ろうっと」
軽いなこの子。それとセンパイって、いつの間にか後輩が出来ちゃったよ。あとキリもそうだったけど、最近気軽に~~んって呼ぶのが流行っているのだろうか?
俺もエプリをエプリンって呼んだら……ダメだな。この一瞬で察知したのかエプリからまた冷たい視線が飛んでくる。呼ばないからその視線なんとかして。
「次にこの二人はエプリとセプト。こっちに来てから知り合った仲間だ」
「……エプリよ。今はトキヒサの護衛をしているわ」
「セプト。トキヒサの、奴隷。よろしく」
「護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさかセンパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?」
「違うってのっ!? セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者みたいなもんだ」
大葉がズササッて音を立てて俺から距離を取るので、俺は心外だとばかりに説明する。まったく。俺はロリコンじゃないぞ。何故かセプトが微妙にしょんぼり感を醸し出しているが……奴隷としては扱わないからな。
そうしていると服の中から触手が伸びて催促する。分かってる忘れてないよ。ちゃんと紹介するって。
「あとこのうにょうにょしているのがボジョ。確かウォールスライム……だったかな」
「おわっ! なんすかコレっ!? スライム? なんかムニムニして気持ちいいっすね!」
差し出された触手をおそるおそる指で突っつき、その感触が気に入ったのか軽く握ったり離したりする大葉。ボジョもまんざらでもないのか、抵抗もせずされるがままになっている。
気持ちは分かるぞ。ボジョの感触はホントにこうムニムニというかもにゅもにゅというか気持ちいいんだよな。
ひとしきり触って満足したのか、大葉は満ち足りたような顔をしている。
「いやあ良かったっす。……それにしても、いきなりこんな所に跳ばされて早二週間。右も左も分からずにいたっすけど、こうして同じ境遇の人に会えるっていうのは良いもんっすね。なんかホッとするっていうか……あっ! ゴメンナサイっす」
しみじみとしている中、大葉の目にほろりと涙が浮かぶ。慌てて涙を拭こうとする大葉だが、次から次へと溢れ出て止められないようだ。……二週間か。俺よりかは短いけど、いきなり別の世界に連れてこられてどれだけ大変だっただろうか?
……んっ!? 二週間? 何か一瞬違和感があった気がしたが何だろうか?
「あ~……良かったら使うか?」
「あ、ありがとうっす。センパイ」
俺がハンカチを手渡すと、大葉は素直に受け取って涙を拭う。ついでにズビ~っと鼻もかんでいたのは見なかったことにしよう。
それから少しして、どうにか色々と収まってきたのか大葉はゆっくりとこちらに向き直る。
「すみませんっす。急にホッとしたら涙が。ハンカチ後で洗って返すっすね」
「別に良いよ。そのまま持ってってくれ。……これまで大変だったみたいだな」
「はいっす。聞くも涙。語るも涙の二週間だったっす。……聞きたいっすか?」
なんか最後の方は立ち直って普通に話したい風に感じるけど、まあ他の人の話を聞いてみたかったのも事実だ。俺が素直に頷くと、大葉はコホンと咳ばらいを一つ。
「ではお話いたしましょうっす。あたしがこの世界に来て、今までどんな風に過ごしてきたか。最初から最後まで山場、クライマックスの連続っすよ……はっ!? その前に、あたしったらお客さんにお茶も出してなかったっす。ちょっと待ってくださいね。今日は久々に奮発するっすよ!」
「そんなに気を遣わなくても良いって」
見るからに暮らし向きは良さそうではない。ましてやこの世界で数少ない同郷の相手だ。なるべく失礼にならないように断ろうとしたら、
「まあまあそう言わずに。センパイの前でいいカッコしたいんすよ。てなわけで……使わせてもらうっす。ジャジャジャジャーン」
そういうと大葉は、明らかにここに似つかわしくない物を急にどこからともなく取り出した。それは……タブレット端末だった。
取り出した物に一瞬エプリがピクリと反応する。そこまで過剰に反応しなくても。しかし何故このタイミングでタブレット?
「『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす」
大葉のその言葉と共にタブレットが起動し、画面にずらりとペットボトル飲料や缶ジュース、そして様々な材質のコップの一覧が表示される。……これはまさか!?
「飲み物は……炭酸飲料は避けた方が無難っすかね。リンゴジュースにでもするっすか。コップは……すみませんが紙コップで勘弁っす。ではでは……『会計』っす」
タブレットを備え付けのペンで操作したかと思うと、その言葉と共にタブレットが光を放つ。光が収まった時、ちゃぶ台の上には今までなかった物が鎮座していた。一本のリンゴの柄の付いたペットボトルと、袋に包まれたお徳用紙コップセットだ。
大葉は袋を破いて人数分の紙コップを配り、ペットボトルからジュースを注いでいく。ちゃんとボジョの分まであるのは気配りがしっかりしているな。
「これがあたしがこっちで使えるようになった能力。『どこでもショッピング』っす。正直これが無かったらこの世界で二週間も生きられなかったかもしれないっすね。あたし的には微妙な能力だと思うっすけど」
大葉はお恥ずかしいと言わんばかりに笑いながら頭をぽりぽりと掻く。……いやこれ凄い能力じゃね? 俺は目の前の後輩が実はとんでもない奴だと理解した。
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