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第六章 積もった金の使い時はいつか
襲う影あれば守る影あり
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ガキンっ! ガキンっ!
どこかから金属的な何かが壁にぶち当たるような音が聞こえる。意識が急速にはっきりしていき、俺は温かな感触と胸の鈍痛と共に目を覚ます。
「うん……そう。お姉ちゃんの方は一応準備よろしく。エリゼ院長にもよろしく言っといて。…………うん。標的と合図はこっちの方で……って!? トッキーっ!? 良かった! 目が覚めたんだね」
「……んっ!? シーメ……って!? うわっ!?」
俺は慌てて起き上がる。何せ俺が頭を乗せていたのはシーメの膝。これはいわゆる膝枕という奴じゃないか!?
「ひっどいな~。そんな対応されると落ち込んちゃうじゃん」
「それはゴメン……って、どういう状況なんだ?」
わざとらしく頬を膨らませるシーメだが、その顔には結構な疲労の色が見えている。
「そうだね。今そんなに余裕がないから良く聞いてよ」
シーメは俺が倒れた後の事を話してくれた。
セプトが遂に限界を迎えて凶魔化したこと。そこに仮面の男や凶魔化したネーダ、ヒースやボンボーンさん、そして合流したエプリが加わって乱戦になったこと。
仮面の男は倒したけど、今度は凶魔化したセプトが俺を狙っているからエプリ達が抑えているという。
「そんなことに……いてっ!?」
触手に頭を叩かれた。見ると、槍が直撃した穴からヌーボが覗いている。傷がほとんどないことから、エプリに貰った胸当てとヌーボのおかげで助かったらしい。
「ああ。助かったよヌーボ。ありがとうな。シーメも」
「へへっ! 怪我したヒトを助けるのはシスターとして当然だよっ! ……じゃあ早い所ここから離れようかトッキー。今なら途中までは付き添うよ」
シーメが言外に匂わせたのは、俺がある程度安全な場所に離れたらすぐさまとんぼ返りするということ。なら、
「言っとくけど、トッキーが戻るのはお勧めしない。……というか反対。さっきだって私やボンボーンさんの制止を振り切って行った結果がこれじゃん」
俺の考えていることを察したのか、やや強い口調でシーメが忠告する。
「トッキーは強くなんかない。ちょこっと頑丈で元気なヒトってだけ。なのに向かっていくなんて危険すぎるよ」
「でも」
「でもじゃないっ! トッキーは皆を守ろうとするけど、自分もエプリやセプトちゃん達にこれまで守られていたって自覚ある? わざわざ危険に身を晒して誰かが喜ぶと思う?」
その時のシーメはどこか大人びて見えた。見た目こそ俺より少し年下って感じなのに、それだけ多くを経験してきたのだろう。
「自分だけが守ってるって気にならないでよっ! ……だからトッキー。動けるなら早くここから離れよう」
シーメの言うことは正しい。
俺は強くない。鬼凶魔達と戦えたのだって火事場の馬鹿力的な奴だ。
セプトが影凶魔になっている以上、俺一人では特に出来ることは無いだろう。なら邪魔にならないように、ここから少しでも離れた方が良いのは間違いない。……だけど、
「……ゴメン。やっぱり俺はここから離れることは出来ない」
「トッキーっ!?」
「だって見ろよ! さっきからこの光の膜に影が全然当たってない」
起きたばかりの時はガキンガキンとうるさかったのに、今じゃまるで静かだ。見ると影の大半がエプリの方に行っている。
膜のすぐ近くまで二、三本寄ってこようとするのだが、何かに無理やり引き戻されているのだ。
「いくらエプリでもあれだけの影を一人で相手取るのは難しい。誰かが少し引きつけなきゃ」
「それを自分がやるっての? そうやって自分の身を危険に晒してエプリが喜ぶとでも」
「思わないってのっ!」
それくらいは言われなくても分かる。絶対エプリはこんなことしたら怒る。ブチ切れる。……だけど、
「だけど俺はセプトを助けたい。そしてエプリも必ずセプトの事を助けようとする。なら俺が出来るのは、少しでも影の注意をこっちに向けて手助けをすることくらいだ」
凶魔になってもセプトが俺に執着しているなら、俺が近くに行けば確実に注意が行く。あとはその間にエプリが何とかするはずだ。
……そして、それは俺だけじゃできない。影が殺到したら俺が何秒持つか分からないしな。だから、
「シーメ。手を貸してくれないか? 逃げるんじゃなくて、エプリもセプトもどっちも助けに」
それを聞いた時のシーメは、呆れたような喜んでいるような何とも言えない顔をしていた。
「ゴメンっ! ちょっと寝てたっ!」
俺が慌ててエプリの横に駆け付けた時、状況はかなり切迫していたと思う。
セプトらしき凶魔は網のような影でエプリを包み込もうする直前だったし、エプリの方もまた周囲に目に見えるほど圧縮された風の塊を創っていた。あれって大分前に俺が監獄で食らった“竜巻”じゃないか?
至近距離で使ったら自分もただじゃすまないってのに、エプリの方も相当ギリギリだったらしい。
ボンボーンさんも影に瓦礫を盾にしながら応戦していたし、ヒースは凶魔化したネーダと切り結んでいた。
「このバカっ! 何でこっちに来たのっ!? 今からでも早くこの場から離れなさいっ!」
ほらやっぱり怒られた。エプリがいつもの……も無しで俺に怒鳴りつけてくる。
「足手まといなのは俺だって分かってるよっ! だけどエプリに影が集中してヤバいと思ったから来たんだって! ……まあこんな風になるとは思ってなかったけどな」
そう。それぞれで戦っていたのだけれど、何故か影が皆その動きを止めたのだ。
そしてセプトらしき凶魔はというと……何か俺の方をじっと見ていた。というかあの顔のっぺらぼうなんだけど!? 額に魔石がくっついてるし。
「影を引き付けている内にエプリがどうにかしてくれるかと思ったんだけど、これどういう事だ?」
「……はぁ。言いたいことは山ほどあるけど今は要点だけ。多分あれは正確にはセプトじゃなくて、セプトの身に着けていた器具の魔石が凶魔化してセプトを包み込んでいる。……さっきあの影のドレスを削ったら、内部に少しの間だけ元のままのセプトが見えたわ」
エプリは影が止まっているとはいえ、油断なく構えながら話してくれる。よく分からないが、セプトが無事なことにホッとする。なら後はセプトを覆っている奴を何とかすれば良い訳だ。
「にしてはアイツが影を操るのはどういう訳だ?」
「……完全な凶魔化こそしてないにせよ、セプトが凶魔と繋がっているということは間違いないわ。……じゃなきゃそもそもトキヒサに執着したりはしないでしょ」
確かにそうだ。奴隷としてだからか、セプトはやたら俺への好感度が高かったからな。それが少し影響している可能性はある。
待てよ? セプトの意識が僅かにでも影響してるってことは……よし!
「エプリっ! いざとなったら頼むな!」
「……なっ!? ちょっと待ちなさいトキヒサっ!?」
俺は意を決して一歩前に踏み出す。いきなりの行動にエプリも反応が遅れる中、俺はスタスタと影凶魔の下に歩いていく。
その間影はやはり動かず……いや、ブルブル震えていた影の刃が一つ強引に動き出し、そのまま俺めがけて突き出される。だけど、
「よっと!」
俺が何回セプトの魔法を見てきたと思ってんだ。一本だけ、それもこんなぎこちない奴なんか食らうかよっ! 俺は貯金箱を取り出してそれを防ぐ。
そのまま二歩、三歩と進んでいく内に、襲い来る刃はぎこちないながらも少しずつ数を増やしていく。だけど、
ガキン。ガキン。
結局俺には届かなかった。何故なら、襲い来る影を別の影が横から叩き落していたのだから。
どちらもエプリと戦っていた時とはまるで別物のように動きに精彩がない。だがこれが、セプトが凶魔のようになりながらも未だ人であることを示しているように感じられた。
そして、
「Aaaaarっ!」
「何を言っているのかよく分からないけれど、待たせたなセプト! こっちから来たぞ」
俺は目の前でどこか悶えるように咆哮する影凶魔に、いつものように気楽に話しかけた。
俺が考えた手はなんてことは無い。一言で言えば、俺自身を囮にすることだった。
敢えて近づくことで隙を作り、そこをエプリに何とかしてもらう。俺が直接セプトを引っ張り出すっていう手でも良いし、まあ大雑把に言うとそういう事だ。
「Aaaaarっ!?」
「そんなデカい声で叫んでないで、ほら。セプト! 暴れるのを止めて都市長さんの屋敷に帰ろうぜ」
「トキヒサっ! そこは危ないから早く下がってっ!」
「こっちは大丈夫だっ! ……隙を作るから、何とか頭の魔石を狙ってくれっ!」
後ろから慌てて追って来ようとするエプリだが、それを手で制しながら少しずつ進む。
影凶魔は頭を押さえながらこちらを見ていた。周囲に伸びた影は相変わらず動き回り、俺を切り裂こうと伸びる物もあればそれを防ごうとする物もある。
影凶魔とセプトの壮絶な主導権の取り合い。そんな中、
「……くっ!? そう簡単にはいかないようね」
時折影凶魔の魔石を狙撃しようとするエプリだが、警戒しているためか影凶魔のガードは硬い。射線が通りそうになるや、即座に影を地面から突き上げてブラインドのようにする。
俺に対してはぎこちないくせして、俺以外に対しては反応が機敏過ぎないか?
「セプト……聴こえているんだろう? 頼むから落ち着いて攻撃を止めてくれ。少しの間で良いんだ」
前に進む。手が届くまであと四歩。……三歩。
「俺の事が分からないって言うなら分からせてやる。忘れたんなら思い出させてやる。大丈夫。絶対助ける。……だから」
ガキン。さっきより少し勢いの付いた影の刃を打ち払う。……二歩。
「その手を伸ばしてくれ。くっついている凶魔なんか振り払って、お前の姿を見せてくれ」
三本まとめて突き出される刃を、一本は貯金箱で受け止め、一本はボジョが触手で絡めとり、一本は頬を掠めるだけに留まる。
あと……一歩。
俺は影凶魔に向けてゆっくりと手を伸ばす。伸ばされる手を掴めるように。
すると、これまで攻撃してきた物とはどこか違う影。ゆっくりで、触れるだけで壊れるんじゃないかという細い影が伸びてきた。
何となく直感した。これは間違いなくセプトの意識下にある影だと。俺の呼びかけに反応して伸ばした影だと。
俺はその影を掴み取ろうとし、
「……ぐあっ!?」
それとは別の影に腕を切り裂かれた。反射的に腕を引っ込めると、セプトの影はフッとただの影に戻ってしまう。……くそっ! もうちょっとだったのに。
俺は再度手を伸ばそうとし、
「……トキヒサっ! 危ないっ!?」
影を躱しながらやってきたエプリの声に俺が周囲に見たのは、一気に十本近くこちらに殺到する殺意に満ちた影の刃だった。
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