188 / 202
第六章 積もった金の使い時はいつか
閑話 ある奴隷少女の追憶 その十二(終)
しおりを挟む『……“影造形”』
『魔力注入……障壁、展・開っ!』
トキヒサに飛来する火球を私の影で出来た槍が貫き、ヒースの方に来た分はシーメの翳した盾から出る薄青色の幕に弾かれる。
これはシーメが言うには魔力盾というもので、魔力を注ぐ限りこのように攻撃を防ぐ幕を周囲に張ることが出来るという。本気を出したらちょっとしたものだよとシーメはさっき言っていたけど、実際かなり頑丈そう。
『やっほ~! 大丈夫トッキー? あとヒース様もご無事ですか? どこか火傷とかしてませんか?』
『トキヒサ。大丈夫?』
途中で体力の違いからか追い抜かれてしまったけど、シーメの後から私もトキヒサの所に走り込む。怪我は……良かった。見た所してないみたい。服の裾からこっそり覗くボジョも元気そう。
『セプト! 隠れてろって言ったじゃないか! ここは危ないぞ』
『ごめんなさい。トキヒサが心配だから、隠れながら来た。近い方が、掩護出来ると思って』
命令を破ったから怒られるのは当然だ。私は申し訳なく思いながら顔を伏せる。だけど、トキヒサはそのまま『来ちゃったものは仕方ない。危ないからなるべく俺から離れるなよ』と私に言いつけた。
これは……つまり私に護衛をしろということなのだろう。なら何としてでもトキヒサの身を守らないと。私はこくりとその命令に頷いた。
その後の流れは途中まではとても良かったのだと思う。ヒースはシーメから魔力盾を借り、ネーダの懐に飛び込むため私達全員で一芝居打った。
ネーダの放つ炎をヒースが魔力盾で受け止めるように見せかけて、陰からシーメが光属性の“光壁”を展開。同時にトキヒサがイチエンダマ……アルミニウムの粉末を炎に投げ入れる。
アルミニウムは粉にして燃やすと強い光を放つらしく、その光で一瞬ネーダの目を眩ませている間にヒースは素早く近くの瓦礫に隠れる。そして居なくなったことを気づかれないように私が影造形を発動し、ヒースのように見える影を同じ場所に身代わりに置く。日頃練習していた影造形が役に立った。
あとはわざとシーメが魔法を弱めて炎に壊させ、ヒースに似せた影を焼き尽くさせてネーダが油断した所をヒースが奇襲するという流れ。
それは上手くいき、剣と盾の両方を持ったヒースは剣のみの時より鋭い動きでネーダを翻弄した。そしてそれなりの深手を負わせてあと一歩のところまで追いつめた時、
『そろそろ片付いた頃だろうと見に来てみれば……誰一人仕留めていないとはな。ネーダ。予想以上に使えない奴だ』
ボンボーンと戦っていた仮面の男がこちらまでやってきたのだ。さらに援軍なのか、明らかにふらついて目が虚ろな二人の男もやって来て、その後からすぐボンボーンも仮面の男を追ってきた。
だけどもうネーダは大怪我でまともには戦えず、仮面の男も一対一ならヒースが多分勝てる……と思う。トキヒサには下がってもらうとして、私とシーメがトキヒサの護衛をしながら援護。そしてボンボーンが加勢すれば多分負けは無い。
だから……私は油断してしまっていた。仮面の男がローブの中から変な形の棒のようなものを取り出した時、一瞬魔法を使うべきかどうか迷った。
そして、仮面の男がその棒で瓦礫を軽く叩き、周りにキーンという高い音を響かせた瞬間、
ドクンっ!!
心臓が破裂したかと思った。
例えようのない痛みが身体を襲い、痛みには慣れていると思っていた私でも胸を押さえて蹲ってしまう。ドッと嫌な汗が流れ、息遣いも荒くなる。
その痛みの出所は、以前クラウンに埋め込まれた魔石。それがどくどくとまるで脈打つように変な光を放っている。
『セプトちゃん? ……しっかりしてセプトちゃんっ!』
異変に気が付いたシーメが慌てて私に駆け寄る。
おかしい。確かに前受けた説明で、この魔石がいつか凶魔化するかもとは聞いていた。だけどそれを抑えるための器具もあるし、毎日魔力も使っていたからここまで急になるとは思えない。
器具が壊れたかなとちょっとだけ思ったけど、目の前のシーメが器具を確認していることから多分そうじゃない。
じゃあ何故こんなことに? ……決まってる。あの仮面の男の仕業だ!
『おいそこの仮面野郎。セプトとこの人達に一体何した?』
こんな怒ったトキヒサの声は初めて聴いた。トキヒサのその言葉に周りを見ると、さっきまで居た虚ろな目をした男達の姿が変わっていた。鎧のような筋肉で体を覆い、瞳を赤く輝かせて額から角のようなものを生やした怪物。
私の知るそれとは大分違うけど、その二体は間違いなく凶魔だと判断する。
それとさっきまでヒースと戦っていたネーダも、持っていた剣から浸食されたみたいで半分凶魔みたいになってそこら中に炎をまき散らしている。
凶魔二体とボンボーン、半分凶魔のネーダとヒースの戦いが始まる中、元凶である仮面の男に殴り掛かるトキヒサ。だけど仮面の男は懐から球のようなものを取り出して地面に叩きつけ、そこから出た薄紫の靄に紛れて姿を消してしまう。
その靄には毒性もあったみたいで、凶魔二体と戦っていたボンボーンがそれで身体がふらついたところを殴り飛ばされた。
何とかトキヒサの機転で凶魔達を振り切り、瓦礫の影に隠れてシーメの張った膜の中に退避したけれど、もう皆ボロボロでヒースともはぐれてしまった。
そして、
◇◆◇◆◇◆◇◆
「心配するなセプト。必ず助けるから。シーメはセプトとボンボーンさんを頼むっ! こいつらはこっちで引き付けるからっ!」
「それは無茶だってっ! トッキー一人じゃ無理だよっ!?」
「勝つのは無理だけど時間稼ぎくらいはできる。今の内に早くボンボーンさんを治してくれっ! ほらほらっ! こっちだこっち!」
そう言ってトキヒサがここを離れ、今に至る。幕の中ではシーメが、普段とは違う切羽詰まった真剣な顔でボンボーンの治療をしている。
自分の胸に埋め込まれた魔石は真っ黒に染まり、それを抑える器具の魔石もほぼ漆黒に近い。まるでもう一つの心臓のように脈を打つ魔石だけど、多分私の心臓の鼓動の方がずっと煩いほどに鳴っている。
このままだと、私もさっきのヒト達みたいに凶魔になるのだろう。だけどそんなことは別にどうでも良い。
トキヒサが、私のご主人様が必死に戦っているんだ。危ないからなるべく俺から離れるなよと護衛を言いつけられた私が、こんな所で蹲ってなんかいられない。
「……はぁ……はぁ……ふぅ」
このままじゃトキヒサが危ない。そう考えるだけで胸が苦しくなる。凶魔になりかけている痛みとは別の痛み。だけど、多分こっちの方は慣れることはないのだろう。
だから呼吸を整えて少しでも痛みを和らげる。……大丈夫。痛みも落ち着いてきた。我慢できる。
そこで思い出したのはこれまでの記憶。奴隷の子として生まれ、生まれながらの奴隷として生きた日々。クラウンに買われ、ジロウに戦い方を教わり、エプリとの戦いではクラウンに使い捨てにされ、そしてトキヒサの奴隷として着いて行くことになった記憶。
一つずつ思い返す中ふと気が付いた。トキヒサが危ないと考えると胸が痛くなる。だけどそれとは別に、普段のトキヒサの事を考えるとどこか胸が温かくなったように思えた。
これが多分、以前ジロウの言っていた大切なものが出来たということなんだろう。なら、私のするべきことはもう決まっている。
私はシーメがボンボーンに完全に集中した一瞬を見計らって膜の外に出、そのままトキヒサを追ってなんとか走り出した。
後からこちらを見て慌てるシーメだけど、丁度ボンボーンの治療も肝心な所に入っていたから私を止められない。全部終わったら、ちゃんと謝らなきゃ。
僅かに聞こえてくる戦いの音。そして馴染みのある破裂音を頼りにトキヒサを追う。
先ほどから周りに漂っている薄紫の靄だけど、まともに吸っているのに何故かボンボーンみたいに苦しくも目が霞みもしなかった。よく分からないけど好都合。
そして遂に、トキヒサと二体の凶魔の戦っている場所に辿り着く。だけど、そこで急に戦っていたトキヒサがバランスを崩した。今頃になって靄の影響が出てきたみたい。
この靄は凶魔には効かないみたいで、凶魔二体は構わずトキヒサに腕を伸ばす。だけどそんなことさせないっ!
「“影造形”っ!」
距離的に自分の影では間に合わなかったので、僅かにこちらの方に伸びていたトキヒサの影を使って鬼凶魔の腕を刺し貫き受け止める。
ドクンっ!
魔法を使ったらまた魔石の脈動が強くなった。少し息が切れかけたけど大丈夫。まだ頑張れる。
「……うぅ。大……丈夫? トキヒサ」
「セプトっ!? なんでこんな所にっ!?」
トキヒサが足止めのために硬貨を凶魔に投げつけ、自分もふらついているというのに私を心配して駆け寄ってくる。
「トキヒサを……はぁ……追ってきたの。あとは、私が……頑張るから」
ピシッ! ピシッっとさっきから胸の器具から、何かヒビの入るような嫌な音が聞こえてくる。チラリと見ると、器具に備え付けられた魔石の方にヒビが入っていた。これが割れたらもう一気に凶魔化するだろう。
あともうどのくらい保つだろうか? あと何度魔法を使えて、あとどのくらいの時間私は私でいられるだろうか?
だけど最悪凶魔になったとしても、今この時間トキヒサを護れるのならそれで良い。もう少しでエプリ達も駆けつけてくれる。そうすればトキヒサは助かる。……私の方は分からないけど。
今度はもう間違えない。例え自分が傷ついてでも、トキヒサは優しいから私の事で悲しむのだとしても、絶対にこれ以上傷つけさせない。
私はトキヒサの奴隷で…………トキヒサは私の大切なヒトなのだから。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜
霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!!
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」
回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。
フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。
しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを……
途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。
フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。
フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった……
これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である!
(160話で完結予定)
元タイトル
「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる