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第六章 積もった金の使い時はいつか
閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その五
しおりを挟む事態の急転を察したネッツの反応は迅速だった。
「襲撃ですっ! 照明弾を打ち上げてくださいっ!」
ネッツの部下達はその言葉を受け、オオバが使っていた物より強力な照明弾を使い空に光球を輝かせる。
「な、何がどうなってんっすか!?」
「叫び声、みたいでした」
「……襲撃があったようね。さっきの衛兵達が何者かと交戦しているみたい」
オオバとソーメが急な展開に慌てる中、私は衛兵達が行った方に意識を傾ける。距離はそう離れていない。察知は比較的容易いわね。
大まかに風で察知したのは、さっきの衛兵達らしい反応を多数の誰かが取り囲む様子。
不意を突かれたのか、おそらく衛兵側の数人が地面に倒れこんでいる。反応は……微弱だけどまだ有るから死んではいなさそうね。
衛兵達の人数は、倒れている分を除くと十五、六人。対して取り囲んでいる何者かは確認できるだけで四十人ほど。三倍近いわね。
さらにそこから離れていくのが数名。これはさっきの仮面の男達といった所かしら?
「エプリさん。貴方は離れた場所の情報が分かる能力をお持ちなのですか?」
「……少しならね。相手は少なくとも四十人以上。質では衛兵達が上だけど、不意を突かれたこともあってやや苦戦しているようね」
「そうですか」
ネッツはその言葉を聞いて少し考えこむ。だが、
「……さっき迷わず照明弾を打ち上げたってことは、この襲撃は事前に予想されていたという事で良いのかしら?」
「えっ!? そうなんっすか? だったらなんで不意打ちを食らってるんすか?」
「あるかもしれない……という程度でしたからね。それに十人程度の足止めは予想していましたが、まさかそこまでの大人数とは。隠密性を考えて人数を絞ったのが裏目に出たみたいです」
オオバの言葉にネッツは困ったような顔をする。……それはそうだろう。見た所ネッツは商人として交渉したり人をまとめる才は有っても、戦いの専門家という訳ではない。個人では多少戦力にはなるかもしれないけどそこまでだ。
おそらく作戦を立てたのは別人だろうし、この場でネッツを責めても仕方がない。オオバもそれに気づいたのか、それ以上のことはなかった。
「とにかく、今は一刻も早くここを離れてここに向かってくる衛兵隊の本隊と合流しましょう」
近くで戦っている衛兵達の所へ行こうとは言わないネッツの判断は正しいと思う。商人の戦場はここではなく、下手に近づけば助けになるどころか足を引っ張りかねない。だけど、
「……それに関しては同感ね。ただ厄介なことに、こちらに向かってくる一団があるわ。こちらを取り囲むよう移動しているから、早めに来た衛兵隊って線はなさそうよ」
「げっ!? まさかこっちにも来てるっすか? なんでなんでっ!? 別にこっちは向こうを追いかけてるんでも何でもないっすよ!?」
「……さあね。もしかしたら、取引に関わった者全員の口を塞ぐ……なんてことかも知れないわよ?」
冗談めかして言ってみたが、流石にこれはないと思う。だとしたらそれこそ品物を確認した時点で動きが有っても良い筈だ。律義に商談の終わるまで待つことはない。
それと追ってきた相手の足止めに伏兵を置くのは理に適っているけど、わざわざこっちにまで手を回す理由が分からない。……いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。
「それでどうするのネッツ? 敵が近くまで来ている以上取るべき手段は二つよ。……ここで迎撃するか、さっさと逃げるか。個人的にはクラウドシープに乗って逃げるのを勧めるわ」
「よろしいのですか!? 取引が終わった時点で、エプリさん達は私達を置いて出発するものとばかり」
「仮にとは言え護衛の仕事を受け、まだ正式に終了宣言がないなら安全を確保するまでが護衛の仕事よ。……それにクラウドシープなら、アナタ達を乗せて衛兵隊の所に送った後そのままトキヒサと合流出来るからね」
ネッツはひどく驚いたような顔をした。確かに合理的に考えれば、さっさとネッツ達を見捨てて撤退するのが常道だ。だけど、クラウドシープまで一緒に行くだけなら大した手間はかからない。
幸い私達とネッツ、それに部下達を含めても合わせて八人。クラウドシープに十分乗り込める人数だ。一度乗り込んでしまえば逃げ切ることも可能だろう。
ちなみに衛兵達に加勢するつもりは無い。そこまでやると流石にネッツ達の護衛が疎かになりかねないし、そもそも苦戦してはいても負けるという程ではない。
今も継続して探っているが、最初の不意打ち以降誰も衛兵が倒れていないのがその証拠だ。負傷者を庇いながらのようで攻めに転じられていないが、本隊が来るまで持ちこたえればそれで勝ちなのよね。
ただしその間に仮面の男は逃げおおせるだろうけど、そこまでは護衛の範囲外なので手を出すのは筋違いだ。
「ありがとうございます。ここに貴方達が居合わせてくれたのは幸運でした。……では申し訳ありませんが、クラウドシープに私達も乗せていただきます。よろしくお願いします」
そう言ってネッツ、そしてネッツの部下達は深々と頭を下げた。今は時間がないんだからそこまでしなくても良いのだけど。
「じゃあ完全に取り囲まれる前に向かうわよ。私が先頭に立つからついてきて。……それとソーメ。今も加護で連絡は出来る?」
「は、はい! アーメ姉とシーメ姉に連絡して、助けを呼ぶんですね?」
「いいえ逆よ。シーメ達にはそこで待機させて。……この状況で下手に動かれた方がかえって危険だわ」
目を閉じ早速連絡をしようとするソーメを静かに制止する。
今から向こうが動いたとしても、ここに着くまで時間が掛かる。なら下手に動かれて位置が分からなくなるより、こちらから合流しに行った方がマシだ。それに、
「……荒事がこっちで起きるのなら、むしろ好都合といった所ね」
そう呟きながら自嘲するような笑みを浮かべる。
トキヒサの予想していた今日町で起こる何かがコレならば、トキヒサはこちらへ来なければ安全だ。幸いヒースは向こうで見つかったようだし、後はこの場から離れて合流するだけ。
……やはり私はトキヒサが言う良い奴などではないのだろう。
頭にあるのは護るべきヒトの安否ばかり。最優先はトキヒサとして、その仲間や関係者、今仮とは言え護衛を請け負っているネッツ達が無事ならば、それ以外はどうでも良いと思っているのだから。
「……速くっ! もっと速く走ってっ!」
私達はクラウドシープを待たせている場所まで路地を走っていた。直線距離でならともかく、入り組んだ路地を駆け抜けるのは思いのほか時間が掛かる。
距離的にはおよそ歩いて十分掛かるか掛からないか。走れば五分ほどで着くだろう。途中邪魔さえ入らなければだけど。
「ヒィ……ヒィ……体力はまだ余裕なんすけど……おわっ!? こんなとこ走りたくないっすよ!!」
「私も、同感、です」
最後尾を走るオオバとソーメの服を掠めるように飛んでくる刃。二人はすんでの所で回避しながら走り続ける。走り始めてからもう幾つ目だろうか? 私達全員に飛んでくるのが二十を超えてから数えていない。
走りながら私達は、こうして姿を見せない何者かからの攻撃を受け続けている。動きからして衛兵達と戦っている者とは多分別口だ。
あちらが数を頼りにしたチンピラなら、こちらは十名ほどだが少なくとも何かの訓練を受けている。と言ってもこれだけ有利な状況で、私達を仕留められないのだからあくまでそこそこのようだけどね。
ただ数人が仕掛ける間に他の者が先回り。そして散発的に攻撃を仕掛けた後すぐに移動を繰り返すこのやり口。厄介ね。
ある程度の位置は絞れるものの、下手に反撃をしようものならその瞬間、四方八方から飛んでくる刃に誰かが貫かれることだろう。
ネッツや部下達に当たらないよう常時風で散らしている身としてはなんとも歯がゆいわね。
「もうダメっす! あたしにも強めに風を吹かせて守ってくださいっすよエプリさんっ!」
「私も、お願い、します」
「つべこべ言わない! ……ある程度自分の身は自分で護ってもらうと言ったでしょう?」
「「だからって殿は嫌です」っすよ~っ!!」
今の隊列は私を先頭にネッツ、ネッツの部下達、そしてオオバとソーメが殿を務めている。
当然私に近い方が護りやすいので、ネッツ達への刃は掠りもしないのに対し、オオバとソーメの方はギリギリだ。
「……次の道を左にっ!」
「はいっ!」
入り組んだ路地は、少しでも道を間違えたら速度が落ちる。速度が落ちたら良い的だ。
なので予め道を指示し、なるべく速度を落とさず走り続ける。ネッツもその点は理解していて、私の指示を聞き逃さずすぐに従っている。素直な依頼人は嫌いじゃない。
現在使っている魔法は、相手の攻撃を逸らすためのものと周囲の様子を探るもの。そして味方の速度を補助する追い風だ。
正直走りながらこの人数にというのは消耗が激しい。あまり長くは続けたくないわね。
「……もうすぐ着くわっ! 死にたくなければ力を振り絞りなさいっ!」
「言われなくても振り絞ってるっすよっ!」
「ちょっと、きつく、なってきました」
まだ喋れるだけ余裕が有るようで何よりね。ネッツの部下達は、元々疲れている所にコレで余裕はなく、ネッツの方は体力の消耗を抑えるべく口数を減らしている。
「……見えてきたっ!」
「おおっ! あれですか!」
「や、やっとっすか」
最後の直線。路地を抜けた先に待機するクラウドシープがチラリと見える。姿を視界に捉えたネッツが安堵の声を上げ、オオバは少し疲れながらもはっきりとした声を出している。
出口が見えたことによる一瞬の気の緩み。それを見逃すほど襲撃者達は甘くはなかった。
「……ちっ!」
一気に数を増して飛んでくる刃。どうやら向こうもここが勝負所と定めたようね。……ならこちらも出し惜しみなし。私は舌打ちしつつ咄嗟の防御策を取る。
「……“二重強風”」
速度重視の無詠唱強風の二重掛け。ほんの一瞬追い風を止め、襲い来る刃を逸らすのではなく力技で吹き飛ばす。
「ぐわあっ!?」
「ぎゃっ!?」
吹き飛ばした先で何人かの呻き声が聞こえた。自分達の放った武器が逆に刺さったのかもしれない。よし! 相手が混乱している内に路地の外へ、
「炎よ。柱となりて我が敵を焼き潰せ。“炎柱”」
そんな思考の死角を突こうというかの如く、空から路地の一画ごと私達を潰そうとする巨大な“炎柱”が降ってきた。
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