178 / 202
第六章 積もった金の使い時はいつか
閑話 ある奴隷少女の追憶 その八
しおりを挟む
◇◆◇◆◇◆◇◆
私がトキヒサの奴隷になり、このノービスに来てからも色々なことがあった。
『トキヒサ。出来た』
『おうっ! よく頑張ったな』
着いたばかりで荷車の横転事故に巻き込まれた時も、倒れた荷車を運ぶのを手伝い終わったら、トキヒサはそう言って労りながら頭を撫でてくれた。気分がほっこりした。
『ゴッチから報告を受け、すでに検査の用意をしてある。先に医療施設に搬送されているバルガスも現在治療中だ。……安心しろ。凶魔化などさせるものか』
ノービスの偉いヒトであるドレファス都市長に、息子ヒースに喝を入れる代わりに私の身体を診てくれるヒトに取り次いでもらった。どこかヒースとの関係に悩んでいそうなヒトだった。
『皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ』
教えてもらった教会で、ラニーの叔母だというエリゼに私の身体を診てもらった。優しくて落ち着いたヒトだった。
『コホン。では改めまして。長女のアーメです』
『次女のシーメだよ』
『ソーメです……末っ子』
『『『私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』』』』
ちょっとよく分からないけど、何故か凄いと思える三姉妹と仲良くなった。あの名乗りはどこから持ってきたんだろう?
『…………セプト。エリゼさん達を信じてみよう』
『分かった』
エリゼの作った試作品の器具を、エリゼの言葉を信じたトキヒサの言葉を信じて身に付けた。あんまり重くないし邪魔にもならなくて良かった。これまでと変わらずにトキヒサに仕えることが出来る。
『どうしたの? トキヒサ』
『な、何でもない。それより早く離れて……あと服はきちんと着てプリーズ』
わざわざ奴隷をベッドで寝かせて自分は床で寝ていたトキヒサが、毛布から足がはみ出て寒そうだったので起きるまでしがみついたりもした。
アーメ達にトキヒサと一緒に寝るならこの方が良いと言われて、わざと服を少し乱したけど、身体に付けた器具が出てしまったせいか、すぐにトキヒサに服をちゃんと着るよう指摘された。
『なら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか? 目的なんざ生きてる内にころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的を捻り出さなくたって、やりたい事が出来るまで待ってりゃいいのさ』
自分のやりたいことを考えたけど思いつかない時、アシュにそう言われてそういう考え方もあるのだと知り、
『トキヒサ。私、一人でやりたいことが見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?』
『ダメなもんか。セプトがやりたい事を見つけるまで、一緒に行こうぜ』
トキヒサにも言われて私は焦らなくても良いのだとホッとした。ジロウの宿題もそうだけど、これでまた一つやることが増えた。
『やあやあジューネちゃんじゃないか。この所顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい』
『……ふぅ。まだまだ私も未熟ですねぇ。自分で言ったばかりだってのに、口だけで止められないからって腕に頼ってしまうとは』
『只今ご紹介に与りました情報屋のキリですよっと。お代と時間さえ頂ければ、大抵の事は調べてみせるよ。以後よろしく!』
その後もジューネに護衛を頼まれたトキヒサに付き添って、取引相手のコレクターで貴族のヌッタ子爵、商人ギルドの仕入れ部門のトップだというネッツ、何故かモフモフに目がない情報屋のキリに会いに行ったり、
『こうすると、男は元気になるって言ってた。でも、やりすぎると元気になりすぎて危ないから、好きなヒトだけにやった方が良いって』
『そ、そうか。確かに誰彼構わずするとマズイからな! うん』
夜中に目が覚めたらなんでかトキヒサの額が赤くなっていたので、以前アーメ達に教えてもらった男のヒトを元気にする方法の一つ、痛そうな所を優しく撫でてあげたら、トキヒサがすぐに元気になって引き離されたこともあった。
……もう少しこのままでも良かったのに。
『……出来た! 出来たぞっ!』
『私も、出来た』
『はい。お二人ともちゃんと書けてますね。書き取り試験合格です!』
皆で一緒に勉強会もした。奴隷にはこういった知識は不要というのが前の持ち主の教えだったけど、こうして勉強してトキヒサの役に立てるならとても嬉しい。
どうやらトキヒサもこれは得意じゃなさそうなので、その分私が頑張ればもっと役に立てるかもしれない。
『これは……硬貨ですか? しかし私の知るどの硬貨とも違うようですね』
『ああ。俺の故郷で流通しているからここらへんじゃまず出回ってないと思うぜ』
他にもトキヒサが出したイチエンダマ。素材で言うアルミニウムという物をジューネに見せて売り込もうとしたり、
『……僕に答える義務があるとでも?』
『お願い。教えて』
『ふ、ふん。そんな目で見ても教えると思うなよ』
『お願い』
ヒースに何故他の講義をさぼるのか尋ねてみたりもした。何故かヒースは私から目を逸らしてずっと隠れようとしていた。私はただ普通に尋ねていただけなのに。
『ごめんなさい。私のせい』
『セプトを責めないでくれよジューネ。今回の都市長さんからの頼みは、セプトにとって治療の為の交換条件みたいな所もあるからな。それに俺もさっきセプトを前に出したから謝るなら俺の方だ。ゴメン』
『ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした』
だけどそのまま逃げられてしまい、私が勝手にやったことなのにトキヒサとジューネもそれぞれ謝って結局皆で互いに頭を下げあったりもした。ジューネはまだしもトキヒサは私の主人なのだから頭を下げるのはおかしいと思うんだけどな。
『そういうのを余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らない内に雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない』
『置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い』
自分が魔石の不法所持で最悪牢獄送りになった時のために敢えて何も言わなかったトキヒサに、つい縋り付いてしまったこともあった。
奴隷の立場から言えばそれはとても不敬なこと。実際すぐに私も離れた。だけどあの時トキヒサが居なくなったらと考えて、急に胸が怪我もしていないのにチクチクと痛んで、無性に触れていたいと思った。
次はちゃんと我慢しなきゃ。
『準備出来たよ姉ちゃん』
『こっちも……大丈夫だよ』
『よろしい。では皆様お座りください。“五分で分かる七神教の成り立ち”はっじまっるよ~!!』
ある時はアーメ達の演じたお芝居がとても面白く、影絵の参考にもなるのでまたやってほしいと思った。
あれなら練習すれば、人形だけなら私も近いことが出来るようになるかもしれない。声まではちょっと自信ないけど。
『ちょっと買いすぎじゃないかジューネ』
『何を言ってるんですかトキヒサさん。まだ半分くらいしか回っていませんよ』
『トキヒサ。私、持つ?』
『気持ちはありがたいけどセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ』
ジューネの買い物に付き合うトキヒサと共に荷物持ちをしたこともあった。毎回こんなに買い物をするなんて、商人はとても大変だ。
『セプト。くれぐれも二人を頼むわ。……またトキヒサが危険に突っ込んでいこうとしたら力尽くでも止めて』
『分かった。任せて』
街に出ているヒースを尾行する際、別行動をすることになったエプリにトキヒサの事を頼まれた時は、時々予想を超えたことをするトキヒサを何としてでも守らないとと奮起したり、
『そんなに美味しいんですか? どうも初めて見る品で心の準備が』
『まあ一口食ってみろよ。セプトなんかすぐに食べ始めたぞ』
『美味しい。美味しい』
初めて見るラーメンという食べ物を、トキヒサに勧められて舌鼓を打ったりもした。身体と心がほっこりする食べ物だった。
そして、食べ終わった後の帰り道、品物を買い取ってほしいというヒトの品物をトキヒサが確認していた時、
『…………何でこんな物が?』
その中の小さな板みたいなものを見て、トキヒサが凄く驚いたような顔をしたのに気が付いた。それがトキヒサにとってどれだけの意味を持つのか、この時の私にはまるで分らなかった。
『まずは自己紹介から。あたしの名前は大葉鶫。元の世界では花の高校一年生。陸上部に入ってましたっす。好きな事は身体を動かすこと全般。気軽につぐみんと呼んでもらっても良いっすよ!』
笑いながら自己紹介をしたそのヒトは、どこかジロウやトキヒサと同じ感じがした。
トキヒサが気にしていたスマホというらしい物の出所を探し、辿り着いた場所。そこに住んでいたのがこのツグミだった。
ツグミが何故かトキヒサをセンパイと呼ぶのは驚いたけど、ここで互いに自己紹介をした時、
『護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさかセンパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?』
『違うってのっ! セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者みたいなもんだ』
この言葉に私は少しだけ落ち込んだ。私はトキヒサの奴隷なのに、トキヒサは預かっているだけだという。……もっと役に立たないと。
ツグミには不思議な能力があった。
『『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす』
そう言って変な道具に触れると、突然目の前に見たことのない飲み物が現れたのだ。
好きなだけ出せるのではないらしいけど、それでも色んな物が出せるというのは凄いと思った。
その後私がよく分からないまま話が進み、トキヒサの持っていた道具から綺麗な女の子の姿が映し出されて何か話していたけれど、その辺りはやっぱりよく分からなかった。
ただ、トキヒサとツグミが会ったばかりなのに何か気が合っているのを見て、ほんの少しだけ胸がチクチクとした気がした。
そしてトキヒサがツグミに一緒に行かないかと誘ったその日、
『しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになったな』
ドレファス都市長とのイチエンダマ……アルミニウムの取引で、トキヒサは百万デンという大金を手に入れた。
暮らしぶりにもよるけど数年は遊んで暮らせるだけの額。トキヒサはイザスタというヒトを探しているらしいので、当然全てそのために使うものだと思っていた。……なのに、
『じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な』
そう言ってジューネ達に謝礼を払うまでは分かる。だけど普通に上乗せとして金貨を払おうとしたり、エプリにも大目に払おうとしたり、遂には、
『これでエプリの分も終了っと。あとはセプトとボジョの分だな』
『私達の、分?』
なんとボジョと一緒に私にまで渡そうとした。私は奴隷としてしか生きられないから自身を買い戻す金なんて必要ないのに。
『ああ。セプトは自分を奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めは出来てないけどよく働いてくれているのに変わりはないからな。それに今は目的が見つからないかもだけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく』
何度私をもっと奴隷らしく扱ってほしいと言って断っても時久は納得せず、強引に私に金を握らせてきた。
私は困ってしまった。生まれて初めて自分で好きに使える金を持ってしまったことに。一体どうすれば良いのだろうか?
私がトキヒサの奴隷になり、このノービスに来てからも色々なことがあった。
『トキヒサ。出来た』
『おうっ! よく頑張ったな』
着いたばかりで荷車の横転事故に巻き込まれた時も、倒れた荷車を運ぶのを手伝い終わったら、トキヒサはそう言って労りながら頭を撫でてくれた。気分がほっこりした。
『ゴッチから報告を受け、すでに検査の用意をしてある。先に医療施設に搬送されているバルガスも現在治療中だ。……安心しろ。凶魔化などさせるものか』
ノービスの偉いヒトであるドレファス都市長に、息子ヒースに喝を入れる代わりに私の身体を診てくれるヒトに取り次いでもらった。どこかヒースとの関係に悩んでいそうなヒトだった。
『皆さん初めまして。私はエリゼ。この教会の院長をしているわ。と言っても私以外にシスターが数人いるだけの小さな教会だけどね。フフッ』
教えてもらった教会で、ラニーの叔母だというエリゼに私の身体を診てもらった。優しくて落ち着いたヒトだった。
『コホン。では改めまして。長女のアーメです』
『次女のシーメだよ』
『ソーメです……末っ子』
『『『私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』』』』
ちょっとよく分からないけど、何故か凄いと思える三姉妹と仲良くなった。あの名乗りはどこから持ってきたんだろう?
『…………セプト。エリゼさん達を信じてみよう』
『分かった』
エリゼの作った試作品の器具を、エリゼの言葉を信じたトキヒサの言葉を信じて身に付けた。あんまり重くないし邪魔にもならなくて良かった。これまでと変わらずにトキヒサに仕えることが出来る。
『どうしたの? トキヒサ』
『な、何でもない。それより早く離れて……あと服はきちんと着てプリーズ』
わざわざ奴隷をベッドで寝かせて自分は床で寝ていたトキヒサが、毛布から足がはみ出て寒そうだったので起きるまでしがみついたりもした。
アーメ達にトキヒサと一緒に寝るならこの方が良いと言われて、わざと服を少し乱したけど、身体に付けた器具が出てしまったせいか、すぐにトキヒサに服をちゃんと着るよう指摘された。
『なら今は無理に目的を作らなくても良いんじゃないか? 目的なんざ生きてる内にころころ変わるもんだ。だったら今無理やり目的を捻り出さなくたって、やりたい事が出来るまで待ってりゃいいのさ』
自分のやりたいことを考えたけど思いつかない時、アシュにそう言われてそういう考え方もあるのだと知り、
『トキヒサ。私、一人でやりたいことが見つからなかった。でも、一緒に行っちゃ……ダメ?』
『ダメなもんか。セプトがやりたい事を見つけるまで、一緒に行こうぜ』
トキヒサにも言われて私は焦らなくても良いのだとホッとした。ジロウの宿題もそうだけど、これでまた一つやることが増えた。
『やあやあジューネちゃんじゃないか。この所顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい』
『……ふぅ。まだまだ私も未熟ですねぇ。自分で言ったばかりだってのに、口だけで止められないからって腕に頼ってしまうとは』
『只今ご紹介に与りました情報屋のキリですよっと。お代と時間さえ頂ければ、大抵の事は調べてみせるよ。以後よろしく!』
その後もジューネに護衛を頼まれたトキヒサに付き添って、取引相手のコレクターで貴族のヌッタ子爵、商人ギルドの仕入れ部門のトップだというネッツ、何故かモフモフに目がない情報屋のキリに会いに行ったり、
『こうすると、男は元気になるって言ってた。でも、やりすぎると元気になりすぎて危ないから、好きなヒトだけにやった方が良いって』
『そ、そうか。確かに誰彼構わずするとマズイからな! うん』
夜中に目が覚めたらなんでかトキヒサの額が赤くなっていたので、以前アーメ達に教えてもらった男のヒトを元気にする方法の一つ、痛そうな所を優しく撫でてあげたら、トキヒサがすぐに元気になって引き離されたこともあった。
……もう少しこのままでも良かったのに。
『……出来た! 出来たぞっ!』
『私も、出来た』
『はい。お二人ともちゃんと書けてますね。書き取り試験合格です!』
皆で一緒に勉強会もした。奴隷にはこういった知識は不要というのが前の持ち主の教えだったけど、こうして勉強してトキヒサの役に立てるならとても嬉しい。
どうやらトキヒサもこれは得意じゃなさそうなので、その分私が頑張ればもっと役に立てるかもしれない。
『これは……硬貨ですか? しかし私の知るどの硬貨とも違うようですね』
『ああ。俺の故郷で流通しているからここらへんじゃまず出回ってないと思うぜ』
他にもトキヒサが出したイチエンダマ。素材で言うアルミニウムという物をジューネに見せて売り込もうとしたり、
『……僕に答える義務があるとでも?』
『お願い。教えて』
『ふ、ふん。そんな目で見ても教えると思うなよ』
『お願い』
ヒースに何故他の講義をさぼるのか尋ねてみたりもした。何故かヒースは私から目を逸らしてずっと隠れようとしていた。私はただ普通に尋ねていただけなのに。
『ごめんなさい。私のせい』
『セプトを責めないでくれよジューネ。今回の都市長さんからの頼みは、セプトにとって治療の為の交換条件みたいな所もあるからな。それに俺もさっきセプトを前に出したから謝るなら俺の方だ。ゴメン』
『ああもぅ二人とも、別に責めてはいませんよ。それを言うなら段取りを伝えていなかったこちらにも非が有ります。すみませんでした』
だけどそのまま逃げられてしまい、私が勝手にやったことなのにトキヒサとジューネもそれぞれ謝って結局皆で互いに頭を下げあったりもした。ジューネはまだしもトキヒサは私の主人なのだから頭を下げるのはおかしいと思うんだけどな。
『そういうのを余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らない内に雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない』
『置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い』
自分が魔石の不法所持で最悪牢獄送りになった時のために敢えて何も言わなかったトキヒサに、つい縋り付いてしまったこともあった。
奴隷の立場から言えばそれはとても不敬なこと。実際すぐに私も離れた。だけどあの時トキヒサが居なくなったらと考えて、急に胸が怪我もしていないのにチクチクと痛んで、無性に触れていたいと思った。
次はちゃんと我慢しなきゃ。
『準備出来たよ姉ちゃん』
『こっちも……大丈夫だよ』
『よろしい。では皆様お座りください。“五分で分かる七神教の成り立ち”はっじまっるよ~!!』
ある時はアーメ達の演じたお芝居がとても面白く、影絵の参考にもなるのでまたやってほしいと思った。
あれなら練習すれば、人形だけなら私も近いことが出来るようになるかもしれない。声まではちょっと自信ないけど。
『ちょっと買いすぎじゃないかジューネ』
『何を言ってるんですかトキヒサさん。まだ半分くらいしか回っていませんよ』
『トキヒサ。私、持つ?』
『気持ちはありがたいけどセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ』
ジューネの買い物に付き合うトキヒサと共に荷物持ちをしたこともあった。毎回こんなに買い物をするなんて、商人はとても大変だ。
『セプト。くれぐれも二人を頼むわ。……またトキヒサが危険に突っ込んでいこうとしたら力尽くでも止めて』
『分かった。任せて』
街に出ているヒースを尾行する際、別行動をすることになったエプリにトキヒサの事を頼まれた時は、時々予想を超えたことをするトキヒサを何としてでも守らないとと奮起したり、
『そんなに美味しいんですか? どうも初めて見る品で心の準備が』
『まあ一口食ってみろよ。セプトなんかすぐに食べ始めたぞ』
『美味しい。美味しい』
初めて見るラーメンという食べ物を、トキヒサに勧められて舌鼓を打ったりもした。身体と心がほっこりする食べ物だった。
そして、食べ終わった後の帰り道、品物を買い取ってほしいというヒトの品物をトキヒサが確認していた時、
『…………何でこんな物が?』
その中の小さな板みたいなものを見て、トキヒサが凄く驚いたような顔をしたのに気が付いた。それがトキヒサにとってどれだけの意味を持つのか、この時の私にはまるで分らなかった。
『まずは自己紹介から。あたしの名前は大葉鶫。元の世界では花の高校一年生。陸上部に入ってましたっす。好きな事は身体を動かすこと全般。気軽につぐみんと呼んでもらっても良いっすよ!』
笑いながら自己紹介をしたそのヒトは、どこかジロウやトキヒサと同じ感じがした。
トキヒサが気にしていたスマホというらしい物の出所を探し、辿り着いた場所。そこに住んでいたのがこのツグミだった。
ツグミが何故かトキヒサをセンパイと呼ぶのは驚いたけど、ここで互いに自己紹介をした時、
『護衛さんに……ど、奴隷っすか!? まさかセンパイっ!? 年下の子にご主人様なんて呼ばせるコアな趣味があったんすか!?』
『違うってのっ! セプトは成り行き上預かっているだけだよ。俺はいわば保護者みたいなもんだ』
この言葉に私は少しだけ落ち込んだ。私はトキヒサの奴隷なのに、トキヒサは預かっているだけだという。……もっと役に立たないと。
ツグミには不思議な能力があった。
『『ショッピングスタート』。カテゴリは飲み物。それとコップっす』
そう言って変な道具に触れると、突然目の前に見たことのない飲み物が現れたのだ。
好きなだけ出せるのではないらしいけど、それでも色んな物が出せるというのは凄いと思った。
その後私がよく分からないまま話が進み、トキヒサの持っていた道具から綺麗な女の子の姿が映し出されて何か話していたけれど、その辺りはやっぱりよく分からなかった。
ただ、トキヒサとツグミが会ったばかりなのに何か気が合っているのを見て、ほんの少しだけ胸がチクチクとした気がした。
そしてトキヒサがツグミに一緒に行かないかと誘ったその日、
『しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになったな』
ドレファス都市長とのイチエンダマ……アルミニウムの取引で、トキヒサは百万デンという大金を手に入れた。
暮らしぶりにもよるけど数年は遊んで暮らせるだけの額。トキヒサはイザスタというヒトを探しているらしいので、当然全てそのために使うものだと思っていた。……なのに、
『じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な』
そう言ってジューネ達に謝礼を払うまでは分かる。だけど普通に上乗せとして金貨を払おうとしたり、エプリにも大目に払おうとしたり、遂には、
『これでエプリの分も終了っと。あとはセプトとボジョの分だな』
『私達の、分?』
なんとボジョと一緒に私にまで渡そうとした。私は奴隷としてしか生きられないから自身を買い戻す金なんて必要ないのに。
『ああ。セプトは自分を奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めは出来てないけどよく働いてくれているのに変わりはないからな。それに今は目的が見つからないかもだけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく』
何度私をもっと奴隷らしく扱ってほしいと言って断っても時久は納得せず、強引に私に金を握らせてきた。
私は困ってしまった。生まれて初めて自分で好きに使える金を持ってしまったことに。一体どうすれば良いのだろうか?
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる