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第六章 積もった金の使い時はいつか
風と影は夜に躍る
しおりを挟むガツン。ガツン。
「うわっ!? キッツ~。……だけど、まだ耐えれるよセプトちゃん」
両腕を翳し、先ほどから影がぶつかってくる光壁を維持しているシーメ。やや疲労の色が見えるものの光壁は揺るがない。
シーメはセプトがこうなったことに責任を感じていた。そしてそれは同調の加護で大まかに察している他の姉妹も同じだった。
セプトが着けていた器具。それは敬愛するエリゼ院長を自分達が手伝って作った物だ。凶魔化を防げるという自信があった物だが、それでも仮面の男によって無理やり凶魔化されてしまった。
凶魔化の誘発なんて想定外だったということはある。それでもこれ以上目の前のセプトに、自分達の友人に、凶魔として誰かを傷つけさせたくなかった。
だから防ぐ。いくら影が押し寄せようとも、自分もトッキーも傷つけさせない。シーメのその決意を背に、エプリはここで防御ではなく攻撃に転じる。
とんっと軽く地を蹴り、強風による追い風を受けて凄まじい速度で影凶魔に迫る。
影凶魔はほんの僅かに驚いたように動きを止め、すぐに時久に向かう影以外をエプリに向かわせた。そして目前まで迫った影を、
「……やっ!」
エプリは鋭く叫ぶとともに、高く跳躍して回避する。そのまま宙返りのように体勢を変えると、今度は自然落下しつつ懐から短剣を取り出す。
「Aaaaarっ!」
影凶魔は落ちてくるエプリに向けて幾本も影の刃を突き出した。通常なら身動きできない空中に居る時点で直撃は避けられない。だが、エプリの真骨頂はむしろ空中戦だ。
エプリは僅かな強風の制動と、片手で振るう短剣で影の刃を掻い潜る。そして弾丸のような勢いのままにもう片方の手で掌打の構えを取る。
風を利用しての高速突撃。それは以前戦った時の再現。
かつてクラウンに邪魔されなければ、これで勝負の着いていた一撃。
それを決め技に選んだのはどこまで行っても偶然だろう。しかし、
「Aaaaarっ!」
それはセプトの記憶の片隅に残るモノだった。そして、今回はそれは悪い方に進む。
影凶魔はエプリのやろうとしていることを察し、自身に残った影を敢えて伸ばさず剣山のように広げたのだ。
速度を落とさなければ串刺し。急停止してもその隙を突く。一度受けた技だからこその対処法。
……だが、影凶魔はその思考の大半を時久への執着に割いていたので忘れていた。
以前自分にクラウンが味方したように、今回はエプリの側に味方が居ることを。
「うおおおっ!」
今までずっと近くに潜んで機会を窺っていたボンボーンが、瓦礫で剣山を横から殴りつけた。
影は衝撃で一瞬揺らぎ、その僅かだが致命的な隙をエプリがすり抜ける。そして、
「……はぁっ!」
溜め込んでいた魔力を掌打の形で叩き込み、影凶魔が身に纏う影のドレスをこそぎ落とした。
「アアアァaaaarっ!?」
エプリの一撃に影凶魔が絶叫のような音を響かせる。
霧散した影の内部。胸部辺りから覗くのは、目は開いているのにどこか無表情……というより虚ろな表情で埋もれている普段のセプトの姿。
「……多少痛いのは我慢してもらうわよっ!」
エプリは好機とばかりに更に接近する。
(身体が変質していないなら、魔石のある場所はこれまでと同じ胸元。風刃を調節して魔石を摘出し、すぐにシーメに治療してもらえば命は助かる)
予想通り、セプトの胸元に魔石とそれを覆っていた器具の残骸を目視し、速やかに摘出すべく手を伸ばすエプリ。
こうなった以上、もう後遺症云々よりも一刻も早く摘出することが最優先。エプリはそこまでのことを手を伸ばす一瞬の間に頭の中で考え……そこでふと違和感に気が付いた。
セプトが変質していないのなら、この影凶魔は何なのか?
「……っ!?」
だが、考えていられたのはそこまでだった。
本能的に身を守ろうと、影凶魔はドレスの残滓を刺々しく変化させて大きく広げた。結果として、エプリの手が届くギリギリで再びセプトは影に包み込まれる。
エプリは舌打ちをしながら強風を発動。影凶魔の体勢を崩しつつ距離を取った。それを追って駆けよるボンボーン。
「……さっきは助かったわ。エプリよ。……ボンボーン……だったかしら?」
「けっ! こっちなんか眼中にねえって感じだったから、こっそり一発かましてやろうと思ってただけだ。流石に次はもう効かねえだろうけどな」
エプリが言葉少なに自己紹介がてら礼を言うと、ボンボーンは落ちていた瓦礫を持って構えながらそうぶっきらぼうに返す。
確かにもう奇襲は通じづらいだろう。相変わらず時久の方に伸ばす影の量は多く、シーメがあとどれだけ持ちこたえられるか分からない。しかしエプリはすぐに頭を切り替え次の手を考える。その時、
ふわり。
エプリが使った強風によって影凶魔の体勢を崩れていたこと。そして影のドレスを形態変化させたことで、少しだけ顔を覆うベールがズレてその中身が垣間見える。
「なっ!?」
「…………そういうこと」
ベールの下には何もなかった。
目鼻口といったパーツすらなくただののっぺらぼう。……いや、正確に言えば何もないわけではなく、その額の辺りに有る筈のないものがあった。セプトの胸元の物とはまた別の魔石である。
ボンボーンが驚愕する中、エプリはそれを見て違和感の一つが解けていくのを感じた。
つまりあの影凶魔はセプトではなく、セプトが身に着けていた器具に使われていた魔石が凶魔化したものだ。
そう考えるとセプトの身体が変質していないことに説明がつく。
今の影凶魔はつまり、セプト自身を核として自分がガワになっている状態だ。セプトが影凶魔を外套のように着込んでいると言い換えても良い。
細かい理由までは知る由もなかったが、エプリは事態が単純になったことを喜んだ。……つまり、
「……影凶魔とセプトが別々だというのなら、引き剥がすか影凶魔の部分の魔石だけ壊せば良いだけの事。……やりやすくなって助かるわね」
「Aaaaarっ!」
だが、そこで影凶魔は思わぬ行動に出た。それまで時久に伸ばし続けていた影が、一斉に向きを変えてエプリの方に殺到したのだ。
まず邪魔者を仕留めてからという流れは普通だが、あれほど執着していたのにここまで急に変われるものだろうかとエプリは眉を顰める。
「……ふっ。やっ!」
影の猛攻を躍るように躱していくエプリだが、影の中に違和感を覚える。
時折影の一部がエプリへの攻撃を止めて時久の方に向かおうとするのだが、少しするとまるで無理やり動かされるかのようにぎこちなくまたエプリに向かうのだ。
そんなよく分からない動きで四方八方から伸びてくる影を、エプリが高い集中力で捌いていく中……それは起きた。
「……っ!?」
それはヒースとネーダの戦いの流れ弾。
劣勢へと追い込まれつつあったネーダが、凶魔と化しながらも扱えていた魔剣の力で放った氷の礫。
ヒースはしっかり自身への礫を回避していたが、偶然一つが軌道を外れエプリに向けて飛んでいく。
エプリはそれをギリギリで回避するが、その極々僅かな一瞬の隙を影は見逃さなかった。
直線的な刃では避けられる。なら避けられない物にすればいい。そう学習したか、影凶魔から伸びる影が縒り合さってまるで網のような形をとると、大きく広がってエプリを包み込もうと迫った。
(いけないっ! 躱しきれない)
エプリは目前に迫る影の網を前にそう判断する。見ればその網の内側には、細かく鋭い棘がびっしりと生やされていた。あれに包まれれば無事では済まない。
(強風で緊急回避……ダメ。追い縋られる。風刃で迎撃……私が抜けられる穴を開けるのは間に合わない)
今取れる手を何通りか思い浮かべるエプリだが、どれも状況の打破には至らない。
ボンボーンもヒースもこちらに回す余力はない。シーメと時久は論外と瞬間的に意識から外す。
あと残るは一か八かの手が一つ。それは、
「……風弾っ!」
狙撃。エプリは網目の隙間から影凶魔の顔面、正確には額の魔石めがけて風弾を放った。
影に当たれば威力が減衰して届かない。狙いが外れたり強すぎればセプト本体にも被害が出る。そんなギリギリの一撃は、
「アアアァaaaarっ!?」
見事魔石に直撃した。だが、
(くっ! 浅いかっ!)
魔石を壊しきれなかった。
魔石はヒビこそ入ったが、完全に打ち砕くまでには至らなかった。
理由は二つある。一つは魔石自体が他の魔石を取り込んだことにより質と強度が上がっていたため。
もう一つは僅かに……ほとんど無意識のレベルでセプトに被害が行かないよう、エプリが手加減をしてしまったためであった。
「Aaaaarっ!」
自分の弱点を攻撃され、影凶魔は目の前の相手を完全に脅威と判断し仕留めに掛かる。速度を上げてエプリに迫る影の網。
(回避も迎撃も困難。でも……まだ諦めない!)
エプリが自分もダメージを受ける覚悟で魔力を練り上げたその瞬間、
「…………!?」
時が止まったかのように、エプリに向かう影の動きがピタリと止まる。……いや、影の網は完全に止まったわけではなく、ブルブルと震えて動こうとしている。
だが、他ならぬ影自体がそれを許さない。例え影が攻撃しようとしても、影はそれを認めない。
何故なら、今影が狙っているエプリの後ろから走ってくる人こそ、
「ゴメンっ! ちょっと寝てたっ!」
セプトの主人である××××なのだから。
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