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第六章 積もった金の使い時はいつか
新素材の持ち込み先は
しおりを挟む「エプリ。そっちは見終わったか?」
「……大体は。結構良い品が揃っていたから個人的に二、三買おうと思って」
ざっと店内を見て回った俺は、ある棚の前でじっと悩んでいるエプリに声をかけた。見れば何かの革で出来た手袋や胸当て等、比較的簡単に身に着ける物を幾つか選り分けている。
「以前の戦いで装備が傷ついたから予備を少し。……トキヒサは?」
「あ~……それな。一応俺も男だし、格好良い武器も一種のロマンだと思う訳だよ。だけど……考えてみたら俺武器を振るうのって無理だわ」
俺に剣の心得は無い。学校の授業で剣道をかじった程度だ。ならこれまで通りシンプルに貯金箱でぶん殴っている方が多分良い。それにわざわざ剣の間合いまで近づくより遠くから金を投げる方が早い。
「……確かにね。戦いは傭兵の仕事。最低限自衛出来ればそれ以上は必要無いか」
「と言っても俺の場合その最低限も出来るか怪しいけどな。……それに」
俺はそこで言葉を切り、壁に飾られた一本の槍の横にある値札を見る。
「それにこうお高いんじゃ買う気が無くなるよ。この槍なんか一つ五十万デンだってさ」
良い装備というのは値が張る。まあ良い物を作るのに金がかかるというのは分かるつもりだ。費用の分だけ値段を上げないと商売が成り立たないというのも仕方がない。
戦いで装備の良しあしが明暗を分けるのも良くある話。需要があるからこの額なのだろう。しかしだ。多少小金持ちになった身だが、それでもこんなのホイホイ買ってたらすぐになくなるっつ~のっ!
「他のも十万デンとか平気で出てくるし、ここらの武器の相場ってこんなにするのか?」
「……そうね。私の経験上で言えば、相場より大分高いわ。だけどその分質の良いのが揃ってる。……特に壁の武器は一級品ね」
エプリがそこまで言うとは相当良い物らしい。確かに見た目も中々に強そうだし……ってあれっ!? 槍はどこ行った?
「へぇ~! これ五十万デンもするっすか? スゴイっすね!」
「げっ!? 大葉何やってんのっ!? 早く戻せ!」
なんと大葉がその五十万デンの槍をポンポンと軽く放ってはキャッチしている。その後も恐ろしいことに、大葉は他にも飾られている品を一つずつ手にとって実際に構えたり、一度なんかそのまま試し切りコーナーに持っていこうとしたくらいだ。
「だって使ってみないと分からないっすよセンパイ。さっきのドワーフさんだって壊さなければ試し切りOKって言ってたじゃないっすか!」
「いやそうだけどもっ……お前明らかに構え慣れてないじゃんっ! そんなのにお高い装備は持たせられませんってのっ!」
一足先に見終わっていたセプトに「トキヒサを、あんまり困らせちゃダメ」と叱られ、しょんぼりと最後に手に取っていたやたら強そうな剣を渡してくる大葉。
しっかしなんだろうな。こういうのって持っているだけで強くなった気がしてくるよな。試しにちょっとだけ構えてみようかな。
「あっ!? センパイあたしには持たせられないなんて言っておいて自分だけっ! ズルいっすよ!」
「そう言うなって! 大葉だって構えてたじゃないか。俺も一回だけ……」
そこで俺は、大葉以外に俺を見つめる二つの視線に気がついた。一つは無表情ながらもどこか目をキラキラさせている風に見えなくもないセプト。そして、
「…………はぁ」
軽くため息をつき、フードの隙間から呆れたような嘆いているような何とも言えない表情でこちらを静かに見つめる傭兵さんである。
「……センパイ。戻した方が良さそうっすね」
「……そうだな」
大葉に促され、ちょっぴり恥ずかしい気持ちで剣を飾ってあった場所に戻す。……値札に八十万デンって書いてあるのは見なかったことにしよう。
結局バムズさんが戻ってきたのは、それからもう少ししてからのことだった。
「お~う。待たせたのう」
戻ってきたバムズさんは、背負っているパンパンに膨れた袋をよっこらせと床に置く。
「結構量がありますね。これで全部ですか?」
「いや。一度で運びきれなくてのう。スマンが先にこれだけ頼めるか? その間に次を用意するわい」
「成程……分かりました。調べやすいよう中身は外に広げても良いですか?」
そう訊ねると、バムズさんはおうと頷いて再び奥へ戻っていった。
「さて、始めるとするか。しっかし量が多いな」
袋の口を開けると有るわ有るわ。やはり武器屋という事で、古びたり壊れかけている武器や防具がどっさり。これは時間が掛かりそうだな。
「……かなりの量ね」
「トキヒサ。手伝う?」
「大丈夫。俺一人で……いや、やはり手伝ってもらおうかな」
俺一人で良いと返そうとしたが、セプトの場合逆に断った方が気を遣わせそうかなと思い直す。エプリはいつも通り我関せずといった具合。まあ他の資源回収の時もそうだしな。
時折手伝ってくれたりもするけど、今回はアシュさんもいないし護衛対象が増えたという事で護衛に集中しているみたいだ。……増えたといえば丁度良い手伝いがもう一人いたな。
「大葉! そこで素振りしてないでちょっと来てくれ」
「……? どうしたっすかセンパイ?」
特売品コーナーの武器を振り回していた大葉が、何事かと駆け寄ってくる。さあ。これまで奢った分たっぷり働いてもらうぜ!
「仕事だよ仕事。俺が査定した奴を仕分けてほしいんだ。……ところでこっちの文字って分かるか?」
「ああ! 途中話してた資源回収って奴っすね。それは良いっすけど、こっちの文字はチンプンカンプンっすよ。話すだけなら不自由しないんすけどね」
「そこは俺と同じか。……じゃあ俺が査定しやすいよう袋から出して、終わったらそこに敷いた布の上に置いてくれ。慎重に扱ってくれよ」
「了解っす!」
「セプトは俺が言った内容をメモしてくれ。出来るか?」
「うん。任せて」
セプトはこくりと頷いた。無表情ながらもなんとなくやる気に満ちているようにも見える。勉強も上手くいってるようだし良い傾向だ。最後にエプリに軽く確認してもらえば問題ないだろう。
「……よし。これで大体終わったかな」
「そうみたいっすね。にしてもボロい武器とか結構多かったっすね。武器屋だから全部素材にしちゃってゴミは出ないかもって思ってたんすけど……違うんすかね?」
「そうじゃのう。そこが頭の痛い所だわい」
大葉がつい漏らした疑問に、また大きな袋を抱えるバムズさんがどこか難しい顔をして答えた。
「ここでは武器の下取りもやっておってな。その武器はここで装備を買った冒険者が代わりに置いていったもんじゃ。じゃが手入れがなっとらん物が多すぎての。素材としても質が悪くなりすぎちょるもんまではどうにもならんのよ」
確かに。査定した時も酷い有様だったもんな。どれもこれも状態粗悪。ダンジョンでスケルトンが持っていた武器より安い物まであったぐらいだ。逆によくこんなのを下取りで出せたな。
「そうだったんすか。……その、すみませんっす。何というか想像だけでさっきあんな事言っちゃって」
「なあに気にするでない。分かってくれたら良いんじゃ。それと、道具は大事に扱う事じゃの。さっきみたいな雑な取り回しじゃあすぐに痛んじまうわい」
「うっ……ゴメンナサイっす」
どうやらさっきの大葉の様子を見ていたらしい。言い回しからすると試し切りがダメというより上手く使えていなかった点がダメなようだ。それもあってすっかり大葉がしおらしくなってしまった。
「バムズさん。ひとまずさっきの分の査定は終わって、これが簡単なリストになります。大まかな値段も書いてありますから確認をお願いします」
「確認じゃな? ……こりゃ結構良い額じゃ。これだけ貰えるなら大いに助かるわい! それと、今度はこっちも頼みたいんじゃが」
バムズさんはメモの値段を見て相好を崩す。値段はお気に召してもらえたようで何よりだ。それと入れ替わりにバムズさんにまた別の袋を渡され……うっ!? 重っ!! 中に何入ってんだこれ!?
袋の中を覗き込むと、こちらには様々な金属片、それに何かのウロコや皮といった、武器や防具ではなく素材そのものが詰め込まれていた。
「これも……全部ですか?」
「ああ。スマンがよろしく頼むわい」
これは少し腹をくくらないといけないな。
「へぇ~。バムズさんは鍛冶屋もやってるんですか!」
「そうじゃよ。この店の商品は大半がワシが造った自慢の作品じゃ!」
査定しながらちょいちょい世間話をするくらいは慣れたもの。幸いバムズさんもこういう話題は好きなようで、さっきから話が弾んでいる。
「……壁にかかっている品はどれも一点物。それも良い素材で良い職人が造った一級品ね。状態も良いし……この値段も納得だわ」
「ふふん! お前さん分かっとるな! 素材だけでも職人だけでも良い品にはなり得んのじゃ。さらに言えば良い使い手も必要じゃな。……じゃというのに、最近は装備だけに頼って自らを鍛えるのを怠り、あまつさえ肝心の装備の手入れすらまともに出来ぬ輩ばかりじゃ。実に嘆かわしい」
エプリがここまで褒めるのは珍しい。それだけの品ばかりということか。それに少し気を良くするも、今度は最近の客層について愚痴りだすバムズさん。まあこういうのを聞くのも仕事の内かね。
「じゃあ……この棚とか特売品の奴もバムズさんの作品っすかね? にしてはちょっと雑っすけど」
「そっちはワシの作品ではない。商人ギルドを通して、職人見習いが自身の作品をあちこちの店に卸して生活の足しにするんじゃよ。安いが出来栄えはピンキリ。まあ初心者には丁度良いかもしれんがな」
バムズさんは微妙な顔をしながらそう説明してくれる。自分の作品以外はあまり売りたくないけど、ギルドのしがらみで断れないとかそんな所かな?
そう言えば特売品のコーナーはあまり見ていなかった。初心者向けというのも俺向きだし、査定が終わったら見てみるのも良いかもしれない。
「しかし、全体的に何か焦げたような物が多いですね。……これだと少し値が下がってしまいます」
「真っ黒」
セプトの言う通り、査定している品の大半がどこかしら焦げ付いている。しかも割と最近のようだ。
「やはりか。しかしお前さん達が来てくれて助かった。いかに新素材の実験の為とは言え、素材が完全に無駄にならなくてすんだわい」
「……新素材ですか?」
何か面白そうな話が出てきた。儲け話かな?
「ああ。数日前特性やら使い道やらを調べてくれと頼まれての。新素材とあらば職人としては黙っちゃおれん。色々調査しておったんじゃが、どうやら条件を満たすと周囲に燃え広がる厄介な性質があっての。実験の為用意していたこれらが焼けてしまったという訳じゃ。いやあ迂闊じゃったわい」
「おっかない話っすね」
大葉が品物を運びながら言う。これだけの素材が一度に丸焼けなんて相当な損害だ。その新素材というのは大分物騒な物らしい。誰だそんな危険物を見つけたのは?
「名前は……そうじゃ! 確かアルミニウムとか言う素材じゃった。珍しく都市長が持ち込んだ時は驚いたわい! ……おっと!? 内緒にしておけという話じゃったな。スマンがこの事は内密に……どうしたんじゃ? 急に頭なんか下げて」
「いや。何と言うかその……申し訳ございません」
俺が都市長さんに渡した奴だったよちっくしょう! バムズさんには悪い事したな。査定額には色を付けておこう。そんなこんなで俺達はなんとか査定を終えたのだった。
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