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第六章 積もった金の使い時はいつか
一瞬の油断に付け入る槍
しおりを挟む一人で鬼凶魔二体を相手に奮戦していた俺。しかし周りに撒かれた毒霧のせいで不覚を取り、もう少しでやられるという所で、駆けつけてきたセプトに助けられた……のだけど、
「……はぁ……はぁ」
「セプトっ! 無茶するな!」
どう見てもセプトの体調は最悪だった。その青色の前髪はべったりと嫌な感じの汗で顔に張り付き、息も絶え絶えでいつ倒れてもおかしくない。おまけにさっきから、セプトの胸の魔石はどんどんその嫌な輝きを増している。
だというのに、セプトはその両手を鬼凶魔達に翳して“影造形”を発動し続けていた。……俺を守るために。
セプトに繋がっているそこらじゅうの影が剣となり槍となり、様々な形に変化して鬼凶魔達に殺到するが、何度かその拳と打ち合う毎にその数を減らしていく。幾つかは身体にも届いているが、その皮膚の頑丈さから痛手にはなっていない。
「あ~もうっ! 金よ。弾けろっ! こっちだセプトっ!」
俺はポケットから硬貨を掴み出し、鬼凶魔達に投げつけながらセプトの手を掴んで走り出す。
さっきからこの霧のせいで気持ちが悪く眩暈も酷い。足もふらつくがまだ目の前のセプトよりはマシだ。まずは距離を取らないと。
「うわっ!?」
「トキヒサっ! ……“影造形”!」
とは言え、眩暈の中投げつけたから上手く決まらなかったらしい。鬼凶魔の片方が爆発をものともせず殴り掛かってきたのを、セプトが今度は影を盾のように変化させて拳を受け止める。さっきのシーメやヒースの事を参考にしたのだろう。
ただ今度はそう上手くはいかなかった。影で受け止められたのも一瞬の事。すぐにセプトは苦しげな声をあげて影の力が弱まり、そのまま押し切られてしまう。
「んなろっ!」
俺も咄嗟に貯金箱を拳の前に掲げてセプトを庇うが、元より純粋な腕力では鬼凶魔に敵わない。貯金箱と俺の身体ごと吹き飛ばされ、セプトと一緒にゴロゴロとその場を転がる。
くっそ~。こりゃマズイ。俺もセプトも絶不調だ。特にセプトはどう考えても一刻を争う。
「セプト。何とか俺が時間を稼ぐから、早くシーメ達の所に戻るんだ」
「ダメ…………トキヒサを……守らなきゃ」
俺が何とか立ち上がってセプトの前に立とうとすると、セプトも息も絶え絶えになりながら、必死の形相で立ち上がった。
だけどそこには逃げようとする意志など欠片も見当たらない。身を挺してでも俺を守ろうという意志ばかりだ。……仕方ない。
「早く行けっ! これは命令だっ! ……頼むから、逃げてくれ」
命令なんてしたくはない。こんなことを度々していたら、いつの日か完全にセプトを自分の物のように扱ってしまいそうだから。
だけど今敢えて俺はそう言う。これならセプトは逃げてくれるだろう。そんな俺の思惑は、
「…………ごめんなさい」
初めてセプトが俺の言葉に従わなかったことですぐに崩れた。
「私は……奴隷。奴隷は……主人に従うもの。……はぁ……だけど、さっき……トキヒサに頼まれたから。……なるべく離れるなって……言われたから。……二つ命令が……あるなら。私は……こっちの命令を守る。……はぁ……自分で…………選ぶ。離れないで……守るから」
普段のセプトならしないだろう長台詞。声も掠れて苦しみながらも言うからこそ、セプトが間違いなく本気だと感じられた。
命令をわざと曲解してでも、必死に俺の前に立って守ろうとするセプトに、俺はそれ以上逃げろなんて言えなかった。……だから、
「あ~もうっ! 俺一人で引き付け役をやる筈が、何で来ちゃうかな全くっ! ……後ろから援護頼む」
それが俺の妥協点。
逃げないのはもう仕方ない。だけど俺が前に立つことは譲れない。俺がそう言って前に出た時、セプトの表情は陰になって見ることは出来なかった。
とは言ったものの、
「グガアアァっ!」
「このっ!」
鬼凶魔の片割れの剛腕を、セプトの影造形の力も借りて何とかいなす。
いくらセプトの援護があるとはいえ、そもそもどっちも体調最悪。そこらに今もばら撒いている硬貨を起爆させたり、さっきのように俺に直撃しそうな攻撃だけを影造形でずらすことでなんとか抑えてはいるものの、それ以上のことは正直厳しい。
それにさっきから、セプトの影造形自体も弱々しくなっている。最初は二、三回打ち合って消える程度だったのに、今では一度拳に当たっただけで消えてしまう。そのことも戦況の悪化に拍車をかけていた。
「セプトっ! お前やっぱり身体がっ!」
「……はぁ。身体……まだ、大丈夫。だけど、光が……弱くなって、影が……」
その言葉を証明するかのように、空の月が雲に少しずつ覆われていく。げっ!? なんでこんな時に!?
セプトの影属性の基点は当然だが影だ。影は光源がなきゃ出来ない。俺が戦いの中セプトの周りに飛ばした光属性の“光球”も、それ自体の光量はそこまで強くないしこれ以上数を出すことはできない。
さっきネーダとやりあっていた場所なら残り火で光源には事欠かなさそうだが、そこへはここからじゃやや距離がある。
だからこのまま月が雲に隠れたら、一気に影が無くなってセプトは援護どころか自衛すらおぼつかなくなる。他に何か光源になるような……そうだ! さっき使い残したアルミニウムの粉末だ!
「セプト! さっきネーダに使った手で行こう! タイミングを合わせてくれ!」
「……はぁ……分かった。トキ……ヒサ」
セプトは片方の鬼凶魔の足を千切れかけの影の帯で引っ掛けながら頷く。ああやって少しでも時間を稼いでくれているのを無駄にはしない。
俺は使い残した粉末の入った袋に起爆用の硬貨を入れ、チラリとセプトの方を見る。そこでセプトと目が合い、軽く頷いたのを合図に袋を鬼凶魔達に向けて投げつけた。
「グルアアア!?」
鬼凶魔達も流石に学習したのか、飛んでくる袋に馬鹿正直に当たることもなくそのまま躱される。……だが別にそれでもかまわない。どうせ眩暈で正確な場所に投げられないのは分かってらぁっ!
「金よ。弾けろっ!」
その言葉と共に、鬼凶魔の背後で袋の中の硬貨が起爆。そしてその小さな爆炎に反応し、粉末が白い閃光を放ちながら燃える。……今だ!
「影……造形っ!」
直接光を見てやられないよう咄嗟に目を庇いながら、セプトが閃光によって長く伸びた鬼凶魔達の影に直接影造形を発動する。
そして鬼凶魔達の影が一気にぐわっと伸び上がったかと思うと、そのまま膜のように自分の本体に向けて覆い被さった。
考えたな! こいつらときたらボンボーンさんにぶん殴られても俺の金属性を喰らっても倒れないからな。ダメージが無いってことは無いだろうが、このままやりあっていたらこのタフさでどこまでしつこく向かってくることか。
だけどこれならダメージを与えなくても無力化出来る。今も中から破ろうとしているみたいだが、元々自分の影だけあって絡まって引き剥がせないようだ。……以前牢獄で戦った奴もヌーボに纏わりつかれて無力化されてたし、案外こういうのが弱点らしい。
「よっしゃ! ナイスだセプト! あれならそう簡単には出られない」
「……はぁ……これでしばらく……大丈夫。トキヒサ……今の……内に」
そうだ。時間稼ぎはこれで多分十分だろう。早くセプトを連れてシーメ達かヒースと合流しなくちゃな。セプトの容体ももう限界そうだし、俺だってさっきからフラフラだ。
「ああ。早く戻らないとな。急いで戻れば凶魔化の件だってきっと大丈夫だ。……さあ。セプト」
俺はセプトに向けて安心させるように手を伸ばす。そしてセプトが苦し気ながらもこくりと頷いてその手を取り、
『“土槍”』
胸に強い衝撃があった。不思議に思って見てみると、
「…………ははっ。な、なんだよ……これ」
「トキヒサ? ……トキヒサっ!?」
胸に土の槍が突き刺さっていた。
「ぐっ……うぅっ!?」
自分の胸に土の槍が突き刺さっているのを自覚すると、急に顔から血の気が引いていく感じがして、足に力が入らなくなりその場に崩れ落ちる。
くそっ! さっきからの眩暈と相まって意識がっ!? 急に視界が暗くなってきた。土の槍はボロボロと急速に風化して崩れていくが、むしろなくなったことで出血が酷くなりそうだ。
マズい……さっき少しだけ聞こえた声は、おそらくあの仮面の男のもの。この近くに居るのは間違いない。
ダメだ! 俺がヤバいのは当然として、今の状態のセプトじゃ逃げることも出来ない。何とか起きないと……。だけどいくら力を入れても視界はどんどん暗くなり、
「トキヒサっ!? ねぇっ! しっか……あぐぅっ!? あああアアァっ!?」
ピシっ! パキーン!
俺の意識が飛ぶ直前に見たのは、胸と取り付けられた器具の両方から強烈な暗い光を放ってうずくまるセプトの姿だった。
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