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第五章 塵も積もればなんとやら
接続話 女スパイはお出かけを提案する
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「さ~て。どうしたものかしらねぇ」
『……? 何がですか?』
「いやね。昨日色々あって、ちょっとややこしい事になっちゃっているのよん」
ここは王城の一室。担当する訓練まで手持無沙汰なイザスタは、自身に用意された部屋で手持ちの砂時計を通じて誰かと連絡を取っていた。
「実は天命の石についてアキラちゃんが調べてね。それでちょっと揉めかけちゃったのよ。それぞれの仲が一気に悪くなるんじゃないかってひやひやしたわ」
『その様子だと、そうはならなかったようですね」
「まあね。一度冷静になって話そうって各自部屋に戻ったのだけど、それが良い方に働いたみたい。さっき朝食の時に『勇者』の皆の顔を見たら、大分昨日に比べて落ち着いた顔をしていたわ。……特にユイちゃんは昨日あんまり酷い顔をしていたから正直ホッとしてる」
『ユイというと……貴女が以前私にアドバイスが欲しいと言っていた方ですね。その後お変わりありませんか?』
「それよリーム! それなのよんっ!!」
イザスタは少しだけ興奮した様子で砂時計の向こうに居る誰か、リームにまくしたてる。
「さっき食事の後で、ユイちゃんが自分から思いの丈を話してくれたのよん! 『私、今日の訓練が終わったら皆さんとまた話してみようと思います。……まだ自分の言葉で上手く伝えられるか分からないけど、それでも……話してみようと思います』って。いやもうほんっと精一杯頑張ろうって姿にお姉さん胸がキュンって来ちゃったわよん」
『……元気でやっているようで何よりです。貴女も、そのユイさんも』
砂時計から聞こえる声に、極々僅かに呆れに近い感情と成長を喜ぶ感情が混じっている。それを察したのか、イザスタは軽く舌を出していたずら気味に微笑んで見せた。……この連絡は音声だけで姿は見えていないのだけど。
「元気でやっていると言えば、リームってばちゃんとやれている? いやまあ仕事に関しては人一倍しっかりやれてはいると思うんだけど日常的な意味で」
『日常ですか? ……特に問題なく過ごせていますが?』
「その間がちょ~っと怖いのよねぇ。ケンちゃんもオリバーちゃんもそうだったけど、皆して仕事に手を抜くって事を知らないんだから。まあ良いけど」
その後はちょっとした雑談などを挟みながら、互いの近況報告やら仕事の進捗具合を話していく二人。しかし、途中のイザスタの言葉に一気に話が進展する。
「ところで……ぶっちゃけた話天命の石ってなんとか手に入らない? リームなら何処にあるかも調べが付いているんでしょう?」
『調べ……というほどではありませんが、私の現在居る魔王城の宝物庫に収められている事は直に見て確認が取れています。勿論正当な手続きの上でです』
「さっすがリーム! 仕事が早いわねん! ちなみに貸し出してもらえたりは」
『無理ですね』
イザスタが若干猫なで声で聞くのだが、リームはばっさりと即答する。
『まず一度しか使えないのに貸し出すも何もありません。次に私のような新参者がそんな貴重な品を欲しいと言っても聞き入れられるとは到底思えません。加えて死の運命を捻じ曲げるような強力な道具をそう簡単に使おうというのがナンセンス。さらに言えば』
「もう分かった。分かったわよんっ!! まったく、相変わらず理屈っぽいんだからリームったら」
『必要な事だからです。……さらに言えば大前提として、それだけの対価が支払えるのかという話もありますが』
その言葉にイザスタもムムッと真剣な顔をする。
『何事も対価もなしに手に入れられるものはありません。通貨、行動、時間、或いは信用で必ず支払われるものです。……それでも手に入るとすれば、それは自分以外の誰かが既に対価を支払っているからです。はたして『勇者』の方々に死の運命を覆すだけの対価を払えるかどうか? そこが私には分からないのです』
「対価って言ってもねぇ。お金で解決って訳にもいかないわよね」
『難しいですね。いったいどれだけの値になるか測りかねます。そもそも知っての通り、ヒュムス国とデムニス国は犬猿の仲。これまでは国家間長距離用ゲートがあった為最低限、本当に最低限国交断絶一歩手前ギリギリですが繋がりがありました。しかし今はそれすらない。こんな状況では国同士で交渉を始める事自体がまず困難と言えます』
「そうよねぇ。まずはそこなのよねん。まだゲートが復旧するまでどれくらいかかるか分からないし、もうしばらく待つしかないかしらね」
イザスタはふぅ~とため息をつきながら、困ったように手を顔に当てて考える。こればかりは自分一人で解決出来る問題ではないし、どちらかと言えば国が何とかするべき問題だ。
石がデムニス国にある以上国家間の交渉が必要不可欠。しかしゲートが壊れている以上移動手段は限られるし道中の危険も多い。ならまずはゲートが復旧してからとなるけど、そもそもそこまでして国が石を手に入れようとするかが少し心配だ。
『勇者』は確かに重要だけど、それをわざわざ元の世界に帰す為に仲の悪い国に借りを作るような真似をするだろうか? もちろん『勇者』の不興を買うのを避ける為何らかの行動を起こすのは間違いない。だけどそれは石を手に入れる以外で誤魔化される事もあり得るのだ。
またはヒュムス国を通さず『勇者』個人としてデムニス国と交渉を行うという方法もある。しかしそれはヒュムス国にとって裏切り行為と取られる恐れもあるし、なにより個人で対価を払えるほどの実力も財力も功績も足りていない。最近は鍛錬の甲斐あって戦闘力だけならそこそこだが、圧倒的に世慣れしていないのだ。
「手を貸してあげたい所だけど、あんまりこういう事に干渉しすぎるとマズいのよねぇ。何かリームは良いアイデアはない?」
『そうですね……『勇者』の方々がやるべき事は多々有りますが、国家間での交渉を主に進めるのであれば国への発言力を増大させる事。個人として直接交渉するのならそれだけの実力を身に付ける事からですね。どちらにせよ一朝一夕には出来ませんが』
「まずは土台固めからって? 思いっきり正論ね」
『何事も地道な努力に勝るものはありませんから』
もっともな意見にイザスタも苦笑いする。間違ってはいないのだけど状況を劇的に改善するものではない。しかし今はそれしか手が無いのも事実。
「ありがとね。参考になったわリーム」
『役に立ったのなら何よりです。では私はそろそろ仕事に戻ります。イザスタさんもくれぐれも『勇者』だけではなく本来の仕事を忘れないように』
「は~い。分かってるわよん。また連絡するわね」
その言葉と共に通信が切れ、イザスタは軽く頭を掻きながら虚空を見つめる。
「……やっぱりまずはアレかしらね。そうと決まれば早く許可を取ってこなくっちゃ! お姉さん張り切っちゃうわよん」
イザスタは一人考えをまとめて頷くと、考えを実行に移すべくさっそく行動を開始した。
「という訳で、これから皆でお出かけするわよん!」
急に飛び出たイザスタの発言に、いつものように訓練場に集まった面々はそれぞれ驚いた表情を浮かべた。ここしばらくは襲撃の危険もあってほとんど城にこもりっきりの毎日だったからだ。明と優衣は怪我人の治療で外に出たが、それも城からごく近い場所のみに限定されていた。
「勿論許可も取ってあるわ。ずっと城で講義ばっかりだと色々差し障るのよねん。一般常識とか。だからここは一つ町へ繰り出しちゃおうと思います」
教えられた知識と自分で体験した知識では大きな差がある。国側としてはもうしばらく城の中に居てほしいという思惑があったのだが、イザスタは『勇者』の成長の為という事で何とか許可をもぎ取ったのだ。……幾つかの条件を出されたが。
「お出かけですか? たまには良いかもしれませんね。優衣さんも皆さんもそう思うでしょう?」
「おう! そうだな明。ず~っと城の中でいい加減飽き飽きしていた所だ」
「ふん。やっと出歩ける訳か」
余程鬱憤が溜まっていたのだろう。明達が久々の外出に胸躍らせる中、優衣は一人不安そうに声を上げる。
「で、でも大丈夫なんでしょうか? また前みたいに襲撃なんてことは」
「そうね。その危険性は完全には否定できないわ。凶魔はディランちゃんや衛兵さん達の活躍であらかた撃退されたと思うけど、まだ襲撃犯の一味が潜伏している可能性はある。なので、今回は護衛を増やす事になったのよん」
そうイザスタが言うのと同時に、強い圧力と共に訓練場に何者かが入ってきた。
その者は異様だった。全身を銀と灰色を基調とした鎧で覆い、同じ材質であろうフルフェイスの兜を装着して素顔が分からない。腰には一本のロングソードを差しているが、鎧がほとんど傷らしい傷もないのに対して剣の鞘の部分は酷く傷だらけだ。
鎧は無駄な装飾もなくややシャープな印象を受けるが、それにしても普通に考えれば相応の重量があると考えられる。なのにほとんど金属音も足音もしないのだ。
「な、なんだアレ?」
黒山はとっさに拳を構えるが、本人も気がつかないほど僅かに拳が震えている。それは高城や優衣も同じく、訓練場の入口に控えていたそれぞれの付き人達も同様だ。
アレに殺気はない。それどころか敵意も害意もない。あるのはその何者かから漏れ出る指向性のないただの圧力のみ。それでもここまで鍛錬を重ねてきたからこそ、本能的に感じ取ってしまったのだ。
もしアレが自分達を殺そうとしたのなら、まず間違いなく自分達は助からないと。
この中で平静を保てていたのはイザスタと明だけだった。それでも明は冷や汗が浮かんでいたし、イザスタも珍しく少し真剣な顔つきでこの鎧の騎士の動向を見守っている。
鎧の騎士は静かに『勇者』達の前に歩み寄ると……そのまま片膝をついて首を垂れた。その瞬間漏れ出ていた圧力がフッと消え去り、この場に居たほとんどの者が安堵のため息をつく。
「え~っと、初対面でいきなりこんな事になっちゃったけど、この人が追加の護衛としてしばらく動いてくれるレオンちゃんよ。……分かると思うけど実力の方は保証付きよん。普段は少し離れた所に居るけど、いざとなったらすぐに駆け付けてくれるから頼りになるわ!」
イザスタが少し重くなった雰囲気を振り払うように明るく語るが、鎧の騎士……レオンは黙ったままだ。かなり無口な気質らしい。
「あの、実力の方は分かったんですけど、この人いったい何者なんですか? こんな目立つ人これまで城内に居たらすぐに分かると思うんですけど」
「ああ。それね。なんでもレオンちゃんってばしばらく交易都市群の方に居たらしいんだけど、王都襲撃の報を聞いてさっき帰ってきたらしいわよ。そこで丁度追加の護衛を探してた所だったし、無理言って引っ張ってきたってわけ」
明の質問にイザスタは軽い調子で返す。そして一拍間を空けると、さらに加えてこう言った。
「あと『剣聖』って呼ばれてるらしいわよ。ヒト種最強の剣士ですって」
その一言でまた場が固まったのは言うまでもない。
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