遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星

文字の大きさ
157 / 202
第六章 積もった金の使い時はいつか

閑話 ある奴隷少女の追憶 その四

しおりを挟む

 エプリが毒を受けると一気に形勢はクラウンへ傾いた。

「いやあ貴女のさっきの表情は見ものでしたよエプリ。必殺の一撃を決めたと思った瞬間、その相手がいなくなって呆然とする姿。そして私に脇腹を切られ、毒で苦悶する歪んだ表情。少しは留飲も下がるというものです」

 意識が朦朧としているエプリを蹴り飛ばしながら、クラウンは嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。

「クハハハハ……さあて、留飲も大分下がったことですし、そろそろトドメと行きましょうか」

 散々エプリをいたぶった後、トドメを刺すべくクラウンはナイフを逆手に持つ。その姿を、私は影に潜みながら何の感慨も抱かず眺めていた。

 これがこれからも続く日常になるのだろう。

 私は奴隷として主人に従い、これからもこのような出来事を見続けるんだ。そう考えた時……何故だろう? 少しだけ胸の奥がチクリと痛んだように感じた。

 そしてクラウンが勢いよくナイフを振り下ろそうとした時、



 「…………ぁぁぁぁあああああっ!? ど~~い~~て~~く~~れ~~!?」



 空からヒトが降ってきた。

 凄まじい勢いでクラウンに直撃するすれすれの所に墜落し、クラウンはその衝撃で近くの岩場に吹き飛ばされる。……困った。急だったから影で受け止められなかった。

 私は岩の影の中に潜んでいて無事だったけれど、今の衝撃で周りに酷い砂埃が舞っている。これじゃあ月明かりが遮られて影を操れない。

 影に潜み続けるぐらいはまだ月明かりも差していたので、私はクラウンの身を案じながら砂埃が収まるまで様子を見ることにした。

 それが、この時はまだ名前を知らなかったけど、トキヒサを初めて見た瞬間だった。




 トキヒサとエプリ。二人は雇い主と護衛という私とクラウンの関係にどこか似ていた。奴隷と護衛という違いはあっても、どちらも誰かに仕えるという点では同じなのだから。だけど、

「もう契約は切れているんだぞっ!? 私が居なくてもアシュや調査隊に頼れば悪いようにはしない筈だ。なのに……なのになんで私なんかを追いかけてきたんだっ!? 貴重な転移珠まで使って!?」
「決まってる。約束しただろ? ダンジョンから出たら何故俺をここまで護ってくれるのか教えてくれるって。まだ聞いていないから聞きに来ただけだ」

 契約が切れてなお、危険を冒してこのヒトはエプリを助けに追ってきた。それも護衛が雇い主を助けに来るのではなく、雇い主が護衛を助けに。そしてトキヒサの言葉がさらに私を混乱させた。

「仲間が居なくなったら心配するのが当たり前だろうがっ!」
「っ! ……私とお前はただの元雇い主と元傭兵の関係で」
「一緒に戦って! 一緒に食事をして! 一緒に冒険した! それだけでもう仲間だろうがっ!」

 仲間? この二人は主従関係じゃないの? ……分からない。

 いや、今それは考えることじゃない。私は奴隷。ただ主人の為動くだけ。砂埃も収まり、影を操るのももう支障はない。あとは先ほど戻ってきたクラウンに合わせて奇襲をかけるのみ。そして、

「だから動かず待っているのでしょう……コイツが来るのをねっ! “風刃”!」
 
 仕掛けようとした瞬間、話の流れの中自然に私に向けて風刃を放ってくるエプリ。仕方ないので奇襲を諦め影の刃で風刃を迎撃する。

 そこから戦いは一気に動いた。私へ注意の向いたエプリに対し、近距離転移で死角に跳んで切りつけるクラウン。

 だけどそれを見越していたトキヒサが抑え、少し離れた所で戦いを始める。また私とエプリで一対一になったみたい。

 こんな時ジロウなら下手に離れず連携を取るのだろうけど、クラウンは転移を多用するから単独行動が多い。私が支援できる所に居てほしいけど、それが主人の意向ならそれに従うだけ。




 こちらの戦いは実に静かなものだった。影に潜む私に対し、攻撃の予兆を察知して反撃を狙うエプリ。互いに下手に動けない。

 そうなると持久戦だけど、私は魔力消費、エプリは毒による体調の悪さが弱点となる。そして互いに仕える相手を援護に行きたいということもあって長引かせたくない。そんな中、

「エプリっ! こっちはひとまず大丈夫だ」

 トキヒサだけ戻ってきた時は驚いた。まさかクラウンが……いや、首輪に何の反応もないから死んではいない。

 クラウンは幾つかの条件をこの首輪に設定している。その一つがというものだ。

 だけど死んでいなくとも主人に何かあったのは事実。敵を仕留めるべく影を槍状にして攻撃するが、エプリによって防がれそのまま合流される。

 その後しばらく睨み合いが続き、何か私に聞こえないよう二人で話し合ったかと思うと、

「……“強風”」

 エプリが周囲の砂を巻き上げ、砂塵で月明かりを覆い隠そうとする。……いけない! このままでは影がなくなってしまう!

 誘いであるのは分かっているけど、攻めるなら今のみ。隠密重視で魔力を抑えるのを止め、速攻で仕留めるべく数と威力を重視した影の連撃を放つ。

 一番にエプリを狙いたいけれど、それを庇いながらトキヒサが一歩また一歩と近づいてくる。躱しきれず自分の身体が傷つきながらも。

 何故? 何故進んでくるの? ……分からない。やはり私には分からない。

「届かせない」

 それでも近づかせたらいけないという事は分かって、私は以前ジロウに向かって放った極大の影造形を発動。それをトキヒサに向けて差し向けた。

 直線状の物を薙ぎ払うそれは、範囲も広いので躱すのは難しい。なのに、

「……っ!?」

 急に影の動きが止まった。ここからではよく見えないけれど、以前ジロウがやったのと同じように。

 ただ驚きはしたけど、完全に止められている訳じゃない。伝わってくる感覚からすると、このままあと少し経てばおそらく押し切れる。

 ならあとは相手が左右から回避しようとすることだけ気を付ければ良いだけ。そう考えていたら、予想外の光景が目の前に飛び込んできた。

「どおりゃああぁっ!」

 なんとトキヒサが、壁を上から乗り越えて空中から突撃してきたのだ。ここは影に潜って回避を。

「逃がすかあぁっ!」

 トキヒサは服の中から何かを私の真上に向かって放り投げた。……私にじゃなくて?

「金よ。弾けろっ!」

 何かがトキヒサの言葉と共に爆発し、爆風が周囲の砂塵を僅かに吹き飛ばす。何を狙っているか知らないけど、砂塵が無くなった今このまま影に潜ってしまえば……これは!? 

 私は驚いた。真上からの爆発の光によって、私の影が周囲から切り離されていたのだ。攻撃に回すにしてもこの大きさじゃほとんど使えない。一体どうしたら。

 このたった一瞬の躊躇いが勝敗を分けた。

「……かはっ!?」

 トキヒサの体当たりを受け、身体から空気が押し出される感覚と共に、私の意識は一度途切れる。




「おい。……おいっ! しっかりしろっ!」

 そして次に目を覚ました時、ついさっきまで戦っていた相手が私を心配そうに見つめている姿が目の前にあった。

「起きたか? 良かった……今の状況は分かるか?」
「……うん」

 少し身を起こして視線を巡らすと、周囲をユラユラと影の幕が覆っているのが見えた。これは……どうやらクラウンご主人様が首輪に仕込んでいた術式が作動したらしい。

 私の首輪に設定された術式。例えば“クラウンが死んだら私も道連れになる”。“クラウンの意思で首輪が締め付ける”等があるけど、その一つに“私の意思に関係なく魔力暴走を起こさせる”というものがある。

 これは私にわざと魔力暴走を引き起こさせ、言わば生きた使い捨ての爆弾とする設定だ。

 私はクラウンにそこそこ価値のある奴隷だと認識されていたように思う。それでもこの手段を取ったのは、私を連れて撤退するより目の前のトキヒサか先ほどのエプリ、またはその近くにいる他の誰かをそれだけ殺すべき相手だと判断したのだろう。

 トキヒサの肩に乗っているスライム(後に分かるけど名前はボジョ)がこちらを警戒しているけど、クラウンが居ない以上もう攻撃するつもりはない。あとはただ奴隷として最後の命令に従うだけ。

「時間が無いから手短に言うぞ。この魔力暴走を止めてくれ。自分の魔力なら抑えられるだろ?」
「無理。命令だから」

 トキヒサの問いに私は事実だけを答える。一度発動した以上、私の意思で止めることはできない。

「大丈夫だ。首輪なら俺の加護で外せる。もう奴の命令に従わなくて良いんだ」
「外せる? ……本当に?」
「ああ。ちょっと動くなよ」

 急にそう言い出したトキヒサを私は訝し気に見つめる。首輪を外すには持ち主の承諾と、専用の道具が必要となる。無理に外せば奴隷は死ぬのを知らないのだろうか? だけど、

「本当に……外れた」

 トキヒサが箱のような物に触れたと思ったら、たった今着けていた筈の首輪がフッと消える。その場所を撫でて感じるのは自分の肌の感触だけ。

「これで分かっただろ? もうお前は奴隷じゃないんだ」
「奴隷じゃ……ない?」

 その言葉に足元が崩れるような感覚がした。奴隷じゃない。

「ああ。奴隷なんかじゃない。だからクラウンの命令なんてもう聞かなくて……おいっ!?」

 私は懐からナイフを取り出し、自分の喉元に突きつけてトキヒサの方を見据える。トキヒサを傷つけても首輪は取り返せない。なら今の私にできるのは、命を脅しの道具にすることだけ。

「…………けて。……もう一度首輪を着けて。私を奴隷に戻して」
「な、なんでそんなことを?」

 なんで? 分からないだろう。。だけど私は違う。

「私は生まれた時から奴隷。自由なんて知らない。…… だから…………戻して」

 ヒトから普通の奴隷になった者ならヒトに戻れるのかもしれない。でも私はそうじゃない。

 私は生まれた時から奴隷だった。ヒトではなく奴隷として生まれ、そのように生きてきた。では私が奴隷でなくなったら、それはヒトなのだろうか?

 ……違う。私が奴隷でなくなったら、それはただの何者でもないモノだ。それは死ぬことより、クラウンに使い捨てにされることより、私にはずっと恐ろしかったんだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

処理中です...